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以前戦闘中に見たその姿は、ただそこに立っているだけで身震いがする位冷たさと恐怖があった。
馬上から冷ややかな視線で敵を見下ろし、ゆっくりと魔導書を発動させて放つ。
眼前の敵が絶命した様を表情も変えず見ているその姿に自分の体が震えるのを感じた。
でも今は、その姿がとても気高く見えて綺麗だと思う。目を奪われ動けなくなる自分がいる。
それがただ彼の愛する人たちを守りたいという強い気持ちからだと知ってから。
騎乗した馬を優しく撫で、自分に気付き笑顔を向けてくれるのが堪らなく嬉しかった。

 

 


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「今回は市街地での戦闘だ! 民や町へ手出しをさせるな! 後衛のものは前衛のものと防陣を組み各戸を回り知らせよ! ここは今から戦場となる旨を伝え家から出ぬように指示をするのだ!こちらから押し切り市街地から引き離したところで止めをさす!」


「先陣は我ら王族で行く! 皆は急いで民に知らせろ! 1人として犠牲を出してはならん!」

「「「おおっ!!」」」

マークスとリョウマが軍全体に指示を出す。

漆黒と金の鎧に身を包んだマークス、真紅と金の鎧に身を包んだリョウマ。

この2人の掛け声に軍全体の士気が上がる。

2人はお互いに顔を見合わせ、自分達の間に立つ真珠色の髪の小さな姫に目をやる。

姫は力強いその赤い瞳を軍全体に向けて声を発する。

「民も! 皆さんも! 誰一人犠牲者が出ないように! 私も頑張ります!! 兄さん達と先陣に立ち! 皆さんと共に戦います! どうか! 皆さん! ご無事で!!」

ドオオオォォオオオオ!! 真珠姫!! 真珠姫!!

雄たけびとも掛け声とも違う声が広場に広がり軍の統率はここで100%となる。

真珠姫と呼ばれたカムイは横に立つ2人の兄を見る。

「兄さん達、私も戦います。ご武運を!」


「ああ、お前もな。タクミ、任せたぞ。」


リョウマはカムイの斜め後ろに護る様に立つタクミに目をやる。

タクミは脇に風神弓を抱え頷く。

「カムイ、良き将となったな。お前も気を付けるのだぞ。」


マークスはカムイの頭に手を置いて小さな妹を見つめ、彼女もその手に軽い笑顔で答えると軍に向き直り号令を出す。

「全軍、突撃!!!!」

地響きと共に一斉に軍が動き始め、カムイはタクミと共に先陣のグループに入っていく。

「カムイ、無理は…いいね?」


「はい、あなたも。」


2人は走りながら手を握り互いに目を合わせ笑顔を送り、意志の確認をしあって走るスピードを上げる。

先陣各隊の騎馬や飛龍・天馬は足が速く既に前方で敵と交戦していた。やや遅れて歩兵の面々が交戦に加わる。
王族専用の武器である神器4種とカムイの夜刀神が各々の光を放ち、姿の見えない敵・眷属を薙ぎ払う。

神器を持たない面々もそのバックアップに回りながらジリジリと敵を後退させていく。
 


前衛の中でも補給部隊と共に最後衛に属すサクラは息を切らせて兄達についていく。

共に後衛で自分を引っ張ってくれるエリーゼは今回は後衛の指揮官となっているためここにいない。

各家に知らせそれを守る指揮をとるため、身重のヒノカとエリーゼがその指揮をかって出た。

自分もこの戦闘の前に『戦巫女』にチェンジし弓を扱えるようになった。

自分の隊は回復系の面々が揃っているが采配は自分次第。

今まで後衛のみにいた分、今度は自分が兄達をバックアップしなければ。

サクラが大きな声で指示を出す。

「皆さん、大きく広がり周りに注意しながら保護回復に努めてください。武器の使える方と組んで動くように!」


サクラ隊は一斉にその指示に従い体制を整え散っていく。
サクラの臣下『聖天馬武者』のツバキと『剣聖』のカザハナには全体をフォローするように指示をし自分は最も激しい戦いが行われている場所へ急ぐ。



「っっ、キリがねぇ!!」


オーディンは肩で息をしながら向かってくる敵に魔法をぶつけている。

「はっ! もうあの妙ちくりんなセリフを言う余裕もないのか?」


その隣でゼロがオーディンに襲い掛かろうとしていた敵を射る。
今回は民の安全確保が優先されている為、民を守る戦力が割かれている分、いつもの様な戦力は今の最前衛にはない。
最前衛は現段階での最強メンバーだが数では敵側が圧倒しつつあり一進一退を繰り広げている。

眷属はどこからか湧いてきて数が減る様子がない。

「イイ感じにイカせてくれそうな相手だ…」


ゼロは補給隊員から矢を補給していつもの様に話すが流れる汗は普通の量ではなくかなり疲弊している事が分かる。
その時近くにいたオーディンのくぐもった声がした。

「ぐっっ!!!」


眷属の剣士に左腕を切られ大量の出血をしている。

「ちっ!!!」


ゼロが素早く矢をつがえると上からラズワルドが躍り出て眷属を薙ぎ払い、それをピエリが笑いながら止めを刺す。

「笑いながら止めって、あいっかわらず趣味悪いねぇ。」


「ゼローっ、油断大敵でしょー! ほらオデン立って。」


「オデンじゃねぇっ、オーディンだっ…っ痛って…」


ラズワルドがオーディンを抱え上げゼロに渡す。

「ラズワルド、まだ足りないの! 早く次をよこすの!!あははは、楽しいの~♪」


ビエリが馬上で周りの眷属を薙ぎ払いながら催促している。

「あー、はいはいっと!!! じゃねっ!!!」


ラズワルドは苦笑いしながら地を蹴ってまた眷属の中に突っ込んでいく。

流石マークス王子の臣下、体力が半端ねぇな…そう思いながらとにかく近くの回復班を探しているとゼロの体は回復の光に包まれた。

「大丈夫ですか?」


サクラが走ってきてオーディンの傷に素早く処置を施し回復を始める。

「す、すんません。」


「サクラ様!?こんな前線まで…」


「ゼロさん、眷属側にも回復役が居るようです。先にそちらを。」


今までのイメージと違うサクラのしっかりした声にゼロはニヤリと笑う。

「了~解。そっちからイカせてやりましょう。オーディン、行けるか?」


「漆黒のオーディン復活!!! サクラ様ありがとうございました!」


「はい、お気をつけて!!」


走り出す2人を見ながら自分はもっと先へ走る。


サクラが向かう最も戦闘の激しい場所では湧き出る眷属に手を焼いていた。

「くそ、個体毎にはそこまでの強さではないがこれでは埒があかん。どこかから湧いているのではないか!!」


流石のリョウマも苦戦している。

「リョウマ!!」


攻撃を躱しながら声のした方を見ると『金鵄武者』にチェンジしたアクアとユウギリが防陣して弓と薙刀で空から眷属を倒していた。

「眷属は前方左の泉の方から湧いてる。今確認してきたわ。そこを潰して!!」


「アクア様、ここは弓兵からは格好の場所。少し下がってから急降下で攻撃を。」


「そうね。行きましょう。」


アクアとユウギリが後方へ飛び去るのを確認し、すぐにリョウマが指示を出す。

「敵は左手前方の水場から湧いている。そこを押えてつぶせば終わる!! 水場へ進むぞ!!」


「なるほどな。ならば先行する!! サイラス!!」


「はっ! 全軍続け!!!」


マークスが単騎で眷属を突っ切り続いてマークス隊とサイラス隊が続き道が出来る。

それを合図に戦場の陣形が一気に形を変え眷属も体制を整える為攻撃の手が緩やかになる。

合間を縫って『白の血族』であるカムイや杖の使える『バトラー』のジョーカーや『メイド』のフェリシアが近くの兵士の回復をする。
近くにいたレオンも汗だくになりながら辛そうにしていた。

タクミは周りに警戒しながら声をかける。

「レオン、降りても大丈夫だ。息が荒いな…」


馬を降りてレオンが崩れる様に片膝をつく。

ここ最近 眷属の勢いが増している為に龍脈の再生作業を急いでいた。

きょうだい達の協力も得られ補助が出来たし、ある程度はリリスが回復をしてくれるが以前よりも早いペースでの魔力の消費にいかな強大なレオンの魔力も流石に回復が間に合っていなかった。

予想以上に疲弊していたようだ。

心の中で舌打ちをする。

「ああ。なんとか。」


「とにかく君は回復を。馬に乗ってる君なら後から追いつけるだろう。」


「レオンさん、回復します。」


「いや、いいよ姉さん。とにかく先へ行って。すぐに追いつく。」


「わかりました。気を付けてくださいね。」


「カムイ様、私が。」


フェリシアが駆け寄ってきて杖に魔力をため始めたのを確認しカムイとタクミがリョウマ達の処へ走り始めた時、絶命したと思われていた眷属のソーサラーがピクリと動いた。

感覚の鋭い弓聖のタクミが反応しカムイを庇いながら叫ぶ。

「レオン!!」


ソーサラーはレオンに向かって呪文を放つ。

離れたところにいるスズカゼ達も距離が離れていて瞬身も使えず魔法は手裏剣や暗器では相殺できない。

タクミはカムイを庇ったことで弓へ手をかけるのが数秒遅れるが神速で放った藍白の矢はソーサラーを射抜き絶命させた。

レオンも魔導書を開くが疲弊した状態での発動に誤差が生じた。

カムイがタクミの後ろから飛び出た時、白い影がレオンの前に躍り出た。


大きな接爆音と皮膚の焼けこげる匂いがする。

自分の前に躍り出た白い影からは煙があがり大量の血が流れ落ち、そのままレオンの方へ倒れ掛かってくる。

レオンは茫然としたままその体を受け止めた。

すぐにその髪の色を見て全身が震えるのを自覚する。

 

耳鳴りがし呼吸が早くなる。

心臓がものすごい勢いで鳴っている。

影は焼けただれた指をかすかに動かしてごく小さな声でレオンの名を口にし力なく地に落ちた。
すぐ側にいたフェリシアが震えながら悲鳴を上げる。

タクミとカムイも呆然と立ち尽くしていた。
レオンは目を見開いたままその体をゆっくり抱き寄せ影の顔に頬を寄せる。

まだ体温が残っているのを確認すると、かき抱きながらその愛しいひとの名前を叫んだ。

「……っ!! サクラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 


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市街地での戦闘はアクアが泉を発見した事で一気に形成が逆転し、一部施設が損壊したものの町や民に被害はほとんどなく終結したが、その殆どの功績はレオンによるものだった。

あの後直ぐにサクラ隊や臣下たち、タクミやカムイ、杖が使えるものたちが集まり処置が始まった。
レオンは怒り狂い最前衛まで猛然と馬を駆けて最上級魔法と言われる重力魔法の中でも一番大きなものを眷属に浴びせる。

その巨大な範囲とパワーは暗夜のきょうだい達も見た事がないもので地震の様な揺れと圧倒的な圧が押し寄せ地面が割れへこんでいく。

その下の眷属達は成すすべもなく蟻の様に潰れていった。

兵もサクラ隊の活躍で死者は無い状態の戦いだったが、ただ1人サクラだけが生死の境をさ迷っていた。

「なんで入っちゃいけないのよ、私たちはサクラの臣下よ!?放してっ!! サクラっ、サクラっ!!!」


「カザハナ、今はそんな状態じゃ無い事位わかるだろ!? 落ち着けよ!! サクラ様の治療の邪魔をしたらダメだ!!」


「嫌よサクラ、父上に続いてあんたまで…サクラ、お願い…」


サクラの臣下のカザハナが天幕の前でツバキに抑えられ泣き崩れていた。

天幕からはアクアの呪唄が響いている。

その声を聞きながらレオンは傍の天幕できょうだい達に状況の説明をしていた。
 


「…僕が杖の回復を受けようとした時に彼女が庇ってくれた…一瞬の事で…」


「ああ、サクラ王女…なんて事を…」


「僕がもう少し早く反応できていれば…サクラを助けられた…レオンだけのせいじゃない…」


「お前達二人の話は分かった。とにかく今は希望を捨てずサクラの回復をしよう。祓串が使える者を交代で配置するように手配する。」


「私の方からも杖が使える者を手配しよう。リョウマ王子遠慮なく言ってくれ。」


「今はカムイとアクア、シグレとエリーゼが中心で頑張ってくれているわ。もう少ししたら交代をしてあげなくては。マークスお兄様、ヒノカ様は大丈夫なの?」


「ヒノカは大きなショックを受けてしまっている…流産になる可能性があるとの事だ。今は休ませている。」


「いかんな…こればかりは祓串ではどうにもならん。しっかり休養を取らせなくては。マークス王子、本当に申し訳ない。」


「何を…サクラは私にとっても大切な妹。当たり前の事だ。早く治してやらねば…」


レオンは椅子に座り虚ろな目で一点を見つめており顔色もかなり悪い。

タクミは心配してレオンの肩に手を置いて側に立っていたがその手は震えていた。

その時天幕へアクアとカムイが入って来た。

2人の疲労の色は濃い。

「サクラのロストは免れたわ…まだ魂と肉体は繋がってる。後は本人の生命力ね。」


そこにいる全員が一時安堵する。

ロストとはすなわち消滅。

魂と体の繋がりが離れ体の機能も死んでしまう事。

つまり完全にこの世につながりのない死者となる事を指す。

「後は回復をするだけですが…私達だけでは力が足りません。今はエリーゼさんとシグレさんが頑張ってくれています。」


「バックアップ出来る様に今手配している。直ぐに交代要員を行かせよう。」


「はい。よろしくお願いします…レオンさん、少し良いですか?」


レオンはふらりと立ち上がるとよろめく。

元々疲弊していた状態からあれだけの大きな魔法を使った為かなりの負担がかかっていた。

慌ててタクミが支えて一緒に天幕の外へ出る。

「レオンさん、落ち着いて聞いてください。」


「カムイ…?」


タクミがカムイを見るとカムイは下唇を噛み何かを我慢している様だが意を決してレオンに向く。

「ごめんなさい…赤ちゃんは、助ける事が、出来ませんでした…」


「……え…?」


「サクラの魂を呼んでいる時に腹から小さな光が抜けて行ったの。あれは多分…」


「……そんな…サクラからは、何も…」


「まだ力のある光ではなかったから、本当に宿ったばかりの命だったのかもしれないわね。ごめんなさい、助けてあげられなくて…」


カムイは我慢できずに涙を零し始めそれをタクミが受け止める。

タクミもカムイの頭に顔を埋める様にし、逆の手でレオンの肩の法衣を掴むようにして泣くのを堪えていた。

ゆらりとレオンが天幕の方へ向かって歩き始める。

「レオン、今は…」


アクアが手を伸ばしレオンを止めようとするとバシン!と手を何かに弾かれた。

「っっ!!! 結界っ?」


「レオンさん、レオンさん!?」


カムイが声をかけるがレオンには届いていない。

そのまま震える足でふらふらとサクラの天幕へ歩いていく。

「ブリュンヒルデ…」


呟く様に魔導書の名を呼ぶとレオンの手にそれが結晶を固める様に集まり形を成す。
カムイ達の声に天幕の中のきょうだい達も出てくるがその様子をカミラが見て驚く。

「あの子…まさか…!? お兄様、レオンを止めて!!」


「何っ、どういう事だ?」


「魔力の流れが違う。レオンが死んでしまう!!」


そういうとレオンの姿は目の前から消え天幕の入り口に姿を現すと中に入って行く。

すぐに天幕の周りに結界が張られ中からシグレとエリーゼが拒否されるように弾き出されてきた。

「レオンお兄ちゃん!! ダメ!! やめてーーーっ!!!」


エリーゼが真っ青な顔で必死で結界に縋りつくが結界はびくともしない。

「母さん、レオン王子が…! このままでは彼は禁術を!!」


「もう…どうにもならないわ。彼が天幕ごと結界に包んでしまった…彼の力からするともうこちらからの干渉は出来ない…」


「レオン!!! ダメだ、レオン!!!」


「レオンさんっ!! やめてっ、やめてくださいっ! レオンさんっ、レオンさんっ!!!」


タクミやカムイが結界を叩いて叫ぶ。

マークスとリョウマがお互いの剣で結界を壊そうとしていたが結界はびくともしない。

天幕の中から眩い光があふれ出た。

「レオン…」


カミラは意識を失い崩れ落ちた。
 

 


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戦場で杖を振るい仲間を助ける姿はどんな状況であっても目に入った。

舞う姿とその健気な姿に目と心を奪われる。

君の深い愛情と優しさに自分はどこまで助けられたか。

だから側に居れる事が何よりも嬉しくて幸せだった。
 

 


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天幕の中でレオンはサクラの様子を見ていた。

サクラの体の上には開かれたブリュンヒルデが浮遊している。

治療をしているとはいえ、まだ体の半身は焼け焦げたまま。

普通の人間だと、ここまでの状態だと命は助からない。

王族の龍の血と魔法のある世界での条件がそろった上での奇跡的な回復だ。

サクラの左手首にはあの日、レオンが渡したバングルが血で焦げたようになっていた。

「ブリュンヒルデと仲良くなった君の為なら、きっと彼も力を貸してくれる…」


魔導書で神器でもあるブリュンヒルデは決まった形の魔法を持たない。

基本的にその持ち主の能力を高める魔導書だ。

ブリュンヒルデが自分以外の者と会話をする様な事など無い。

彼が認めた持ち主とのみ心を通わせ力を増幅させてくれる。

それなのに何故かサクラには気を許すような動きを見せた。

羽を舞わせてみたり桜を咲かせてみたり、サクラの声に反応したりする事があった。

レオンにとってはそれが不思議であると同時にブリュンヒルデがサクラが自分の横に立つ事を許してくれたのだととても嬉しかった。

サクラとは気持ちを通い合わせてからはよく一緒には居たが、体を重ねた事はほんの数回。

ひっそりゆっくりと愛を育んでいた。

サクラが自分の名前を呼んでくれる声やその姿が自分の支えになってくれた。

隣に立つ事を許してくれた。

自分の感情を出す事を認めてくれた。

自分の居場所をくれた。

その全てが愛しい。

「サクラ、君は居なくちゃいけない。この世界に。皆の傍に。」


サクラの顔をやさしく撫でてレオンは大きく手を広げて魔力を集めていく。

体全体から小さな玉の様な光が舞い上がりブリュンヒルデに集まる。

「精霊たちよ、君たちも大好きなサクラの為に、力を貸してくれ。」


レオンが囁くと天幕へ沢山の光が流れ星の様に集まっていく。

「あれはっ!?」


「…精霊…神器に力を貸すもの…レオンの呼びかけに応えてる。特に魔導士は精霊と言葉を交わすことが出来る。」


「…精霊さん達、お願いです!! レオンを、サクラを、助けてください!! 彼らは、私達には必要なんです!! 大切、なのっ…お願いっ、助けて!!!」

 
カムイは必死で精霊に呼びかける。

武器を使うカムイ達には見えていないがカムイの傍に一度精霊達は集まりレオンの元に飛んでいく。

アクアも静かに心の中で祈る。

大地全ての精霊に加護を与えて欲しい。

アクアはシグレと目で頷き呪唄を歌い始める。

少しでも精霊やレオンのバックアップになる様にと。

唄の力か精霊の光はその光を増していった。

「…そうなんだ。僕を庇ってサクラが…助けたい…」


「力を貸してくれるかい? ありがとう…」


「僕らの子の魂も導いてあげてほしいんだ…うん、ありがとう。」


レオンは精霊たちに力を貸してくれるように頼んでいく。

生まれてくるはずだった子。

宿った事も知らず死なせてしまった可哀そうな我が子。

どうかその子の分までサクラには幸せに…他人に命をかけるなんて今までの自分では考えられない馬鹿げた行動だった。

でも今は違う。

守りたかった人の為に自分の命をかけるなら本望だ。

精霊たちの集まったブリュンヒルデはより一層光を増して反る様に大きく開いていく。

「護りたいと願ったのに僕には叶わなかった。今までの報いなのかな…ブリュンヒルデ、願わくばこれからもサクラと共に…お前は僕の最高の相棒で親友だった。愛してるよ。」


レオンの足元から大きな波動が沸きあがり体全体から出ていた玉の様な光の最後の一つがブリュンヒルデに集まるとブリュンヒルデから光る木の弦が伸びてきて静かにサクラの体を包み込んでいく。

全てを包み込んだ所でレオンの体は力を無くし倒れこむ。

同時に結界も解かれきょうだい達が天幕に入ってきて目の前の状況にエリーゼが悲鳴を上げる。

「ぁああああ!!! いや、いやだよっ、レオンお兄ちゃん!!! お兄ちゃん!!!」


泣き叫ぶエリーゼをマークスが震える手で抱きしめる。

タクミとカムイがすぐに走り寄りレオンの確認をする。

カムイがレオンを抱き起し顔を見るとすでに血の気がなく白い肌は生気を無くしていた。

ぐったりとした顔を叩き名を呼ぶが全く反応がない。


「嘘だろ…レオン…レオン!!!」


「こんな…事…許しませんよ、レオンさん…目を、開けてっ…」


「動かすでない!」


皆が一斉に振り返ると、リョウマの妻オロチが立っていた。

「マークス王子、ヒノカ殿の体調はなんとか落ち着かれた。安心されよ。腹の子も無事じゃ。」


落ち着いた様子でゆっくりとカムイの傍による。

「タクミ殿、そなたの風神弓を持ってまいれ。」


「え…僕の…?」


「はよう!」


「はいっ。」


タクミは走って天幕から風神弓を持ってくる。

「ふむ。ならばその弓をレオン王子に抱かせてみよ。」


「え?」


「いちいち聞き返さんでも良いわ。はようせい!!」


カムイがレオンの体を寝かせ、タクミがレオンの体の上に風神弓をのせ、その手を弓を持たせるように置いてやると弓から藍玉の光が溢れる。

「な、何故? 風神弓は僕にしか…」


「お主にしか使えぬ。当たり前じゃ。だが神器は元々神がそなたらの先祖に与えたもの。元は一つ。お互いに呼応してもおかしくはあるまい?」


「ならば俺の雷神刀でも…」


「そなたらのは命を奪う神器。人を守る形でも違うものよ。大体王家にそれを継ぐ者が何故2人づつおると思う。攻守で神器は対になっておるのじゃ。みよ、あの魔導書を。今術者の願いに応えてサクラ殿を護っておる。マークス王子の剣とあの魔導書は対のもの。となればタクミ殿の神器もリョウマ殿の神器と対じゃ。わらわの言いたい事は解るかの、脳筋ども…?」


「…えっと…?」


こんな時にカムイは天然発揮で理解が出来ていない。

タクミはフォローする様に話す。

「だから、レオンを助ける事ができるかもしれないって事だよ。」


「本当ですかっ?」


「ほほ、相変わらず変わった子じゃてのカムイ。さてタクミ殿、お主の力の見せ所じゃ。」


「僕に何が出来る?」


「なに、外でアクア殿とその子が呪唄を歌ってくれておるから簡単じゃ。レオン王子が先ほどやった様に、精霊達に願うてみい。」


「えっ? そ、そんな事今までやったこと…」


「ならばレオン王子は死ぬの。」


「「そ、それはダメだ!!」」


タクミとマークスが同時に叫ぶ。

「悔しいが私では風神弓は扱えぬ…タクミ王子、頼む。レオンを助けてほしい。」


「タクミ、お前に風神弓が託されたのには意味があるようだ。お前の力、ここで発揮しなくてどうする。」


「私も、手伝います。タクミさん。弟を、レオンさんを助けて…」


兄2人と妻カムイの瞳を見て、タクミはぐっと頷き風神弓を両手で持ち願う。

カムイもその上に手を乗せてタクミの手を握る。

タクミとカムイはお互いを見合い頷いて念じ始める。

精霊たちよ。

どうかレオンを助ける力を貸してください。

神器を通し生きる力を彼に与えてください。

姿は見えないが風神弓の藍玉の光が一層増しタクミとカムイの手に光の弦が絡む。

と同時にカムイの胸の竜石のペンダントがふわりと浮いて発した光がタクミとカムイを包んだ。

あまりの眩しさに目を閉じそっと目を開けると、2人の周りに色んな形の小人が浮いているのが見えた。

カムイのクセっ毛に絡まって遊んだり、タクミの髪や飾りにじゃれたりしている。

「君たちが、精霊、かい?」


相手から言葉は帰ってこないが友好的なのは解った。

「いつも君たちが力を貸してくれているんだね…ありがとう。会えて早々だけどお願いがあるんだ。レオンを、大切な家族を助ける力を貸してほしい。」


「お願いします。この子を、レオンを助けたいんです。」


精霊たちは『この子知ってるー!!』という様な動きをしている。

「レオンは魔導士だから、きっと僕らより沢山君たちと話をしてるんだと思う。僕の妹も見えると言っていたよ。今、このレオンにサクラも助けてもらっているんだけど、僕らもレオンを助けたいんだ。」


「…お願い…」


カムイが話そうとすると精霊達が一斉にカムイの顔の前に集まりわちゃわちゃと何やら話をしている。

『君、龍だね?』


『あっちの龍だよ。』


『ああ、あの龍の子かー』


『龍の力は小さいねー』


『人間の血が入ってるからじゃないかなー』


確かに甲高い声でそう話しているのが聞こえる。

「…そう。彼女は龍の血を濃く継いでる。母親は人間だ。彼女は僕の妻。そして彼は、レオンは僕の義弟、あの木の弦の中が僕の妹だ。」


『みんな龍だ』


『龍だね』


『色んな色の龍がいるねー』


『いいよー』


『手伝ってあげる』


精霊たちはそういうと風神弓の中に飛び込んで行く。

その数はどんどん増えていき藍玉の光は金の光に変わって行った。

ふと意識を戻すと精霊たちの姿は消えて風神弓へ飛び込む光だけが見える。

目の前のカムイはきょとんとしてタクミを見ていた。

「今の…」


「うん。精霊たちが教えてくれる。言う通りにやろう。」


タクミとカムイの手を包む光の弦は大きな繭の様になっていく。

ゆっくりと手を広げレオンの体に添わせると一気に光が吸い込まれるように入っていく。

衝撃もなにもなく、自然に水が地に吸い込まれる様に。

繭の光が全て吸い込まれると風神弓の光も消えた。

その時大きくレオンが息を吸い吐く。

レオンの体は息を吹き返した。

サクラを覆う弦の1本がレオンの右手に絡みつき、その光をレオンにも流し始めた。

「持ち主を護りたい気持ちはお前も同じか…」


タクミはその弦を撫でて握る風神弓に語り掛ける。

「風神弓よ、レオンとサクラを助けてくれ。」


風神弓はまた光はじめ、レオンの体の下から風が舞い上がり風神弓ごとレオンの体を持ち上げると、彼の体はサクラの様に風に包まれていく。

「…これでしばらくは待てと精霊たちが言ってる。レオンもサクラも助かるよ…」


「はい…ありがとう、タクミさん。」


カムイは目を潤ませてタクミに飛びつき それを受け止めて抱きしめる。

「僕にもこんな役目が出来たなんて…」


「何を言う。タクミ殿だからこそ出来るのじゃ。お主の違和感は脳筋バカの兄や姉に抱いたものであろ? 髪質も兄や姉と違うのはお主とサクラ殿の2人。それにはきちんと役割を分ける意味があったのじゃ。神器は持ち主を選ぶ。ミコト様が選んだのではないのじゃ。ま、そういう事じゃの。」


タクミは兄の前でそれをズバリと言われるが、自分が今まで抱いていた違和感や劣等感をこの一言で掃う事が出来、落ち着いて状況を飲み込むことが出来た。

「タクミさん、やっぱり凄いです。レオンさんもサクラさんも助かって、あなたがやっぱり凄い人なんだって実感出来て認められて…私…うれひ…うわあああん!!」


カムイは泣き笑いのぐしゃぐしゃな顔で縋りつく。

「…ありがとう。カムイのお陰だよ…」


「次から、自分の事、悪く言ったら、許しませんからっ!!」


「うん、解った…ほら顔拭かせて。」


もう鼻水なのか涙なのかわからないカムイの濡れた顔を、苦笑いしながら拭いてやっているとリョウマが近づいてきてタクミの頭に手を置く。

「よくやったな、タクミ。俺は誇らしいぞ。」


「何が何だかわからない内だったけどね…」


「何を言う。オロチの言う通り、俺には出来ん事だ。素晴らしい力だ。」


リョウマがくしゃりと頭を撫でると、タクミは照れくさそうに笑った。

「ありがとう、タクミ王子。本当に、本当にありがとう…」


「タクミ王子、ありがとう!」


マークスとエリーゼがタクミの前に座り、目頭を押さえながら頭を下げて礼を言う。

敵だった頃は恐ろしい相手だったマークスが、実は家族の事に関してはこんなに愛情深い人だと知ったのは姉のヒノカと結婚してからだった。

それを思うと、兄リョウマの方が堅物で不器用かもしれないと笑いながら答える。

「大切な家族の為です。僕でもお役に立てて、本当によかった。」


「はいはい。感動場面じゃが、皆撤収じゃ。ここはこのままで大丈夫じゃ、神器の邪魔はすまいぞ。アクア殿、もうよいぞ。」


オロチの声にアクアとシグレの唄も止み、天幕にはオロチが結界を作りその日は全員天幕に戻った。

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