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リリスの転送にも大分慣れてきたレオンは久しぶりに野営地からキャッスルに戻って来た。

「リリス、ありがとう。今晩はこちらに泊まるから、また明日の朝頼むよ。」
『畏まりました。』
ゆっくりと歩き透き通る空の夕焼けを見ながら白夜風の建物に入ると使用人が数名慌てて玄関に座り出迎える。

「レオン王子様、今日お帰りだったとは、お伺いしておらず…申し訳ありません。」
「いつも急だから構わん。すまないね。居る?」
「はい。お部屋におられます。喜ばれますよ。夕餉はいかがされますか?」
「間に合うならお願いしよう。」
「畏まりました。お着替えをご準備して後程伺います。」
玄関横の踊り場で鎧を外し、歩きながら剣や法衣を渡し身軽になって屋敷の奥に向かうと歌声が聞こえてきた。そっと近づいてみると白夜調の庭に降りて風に吹かれ小さな声で唄を歌いながら精霊と戯れているサクラの姿があった。レオンの顔にも自然に笑顔が浮かぶ。夕焼けの赤い空の色に照らされたサクラの髪や肩掛けがとても綺麗にマッチして見ているこちらが幸せな気持ちになる。しばらくそのままこの景色を眺めていようとしたらふわりとサクラの元から自分の所に精霊が気付き寄ってきてすぐにばれてしまった。

「レオン、おかえりなさい。」
「ふふ、ただいま。折角綺麗な花を愛でてたのに…うん、ただいま。皆元気だった?」
「皆あなたに会いたがっていましたから。」
「僕の方もだよ、ほら。」
レオンがそういうとレオンの近くにいた精霊達が一斉にサクラの元に寄りじゃれる。

「わっ。あは…おかえりなさい、皆さん。」
「僕も皆も君の事が大好きだから。」
サクラに近づき抱き寄せるとサクラもその胸に体を預ける。ふわりとブリュンヒルも浮いてアピールする。

「ふふ、おかえりなさい。ブリュンヒルデ。」
サクラが指で撫でるとポムと花びらを散らす。

「お前は一体誰の神器なの?」
ブリュンヒルデに手を出すと素直にレオンの手に乗る。

「あーーーー、いい香り、サクラって気持ちいいよね。」
「太りましたか??」
「そうじゃなくて癒されるってことだよ。僕としてはたとえ君が太っても愛せるけど。」
「そうなんですよね…貧相な体つきなのでもう少しは…」
「サクラはサクラでしょ?」
笑いながら庭から上がり部屋に入るとレオンは驚いて立ち止まる。部屋の中にはきめ細やかな生地に同じ白で装飾を施してある白い打掛が飾ってあった。

「…わぁ…」
「今日出来上がってきました。素敵ですよね。」
「近くで見ていいかな?」
「はい。」
近くに寄って手触りや柄をみるとレオンはため息をつく。

「素晴らしいよ、白夜の生地も装飾も…本当になんて綺麗なんだ…」
「オボロさんが仕立ててくれました。」
「タクミの臣下の? 彼女こんな事が出来るの?」
「オボロさんは元々大きな呉服屋の娘さんなんです。目利きで着物を縫うのもお手の者なので。」
「へえぇ…凄いなぁ…ねぇサクラ、これ着れないの?」
「え? あ、羽織るだけのものですから出来ますよ?」
「ちょっと着てみてくれないかな?」
「はい、ではお手伝い願えますか?」
サクラは打掛を取りレオンに持ち方を説明して着せてもらい静々と前に歩きシュルリという衣擦れの音を立てて打掛を広げる様に振り向きまっすぐ立ちなおすとレオンを笑顔で見つめる。

「サクラ、そのまま立ってて。」
レオンはゆっくりサクラの周りを歩いてその姿を焼き付ける。ため息が漏れるほどの美しいその姿に一周回った所で座り込む。

「はあ…素敵だよ、本当に。女神様みたいだ。」
「大袈裟です。」
「いや本気だよ。本当に本当に綺麗だ。君にはやはり暗夜の服よりも白夜の着物が似合うね。」
「私は暗夜のドレスも着てみたいです。姉様の御式の時に皆様の物を拝見した事がありますが素敵でしたから。」
「そうかい? うん、でもそれもいいかもね。今度準備しよう。そういえばヒノカ姉さんは君のこの姿を見たのかい?」
「はい、今日オボロさんと一緒に来られて。泣かれてました。」
「そうか。ならご挨拶に行かないといけないね。明日の朝挨拶してから帰るよ。」
「今晩お泊りになれるのですか?」
「うん。久しぶりに。」
「嬉しいです!!」
サクラは座っているレオンにふわりと抱き着く。あれからサクラは療養に集中するためキャッスルに居る。レオンと共に居たいとサクラには言われたが結局オロチに2人で相談し やはりキャッスルにいた方が良いという事になったのだ。サクラはとても嫌がったがあの状態から回復したばかりの体に無理をさせたくないのもレオンの本心だった。頑固なサクラを説き伏せて今に至る。お陰でサクラは順調に回復しもう復帰して良い状態になっているが婚姻が終わるまでまだ離れて生活をしている。婚姻まであと半月足らず。準備も最終段階に入っていた。

「お着替えをお持ち致しました。夕餉の準備も整いましたのでどうぞ。」
サクラに着物に着替えさせてもらい食事に向かう。白夜式の生活にも大分慣れて箸も使える様になった。落ち着いたらゆっくりサクラにも暗夜式の生活を教えなくてはならない。姉のカムイにそうしてきた様に。それもレオンにとっては楽しみだった。白夜の食事は味付けこそ薄く感じるがとても上品な味でレオンも気に入っている。

「この着物もオボロさんですよ。」
「うん、この前いきなりヒナタとオボロに連れて行かれて寸法図られて…びっくりしたよ。タクミは笑ってるしさ。」
「タクミ兄様からの贈り物だそうです。まだ他にもありますよ。」
「そうなの? 一言もなかったけど?」
「ふふ、兄様らしいです。箸の使い方、上手になりましたね。」
「タクミと姉さんに特訓してもらったからね。ほら、マメもとれるよ。」
ひょいと大豆の煮ものを一つ掴んで見せるとサクラは笑う。食事を済ませお茶を飲んでいるとパタパタと走る音がして「んしょっ」という声と共に障子が開く。

「レオンおじしゃま!!」
炎の様な赤い髪の小さな子供が嬉しそうに笑って立っていた。

「ジーク…? ジーク!」
レオンは立ち上がりジークベルトを抱き上げるとジークベルトは嬉しそうに頬にキスをしてくる。レオンもジークベルトにやり返して額をグリグリと擦り付けると楽しそうに笑う。

「とーしゃまと同じーっ。」
「父様もするか。はは、そういえば僕らもされた覚えがあるよ。大きくなったな、ジーク。元気だった?」
「はいっ。」
「久しぶりね、レオン。」
「ヒノカ姉さん。ご無沙汰してます。」
「元気そうで何より。あなたが帰ってるって連絡があったからすぐに。丁度ジークもこちらに来ていたから。」
「ジーク、あっちはどうだ、寂しくないか?」
「みんな居るからだいじょうぶー。ジークつおいもん。」
「いい子だな、お前は…」
レオンはまたぐりぐりと頬擦りしてジークベルトと笑いあう。ヒノカの息子ジークベルトは兄マークスの息子。髪の色こそヒノカだが目元や髪のクセなどはマークスにそっくりでレオン達暗夜のきょうだいも白夜のきょうだいも皆とても可愛がっていた。

「サクラおばしゃま!」
「いらっしゃい、ジーク。きゃ、ふふ…」
「あのね、この前シノノメがねー、おしゃかな採ってて~…」
レオンから飛び降りてサクラに抱き着き膝に甘えながら色んな事をサクラに話して聞かせている。その姿を見ているとやはり亡くしてしまった子の事を思い出し胸がチクリと痛む。

「行軍はどうなってる?」
「今のところは順調。でも眷属の勢いが止まらない。平行線ではあるけど兵が疲弊する。」
「そう…私もいければいいんだけど…」
「ヒノカ姉さんは今はキャッスルの要だ。頼りにしてるよ。」
「ふふ、そう言ってもらえると頑張らんとな。」
「ほら、話し方、戻ってるよ。」
「戦の事になると話が別だろう? それなりになるさ。」
「相変わらずだねぇ。カムイ姉さんがまたこちらとあちらの行き来を提案してる。どう思う?」
「とても大きな移動になるからな…だがその方が少しでも兵が休まるかもしれん。ただリリスにも負担がかかろう。」
「リリスはこの位なんてことないとは言ってる。そのために僕らが龍脈を定期的にまわってるんだから。」
「まぁ、な。私としては一晩でもそうして兵達に休息を与えてやれる事には賛成だ。野営時の遭遇戦で下手に体力を削らんで済むし、今はサクラもこちらに居る。回復関係の人間にも負担がかかろう。」
「エリーゼやツバキ達が頑張ってくれてるけどね。やっぱり2人が揃わないと…」
「すいません、ご迷惑かけて…」
「それはそれだよ。そのために沢山の人間が居るんだ。協力しなくちゃね。」
「はい。」
「きょうりょくってなぁに?」
「ジーク。大人の話に口を挟むのではない。」
「いいよ。うん。皆で力を合わせて頑張る事だよ。ジークもシノノメ達と頑張ってるだろ?」
「…うん。ていおうがくのべんきょうするの!」
「は?」
「…マークス様が何か語ったらしくてな…」
「兄さん…子供にそんな難しい事言ってもまだ分からないだろうに…」
「落ち着いたらレオンにも家庭教師を頼みたい。頼めるか?」
「僕が? 次期国王とそのお妃さまの頼みであればお受けするほかないけど、僕は厳しいよ?」
「カムイから聞いたことがある。かなり手厳しく教育されたとな。次期国王とかいうならその位の教育でなくてはいかんという事だ。」
そう言って笑いあう。サクラもジークベルトの話を聞きながら時を過ごす。早くこれが日常になればいい、そう願いながら過ごした。

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夜中にレオンが目を覚ますとサクラが居ない事に気付き体を起こす。縁側に座る陰を見つけて静かに障子をあけるとサクラが座り光の玉と遊んでいた。

「サクラ、その子…」
「はい、あの子です。」
その光はレオンとサクラの子。宿ったまま亡くなった二人の子だった。今は精霊となりもう殆ど記憶もない筈だがサクラの話だと時々こうして会いに来るのだという。

「精霊になってもう時間が経つのに…まだ記憶があるのかな…」
レオンがそう言いながらサクラの隣に座ると光はレオンにもじゃれてくる。そっと手で囲んでやると喜ぶような素振りを見せる。

「久しぶりだね。元気そうでよかった。」
「父様に会いに来たのよね。」
「そうか。ありがとう。」
サクラと戯れる光を見ていると、先ほどのジークベルトとの姿が浮かぶ。医師の見立てではもう体には負担はないとの事だが、続く戦いは今からが激戦となる。透魔王国に入れば今まで以上に辛い戦いとなるだろう。そんな状態でサクラに体の負担を強いる様な事は極力避けたいと思うが、ヒノカやジークベルト、その他の親子を見ていると羨ましいとも思う。早くサクラに自分の子が抱かれ共に笑いあうその時が早く来ればいいと願っていた。

「さ、母様達ももう寝ます。あなたもお休みなさい。」
サクラがそういうと光はサクラとレオンの頭の周りをくるくると回りふわりと上に上がって消えていった。しばらく2人で見送る。サクラを横目に見ると静かに光が消えた場所を見ながら小さく微笑んでいる。

「子供、やっぱりかわいいね。」
「はい。そういえばこの前シノノメがそこの池に落ちたんですよ。鯉を捕まえようとしていたみたいで、オロチ姉さまに怒られてました。」
「はは、シノノメは相変わらず元気だねぇ。」
「明るくてとても良い子ですよ。面影もリョウマ兄様そっくりで。」
「そうだな。ジークもマークス兄さんに似てるよ。」
「目元なんかはそっくりですよね、マークス兄様に…あの子はあなたに似てました…」
サクラは遠くを見る様にして亡き子に思いを馳せる。少しの間人型を成した亡き子は笑った顔が優しくサクラに似た子だった。レオンは目を伏せてため息をつく。

「サクラ…婚姻まであと少し。きちんとしてからのつもりだったんだけど…」
「はい?」
「…子供、欲しいね…」
「……はい…」
「今続いている戦は今からどんどん激化する。僕ら男はいいけど、やはりそうなると女性にはとてつもない負担が色々とかかる事になるだろう。多分タクミとカムイ姉さんも何か考えがあってまだ子供までは作っていないんだと思う。正直僕もそれは考えたけど、やっぱり子供と一緒にいる君はとても幸せそうで、出来るならその幸せを僕からも早くあげたいなって…」
「はい。」
サクラはニコニコとレオンを見ている。

「サクラ…笑顔はとっても嬉しいけど、意味は解ってる?」
「はい、解ってます。」
「ええと…兎に角 部屋へ入ろう…」
「はい。」
レオンはサクラの手を取り障子を開けて部屋に導きながら頭を抱える。

「本当に君と2人だと調子が狂うよ。」


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朝食を食べて一休みしてからレオンは軍へ戻る準備を始めていると来客があった。サクラの着物などをお願いしているタクミの臣下オボロがレオンに生地を見せる為にわざわざ早朝から来てくれたらしい。

「お帰りになるところでしたか。申し訳ありません。」
「いや、こちらこそ朝早くからわざわざすまないね。でも私は式当日は白夜調の服は着ない予定だった筈だが。」
「いえ、これは御きょうだいの皆様からのたってのご希望で。」
「え?」
「お式の時は暗夜式で、お式が終わり次第お着替えをされて白夜式の着物をお召しになって皆様に祝福して頂くと。」
「ええと…待ってくれ。式は確かに暗夜の神殿で行う。だが軍に属している王族の男は基本は鎧を着て式をするんだ。もちろん兄もそうだったし、私も…」
「はい。存じてます。」
オボロが笑顔でそういうとスパンと障子が開く。

「あら、駄目よ。折角のお式なのにそんな堅苦しい格好で。」
「カミラ姉さん!︎?」
「オボロ、朝早くからレオンの為にありがとう。本当に助かるわ。本当に暗夜の王族の男の式は冴えないのよ。新しいご縁が折角あったんですもの。やはりここは新しく風を吹かせないとね。」
「いえ。私の見立てでお役に立てるのならば。」
オボロは深々とお辞儀して笑顔で答える。気付くと隣の部屋が何やら騒がしい。ツカツカと歩いて行って襖を開けるとカムイやタクミ、サクラまで入って生地を広げてあーだこーだと話し合っていた。

「レオンさんはやはりこの少し蒼みがかった色が似合いますよ。」
「それも良いけど髪が金色だから、白地に金糸のこっちなんかも似合うと思うんだよね。な、サクラ。」
「そうですね。でも私としてはこの緑のものも好きです。似合うと思います。」
「この際リョウマ兄さんみたいに真赤?」
「いやいや、目出度い色だけどそれはレオンには違わないか?」
「あ、法衣と同じ紫なんてどうでしょう?」
「「あー、いいかも。」」
「…君達、何やってるの?サクラまで…というかいつの間に来てたんだ?」
「あ、おはようございます、レオンさん。昨晩遅くにこちらに帰ったんですよ。」
「今、君の着物の生地を選んでるんだよ。折角だからね、いいものを揃えないと。カミラ姉さんはどれがお好きです?」
「そうねぇ、レオンは子供の頃から何を着ても似合うから、どれも素敵なんだけど、こんなにあったら迷っちゃうわね。さ、レオンちょっとおいでなさい。」
カミラに背中を押されてタクミ達の所へ連れて行かれ布を色々とかけられる。あーでもない、こーでもないといいながらレオンは着せ替え人形と化した。幼い頃にカミラに着せ替え人形にされた記憶が蘇る。

「ちょっと!行軍はどうなったんだよ?もう僕は帰らないと!」
「今日は休養日です。昨晩遅くに見張り隊以外はこちらに帰還しましたから。昨日の軍議で先日から出していた案が通って急に決まったんです。」
「だからゆっくりレオンに付き合える。後リョウマ兄さんやヒノカ姉さん達もくるよ。」
「ええ?そんな伝令全くなかったじゃないか!」
「急だったのですいません。」
「レオンの仕事はゼロやオーディンが頑張ってくれたから心配いらないよ。僕も手伝った。」
「…サクラ、知ってた?」
「いえ、もちろん知りませんけど…でもこうして皆さんが来てくださったんですから良いではないですか。」
「サクラもそう言ってくれてるんだからいいんじゃない?」
「カミラ姉さん、僕を嵌めたね?」
「いやぁね、人聞きの悪い。あなたが勝手に網の中に入ってきてくれたんじゃない。」
カミラはウインクしながらにっこりと穏やかに微笑む。レオンは天井を仰ぎ見て盛大にため息をつきうなだれた。

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