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あれから朝の餌やりはタクミが城に居ない時以外は共にする事が日課となっていた。

カムイがそう望んだ訳ではない。

どんなに時間をずらしても、カムイが庭園に向かう時にはタクミは必ず入り口で待っている。

小鳥たちもタクミに慣れ、彼が居ない時には不思議そうな素振りをみせるくらいになっていた。

「もう、来ないでください。」

カムイの急な言葉にタクミはきょとんとしてその顔を眺め首を傾げる。

「なに、急に? 餌やりの事?」


「そうです。」


「理由を聞いていいかな?」


「理由なんてありません。とにかく明日からもう来ないでください。」

餌を食べ終えてタクミの肩などに止まっていた小鳥たちは不穏な空気を感じて飛び去ってしまう。

カムイは目を逸らさずまっすぐにタクミを見ている。

「僕が邪魔?」


「これ以上いう事はありません。明日から来ないでください。失礼します。」


「待ってよ。」

その場を速足で去ろうとしたカムイの腕を掴むと睨み返された。

「悪いけど、僕は前も言ったように君を愛してる。だからそれは聞けない。」


「私の意思は含まれてません。」


「最近は食事の時も君だけいない。兄さんも心配してるんだ。」


「きょうだいじゃない私に、あなた達と一緒に食事をする理由はありません。」


「血が繋がっていなくてもきょうだいだというのはレオン王たちもだ。一緒に育ってきた以上、絆は消えないよ。」


「私はこちらで過ごした記憶が殆どありません。」


「少しはあるだろう。母上の事も、兄さんや姉さんの事は覚えてたじゃないか。」

タクミはやさしいが強い目でカムイを見つめ引こうとも目を逸らそうともしない。

遂にはカムイの方が目を逸らしてしまう。

「君が混乱しているのはよくわかる。だから急がない。待つよ。」


「やめ…て…」


「愛してる、カムイ。」

カムイは抱き寄せようとしたタクミの腕を振りほどいて走り去る。

タクミはその手を握りしめ立ち尽くしていた。
 




カムイは走って自室に向かっていた。

何故こんなことに
何故
何故
何故…

頭の中で反芻しながら走っていると思い切り何かにぶつかる。
反動で転がりそうになるが何かに支えられた。

「!?」

目の前にはリョウマ。

支えてくれていたのはその臣下サイゾウだった。

「何をやっている。王に怪我をさせる気か?」

小声でぶつくさ文句を言いながらカムイをその場へ座らせ側へ控える。
突然の事でぼうっとしているとリョウマに手を掴んで引っ張られた。

「少し休む。」


「は。」

何がなんだかわからずに引っ張られるままついて行き、とある部屋へ入れられた。

「…どうした?」

ぽんと頭に手を乗せられリョウマを見上げて自分の変化に気が付く。
カムイの顔には幾筋もの涙が流れていた。
自覚すると同時に顔が歪む。

顔を見られまいと俯くカムイをリョウマは優しく抱き寄せられ背中を撫でる。

その優しさと父の様な大きさにカムイは遂には幼子の様に声を上げ泣いた。


「そうか、タクミが…」

カムイが事の次第を話すと、リョウマは庭に目をやり呟いた。

カムイも庭に目をやる。
障子の外には鹿威し。水音がする美しい庭園が広がっている。

池には素晴らしい模様の鯉。植木も綺麗に手入れされていた。

室内を見渡すと床の間には美しい季節の生け花。

飾り棚には見事な装飾の蹴鞠など子供の玩具が並べられていた。

「覚えておらんか。」


「…?」


「ここはミコト母上の部屋だ。幼い頃、俺たちはよくこの庭で遊んでいた。」

リョウマの言葉であるビジョンが浮かぶ。
庭でなにかしらのおもちゃでリョウマやヒノカと笑いながら遊んでいる幼い自分。

廊下にはやさしく微笑む母ミコトが座り、その腕にはサクラを抱き、膝に甘えるタクミと何か話している。

飛んでいくおもちゃを追いかけ躓いてこけた自分をヒノカが駆け寄り助け起こしてくれた。

リョウマも寄ってきて頭を撫でてくれる。

「あ…」


「母上がお亡くなりになってからも、こうして部屋は残してある。母上がお好きだったもので季節ごとに設う様にしているのだ。そうだ、父上の部屋も見てみるか?」


「…あの、でも…」


「こっちだ。おいで。」

リョウマに手を引かれ、父スメラギの部屋へ入ると、リョウマのものとよく似ている白銀の鎧が飾られていた。

「こ、れ…」

カムイの頭に再びビジョンが浮かぶ。
公務が終わり部屋に戻るスメラギをみつけ飛びついた事。笑いながら抱き上げてくれた。
そして、この鎧をつけた義父スメラギは、暗夜で自分とリョウマを守る為 盾となった。

白銀の鎧と陣羽織をその血で染め目の前で力尽き倒れ、泣きながら駆け寄り縋りついたカムイの頬を撫で息絶えた父。

次にカムイが見たのは長い間記憶の奥底に眠っていた記憶。

不敵に笑いながら自分の首を掴むガロンと、遠く重臣達に連れられ逃げていくリョウマが自分の名を呼ぶ声。

カムイは無意識に自分の頬を触る。

父の血がついた頬。

瞬間体が震えた。

「カムイ?」

リョウマが声をかけると、カムイは目を見開き怯えた様に後退る。

顔は青ざめ、震える手で頬を爪でえぐっていた。

リョウマが止めようと手を取ろうとした所で戸口から声がかかる。

「兄さん? カムイ、どうしたんだ?!」

戸口に立っていたのはタクミ。

タクミはカムイの様子を見て慌てて部屋に飛び込んで来る。

その姿を確認したのを最後にカムイの意識は途切れた。

 




深く深く、水の中を落ちていく。
離れていく水面は太陽の光を浴びてゆらゆらと揺れている。

 


ああ、これで、楽になれる
エリーゼさん、マークス兄さんの所へ

手を太陽に向かって伸ばし撫でる様に動かす
瞼が重くなりはじめ少しづつ目を閉じていく

 


「まだこちらに来てはだめよ」

聞きなれた声に一気に覚醒した。


目を見開き荒い呼吸で目覚めるが、眩しさで一度目を閉じた。

今度はゆっくりと目を開ける。
まだ視界が霞んでいるが鳳凰の装飾の施された欄間が見え、ここが白夜城だという事を確認した。

室内を見渡すと自室に寝かされている様だ。

「なぜ、いかせてくれないの、アクア…」

呟いて涙を流す。と、静かに襖が開いた。

姿を確認する間もなく誰かが自分を抱き締めてきた。
柔らかな感触とこの香りは…

「ねえ、さん…?」

カムイを抱き締めていたのはカミラ。

暗夜王国第一王女で現在はレオンへ継承権を譲り自身はその補佐を務めていた。

いつもやさしく母の様に大きく温かい愛で包んでくれた義姉だ。

「ああ、私のかわいいカムイ。お姉ちゃん、あなたが倒れたと聞いて居ても立っても居られなくて…」

カミラはカムイに何度もキスをして顔や体を撫でてくる。

「王も、レオンもとても心配していたわ。あなたまで居なくなってしまったら、私…」

強く抱きしめられ、カムイの目からはまだ涙が流れ始める。戸の少し離れた所にタクミの姿が見えたが、それも涙ですぐに見えなくなってしまった。カムイはカミラに縋りついて泣いた。

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