top of page

「姉さん。」

執務室へ向かう廊下でタクミに声をかけられカムイが振り返るとタクミと共に書類を抱えたヒナタが居りぺこりと頭を下げてきた。

 

「タクミさん、ヒナタさん、おはようございます。」

「おはよう。これ。この前言ってた菓子。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

タクミとのやり取りを見ていたヒナタがカムイの顔を覗き込んで怪訝そうな顔をする。

 

「泣いた、寝てない、疲れてる、多分飯もそんなに食えてねぇ。どうです?」

「え?」

ヒナタは表裏のない性格をしているが故に真っすぐでこういう洞察力もある。

勘が鋭いともいうのかとにかく人の細かな変化を直ぐに察知する。

だからカムイが白夜に馴染むためにしっかり者のオボロとこのヒナタに助力を頼んだ。

タクミがカムイの頬に手を添えて顔を見ると確かに目が充血して隈の様なものがうっすらと出来て顔色もよくない。

 

「このままだと体壊しちまいますよ。タクミ様、一度医師に診せた方が…」

「そうしよう。ヒナタ、これ頼んでいい?」

「まっかせて下さい。オボロとやっときます!」

「え、ちょっと…」

「行くよ。」

カムイは手を掴まれ引っ張られる様に部屋まで連れて行かれる。

カムイの部屋の人払いをして室内には2人きりとなった。

部屋に座り、茶を淹れ始めたタクミを見ながらカムイはすっと立って寝室へ向かう襖を閉める。

 

「…何でわざわざ閉めるの?」

「寝室ですから、一応私も女性ですし。」

「何か見られたくないものがあるの?」

「女性の寝室を覗く趣味でもあるんですか?」

ジロリと睨むカムイにため息をつく。

自分も彼女を受け入れられない時にはこんな態度をとっていたのだろうか。

黙ってカムイの座布団の前に茶を出して自分も座り茶を飲む。

 

「うん、いい茶葉だ。優しい味がするね。これどこの?」

「…知りません。女中の方が準備してくれたものですから。」

「前の姉さんなら聞いてたと思うけどね…今度聞いておいてくれる? 僕も欲しいな。」

「ご自分で聞いてください。そんな余裕はありません。」

タクミの言葉を棘のある言葉で返し続けるカムイに、わざと色んな事を話しかけ続けるがカムイはまともに取り合わない。

 

「やっぱり一度薬師か、呪い師に診てもらった方がいいね…」

「体はどこも悪くありません。」

「体の事を言っているんじゃない。心の事だよ。」

「人の心を薬や呪いで左右するんですか。私の心は私のものです。他の方の手を煩わす事はありません。そういえばリョウマ兄さんがタクミさんに縁談の話がどうとか言ってましたよ。お受けするんでしょう?」

いきなり自分の事に話しを振られてタクミも驚く。

 

「そんな事よりも姉さんの事の方が…」

「結婚はそんな事なんかじゃないでしょう。早くお受けしないと先方にも失礼ですから早めに…」

「姉さん。」

「…何ですか。」

止めないとずっとずらずらと話をしてきそうなカムイを少し強めの言葉で止めてじっと顔を見る。

カムイも上目遣いではあるがキッとタクミを見返している。

 

「僕は思い人がいる。だから縁談は受けない。その事は兄さんにも話しをした。」

「え?」

「なんだよ、その顔。」

「へえ、タクミさんも隅に置けませんね。どなたですか? オボロさん?」

「違う。」

そう言うとピッとカムイに指を向けて見つめるがカムイは首を傾げて怪訝な顔をしていた。

 

「…鈍いね…」

「は?」

「僕の思い人は姉さん、あんただ。」

「…はあっ???」

カムイの素っ頓狂な声に障子の外に忍が何人か出てくるが何でもないとタクミに追い払われた。

 

「何を馬鹿な事を…」

「そうでもないんだ。話を聞いてほしいんだけど。」

「姉弟ですよ。」

「仮のね。」

「…え?」

「かなり迷ったんだけど事態は切迫してる。申し訳ないけどここではっきり言わせてもらう。僕は姉さんを愛してる。女性として。そしてこれは許される関係だ。今から説明するからしっかり聞いててよ。」

タクミにゆっくりと説明をされ、カムイは正座からどんどん崩れて行き最後には体から力が抜けた状態で座っていた。

 

「整理するよ。兄さん、ヒノカ姉さん、サクラと僕は父上とイコナ母上の子。君はミコト母上の連れ子。父上と結婚した時には既に君がお腹にいた。で白夜で生まれて僕らと分け隔てなく育てられた。だから僕らも血が繋がっていない。大切なきょうだいなのには変わりはないけど。」

「…騙してたんですか!!!」

「騙してない。僕らも知らなかったんだ。知っていたのは兄さんだけ。僕が知ったのはミコト母上から託された手紙。」

「血が繋がっていないのに、私はマークス兄さん達を裏切って…命を…」

「マークス王子やエリーゼ王女の事については僕らも申し訳ないと思っている。だからこそこうして協力しているんだ。」

「それを知っていたら、私はマークス兄さんの側に居れたかもしれないのに…何故騙したんですか…」

「騙してなんかない…姉さんを混乱させたくなかったから、僕も迷ったんだ…」

「お母様まで、一緒になって私を騙したんですね…何故…何てことを…酷い!!」

「姉さ…」

「私はあなたの姉さんではありません。違う!!」

カムイはその場で着物を脱ぎ始めた。

タクミは慌ててそれを止めようとするがカムイは寝室へ逃げ込み襖を閉めてつっかえをしてしまう。

 

「姉さん! 何を…」

襖を蹴破ろうとした所でカムイが襖を勢いよく開ける。

マークスのサークレットを胸に抱き暗夜の服を身に着けて部屋を出ようと歩き始めた。

 

「待って、姉さん!!」

カムイの腕を掴んで引き寄せ抱き締める。

カムイは逃げようと腕の中で暴れるがタクミの腕は強くカムイを離さない。

 

「こんな結果になる前に、ちゃんと話をすべきだった。ごめん、姉さん。でも信じて、騙したんじゃない。」

「結局騙した形になりました。ガロン王に利用され母を殺し、白夜の皆さんを死に追いやった。それでも血の繋がりを信じていたのに…だから愛する人を敵に回したのに…酷いです!!」

「マークス王子が好きだったんだよね。」

「…好きでした。兄としても、男性としても!! 」

「僕の気持ちは、受け入れてくれないの? 僕も姉さんを愛してるんだ。」

「やめて!」

「マークス王子が好きなのは知ってた…その気持ちも全部含めて僕は姉さんが好きだよ。」

「やめて、やめて…やめて!!」

「今を見てよ、姉さん。過去の事を捨てろなんて言わない。だけどいつまでも過去を見ていたら、そこで止まってしまうんだ。マークス王子が亡くなる時何て言ったか覚えてる? 未来を見ろって言ってたじゃないか。こんな風に振り返ってる姉さんを見たらマークス王子は何ていう!?」

タクミは少し体を離してマークス王子のサークレットを掴んで目の前に出す。

 

「君なら、彼が何て言うか解るはずだ。考えて、思い出して。」

目の前に出されたサークレットとその間から見えるタクミの強い視線にカムイは立ちすくんでしまい同時に涙が流れる。

 

「姉さん…いや、カムイ。苦しい時は僕が支える。君が今まで僕をそうしてくれた様に。マークス王子やエリーゼ王女、亡くなった皆の為にも生きて頑張れる僕らが前を向かなくちゃ。」

「どうして…こんな事に…私は…」

タクミがそっとカムイを抱き締めると声を出して泣き始めた。

「話しを聞いたのか…」

 

泣き止んで落ち着いたカムイを連れてタクミはリョウマの部屋に来ていた。

カムイは目を腫らし少し俯いてタクミに肩を抱かれた状態で座っている。

リョウマはきょうだいの中で唯一父や母から血の繋がりが無い事を直接聞いており、年齢的にもそれを実際に見てきた彼は託された思いをそのまま受け取り絆を大切にしてきていた。

 

「騙していたのではない。父上、母上達から託されたお前達を大切にしたかった。血の繋がりだけではない絆を大切にしたかったのだ。事実俺もヒノカもお前が暗夜に連れ去られてから技を磨いた。お前をいつか暗夜から取り戻すために。もちろん代わりとして連れてこられたアクアの事も大切に思っていたし消えてしまった今も大事な家族だ。暗夜の面々にもカムイをここまで大切に育ててくれた事は感謝して止まない。元気で立派に成長したお前を見て俺は正直心から感謝した位だ。戦の敵国としてでなければ、もっといい付き合いも出来たかもしれん…悔やまれてならんがそれ故 今は出来るだけ暗夜国とも協力していけるように尽力したいと思っている。だが一番辛い立場だったお前に、そう思われても仕方の無い結果になってしまった以上、弁明も出来んな…本当にすまない。」

リョウマはカムイに頭を下げるが一国の王が頭を下げる事はそれなりの大きな意味を持つ。

カムイはそれを見てまた俯いてしまう。

 

「俺は兄として、お前には幸せになって欲しいと思っていた。縁談を勧めた事もその思い故だ。今もその思いは変わっておらん。それは忘れないで欲しい。」

俯いたカムイの肩をタクミの手が撫でる。

ゆっくりと顔を上げるとタクミが隣で優しく微笑んでいた。

リョウマも同じ視線でカムイを見ている。

カムイは小さく返事をして視線を落とした。

毎朝の日課である鳥の餌やりをしようと庭園に向かっているとタクミがその手前で待っていた。

道着の様なものを着て首から手拭いを下げ髪を一つに纏めて上げていた。

声をかけられた事と久しぶりに見たその姿に少し驚く。

 

「僕も一緒にやっていい?」

「…あ…鍛錬の後、ですか。」

「うん。今終えてきた所。今朝も賑やかだね。もう待ってるよ。」

庭園では大体の時間になると鳥たちが集まりカムイが来るのを待っていた。

タクミとカムイが一緒に庭園に入ると慣れない気配の人間に最初鳥たちは離れて行ってしまう。

 

「うーん、手厳しいな…」

「お母様と最初にやった時もそうでした。じきに慣れると思います…はい…」

タクミの手に餌を乗せると鳥たちが近くまで寄ってくるが中々側に来てくれない。

タクミはすうと息を吸って小さな声で白夜の子守歌を歌う。

すると距離を取っていた鳥たちが少しづつタクミの手に集まってきて餌を啄み始めた。

タクミはそれを見ながら微笑んで歌い続ける。

カムイが初めて見るタクミのその様子と歌声に驚いて見ているとタクミと目が合う。

カムイに優しく微笑んでくれたタクミに少し安心してカムイも鳥達に餌をやり始めた。

 

「おしまい。今日はこれで終わり…はは、また明日の朝ね。」

気付けばタクミの頭や肩、腕には沢山の小鳥が乗り、もっと頂戴と強請る仕草をしていた。

飛び去る鳥達に手を振って東屋に腰かけると伸びをした。

 

「んー、可愛かったね。明日も一緒にしていい?」

「…はい。あの…唄…」

「ああ。あれは白夜で歌われている子守歌。市井の子供達も小さい子の守をしながらよく歌ってるよ。僕らも乳母や母上に歌ってもらってたし、僕も幼いサクラによく歌ってた。」

「サクラさんに?」

「うん。皆忙しいからね。よくサクラを背中に背負って寝かしつけてたよ。不思議と僕の背中だとサクラも寝てくれてたんだ。」

「だからサクラさんはタクミさんが大好きだったんですね。」

「それはどうかな。どうしようもない兄だと思ってたかもね。…実はカムイが餌やりをしてるの、ずっと見てたんだ…唄を歌ってるのも。夜、別の場所で空を見ているのも…」

「え?」

人払いをしていた訳ではないが今までタクミが自分を見ていたという事に驚いていると、タクミは困った様に笑う。

 

「付きまとっていた訳じゃないよ。でも、心配だったんだ…そのまま消えてしまいそうで。」

「消える…?」

「見えない何かを探している様に見えた。見つけたらきっとその場から消えてしまう…そう思った。」

カムイは探していた。マークスの影と気配を。

出来るなら星になってマークスの元へ行きたいと願い空を眺めて祈っていた。

それを感じ取っていたタクミに驚く。

 

「どうして、それを…」

「好きな人の変化くらい、僕にだって解る。それが決定打になった時は苦しかったけどね。」

マークスのサークレットを持って空を眺めていた事をタクミは知っていた。

見透かされていた事とタクミの変わり様に動揺して目を泳がせる。

タクミは立ち上がってカムイを抱きよせた。

 

「側に居て欲しい。君の辛い事は僕にも分けて欲しい。一緒に越えて行きたいんだ。愛してるよ、カムイ。」

「あ、の…」

「…答えは急がない。ゆっくりでいい。いつでも側に居て君を見てるから…さ、お腹空いたから朝ごはん食べよう。今朝はリョウマ兄さんも一緒に食べる様にしてるんだ。」

タクミはカムイの頭にキスをして手を取り廊下を歩き始める。

カムイは思わず顔を赤くしてしまった事に驚いて空いた手で自分の頬をペチンと叩くとタクミが慌ててそこを撫でる。

 

「な、なにしてるのさ。」

「なんでもありません! 」

「もー…カムイは僕のなんだから、荒い扱いしないでよ…」

また頬にキスをされカムイは唖然とするがすぐにまた頬が赤くなり今度は両手でパチンと頬を叩く。

 

「ちょっと!」

「もう、触らないでください!」

「やだよ。もー。」

両手で頬を包まれ優しく撫でられると今度は尖った耳の先まで真っ赤になる。

カムイはどうしたらいいの解らず頭をブルブルと振るとタクミに声を出して笑われた。

 

「あはは、カムイ照れてたんだ。」

「照れてません! も、離してっ!」

「じゃあ慣れるまでキスしてたら赤くならないかな?」

「ばっ…か言わないで…」

「ふふ、時間はあるんだから ゆっくりね。さあご飯食べに行こう。」

 

 

「カムイ、お前熱でもあるのか?」

リョウマが食事をしながらカムイの様子を見て心配するがカムイは「なんでもありません!」と黙々と食事をしている。

耳まで真っ赤にしたままガツガツとやけくそ気味に食事を口に運んでいた。

チラリとタクミを見るとタクミは知らん顔で食事をしていたがリョウマの視線に気づくと微笑んで見せた。

 

「やれやれ…まあ仲が良い事は良い事だな。」

「おかわりっ!!」

女中に笑われながら茶碗に山盛りのご飯をよそってもらってかきこむカムイを見てリョウマは苦笑いしながらお茶をすすった。

bottom of page