・小さな花の間の話
・ツバカザ
BGM ねぇ。/ナノウ
「大丈夫ですか?」
「…平気よ、この位。」
眷属との遭遇戦で怪我をしたカザハナがツバキに担ぎ込まれたのは数刻前。
今回の遭遇戦は敵数がとても多くこちらもそれなりの人数で出たものの数で押されてしまった。
死者こそ出なかったが沢山の負傷者が出てしまい、サクラの取り仕切る診療所では治療者で一杯になっていた。
カザハナは自分の治療もそこそこに他の治療者の手伝いをししていた為キズを押さえていたサラシや布はすでに血で染まり、見かねたサクラが無理矢理カザハナを裏口の部屋に連れて行って治療をしていた。
処置をしている時にカラリと裏口が開く。
「失礼するよ。サクラ王女、こちらにあった杖を持ってきた。よかったら使ってくれ。」
「私手伝うよ。どこにいけばいい、サクラ?」
裏口から杖を抱えて入って来たのは暗夜第二王子レオンと第三王女エリーゼだ。
カムイが長を務めるこのキャッスルは暗夜・白夜が連合軍となり協力して戦う為の基地となっていた。
現に今治療所には暗夜白夜の兵士達で一杯で医療が進んでいる白夜の診療所とはいえ、流石に手一杯の状態だ。
「こちらからも杖の使える人間を連れてきている。指示をしてくれればすぐに動かせよう。」
「ありがとうございます。助かります。では表から入ってすぐの場所から順に治療をお願いします。」
「了解した。エリーゼ、頼むよ。」
「OK!! 任せて!! さ、皆表に行くよ!!」
エリーゼは裏口から出てすぐに指示を出して表に向かう。
様子を見送ったレオンが杖を部屋に置いてサクラに目をやるとカザハナの傷を見て顔をしかめる。
左腕上腕の刀傷は深く骨が見えそうなくらいのものだった。
本人が痛がっていないのは多分すぐに誰かが簡単にでも治療をしたからだろう。
だがカザハナの顔色は失血性のものかあまり良くない。
「酷いね…」
「あ、はい。治療もそこそこに手伝ってくれていたので…」
「彼女は、サクラ王女の臣下ではなかったかい?」
「はい、カ…」
「白夜王国王女サクラ様が臣下 カザハナよ。」
カザハナは強い眼差しでレオンを睨みつける。
カザハナの父は暗夜との戦争で命を落とした。
それから暗夜に対しての憎しみは消えず今の協力して戦っている状況でも怒りを露わにする事があった。
「カザハナさん。レオン王子はそんな方では…」
サクラがレオンを庇おうとするとレオンはカザハナの前に屈みサクラを手で制止する。
「ふん…これでは普通の杖では治りが遅いだろう。」
「はい…強い祓串はもっと症状の酷い方に使っていますから…この祓串でも連続すればなんとか。」
「それでは君に負担がかかるだろう。カザハナ、と言ったね。ちょっと失礼。」
「や、やめて触らないで!!!」
カザハナはレオンが傷を見ようとすると手を払いのけて拒絶する。
レオンは少し驚くが小さくため息をついてサクラを見る。
「サクラ王女、拒否されてしまった…これでは治せない。」
「暗夜の、しかも王族のあんたに治してもらうくらいならこのまま死んだ方がましよ!!」
「か、カザハナさん!!!」
「勇ましいね。流石白夜の女武者。その心意気は認めるけど、事実君は今余裕がないんじゃないか?」
「あんたに何が解るのよ。」
「私は魔導士だ。その人間の気の流れが解る。それに今動いたからまた血が出始めてしまった。このままだと間違いなく失血死だな。」
「抑えときゃ止まるわ!!」
「へぇ…とんだじゃじゃ馬だね…君がそんなではサクラ王女に負担がかかる。彼女に迷惑をかけたくなければ大人しくしておくべきじゃないかな。」
レオンが指をふわりと回し空に魔字を書き始めた所で、裏口がガラリと勢いよく開き誰かがズカズカと大股で入ってきた。
すぐにカザハナを押さえ付ける。
「きゃ、痛いっ、ツバキ!!!」
「…バカかお前は…死ぬぞ。」
「あああっっ、い、痛っっ!!!」
ツバキはカザハナの腕の傷を寄せる様にしてレオンを見る。
「レオン様、申し訳ありません。これでも俺の大切な相棒でして…治してやってもらえませんでしょうか?」
振り向いたツバキはいつもの笑みを見せているがその手はカザハナの血で染まりながら傷を抑えていた。
悲鳴を上げて抵抗するカザハナをツバキは馬乗りになって押さえ付ける。
レオンはふうと息をしてブリュンヒルデを片手に持ち、もう片方でカザハナの傷の上に手を添えて呪文を唱え始める。
「やめてっ、嫌だ!!! 触らないで!!!」
カザハナは暴れて逃れようとするがツバキはその手を離さない。
レオンの手に光が集まりカザハナの傷に降り注ぐ。
チリチリという音を立てながらカザハナの傷は少しづつ治っていく。
「もう少しだ、しっかり押さえててくれ。傷口をずらすな。」
「はい。」
「ああっ…ううう…」
サクラは暴れるカザハナの頭を持って固定する様にしていたが、傷が全て元に戻った時にはカザハナは痛みと出血で意識を失っていた。
レオンはカザハナの腕を確認して立ち上がる。
「これで体に傷も残らないだろう。女性の肌だ、やはり傷が残るのはしのびない。サクラ王女、僕は軍議があるから失礼するよ。」
「はい、 本当にありがとうございました…」
「レオン様、ありがとうございました。」
「いや、礼には及ばない。」
「サクラ様、カザハナの事はご心配なく。レオン王子をお見送りして差し上げて下さいー。」
ツバキがサクラの背をトンと押して促すとサクラはぱっと笑顔になりレオンの傍に走り寄り裏口から出ていく。
一息ついて気を失ったカザハナを抱きかかえ、裏口に近い宿直の部屋に寝かせ鎧や刀などを外していくとカザハナの体は汗と血でドロドロになってしまっていた。
ツバキは眉間にしわを寄せ小さく舌打ちをする。
さらしを取り腰巻などを外し体を清めて診療所の夜着に着替えさせ、すぐに薬庫に向かい薬を数種取って戻る。
自分の口に薬を入れ水を含みカザハナの頭を持ち上げて口移しで飲ませると、ゆっくりと寝かせため息をついて隣に座り顔を眺める。
「折角応急処置してここに投げ込んだのに…死にかけてどうすんだよ…」
カザハナの顔はまだ青ざめたままだ。
飲ませた薬の中には化膿止めや造血剤を含めたが効くまで時間がかかる。
薄い茶色の髪を撫でながら胡坐を組んで肘をつき顔を眺めていた。
こうして眠っていればただの可愛女性だが 数年前の暗夜との戦争で父を亡くしてから変わってしまった。
元々王族の遠縁にあたり武家の娘として生れた彼女は幼い頃から剣技なども全て教育されては来ていたが、ここまで好戦的になり自分の傷も厭わず先頭に立とうとする様になったのはその頃からだ。
母も幼い頃に亡くし父も戦死し、跡継ぎとなる男児が居ないカザハナの家はその娘であるカザハナが継いだ。
当主ともなれば色々苦労もあったのだろう。
変わらざるを得なかったのかもしれない。
そんな事を考えていると戸をトントンと叩く音がして顔を上げる。
「ツバキさん、おられますか?」
「はい、どうぞ。」
サクラはすっと静かに戸を開けて入ってきて驚く。
「探しました。カザハナさんをどこに運んだのかと…着替えもさせて下さったんですか?」
「はい、こんな時の対応も完璧ですよー。薬も飲ませました。」
「あ、相変わらず手際が良いですね。凄いです。」
「俺は完璧ですからー。」
ツバキは首をかしげてにっこりと笑う。
「レオン王子とはうまくいかれてます?」
カザハナの様子を見ているサクラにふいに声をかけると、サクラはそのまま顔を真っ赤にしてしまう。
「えっ…あの…」
「あー、多分俺しか気付いていませんよー。こいつが気付くと思います?」
「あ、ちゃんと、お礼を申し、上げてきま、した…」
サクラは俯きながらモジモジしてツバキの対面に座る。
サクラがレオンと時々出かけているのはたまたま見かけて知っていた。
レオンは愛しそうにサクラを見つめ、サクラも気を許した笑顔を返す。
まだお互いの気持ちは言っていないのかもしれないがとても良い雰囲気ではあった。
ツバキとしては自分の主が幸せになってくれるのが一番嬉しい。
そのまま見守る事にしたのだ。
「あの方はお優しい方ですね。きっとサクラ様を大切にして下さいますよー。」
「あ…は、はい…えっ、いえ、その…」
「ずっとお側でお仕えさせて頂いているんですからその位分かりますよー。分からないのはこいつだけです。」
ツバキは困った顔で笑いカザハナを見る。
サクラもツバキがカザハナに送る気持ちには気付いていた。
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「レオン王子、本当にありがとうございました。」
サクラは裏口の門のところまでレオンを送り頭を下げた。
「ううん。君の大切な臣下だからね。あの位はさせてくれ。」
「回復までお出来になるなんて…驚きました。」
「そうか…君の前では初めてかな。とはいえ回復魔法は僕はとても疲れるんだよね…だから滅多に使わないけど他ならぬ君の為だ。」
「えっ、なら今は…」
「ああ、あの位なら大丈夫…ありがとう心配してくれて。」
レオンがふわりと笑いかけるとサクラは頬を染める。
レオンはサクラの頬に手を添えもう片方の頬にキスをした。
「……~~…!!」
「…はは、まだ慣れない?」
サクラは首まで真っ赤にして両手で顔を覆う。
その姿をみてレオンはすいとサクラを軽く抱きしめる。
「忙しいだろうけど、ちゃんと休むんだよ…じゃ、また。」
「あ、お、おやすみなさいっ。」
ふわと体を放して微笑み背を向けて歩くレオンにサクラが声をかけると手を振ってくれた。
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「ツバキさんは、カザハナさんには…」
「まだはっきりとはー。というかこれだけ尽くしてるんだから気付いてくれてもいいと思うんですけど。」
カザハナとツバキはサクラが幼い頃から将来の臣下として仕えてくれていた。
カザハナは幼い頃はお転婆ではあったが女の子らしくサクラと遊んでいたが、母が亡くなり 父も戦死してからは変わってしまいとても心配していた。
カザハナをずっとフォローして見つめてきたツバキのその瞳も悲しい色に変わっていったことも見てきた。
自分の大切な臣下の2人が幸せになって欲しいとサクラはずっと願っていた。
「私、小さい頃からお2人と一緒にいて、ずっと見てきました。きっとツバキさんの気持ち、カザハナさんに伝わります。」
「はは、だったらいいんですけどねー。何言ってもこいつは俺の言う事は聞いてくれませんから…」
そういいながらツバキはカザハナの髪を撫でている。
その瞳の色もやはり悲しそうな色をしていた。
サクラは胸が痛くなる。
どうすればいいのか…そう考えているとエリーゼの声がする。
「サクラー! どこー??」
「あ、は、はいっ。」
「俺が看てますから行かれてください。何かあれば呼んでくださいねー。」
「すいません。ではお願いします……ツバキさんっ。」
サクラは戸の所で振り返りガッツポーズをする。
『頑張れ!』と言ってくれているのだろう。
サクラがこんな行動をするのは初めてで呆然としていたがかわいい主の変りようにツバキは破顔した。
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カザハナが目を開けた時はもう夜中。
診療所の中も静まり返っていた。
自分の状況が解らずぼうっと天井を見ているとツバキが顔を覗かせてきた。
「目ぇ覚めた?」
「…っ…ツバキ…~~~っ、あんたよくもっ!!!!!」
顔を見た途端押さえつけられてあの忌々しい暗夜の王子に治療をされていた事を思い出し飛び起きようとする。
ツバキはそれをしれっと見て体を支えようとしていた腕を払ってまた布団に倒すと眩暈がしたらしく小さく呻く。
「どんだけ出血したと思ってるんだ。急に動くからそうなる。」
「~っ…あんたが、やったんでしょ!」
「お前さぁ、怪我して折角治療する為にここに連れて来たのになんで死にかけてんの? 応急処置した俺の努力は?」
「沢山の人が怪我して呻いてるのに、将の私がゆっくり治療なんてしていられないわ。」
「俺が祓串を使えなかったらお前絶対に死んでるぞ?」
「主を守って死ぬのは武士の本懐よ。父上だってそうだった。」
「お前の父上は父上、お前はお前だろ。」
「父上の事悪く言ったら、あんたでも許さないわよ!」
「あーもう、夜中だぜ? うるさいよ、声を抑えろ。というかお前の父上の事を俺は悪く言った事はない。」
ツバキは興奮して顔が赤くなっているカザハナの額に手をのせて熱がないかどうか確かめようとするが顔を背けられる。
「もう大丈夫よ。」
「大丈夫じゃない。」
ツバキはそういうとカザハナの頭の所に覆いかぶさる様にして押さえこみ唇を額に当てて熱を測る。
カザハナの顔は一気に火照り暴れるがツバキに手で口を抑えられてムガムガとしか言えない。
「熱あるな…ったく…」
「ぶはっ!!! ちょっとあんた乙女の体をなんだと!!!!」
「今そんな事言ってる場合じゃないだろ。」
額をペチと軽く叩いて起き上がり薬の準備をしてカザハナを支え起こすと、あからさまに嫌な顔をする。
「何?」
「粉は嫌いなの…」
「は?」
「粉薬は嫌いなのよ!!!」
「お前ねぇ…」
「苦手なのよ。粉が口の中に残るから…」
「水で溶かして飲めよ。」
「溶かしたら苦いでしょ!? 粒にして…」
「粒は溶けるのが遅い。粉が吸収が早いからその分早く効く。」
「…解ってるわよ…」
「じゃあ文句言うな。さっさと飲め。」
ツバキは袋を開いて飲みやすいように折り渡すがカザハナは受け取ろうとしない。
「お前が子供の頃から熱を出したらなかなか治らなかった理由が解ったよ…薬を飲んだフリして隠してたタイプだろ?」
「うっ…だって…本当に苦手なのよ…」
「解った、選ばせてやる。自分で飲むか、俺が口移しで飲ませるか?」
案の定カザハナは考え始めるが、答える前に薬を取り自分の口に入れて水を含みカザハナに口づけ無理矢理流し込む。
カザハナは渋い顔をして呑み込み口放すと咳込んだ。
「ほい終了。まだ日の出まで時間があるから休みな。俺も昨日からぶっ通しだから疲れたー。」
カザハナを寝かせるとツバキも髪留めをほどきゴロンと寝っ転がる。
「結局あんたは何言ったって私の意見なんか通してくれないんだから…」
「それはお前だよ。」
「あんたの方が強引よ。」
「なんでそうなったか知らない癖に お前がそれを言う? それに俺これでも機嫌悪いんだけど。」
「な、なによ…」
「俺がお前の事が好きだって解ってる? お前が怪我をするのを見るのが嫌で必死になって訓練して聖天馬武者になった事も、前線で戦っているお前を見てるのもどれだけ辛いか知ってるか? よりにもよって剣士なんかになりやがって…人の気も知らないで。」
「えっ…」
「子供の頃からずっとだ。ずっと見て側に居て、ずっと信号送ってるのに好き勝手しやがって…お前は俺が強引だって言ったな。それはお前があまりにも鈍いからだ。強引にいくしか方法がないだろ。昨日だって無理をするなって言うのに知らん顔で前線に走って行って、切られたお前を見て俺は心臓が止まったんだぞ。すぐに引き返して医療班に渡しても診療所に連れて行っても自分の治療そっちのけで…俺がいくら心配しても、お前は振り返らずに走って行ってしまうじゃないか。剣士でいなくちゃいけないなら俺が後ろを守ってやる。バックアップする。だけど…もっと自分を大切にしてくれ。」
ツバキは一気に言い切ると息を吐いて髪を口の所で持ったまま目を閉じる。
苦しそうな顔でゆっくり呼吸しながら体を丸めた。
「あ…ツバ…」
「うるさい…」
「…ごめん…」
「言っとくが答えは「是」しか聞かない。それは朝きちんと聞かせてもらう。」
「なっ…」
「寝ろ。」
ツバキはしばらくするとそのまま寝息をたてはじめた。
カザハナはため息をつき、ゆっくり体を寄せ上掛けをツバキにもかけて眠りについた。
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昨晩あれから忙しくてカザハナの様子を見る事が出来なかったサクラは早くに診療所にきて彼女の寝ている部屋の戸を静かに開けて固まる。
カザハナはツバキの胸に寄り、ツバキもカザハナを抱く様にして1人用の上掛けの中で眠っていた。
カザハナの顔色が良くなっている事に気付きサクラは小さくほほ笑んで静かに戸を閉める。
嬉しくて廊下でぐっとガッツポーズをすると鼻歌交じりで診療所の様子を見に行った。
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ツバキが目を覚ますとカザハナが自分にくっついて眠っている事に気付く。
そっと髪を梳いて頭に口づけ熱が下がっている事を確認しカザハナの体を抱き寄せた。
よかった
目を閉じるとカザハナが切られて倒れる映像が蘇る。
飛び散る血にばっくりと開いて大量に出血した傷口。
苦痛に歪んだ顔。
軽いショックを起こして一気に顔色が悪くなり血の気を無くしていくカザハナの姿。
思い出しツバキの体は震えカザハナを抱く手に力が籠る。
頭に顔を寄せて卵を抱く様にしてカザハナの体温を確かめる。
温かい
どんなに手がかかっても幼い頃からずっと見て来たカザハナを失う事が怖かった。
隣に居ないと考えるだけでおかしくなりそうだった。
自分にとってはカザハナは剣士ではなく1人の女性なのだ。
こんな世でなければ剣士なんかに絶対にさせなかった。
そんな事を考えていると、もぞりと腕の中のカザハナが動き寝惚け眼でツバキを見る。
いつもだったら「何よ!!!」とかいいながら避けるカザハナがそのまま また胸に顔を埋めて来た。
「おはよう。」
「んはょ…体中が、痛い、怠い…」
「緊張がほぐれて疲れが一気に出たんだ。寝れば治る。」
「心配、してよ…」
「してる。お前と会ってからずっとしてる。痛いか?」
「傷は、大丈夫…でも関節とか、筋肉が、軋む…」
「レオン様とサクラ様に感謝だな。」
「サクラには、感謝するわ。でもあの、王子には…」
「俺は感謝してる。お前を助けてくれたんだから、そんな事言わないの。」
「んー…」
頭にキスをしながら抱き寄せると胸の所に顔を摺り寄せる様にしてくる。
「カザハナ、俺に何か言う事は?」
「はわ~…」
「欠伸って、お前ね…ふわぁ~。」
「あんただってしたじゃない…完璧男子君。」
「うつったの。ほんとの俺は完璧なんかじゃないんだよー。」
「だよね、ツバキだもん。ああ、お腹すいた。」
「はぁ…もういい、期待した俺が馬鹿だったわ。朝飯取ってくる。寝てろよ!」
ツバキはノロノロと起きて身支度をして部屋から出て行く。
その後ろ姿を見ながらカザハナはため息をついて目を閉じた。
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よりにもよって今回の戦闘はアドベンチャラーや弓兵が多く飛行系の天馬や金鵄、飛龍は苦戦していた。
聖天馬はとにかく回復を中心に動き、金鵄や飛龍は離れた場所からの攻撃に努めるが身動きが取れない状態が続いていた。
頼みは地上部隊となるがバーサーカーやノスフェラトゥなどの防御も攻撃も高い敵が多くこちらもなかなか身動きが取れない。
飛行系の面々に弓の雨が降るのを阻止する為、魔法や魔具が使える面々が先頭に立ち道を開けていく。
「レオン様、こちらは俺が! おらっ!!!」
「ああ。全く鬱陶しいね…」
「ほほ、見目麗しい殿方の横じゃと気分も高揚するのう。ほーれ!!!」
「オロチ様、お褒め頂き光栄ですが流石に…ふっ!」
「脳筋バカはほっとけ。ほいっと!!」
「聞こえてるぞオロチ! ぬん!!」
オーディン、レオン、オロチ、リョウマが攻陣を組みながらジリジリと進み、その後ろにマークスやその臣下達、サイラスと暗夜騎士団、ゼロ、カムイ、タクミ達が続く。
少しづつだが確実に敵を倒していく中 上空のカミラや兵士達から声があがる。
「増援です!! 数多し!!!」
「なんだと! 敵種は!?」
「弓です!弓聖とアーマーナイト!!」
「リョウマ王子! アーマーナイトは私の隊に任せよ!! 続け!!」
重騎士系に対抗するパワーを持ったマークス隊がアーマーナイトが現れた場所へ走り交戦に入る。
「弓兵は私が!! スズカゼさん!!」
「はいっ。」
カムイと臣下のスズカゼ、その後をジョーカーとフェリシアが続く。
広がり陣を組もうとしていた弓聖達を阻止するため散らばって交戦に入る。
「タクミ様、ここは俺らが引き受けます! カムイ様を!!」
「頼む!」
タクミもカムイの側へ入り援護しながら一人づつ潰していくが眷属独特の増援の増え方で倒しても倒しても数が減らない。
「弓兵を今地上部隊が止めてくれている。皆注意しながら回復を!! シグレ!!」
「はいっ。天馬隊!!合図と共に行くぞ!! ----続け!!!」
弓兵が少なくなった場所を狙い一斉にシグレ率いる天馬隊が滑空して攻撃するのを金鵄や聖天馬が援護するがその近くにまた増援が現れる。
「くそっ…また弓兵か…増援だ、飛行隊は退け!!!」
ツバキは指示を出しながら地上の様子を見る。
サクラ隊がいつもの様に大きく広がりながら最後衛で回復を中心に動いている。
無意識にツバキはカザハナを探していた。
サクラ隊の回復担当のものを守る為、部下数人と共に戦っていた。
だが、流石に相手がパワー系と遠隔系でサクラ隊の面々も再前衛まではたどり着けていない。
「ツバキ、私が行くわ。皆殺してあげる。」
横にカミラとベルカが並び手に持ったボルトアクスを振り上げると範囲内に激しい雷撃が落ちる。
弱ったところを狙いベルカがトマホークで止めを刺していくのを見て白夜と違う戦い方に改めて今は味方である事に安堵する。
「ここは任せて。あなたは回復に行きなさい。」
「はいー。ありがとうございます。」
「ツバキ様、前衛の回復が間に合っていません!」
「解った、俺が行くよ。皆は弓に気をつけて回復攻撃を続けて!行こう。カゼカケ。」
ツバキは愛馬をポンと叩き声をかけ駆けて行く。
天馬は鳥と同じく風に乗り飛ぶ。
トップスピードに乗ると地上の馬より断然早くこうなると矢も殆ど意味を成さない。
とはいえここは最前線。
降り注ぐ弓を薙刀を片手に叩き落としながら前衛まで進み状態の酷いものから回復をして行く。
「ツバキ!お前こんな所へ!!」
「すいませんー。回復が間に合っていないので俺が来ました。」
レオンがツバキに気づき声をかけながら援護に回る。
「サクラ…隊の皆は?」
「サクラ様はご無事です。ご安心を!!」
一時も油断せず余裕のない状況でも落ち着いて対処している。
素晴らしい能力だとレオンは関心する。
「レオン様は?」
「私は大丈夫だ。ここは危険だ、他へ。」
「はい。では!!」
ツバキは馬を軽く蹴って上空に舞い上がる。
弓が届かない所まで上がり上から現場を見極めピンポイントで向かい着実に回復を行っていく。
自分の範囲内の味方の回復があらかた終わったところで最後列から悲鳴が聞こえる。
「…!! 伝令を。後方増援!!」
指示を出して愛馬を方向転換させ最後列に向かうとまたも敵の増援が溢れていた。
剣士と共にアドベンチャラーらしい影と槍兵の様だ。
サクラの側には隊の剣士たちがいるが押され気味だ。
ツバキはサイラスからもらったスレンドスピアを構えサクラの周りにいる敵に投げる。
投げたスピアは敵に当たり1体倒すが次の戦士が襲い掛かる。
剣士たちも体制を整えるのが遅れているのを見て薙刀を構え間に割って入り攻撃を弾き地上に降りる。
「一時固まれ! 今伝令を出している。堪えろ!!」
「ツバキさん!!」
「大丈夫ですよ。こちらも助けが来ます!!」
ツバキは愛馬に乗ったまま薙刀を振り剣士とやりあいながらサクラに声をかけると上空からシグレの叫び声が聞こえた。
「ツバキさん!! あぶ…」
次の瞬間胸に激しい痛みを感じ何があったのか考える間もなく目の前が真っ暗になった。
「囲め、回復を最優先させろ!!!」
シグレの声でサクラの周りの隊が一斉に動きサクラとツバキの周りに壁が出来る、盾を持つ暗夜の兵が弓よけで屋根と壁を作る。
「つ、ツバキさん!!」
サクラが声をかけるがツバキは反応しない。ツバキの胸には矢が刺さりドクドクと血が流れ続けている。サクラは息を吸いすぐに治療にとりかかる。矢を抜くと勢いで血が噴き出るのを布で押さえ祓串での回復にかかる。回復をしながら矢じりを見て毒などが塗られて居ない事を確認すると一層魔力を祓串へ送る。春祭では回復が小さいため、もう片方に夏祭を持ち魔力を送りながら取り替える。ツバキの血はどんどん広がり布を抑えるサクラの手も血に染まっていく。
どうか、助かって!! お願い!!!
祈りながら必死で力を送り続ける。その時外からカザハナの叫び声が聞こえた。
「ツバキ、ツバキ!!! このっ、邪魔しないで!!!」
「カザハナさん!?」
「サクラ、ツバキはっ!?」
「カザハナさん、こちらへ!!!入れて差し上げて下さい!!」
壁が一時開きカザハナが駆けこんできてツバキの様子に蒼白になる。
「サクラ…これ…嘘でしょっ!? やだよ、ツバキ!!」
「カザハナさん、名前を呼んで下さい。呼び戻して!」
「ツバキ、ツバキ!!!」
カザハナは必死でツバキの名を呼ぶがやはりツバキの反応はなく呼吸も細くなっている。
「やだ、やだやだやだ!! 待って嫌だ!!」
「呼び続けて…」
「ツバキ、ツバキーー!!」
今サクラが持ってきている祓串は夏祭まで。冬祭があればもう少し回復が早いのかもしれないがそれは先ほどまでの戦闘で使ってしまった。何か、何か方法は…そう思っていると壁の間から暗夜の杖を持った男が入って来てすぐに杖に魔力を送り始めた。
「ア、シュラさん…?」
「そのまま回復続けろ。俺がフォローする。」
アシュラの杖の魔法石が光を放ち回復の光が流れ始めツバキに降り注ぐ。しばらくするとツバキの出血が止まり始めた。
「暗夜のリカバーの杖だ。運よくさっき拾った。これで少しは回復が早まるだろう。」
アドベンチャラーのアシュラは回復にも長けている。毎戦 静かに戦闘にまじりバックアップをしてくれていた。
「今前衛から援軍が向かってる。暗夜白夜の第二王子の隊だ。安心しろ。」
すぐに地響きと共に両軍がぶつかる音がする。
「怪我をしているものは回復を優先させろ。この線から一歩も動かすな!!!」
「私達は回復に回ります。行きますよ。」
「「はい。」です~。」
外でタクミやカムイ、ジョーカー、フェリシアの声がして魔法の発動の音も重なり聞こえる。
「皆避けて…一気に潰す。」
レオンの声がすると魔法の圧がかかる空気がサクラ達がいる壁の中にも届く。それをアシュラが盾になり庇う。
「すっげぇなあ…サクラ様、ちょっくらごめんよ。」
アシュラがサクラの手をツバキから放そうとするとカザハナが覆いかぶさる様にしてアシュラを睨みつける。
「暗夜の人間がサクラ達に気安く触らないで!!」
「カザハナさん!!」
「おいおい、確かに暗夜には居たが俺は元々白夜の人間だ。というよりもそんな事してる場合じゃねぇだろ。どけ。」
カザハナを押し避けるとサクラも手を放し押さえていた布を取り、ナイフでツバキの服を割いて傷や脈を確認する。
「ふん。なんとか間に合ったみたいだな。あのままじゃ本当に危なかった。じゃ、俺は戦闘に加わるわ。」
アシュラはすぐに杖を置いて弓を構え外に駆け出して行った。
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髪を撫でられる感覚で目を開けると消毒液の匂いが香って来た。何でここにいるか分からないままぼうっとしていると声をかけられる。
「何やってんのよ…」
ゆっくり首を動かして横を見るとカザハナが泣きはらした目でこちらを見ていた。
「…んで、泣いてんの…?」
「泣くわよ…」
カザハナの手を握ろうと腕を動かそうとするが思う様に動かず少しだけ浮いた手はパタリと落ちる。1つため息をついて部屋を見ると診療所だという事に気付き何となく記憶が蘇って来た。
「俺、そうか…助かっ、の…」
「サクラ様や暗夜のアシュラとかいう奴が手助けしてくれた…」
「ああ、アシュラさん、か…あの人は、センス、あるよ、ね…」
「暗夜の人間が絡むのは嫌だけど、あんたが居なくなるのがもっと嫌だわ。」
「…はは…」
「カゼカケなんか厩に入らないのよ。ずっとそこに居るんだから…」
「…カゼ、カケ?」
愛馬のカゼカケはツバキがこの状態になってからずっとツバキの寝ている部屋の窓の外から離れようとしなかった。ツバキが愛馬の名を呼ぶと愛馬は喜んで蹄をカツカツとならして鼻を鳴らす。
「ずっと私が世話してたんだからね。よかったわね、カゼカケ。馬鹿、目が覚めたわよ。」
「カザハナ…ひど…」
「うるっさいわね。何が完璧男子よ。馬から落馬するわ、色々小さいドジはかますわ。乙女を泣かせる男なんて最低よ。」
「…るさい…」
「最低…本当…」
カザハナは目に涙を溜めて小さくしゃくりながらツバキの髪を撫でる。
「気持ち、わか、ただろ…っ!!!」
ツバキは胸に痛みを感じて顔を歪ませる。矢傷は心臓の近くまで達し肺を傷つけていた。杖で何とか回復したもののすぐには全快になるわけではなく多少の治療と休養は必要となる。小さく荒い息をしながら少しづつ落ち着く様にしているとカザハナが泣きながらツバキの腹の辺りに勢いよく頭を乗せてくる。
「!!!!!!! っあ!!!」
「ばかーーーーーーーーーーーっ!!!」
「~~~…」
折角呼吸の調整をしていたのに不意打ちを喰らいツバキは痛みで跳ね上がる。カザハナは構わずそのまま泣き続ける。脂汗を流しヒューヒューといいながら胸を抑えてなんとか呼吸を整える。
「私を置いて逝ったら酷いわよ!! 好きだって言ったくせに、男なら責任取りなさいよね! ううー…」
ツバキが目を点にしているとスラリと戸が開く。其処には顔を真っ赤にしたサクラと呆れた顔のレオンが立っていた。サクラはレオンに隠れる様に腕を持ち背中から覗き込んでいる。レオンがひとつ咳込んでばつが悪そうに口を開く。
「んんっ…ああ、すまない。立ち聞きするつもりはなかったんだが…裏口にいたら大きな声で叫ぶのが聞こえたから何かあったのかと…」
「す、すいません…その…」
「……う、うええええ!!! ちょっと何よ。なんで居るのよ。でてけーーーーーー!!!!!」
「何にもなかったんだね? うんうん出ていくよ。サクラ王女行こう。」
「はっ、はいっ。す、すいませんでしたっ!!!」
カザハナが涙を流しながら顔を真っ赤にして叫ぶのを見てレオンは苦笑いしサクラの手を引いて戸を閉めた。カザハナはしばらくハアハアと息をしながら戸を見ていたが再度ツバキの腹に勢いよく頭を乗せる。ツバキはまた呻く。
「…っ…おま…殺す、気か…」
「死ぬなって言ってるのよ、この馬鹿ツバキ!!!!」
言ってる事とやってる事があっていないが、多分カザハナなりに必死なのだろうとは思う。目を閉じて思い出す。サクラの遊び相手として仕え始めた頃から今までの事。完璧であれと教育され育った少年時代。苦手な事を持つことを許されず家に帰りたく無い時や、泣きたい時にはずっと傍にカザハナがいた。カザハナの家に何度か逃げ込んだ時もある。頑張れ、あんたなら出来ると励ましてくれた事が今の自分を作った力の元だった。愛馬の名をつけたのもカザハナだった。自分の名と速いという天馬の特徴から名付けたと自慢気に言った。カザハナの母、父が亡くなり涙を見せようとしなかったカザハナに寄り添い思い切り泣かせてやった事。我慢して唇を震わせ泣くのを必死で堪えていたあの顔は未だに忘れる事は出来ない。当主となり見合い話が出てくる度に酒を持って自分の所に来てトグロを巻く姿が辛くて俺が嫁に貰うと言ったが大笑いされて無いわー!と否定され落ち込んだ事。戦地に赴き仲間の為に先頭に立ち綺麗な柔肌や髪を傷だらけにして血をかぶりながら戦う勇ましい姿。何度その場から連れ去り2度と戦場に出さない様にしたいと願ったか。守りたくて鍛錬を繰り返しやっとなった聖天馬武者。本当は軍の為ではなくカザハナの為だけにこの力は使いたかった。今はきっと自分の気持ちは届いてはいるだろうが、カザハナが答えないのは今後の家の事なども含めた問題を考えているからだろう。彼女の真面目な所を知っているから敢えて答えを焦らずにはぐらかされたままで来た。だがもう自分の中の気持ちが膨らみすぎて弾けそうだ。限界だ。カザハナが欲しくて堪らない。
ぴしゃん!と頬を叩かれて目をバチッと開ける。
「ツバキ、生きてるっ?私が分かるっ!?」
カザハナの顔が鼻が当たるくらいの近い位置にあった。目からはまだ涙がポロポロと流れツバキの顔に落ちてくる。
「…たい」
「痛みがわかるの?私の事も分かる?」
「…かるよ、馬鹿。好きだ、よ。」
そういうとカザハナは頬を染めるが、それは今までと違い女性らしいものだった。一瞬驚いた顔になるがふわりと微笑む。
「私はあんたの完璧じゃない所が好きよ。」
そういうと目を閉じて口付けてきた。なんてカッコいいんだとツバキは目を見開き顔を赤くするがカザハナが少し震えているのが分かり唇で応える。顔はカザハナの涙でぐしょぐしょ。自分の体は動かず抱いてやる事も出来ない男としては締まらない状況極まりないが、カザハナが完璧じゃない所が好きだと言ってくれるならそれでもいいや、と心の中で笑った。
「うまくいったみたいだね。」
「は、はい。よかった。」
レオンとサクラは実はまだ戸の外にいた。心配そうにするサクラを見てレオンの悪戯心が疼き静かに様子を伺ってたのだ。小声でこそこそと話しながら気配を消して肩を寄せて立っていた。
「ん、何だかもめているよ?」
「結婚指輪がどうとかって。結婚するんで…」
サクラが喜んで声を上げたのでレオンは慌てて口を押さえる。幸い中のカザハナの声でかき消された様だ。2人は肩を撫でおろす。
「何だかどちらが指輪を準備するかで揉めてるみたいだけど、白夜では指輪は女性が準備するものなの?」
「違います。男性です…基本は…」
「…彼女はかなりの男前な女性の様だね。」
「~…カザハナさん…」
サクラは頭を抱える様にする。そんな姿を初めて見たレオンは破顔する。
「僕らの指輪は僕が素敵なものを準備するからね。」
サクラは一瞬固まりボン!という音がする位の勢いで顔が赤くなるが自分で自分の口を抑えた。
「かわいい。」
レオンがにこりと笑うと上目遣いで恨めしそうにレオンを見てペシペシと肩を叩かれる。
「楽しみにしててね。」
顔を近くによせてサクラに笑顔で言うと、レオンにべぇっ!! と舌を出して背を向けて歩き始める。そんなサクラも見るのは初めてのレオンは嬉しくてサクラを追いかけて行った。
「どうしても嫌なのね…」
「…」
ツバキはそっぽを向く。結婚指輪は自分が準備すると言い出したカザハナにツバキは反論してどちらも引かない状態になっていた。気持ちをやっと通じ合えたばかりなのに何故こんなにムードがない状態になるのやら。いつまで経ってもカザハナとのこの掛け合いはやみそうにないな…とツバキはため息をついた。
「にも、つ、とってくれ。」
「はっ?」
「とっ、てくれ。」
カザハナはツバキがいつも腰につけている小さなポーチを取り渡すと、ツバキは震える手でポーチを開けて小さい袋を出してカザハナに渡す。
「あけ…て…」
カザハナは怪訝な顔をして袋を開けて中を手の上に出すと小さな指輪が入っていた。
「え…」
「じゅん、びして、たのに、今さら、もらえるか。ばーか。」
夕方日の陰りかけた診療所にカザハナの叫び声が響いた。