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朝からキャッスルは賑やかな声がしている。静かなサクラの屋敷にもその賑やかさは届きレオンは目を覚ます。暗夜人特有の朝の弱さを持っていたレオンだが、このキャッスルで生活をする様になってから昼夜の感覚がはっきりと体に刻まれ白夜人と同じ様に朝起きれる様に変わっていた。まあ起きてすぐに体を動かせない事はなかなか変わらないものだが。隣でモソリと動く感覚で目線を動かすと布団を肩まですっぽりとかけて丸まったサクラが気持ちよさそうに眠っていた。その顔を見て自然に笑顔が零れる。

「おはよう、サクラ。」

まだ寝起きで声が出ない為、口パクで朝の挨拶をし顔を眺めているとサクラも気配を感じでゆっくりと目を開けレオンを見ると笑顔で同じように声をかけてくれた。

「おはようございます、レオン。」

互いに笑顔で抱き合いゆっくりと体を起こす。障子を閉めていても解る位に外はとても良い天気だった。

「…いよいよ、だね。」
「…はい。」

今日はレオンとサクラの結婚式当日だ。



キャッスルには白夜暗夜両国の神殿が設けられている。互いの国の信仰心もあつく戦の最中だからこそやはり心の安寧の為にも神に近い場所は必要なものだ。カムイがこのキャッスルを作ってからそれはすぐに設置されたらしい。王族も民も変わらずそこで儀式を行う。レオンとサクラの挙式もこのキャッスルで行われる事になっていた。兄マークスと義兄リョウマは第一王子で正規の王位継承者の為自国の神殿で式を行ったがレオンは第三王位継承権。妾の子である彼は王子ではあるが自国での挙式にこだわらずいた。だが相手はきちんとした白夜王国の正室の子。流石のマークス達も自国での挙式を勧めたが派閥などの確執もある為リョウマとサクラがレオンの考えに理解を示しこのキャッスルで挙式を行い自国でのお披露目も信用に足る家臣のみの小さなもので済ますことになった。

「全く…お前はれっきとした私の弟で第二王子だぞ。サクラの為にも自国できちんと式を…」
「マークス様、レオンにはレオンの考えがあります。サクラの事も考えてくれた上での事だという事は解っておりますし、リョウマ兄様達もOKを出したならそれでよいではありませんか。」
マークスが控室でレオンに小言を言っているのをヒノカが遮る。

「妾の子は妾の子だよ。それはどんな状況になっても暗夜の考えでは変わらない。」
「沢山いた妾の子の1人だとお前は昔から言うが、その中でも研鑽を重ね生き抜いてきたのはお前自身の努力ではないか。堂々として居ればよいのだ。我らきょうだいが何としてでもお前もサクラも、ヒノカも守ってみせるとも。」
「カミラ姉さんはこの戦が終われば王籍から外れる。いずれエリーゼも。そうなれば残るのは兄さんと僕だけだ。」
「レオン、マークス様やあなた達の絆の深さは私も良く知っている。だからこそ迷惑をかけない様にと気にしているのかもしれないが今は私も居る。縁で実の妹もこちらの王家に嫁ぐことになった。大丈夫だ。私が守る。」
「ヒノカ姉さん、本当に頼もしいよ。実は頼りにしてる…お願いするね。」
「ああ、必ず守る。心配するな。」
マークスの妻として嫁いだ白夜王国第一王女のヒノカは兄リョウマに似た豪胆な女将軍だ。結婚前も「天かける戦姫」と呼ばれその美しさと戦のセンスに誰もが目を奪われた。今はどちらかといえば後衛支援での戦いが多いがそれでも大切な補給や回復部隊を守り抜くその力がとても頼れるものとなっていた。偶然とはいえ同じきょうだいの妹を娶る事になったが慣れない環境でサクラが迷う事が無い様にヒノカも協力してくれる事がとても心強い。素直にそう答えたのだがその隣でマークスが渋い顔でレオンを見つめていた。

「私のいう事よりもヒノカのいう事を聞くのか…」
「何言ってるの、兄さん。兄さんは兄さんでしょ。サクラの事もあるからヒノカ姉さんに頼んでるんだよ。」
マークスは項垂れて椅子に腰かけヒノカの腹にすり寄る様にして甘えている。兄のこんな姿もなかなか見れないものだがこうして寄り添う姿が見られるのは弟としても何となく嬉しい。ドアのノックの音が聞こえ返事を返すとゼロがドアを開けて姿を現した。

「失礼します。レオン様、サクラ様のご準備が整ったようです。」
「解った…ゼロ、お前正装はどうした。この前カミラ姉さんが準備を…」
「ああ、あんなもの俺には似合わないですからね。俺はあなたの影。これで充分イケるんですよ。式もちゃんと式場では見てますのでご安心を。付き人はオーディンに頼みました。」
ゼロは正装せずいつもの恰好だった。そういうと後ろからいつものソーサラーの服よりも少し豪華で綺麗な羽がついた姿で緊張した面持ちのオーディンが姿を現す。

「レオン様、俺が代わりにつくことになりました。よろしくお願いします!」
「安心して式をされてください。不穏な奴は俺がイイ感じにイカせてやりますから。」
「俺も念のため魔導書を持って入ります。ご安心下さい。」
見た目が大丈夫そうに見えない2人だが自分の臣の中で一番信用のおける直属の臣下だ。こんな時も自分を守ろうとしてくれる2人にレオンは微笑み返した。



鎧に法衣、その上に豪華なローブを纏いサクラの元に行くとサクラはあの白い花嫁衣裳で微笑んで立っていた。その姿は後ろの大きな窓から差し込む太陽の光に照らされ光り輝いて見え思わず目を細める。

「…綺麗だよ、サクラ…本当に綺麗。」
「レオンも素敵です。」
「行こうか。」
「はい。」
そう言ってサクラの手を取ろうとすると神殿の外から兵士が走って入ってくる姿が見えた。直ぐに奥の部屋が騒々しくなり様子を見ているとタクミがしかめっ面で大股で歩いて来た。

「どうしたの。」
「現世に眷属が現れた。しかも3部隊分。これから僕らはすぐに準備して出撃する。君たちはこのまま式を続けてくれ。」
「なんだって? 3部隊!?」
流石のレオンも驚いて表情を変える。通常眷属との遭遇戦などは2部隊が最大だが、今回は何故か3部隊というかなり規模の大きなものだ。

「状況は?」
「いいから、とにかく君たちはこのまま。参列できなくてごめん。終わったらすぐに帰ってくるよ。出れる者はすぐに準備を。回復、補給も今回は多めに連れて行く。装備忘れが無い様にしろ。」
タクミはすぐに振り向いて走りながら指示を出して準備を始めた。レオンはその背中を見て小さく舌打ちをする。よりにもよって何も今日…そう思っているとサクラに声をかけられた。

「レオン、行きましょう。」
「…サクラ…」
「今はこんな事をしている場合ではありません。それよりも被害が出ない様にしなければ。私も準備をします。」
「君は…」
「時間がありません。行きましょう。すぐに準備をします。カザハナさん、手伝ってください。」
「…はいっ!!!!」
サクラの姿を見送ってレオンもすぐにローブを脱ぎオーディンやゼロに指示を出す。

「行くぞ。すぐに馬と隊の準備を。急げ!!」

他の部隊から少し遅れて星界の門をくぐり出た場所は暗夜国境の山間にある小さな関所と村だった。

「レオンさん!!」
「状況は、姉さん?」
「式当日なのに…何故…」
「それよりも敵と民だ。被害は?」
「怪我人が出ているものの今の所民にはそこまでの被害はありません。今散らばって敵と交戦しながら対応しています。怪我人の対応にはジョーカーさん達に行ってもらっています。」
「タクミ、僕はどこに行けばいい?」
カムイの後ろに静かについて来ていたタクミに声をかけると呆れた顔でため息をつかれるがすぐに指示を受ける。

「水場は今天馬隊と忍隊が探してくれている。今はとにかく民を誘導して安全な場所へ移動している所だ。」
「そうか。ゼロ、お前も探索へ。オーディン、お前は誘導と結界にまわれ。」
「了解です。」「はいっ。」
側に控えていた臣下の2人にに指示を出すと身軽に走り直ぐに姿を消す。

「タクミ兄様!」
「サクラ!?」
「サクラさん、何故?」
「兄様、カムイ姉様。私ももう出れます。お手伝いします。」
「レオンもサクラも、式当日だというのに…ごめんよ。」
「とにかくさっさと終わらせよう。」
水場が見つかり動きが出てきた戦いは思った以上に苦戦を強いられた。今回の水場は規模が大きく湧いてくる眷属も重騎兵が多いうえ、暗夜国内という事もありノスフェラトゥなどの魔物がその眷属の魔気に誘われ集まってきていた。アクアや先日合流したばかりのその息子シグレの呪歌である一線からは侵入は止めるものの人の喉である以上タイムリミットがある。止めている間に水場を潰しにかかるが湧き出る眷属の勢いが収まらず一進一退を繰り返していた。

「くそっ、キリがない!」
タクミが舌打ちをしながら風神弓から矢を放ち続け、その側でカムイとヒナタ、オボロの隊が交戦している。

「タクミ、私が竜に…」
「いや、今竜化したら君が危ない。」
「でもその方が水場には最短で行けます!」
「竜になった後の時間を考えろっ!おめぇがやべぇだろが!!」
「ヒナタの言う通りだ。ジリジリとだけど少しづつやるしかない。」
「…どいてて。」
カムイが歯ぎしりしていると離れて戦っていたレオンが静かに後ろからやってくるが様子が違うのを見てカムイは目を見開く。体から立ち上るオーラと共に魔力の増幅を感じたカムイは直ぐに近隣の隊に指示をする。タクミがすぐにカムイを抱き風神弓を使って空へと飛び空中から全体に響く様に声を発する。

「皆さん、その場で止まって!!!」
「軍の者、動くな!!! その場で止まれ!!!」
それからすぐにレオンが振り上げた手から大きな球が現れそれはみるみる大きくなっていく。地から湧き上がる様な強大な魔力に敵も動きを止め逃げ出していく。ブリュンヒルデは増幅の光を激しく発している。

「散るがいい。」
小さな呟きと共に放たれた大きな重力の玉は直ぐに弾け地を滑る様に四方に散らばり木や岩ごと大型の魔物まで粉々に砕く。逃げる魔物も誘導弾の如く追尾し追撃が終わった球は消える事無く他の場所へ散っていく。レオンが馬上で指をすいすいと動かしその中の玉を水場に向かわせ、タクミもそれに合わせて動き水場近くの軍へ指示を出していった。水場に到達したその玉は次々と重なり湧き出る眷属を抑え込み閉じさせていき、苦戦して長くなっていた戦いは数分の間に幕を閉じた。あまりの事に軍もカムイも唖然としていたがタクミの声で意識を戻す。

「レオン!!!」
カムイが視線を戻すとブリュンヒルデの光が消えると同時に力を無くし馬から落ちていくレオンが目に入った。



早く終わらせて帰ろう。帰って式の続きをしなくては。

レオンはずっと頭の中でそう唱え続けていた。やっと叶えたサクラとの結婚。あの綺麗な衣装を来て微笑むサクラと共に儀式を受けて晴れて指輪を交わして夫婦に…そこで意識が覚醒した。

「目が覚めた?」
目の前には愛しいサクラではなくニュクスの顔。一瞬驚くがすぐに真顔に戻る。

「何故あなたが?」
「調整もまだうまく出来ない癖に暴走したのは誰かしら。本当にまだ未熟ね。」
ニュクスの周りを見ると無数の精霊を纏わせていた。自分の側に居る精霊達と比べても圧倒的な数の違いに驚き口をポカンと開けてニュクスの顔を見る。

「精霊を纏わすというのはここまで来てから言うものよ、僕?」
周りを見ると木の洞の中の様だ。苔と木の根、植物の弦が沢山ある場所に寝かされていた。

「精霊は自然のもの。こういう場所の方が力を分けてもらいやすいの。覚えておきなさい。」
そういうとレオンの額に手を近づけてきた。

「待ってください、サク…は…」
ニュクスに聞く間もなくレオンの意識はまた遠くなっていった。

ピチャンという水が落ちる音でレオンが目を覚ますとまだ木の洞の中に居た。

今は…

目を擦って違和感を感じて手を見ると、左手の薬指に指輪がはめられており慌てて飛び起きる。

そうだ、僕はサクラと式を。その前に戦闘が起きて…

頭を整理しながら自分の姿をみると鎧ではなく夜着を着ていた。ますます慌てる。

待ってくれ、あれから何日経った? 式をしていないのに何故指輪を? サクラは?

とにかく状況を把握しないと、と洞からはい出ると目の前には着飾った面々が勢ぞろいしていた。レオンは訳が分からずそのままその場に立ち尽くしてしまった。

「レオン様!」
「レオン様が目を覚まされましたよー!」
オーディンがレオンの元に駆け寄りローブをかけ、その側に居たラズワルドが皆に声をかけると間から花嫁衣裳を来たサクラが姿を現しレオンの姿を見ると嬉しそうに走り寄りレオンに抱き着いた。

「よかった! レオン、目が覚めたんですね。」
「サクラ…」
夢にまで見ていたサクラに思わず抱き締め返す。感触と香りを確かめ堪能しながら何度も深呼吸をする。

「そうだ、サクラ、式!!!」
「はい。今真っ最中です。」
「は?」
そう言われて周りを見ると皆が笑顔で祝福の言葉をかけてくれた。

「おめでとうございます。」
「おめでとう。」
「おめでとーございまーーす!」
「…これ、どういう…」
「ここは神殿の庭です。お天気も良いですし温かいですからレオンが眠っている庭でと。もう目覚めるとニュクスさんも精霊も言っておられたので。」
「え?」
後ろの自分が出てきた木の洞を見るとニュクスがその空間を広げて巨大な木を出現させていた。

「おはよう、坊や。目覚めはどう?」
「最悪です…」
「あら、愛しい人をその手に抱いていて何が不満なの?」
「勝手に指輪はされているわ、式は何やら始まっているわ、どういう事です?」
「正式に言えばまだ始まってはいないわ。今からよ。さ、出来た。司教様よろしくお願いします。」
ニュクスが声をかけると司教が空を仰ぎながら笑顔で近づいてきた。

「ほう…私も初めて見ます。これが神の木ユグドラシルですか。」
「ユグドラシルと繋がっている木と言った方が合っていますわ。ユグドラシル自体は木というよりも世界を指しますから。」
「なるほど…流石ですな。今度私どもにもご教授願いたいものです。さあ、王子様始めましょう。」
「ま、待ってください。どういう…」
「御式の当日は残念でした。ですが一度私どもが代理で指輪と共に祈りを捧げさせていただきました。それ故既に神の前ではお二人はご夫婦という事になりますが、やはりきちんと式をさせて欲しいとのマークス王子様からの願いもありましてこの様な形にさせて頂きました。今日目覚めるとニュクス様からもお言葉を頂きましたし、指輪は先日サクラ王女様がレオン王子様の指にはめて下さいましたので、サクラ王女様のものを今からはめて差し上げてくださいませ。」
司教がリングピローに乗せられた結婚指輪をレオンの前に出して笑顔ですすめるとレオンは納得出来ていない顔で指輪を受け取りサクラを見る。サクラは嬉しそうに頬を染めレオンを見つめて微笑んでいた。その顔を見ると頭の中はそれ一色となりサクラの手を取って指に指輪を通す。

「偉大なる神と、その力を宿した木ユグドラシルの御前で改めて暗夜王国と白夜王国の新たな繋がりと繁栄を願いこの2人を夫婦と認める事をご報告申し上げます。神の祝福があらんことを。」
司教にすすめられ誓いのキスを交わすと大きな歓声と拍手が起こる。

「心配しました。」
「ごめんよ。早く終わらせようとして…」
「無茶は駄目です。」
「うん…」
「ニュクスさんが居てくれて助かりました。魔力を使い過ぎたレオンをあの木で助けて下さったんです。」
「ああ、あれ。確かユグドラ……ユグドラシルっ!?こ、これが神代の木で神と直接つながっているっていう…」
キスをした後額を合わせてサクラと話していたレオンは今更現実に気付いて驚く。ニュクスは儀式が終わったのを見て既にユグドラシルを空間に消していた。

「何、今気づいたの?」
「あ、ああーーーっ、もっと木を良く見たかったのに…」
「見るも何もあなたさっきまでその中で眠っていたじゃない。よかったわね無事に済んで。」
「そ、そうだけど……????? あーーーーーーーーーーーっ!!!!」
レオンは自分が夜着のまま豪華なローブをつけている事に気付き叫び声をあげた。

「なっ、なんでっ、鎧っ!!!」
「精霊の力を借りるのにあんな鉄の塊なんか纏ってていいと思ってるの? 寝惚けているのかしら。」
「そういう問題じゃ…なんて恰好で僕は……」
「とりあえず済んだんだからいいじゃない、格好なんてどうでも。」
「どうでも良くないよっ、一生に一度の大切な…サクラごめんっ!!!」
情けなくて涙目でサクラに頭を下げるが当のサクラはニコニコと微笑みながらレオンに返す。

「中身がレオンならいいじゃないですか、格好なんて。」
その声に会場の面々が笑う。サクラも声を出して笑い始めた。レオンは茫然としてその様子を見てため息をついてサクラを抱き締める。

「やっぱり僕は君といると調子が狂うよ…」
「ふふ、そんなレオン、私は大好きです。」
「…本当に強くなったよね、君…」
サクラと顔を見合わせながら笑っているとタクミとカムイが近寄ってきて祝福してくれた。

「おめでとう。とりあえず大事にならなくてよかったよ。」
「大事だよ。この状態が大事じゃないとでもいうのかい?」
「衣装と言ってもどちらにしてもいつもの鎧なんだから、一生に一度の思い出だから強烈なイメージがついてよかったんじゃない?」
「そうですよ。この方がなんだかレオンさんらしくていいですよ。」
「……姉さん、それフォローになっていないよ…」
「今から君はまた別の衣装に着替えなくちゃならないだろ。さっきカミラ姉さんがウキウキしながら控室に行ってたよ。」
「…忘れてた…タクミ、代わりに着てくれないか。」
「無理。頑張って。着物もあるんだからね。」
「着物の着付けは私がやりますから。」
「サクラ、楽しんでない?」
「楽しんでます。折角ですから。」
「レオン様ー、そろそろお着替えをー。」
フェリシアが呼びに来てレオンは大きなため息をついてとぼとぼと控室に向かった。空は青く澄んでいて緑も映える春の終わりの事だった。

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