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それからというものカムイは遠くをみている事が多くなった。

このまま放っておけばそのまま消えてなくなりそうな…そんな恐怖感まで湧いていた。

カムイの思い人はもうこの世には居ない。

だがカムイはこの世からその居ない人を想い続けている。

その姿を見たタクミは何とも言えない気持ちでいた。

この気持ちが何なのかは今は自覚はある。

母ミコトからタクミが生前託された手紙は戦時中に既に読んでいた。

カムイと自分達きょうだいの血は繋がっていない。
自分達きょうだいは先王スメラギと亡き母イコナの子。カムイはミコトの連れ子だと。

この事実が解った時、最初はショックだったが何故か心が軽くなった。

当時はそれは何故かが解らなかったが今はそれがよく解る。

カムイを姉としてではなく1人の女性として愛している。

姉弟で好き合うなんて許される事ではない。

だが血の繋がりがないとなれば話が別だ。

その事実は割とすんなりと自分の中に落ちてきて受け入れる事が出来た。
優しくしたい。大切にしたい。側に居たい。笑ってほしい。声が聞きたい。
その感情は日に日に大きくなり、気づけば鍛錬や公務の間にカムイの姿を探したり、カムイが喜びそうなものを準備したりする事が多くなった。

だが自分達と血が繋がっていると思い、暗夜のきょうだい達を裏切った彼女にそれを言う事は許されるのだろうか。

タクミは葛藤していた。

浴槽で長いため息をついてぶくぶくと口まで湯に浸かり目を閉じる。

と、人の気配がして目を開ける。

殺気は纏っていないが念のためと湯の音を指せない様に体制を整えていると湯煙の向こうからヒタヒタと気配の主が近づいてきた。

入浴用の着物を着て長い髪を1つに纏めながら入って来たのはカムイだった。

カムイは気づいていない様子で手桶で体を流すとちゃぷりと静かに湯船の中に足をつけ立ったまま大きく伸びをする。

「眠れないの?」


ザブという湯の音とその声に驚いてカムイが視線を向けると湯煙が晴れてタクミが姿を現した。

「タ、くみさん?」


人が居ないと思い込んでいたカムイは驚いた表情のまま固まっていたが一気に顔が真っ赤になる。

大きく息を吸って叫ぶ準備をしたのを見てタクミが素早く寄って口を押さえる。

「○△■×○!!!!!」


「静かに。いくら夜中だからって流石にその音量だと誰かきちゃうから。落ち着いて姉さん…というか脱衣所で気付かなかったの?」


カムイの肩を抱き込むようにして口を押さえて話しかけるとカムイは真っ赤な顔でタクミを見ていた。

タクミがやさしく微笑みかけると強張っていた体の力を抜く。

それを確認してタクミも口から手を離した。

「ごっ、ごめんなさい。でます。」


「風邪ひいちゃうよ。いいから浸かりなって。」


「で、でもっ…その…」


「何にもしないよ。ほら。」


タクミがカムイの体を離して少し離れて湯に浸かると、カムイも目を泳がせながら背を向ける様にして湯につかった。

「ご、ごめんなさい。誰も居ないと思ったので…」


「まあ取り合えず僕でよかったよ。他の奴なら色んな意味でやばかったかもね。」


「なんで、いるんですか。」


「僕が聞きたいよ。」


タクミが知らん顔でそれを言うとカムイは言葉を詰まらせて俯いてしまった。

そのまま暫く沈黙が流れる。流れる湯の音とさわさわと風が葉を揺らす音だけがする静かな時間。

カムイは相変わらず背中を向けたままその背を丸めている。

「この前の菓子…」


「え?」


「この前の、金平糖や飴とおかき。まだそのまま持ってるから明日渡すよ。」


「タクミさんが買われたんですから食べれば良いじゃないですか。」


「僕は姉さんに買ってきたんだ。それにヒナタやオボロも一緒に選んでくれたんだからその気持ちを無駄にしたくない。貰ってくれるよね?」


タクミの臣下のヒナタやオボロには、カムイも慣れない白夜の環境で過ごす中で色々と世話になっていた。

その2人も選んでくれたというなら無碍に断るわけにはいかない。

カムイがチラリと横目で見ながら小さく頷くとタクミは良かったと嬉しそうに微笑む。

その顔を見てカムイも顔を自然に綻ばそうとするが直ぐに顔を隠してしまった。

「…笑って欲しいのに、最近は笑ってくれないね。」


「何のことですか?」


「ううん、何でもない。じゃあ僕は先に出るね。程々にして早く休んで。」


タクミが先に湯から出て行き、脱衣場から姿を消す気配を感じるとやっとカムイは体の力を抜き大きくため息をついて星空を見上げた。

「私も、そこに行ければいいのに…」

朝、朝食を済ませ身支度をしていると障子の向こうに気配を感じて声をかける。

 

「スズカゼさん?」

「はい。」

暗夜と白夜の通信役を請け負ってくれているスズカゼが暗夜のレオンからの書状を持ち室内に入ってくる。

 

「いつもありがとうございます。ご苦労様。」

「はい。レオン王からの書状です。それとこちらを。」

スズカゼが書状の他に何かの包みを出して来てカムイに渡す。

何かと首をかしげながら包みを開くと見覚えのあるサークレットだった。

 

「…これは…」

「亡きマークス王子様のサークレットです。カムイ様に持っておいて欲しいとレオン王からお預かりして参りました。」

「お墓に一緒に埋葬したのでは…」

暗夜では王家の王位継承権を持つ王子や王女はサークレットをする。

第一王子のマークス、第一王女のカミラ、第二王子のレオン。

彼らは全て王から与えられたサークレットをしていた。

それは歴代個々に違うものでこれはマークスだけのものだ。

 

「第一王子のマークス兄さんのサークレットを国外に出すだなんて…いけません。レオン王に返却を。直ぐに書状を書きましょう。」

「私もそう申し上げましたが…レオン王がどうしてもと。」

「…とにかく書状を確認します。ご苦労様でした。しばらくは休んでください。」

「はい、ありがとうございます。では。」

スズカゼが姿を消すとカムイは直ぐにレオンからの書状を開く。

マークスのサークレットを抱き締め震える手で書状を読み始めた。

書状には白夜側の支援を受けたい旨、未だ強い暗夜諸侯の暴挙の鎮圧をカミラが始めた事、暗夜国内の資源の輸出と白夜からの輸入の品の事など沢山の政治的な事が書かれていた。

 

それとは別にもう一枚、小ぶりの綺麗な紙にカムイへの手紙が入っていた。

亡くなったマークスをカムイが想っていた事、暗夜戦時中のマークスの立場と気持ち、故にマークスの成仏の為にもカムイにサークレットを持っていてほしいという事、レオンの弟としての思いと気持ちが詰まった手紙とサークレットを抱き締めてカムイは顔を伏せ静かに涙を零した。

カムイの朝の餌やりはあれからも毎日続いていたが、最近は夜に空を眺める事も日課になっている様だった。

雨が降っても庭の東屋に座り見えない空を眺めているカムイの目は焦点が定まっていない様に見えタクミも心配していたが、あれから忙しくなりあまりカムイとも顔を合わすことが出来ずにいた。

その日、タクミも夜遅くまで仕事をして自室に戻る時にカムイを見つけいつもの様に廊下の窓からその様子を眺めていたが、その手に持っているものに驚く。

 

「兄さんのこのサークレット。昔私もやってみたいって駄々をこねたから仕方なくさせてくれて…頭に合わなくてすぐに落ちちゃって…首飾りみたいになって笑われましたね…」

カムイが頭にそれを乗せると少し大きく鼻の所で止まる。

 

「ふふ…やっぱり、大きい…」

嬉しそうに微笑みながらカムイはサークレットを大切そうに撫でていた。

マークスと対峙した時タクミ達も側に居た。

最後のマークスは王子としてではなく兄としての義妹のカムイへ思いを託した。

タクミ達も静かに目を閉じ冥福を祈る中、彼はカムイの腕の中で静かに息を引き取った。

その顔は安らかなもので、最初は涙を流したカムイも遺体を預けるとすぐに切り替えて最終決戦へ向かった。

血が繋がっていないのに本当に愛して慈しんでくれた兄を思うカムイの気持ちは解らないでもない。

それはきっと本当の兄妹の様な愛情だったのだろう。

だがその思いが恋慕と変わっていたのなら、それは呪縛に変わる。

太い鎖で縛られる様な苦しく逃げられない呪縛に。

今のカムイはその呪縛に囚われて居る様な感がある。

タクミは直ぐに側に行ってそのサークレットを取り上げたい気持ちに駆られるが堪えてカムイを見守っていた。

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