白夜ルートクリア後設定です。
シラサギ城の上層。
王族の居室に近い広い庭園の端に空を見ながら座っている女がいる。
真珠色の長い髪をサラサラとなびかせてその瞳の色とよく合った赤い色の着物を身にまとっていた。
美しい横顔に見惚れながらゆっくりと近づいて行くと気配に気づき顔を向けて来て薄く微笑んで小さく呟く。
さよなら
彼女は後ろへ倒れ込みシラサギ城の外へ身を投げ出した。
慌てて走り寄り覗くとその笑顔を称えたまま地上に向かってドンドン小さくなっていった。
何て夢だ…
タクミは頭を抱えながら夜中の人気が無い城内を1人歩いていた。
あまりの夢の衝撃に眠る事も出来ず仕方なく気晴らしに城内にある温泉に行こうと出かけてきたのだ。
今の時間ならきっと誰も居ないだろうから1人で星空を見ながらのんびり浸かれる。
温泉につくとやはり人気は感じられず、安心して着物を脱いで入浴用の着物に着替え、湯をかけてゆっくりと体を浸けて行く。
はー…
浴槽の端に頭を預け首から下を湯につけ体の力を抜くと自然にため息が出る。
閉じていた目をゆっくりと開けて湯煙の間から見える星空を眺めていた。
暗夜国との戦が終わり両国とも戦後の復興で忙しい中、先日暗夜ではレオン王子が王としてたった。
戦で第一王子のマークスと末姫のエリーゼを失った暗夜は一気に崩れ白夜軍の勝利となったが、その父ガロンが治めていた頃から続く悪状況を一刻も早く何とかすべく悲しむ間もなく王を立てなくてはならなかった。
王位継承権を持つカミラはレオンを補佐する立場に回り戴冠式が執り行われたばかりだ。
白夜側も王としてたったリョウマを始め国として暗夜の復興を手助けしていたが未だ両国の溝が完全に埋まった訳ではなく、その修復には姉のカムイが動いていた。
姉のカムイは白夜で生まれ暗夜で育った。
暗夜の面々とは幼い頃から一緒に育ったきょうだいだったが、白夜に戻りこちらの軍と共に戦う事を選んだ。
暗夜国マークスと対峙し討ったのもカムイ本人だ。
揺るがない強い意志を持った彼女がここ最近少し変わって行っているのをタクミは危惧していた。
「嫌です。」
「そうは言っても…お前もそろそろ身を固めても良い年齢だ。母上だって生きておられたら…」
「お母さまは亡くなりましたし、これは私の問題ですから関係ありません。」
「ヒノカだって、サクラだって結婚した。それこそお前は誰か思い人はおらんのか?」
「居ません。それどころではありませんから。ではこれはこちらでよいですか?」
「あ、ああ。」
「解りました。ではこの処理は私がやりますね。お忙しい所失礼しました。」
リョウマの執務室から静かに出てきたカムイは襖を占めて大きくため息をついた。
ここ最近リョウマを始めユキムラ達重臣からも婚姻を勧められるようになりカムイはうんざりしていた。
ふるふると首を振り深呼吸して背筋を伸ばし自分の執務室へと向いた所で目の前に苦笑いしている弟の姿があった。
「何ですか、その顔…?」
「その様子だと、また言われたの?」
「余計なお世話です。」
「…ふん…よし。」
「え? ちょっとタクミさん。」
そっぽを向いて歩き去ろうとしたカムイが持っていた書類を取って内容を確認するとタクミはカムイの手を取って歩き始めた。
カムイは始めは慌てていたがすぐに俯いて引っ張られるがままになる。
しばらく歩いて小さな庭園に出るとタクミは手を離してくれた。
「ここなら少しは静かに過ごせるだろう。上からも見えないしね。サイゾウやカゲロウは任務で居ないみたいだから心配しなくていいよ。姉さん、ここ座ろう。」
タクミは長椅子に座って懐から小さな包みを取り出して広げる。
「これ好きだったよね。金平糖。はい。」
カムイは大好物な菓子を出されてパッと顔を明るくするがすぐに真面目な顔に戻る。
「私、忙しいんです。邪魔しないでください。」
「姉ーさん。」
言い放って去ろうとしたカムイをタクミが声で止めて自分の隣をポンポンと叩く。
カムイは恨めしそうに見て渋々隣に座った。
「何拗ねてんの。」
「拗ねてません。」
「拗ねてるだろ。」
「拗ねてないってば…んぐ!」
タクミの言葉を否定して途中で声が大きくなってきたカムイの口にタクミは金平糖を数粒投げ入れる。
もごもごやっていたカムイはすぐに美味しさに顔をふにゃりと崩す。
「…肩肘張り過ぎ。執政はもう少し肩の力を抜かないとやっていけないよ。」
「……」
「おいしいだろ。町で評判の菓子屋のなんだ。」
「…うん。」
「まだ他にも買ってきた。ほら、飴とおかき。」
タクミが懐から別の包みを出して見せるとカムイはじとっとした目でタクミを見る。
「この忙しいのに仕事してくださいよ。」
「してるよ。僕は朝から町の視察に行ってたから。」
「報告は?」
「姉さんが兄さんの所に行く前に済ませました。」
「…」
タクミは手際も良く仕事も出来る。
結婚して王城での政務が出来なくなってしまったヒノカとサクラの分も彼が動きそつなくこなしている。
ヒノカとサクラは結婚して王籍から外れたが各々の役割はある程度までは請け負ってもらってるものの、今まで通りに行くわけではなくその分王城に残っているリョウマ、タクミ、カムイが動くことになる。カムイがまだ執政に慣れず難しい暗夜との交渉に動いている間、リョウマとタクミが中心になって国を守っていた。
「暗夜との交渉はどう?」
「…順調とは言い難いですけど、取り合えずは。レオンさんとカミラ姉さんがしっかりしてくれていますから。」
「そうか…僕に何か出来る事があったら遠慮なく言ってね。」
「…これは私の仕事です。」
そう言って金平糖を掴んでガボッと口に入れ、口の中で転がしながらブスッとしているカムイの横顔を見ながらタクミはため息をつく。
「そんなに結婚するの嫌なの?」
いきなりのタクミの言葉に驚いて金平糖を喉に詰まらせむせるとタクミが背中を撫でながら笑う。
「大丈夫? そんなに口に沢山含むから…」
「タクミさんがそんな事言うからでしょう!!!」
「だって兄さんもヒノカ姉さんもサクラだって結婚したし、結婚する事が悪いとは思わないけど?」
「そういうタクミさんだって結婚していないじゃないですか。」
「ならさ、余り者同士、僕と結婚しようよ、姉さん?」
カムイはタクミの顔を二度見して固まり一気に顔を赤くした。
目は潤んでいるがキッとタクミを見据える。
「ふざけるのもいい加減にして下さい。本気で怒りますよ。」
「ふざけてない。」
「姉弟で結婚できると思ってるんですか。何考えてるんです。それに私は…」
「何?」
「…失礼します。」
カムイは立ち上がって早足で庭園を後にしてしまった。
タクミは黙ってその姿を見えなくなるまで見送っていた。
朝早く、弓の鍛錬を終えたタクミは静かに廊下を移動していた。
数ある城内の庭園の中のある一か所、彼にとって特別な場所がある。
その庭園に近づくにつれて鳥のさえずりが大きくなっていく。
そのさえずりに混じり小さな声で唄が聞こえてくる。
白夜の言葉ではないやさしい唄が。
この城に来てから毎朝カムイがここで鳥に餌をやっている。
初めてこの城に来てすぐにカムイの実の母であるミコトがそれを教え、それからは城に居る時には欠かさずこうして餌をやり続けている。
最近ではその最中こうして唄を歌っている事が増えた。
小さな声で呟く様に鳥達を見ながら寂しそうに微笑んで。
タクミはその姿を遠くから眺めるのが日課だった。
母ミコトに似た美しく優しい顔立ちで微笑んでいるカムイの姿はこうして眺めているだけでも癒される。
最初素直になれずにいたが、こうしている事で段々と受け入れる事が出来る様になった。
カムイにはいつの間にか周りの者を虜にする変わった魅力があるようだ。今朝もこうして変わらずカムイは鳥達に餌をやりながら過ごしていたが急に口ずさんでいた唄が小さくなり両手で顔を覆ってしまった。
いきなりのカムイの変化に鳥たちは驚いて飛び去ってしまいタクミも驚いて窓から乗り出し声をかけようとした所でカムイの様子に気付く。
カムイは1人で泣いていた。
普通なら声も聞こえない距離だが感覚などが鋭い弓聖であるタクミにはその声が聞こえた。
エリーゼさん、マークス兄さん、ごめんなさい。ごめんなさい。マークス兄さん、マークス兄さん…愛してました。それなのに私は…
「あい、して…た?」
タクミはそのまま泣くカムイを見つめていた。