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静かな水面の上に足がつくかつかないかの位置でレオンは立っていた。

周りには何もなく霧が立ち込めている。

吐く息は白いが不思議と寒さは感じない。

ふと足元に何かの影を感じて目をやると水面が揺れ姉の姿を映し出す。

カムイ、姉さん…

後ろにはもう一人の姉と妹、上の兄の姿が映り自分をみて微笑んでくれていた。

レオンは嬉しくて微笑み返す。

僕の大切な家族。

みんな大好きだよ。

するとふわりと風が吹き水面が揺れ別の姿を映し出す。

桜の花びらが舞う龍脈の傍に立ち誰かを待っている愛しいひと。

手にはいつも龍脈に行く時に彼女が持っていた籠。

其処からは竹の筒が2本覗いている。

きっと水と茶だろう。

今日は何のお茶かな…いつもサクラの淹れてくれるお茶は美味しいよね。

サクラはきょろきょろしながら誰かを待っているが諦めて悲しそうな顔をして歩き始める。

サクラ、僕はここにいるよ。

レオンは声をかけるがサクラは気づかない。

時々振り向いて確認する様な仕草をするがやはり振り向いて歩き出す。

サクラ!

名を呼んで手を伸ばすが水面が揺れ姿が消えてしまう。

と、レオンの目の前にサクラの姿が現れる。

サクラ…

ゆっくり声をかけて手を伸ばすが目の前に居るはずのサクラに手が届かない。

何故…?

ふと、診療所の前での戦闘を思い出す。

きっとサクラもあの時はこんな感じだったのだろう。

手を伸ばしても届かない。

姿も見えない。

サクラの身を案じてした事だがきっと不安で寂しかったに違いない。

理解しているつもりだったが改めてサクラに謝る。

ごめん…あの時、君を守りたい一心で…守りたい……あ…

俯いた顔をあげてサクラを見ると目の前のサクラは背を向けたまま大量の血を流していた。

あ、ああ…サクラ、サクラ!!!

走って近づこうとするが距離が縮まらない。

手を伸ばせば届く位置にいるのにサクラに手が届かない。

嫌だ、サクラ!! 嫌だ!!!

レオンは叫ぶ。

サクラーーっ!!!

目の前のサクラの背中がピクリと動きゆっくりとレオンの方に振り返ると、サクラは不安そうにしていた顔をぱっと明るくさせてレオンに笑いかける。

レオン、よかったご無事でしたか

するとその額から血が流れ始める。

その血の筋は1本から数本に増え、サクラの顔や服が血まみれになっていった。

それでもサクラは笑ってレオンの名前を呼び続けた。

レオン…よかった、ご無事でよかった…

レオンは堪らず走ると今度はサクラまで届き強く抱きしめる。

サクラ、サクラ…ああ、何て事を…僕なんかを庇うなんて…君の命以上に大切なものはないのに…

サクラは首を振りレオンの胸に頬を摺り寄せて甘える。

あなたは何よりも大切なひと。ここに居てはいけません。早く。

サクラはふわりと体を放しレオンへ手を伸ばすと手のひらから小さな光が舞い出てきてレオンの右手の人差し指を掴む。

その手は小さな赤ん坊の手の様な気がした。その手に一気に上へと引っ張られサクラとの距離が広がってしまう。

まってくれ、サクラを、サクラも一緒に!!!

サクラは小さな光を自分の両手の平の上で舞わせながらレオンの姿を見送っていた。



レオンがゆっくりと目を開けると風に吹かれている事に気付く。

一瞬頭が混乱し体を勢いよく起こそうとするが思う様に体が動かない。

気付くと何故かタクミの風神弓を持っており、それを光る木の弦がレオンの手と絡める様にして固定している。

「…ブリュンヒルデ…?」


声を出してみるとぶわっと視界が開け風神弓が薄く光を発しレオンは空中に立って浮いた状態になる。

「レオンさん!!」


下から呼ぶカムイの声に目をやるとカムイとタクミが笑顔で自分を見ていた。

「タクミさん、レオンさんが目覚めました!!」


「うん、よかった。やあレオン、気分はどう?」


タクミに片腕を絡めてカムイは嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねながら手を振ってくれている。

その姿をみて笑みが零れるがふと急に頭の中が回り始める。

サクラは!?

サクラを探そうと頭を動かすが、眩暈がして体制を崩し空から落ちそうになる。

タクミがパン!と手を叩くと風神弓から風が舞い元の体制に戻った。

「慌てなくても大丈夫だ。まだ君の魔導書がサクラを回復してくれているよ。あれから10日以上眠りっぱなしだったから心配した。今は目が覚めたばかりだから、急に地上に降りたら重力の影響で体が動かなくなるってさ。慣れるまでもうしばらくそこに居て。ほら魔導書もそう言ってる。」


レオンが手に巻き付いた弦を見ると弦はするすると伸びてレオンの顔を撫でる。

「ブリュンヒルデ…ありがとう、サクラをずっと護ってくれていたんだね…ていうか僕は何故…?」


「それは後で。とにかく今は体の力を抜いて楽にしてなよ。」


「タクミさんっ、なんでレオンさんは降りてこれないんですかっ?」


「姉さん…」


「カムイ、今の僕の話聞いてた? あのね…」


タクミはもう一度きちんとカムイに説明する。

カムイは素直にふんふんと聞いて納得した。

きっと昔のタクミなら速攻でキレていただろうが本当に変わったとレオンも思う。

「レオンさん、あのですね…」


「いや、もうタクミ王子から聞いたから、ありがとう姉さん…ふふ…」


「なんですか?」


「いや、姉さんは姉さんだなって。安心したよ。タクミ王子、心中察する。」


タクミは笑って片手をヒラヒラとさせる。

「私、兄さん達を呼んできます。」


カムイは天幕から出て兄達を呼びに行った。

「君も精霊と話せるようになったんだね。」


「ああ。ついこの前だけどね。まだ君みたいにうまくは出来ないけど。」


「いい子達だ…」


レオンはタクミの周りで手伝っている精霊を見て微笑む。

すぐにそれを認識するなんてやはりレオンは魔導士なのだとつくづく思った。

「レオン、サクラの事…ありがとう。兄として心から礼を言うよ。だけど今回のやり方は賛同できない。」


「…自覚はあるよ。でも他に方法がなかった。」


「君が居なくなってしまったら意味がないだろう。サクラがそれで喜ぶとでも?」


「そうだね…それでも助けたかったんだ、サクラを…子の分まで…」


「それは、本当に残念だった…なんていえばいいのか…まだ、マークス王子達には?」


「マークス兄さんは知ってると思う。でもリョウマ王子達にはまだ…今は状況が状況だから、ね。」


「気にする事はないだろう。こんな時だからこそ、じゃないか?」


「男の僕らは良くても女性は負担がかかる事だ。サクラの事を考えたら…」


「そこまで大切にしてもらってサクラは幸せだね…」


「レオン!!」


天幕にカミラとエリーゼが走って入って来て後からマークスが続く。

「ああ、レオン!! よかったわ、本当に…お姉ちゃん、あなたが居なくなったら生きていけない…」


「レオンお兄ちゃん、私怒ってるんだからねっ!! もうっ、色々っ、言いたい事あるんだからっ!!!」


「心配かけてごめん、カミラ姉さん、エリーゼ…マークス兄さんも…」


「…今は待とう。だがお前には落ち着いたらじっくりと話をする。覚悟しておけ。」


「…解った…」


マークスは眉間の皺を一層増やしてレオンを睨みつけるがその目は寂しそうに潤んでいた。

一連の話をカムイやアクアから聞いたマークス達はショックと共に助けてやれなかった事をとても後悔していた。

怒りも寂しさも相当のものだろう。

何となく察してレオンも覚悟を決める。

「レオン、下ろすよ。いいかい?」


「ああ。」


タクミがゆっくりと指で上から下に空をなでると同じ様にレオンの体もゆっくりと降りてくる。

地に足をつけると一気に重さが体にのしかかりよろけるがマークスが支え抱き締める。

「馬鹿者が…本当にお前は、いつも全て一人で…」


「…ごめん…」


マークスの声が少し震えていた。カミラとエリーゼもそこに入り喜びを噛みしめる。

「カムイ、お前もおいで。」


マークスに呼ばれカムイも嬉しそうにその中に入る。

以前はこんな様子を見ると腹が立っていたが今は暗夜のきょうだい達の絆の強さを知っているからかタクミも穏やかに眺めていられるようになった。

エリーゼがすいと離れてタクミに抱き着く。

「わっ!?」


「タクミ王子、本当に本当に本当にありがとう!!」


「よかったね、本当に…」


タクミもエリーゼの頭を撫でて笑っていると今度はカミラがレオンと一緒にタクミを抱き締める。

「ちょっ…!!!」


「私のかわいい弟達。私は心からあなたたちの事を誇りに思うわ。本当に素晴らしい子達。」


「タクミ王子、いい加減慣れなよ…」


「慣れないよっ!!」


「カミラ姉さん、私も~!!」


「いらっしゃい、カムイ。」


「ちょっとカムイまでっ!」


「愛情表現ですから、気にしないで下さい。」


カミラとタクミとレオンの間にカムイも飛び込み3人にすり寄る。

「おお、レオン王子、目覚めたか。」


天幕にリョウマも入ってきてレオンに声をかける。

「此度の事、本当に礼を言う。ありがとう、レオン王子。」


リョウマは刀の鍔を持ちレオンにきちっと頭を下げ白夜の武士らしい挨拶をする。

「…だが貴公の義兄としてはこの様なやり方は賛同せん。サクラを助けてくれたことは礼を言うが、もっと自分を大切にされよ。婿殿ならば猶更な。」


「…えっ?」


「話は大体聞いた。マークス王子との話があろうが、俺は兄として貴公にきちんとサクラを任せたい。サクラが回復したら共に話に来てくれるな?」


「あ…はい!」


「おお、いい返事…」


タクミに驚いた様に言われ、レオンの顔が真っ赤に染まる。

「いい加減白夜式に慣れれば?」


「慣れないよっ!!!」


タクミとレオンは顔を見合わせ2人で苦笑いをした。

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