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一部時系がずれますので混乱注意です
BGM  My Dearest/supercell


 

 

 

 


あれからカムイは元気に笑って過ごす様になっていた。以前の様に民や兵と交流し、キャッスルの作業も楽しそうにやって笑い声がキャッスルの中に響き渡る。事情を知らない者は「カムイ様がお元気になられた、良かった」と口々に言っていたがヒナタは正直心中は穏やかではなかった。タクミに対しても以前と同じく気を使わずに接する様になったが、そうしてカムイが笑うたびに彼女の心が傷つく。その姿を見ている事はとても辛かった。

「姉さん!! いい加減にしてくれ!!」
「荷物持つの手伝います。落としませんから大丈夫ですよー。」
サツマイモの畑からタクミとカムイの声が響く。

「いいから、邪魔しないで!」
「これですよね。持っていきまーす。ヒナタさん、オボロさん、持って行くものありますかー?」
「ちょっと!!!」
タクミが手を出して止めようとするのをひょいと躱してふふんと笑いヒナタ達の所に向かう。

「ほーい、んじゃこれ頼めますか?」
「はい。これで全部?」
「カムイ様、お一人じゃ無理じゃないですか?私も行きます。」
「だーいじょぶですよー。これも鍛錬ですから。」
「おお、鍛錬。イイ心構えだなー。」
「負けてられませんからねっ!!」
ヒナタとニカーッと笑いあい「あずかりまーす。」と言って車を引っ張っていく。

「姉さん!! 待っ…」
「カムイ様がやるっていってるんだからいーじゃないですか。」
「まるで僕がやらせてるみたいじゃないか!」
「誰もそんな事思っていませんよ。着替えさせていただきましょう、タクミ様。」
「おはようございますー。良かったら持って行きますよ、車に乗せて下さい~。」
「いえいえ、滅相もない!!カムイ様がそんな事されなくても。」
「いいんですよー。その代り引っ張るの手伝ってください。」
「お安い御用ですよ。」
「押しましょう。」
「今日の御味噌汁やスープの具はサツマイモですね。楽しみだな~♪」
「白夜だと天ぷらもいいですよ。」
「暗夜だとケーキかな。」
「あー、どっちもおいしそう…食べたい~。大漁、大漁~♪」
「ははは、カムイ様、涎でてます。」
「そこは大漁じゃなくて豊作ですよ。」
「はっ!! いけない、つい!!」
追いかけようとするタクミをヒナタとオボロが止めて片付けに向かう。兵達と談笑しながら皆で野菜を載せて倉庫に運ぶ姿をタクミは片付けながらずっと見送っていた。

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朝の軍議が終わり武器などの確認をする為に武器庫に来ていたタクミは在庫が記載された書類を忘れた事に気付き取りに戻っていた。タクミは軍の中で実質的な支持をする役割を果たしている。武器庫の管理もその仕事の内の一つだ。走る足音が聞こえて目をやるとカムイが書類を持って走ってくる。

「タクミさん、書類、忘れてますよー!!」
「姉さん…」
「すいません、もっと早く気付いてたんですけど、執務室から迷っちゃって。はい。」
タクミはカムイの指の傷をちらりと見る。まだ軽くガーゼなどで抑えてあった。

「なんで執務室からここまでの道を迷うんだよ。自分の城だろ?」
「ここ最近軍の規模が一気に大きくなったでしょ。だからリリスさんに城を直してもらってたら道が無かったところに道が出来てて!! It's labyrinth!!」
「迷宮って…自分の城なんだから、ちゃんと覚えなよ…………あの、ありが…」
「カムイ様ーーー!!! タクミ様に会え、ましたね。よかった。」
兵士の1人がカムイを追いかけてきてタクミに一礼して声をかける。

「助かりましたよー。ありがとうございました。」
「いやいや。この位。マークス様が探しておられましたよ。」
「あっ、もうそんな時間ですかっ??じゃあタクミさん、失礼します!!」
「カムイ様、そっちじゃなくて、こっちですよっ!!」
「あれっ? へへへ、すいませーん。」
タクミに一礼して兵士とカムイは走っていくが、いきなり道を間違えて走って行って止められUターンして戻って行く。その姿を見やりタクミは小さく微笑んだ。

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昼下がりキャッスルの端っこから何やら煙が上がり兵達が集まっていた。たまたま近くの店から出てきたタクミが見ているとカムイの声がする。静かに近づいてみるとこんもりと積まれた枯葉の山に火がつけられカムイや兵士が煙でゲホゲホとむせながら木の棒でつついて何かやっていた。

「そろそろですかね。」
「1つ出してみましょうか? えっとー…」
カムイが棒でつついて出したのは焼けたサツマイモ。背中のマントで包むようにしながら「あちちっ。」と芋を割っていくと香ばしい香りと共に綺麗な実が姿を現しカムイを始めそこにいた兵士達が色めき立つ。

「おいっしそー!!! こっち味見する人!!!」
「「「「はい、はい、はい、はいっ!!!!」」」」
カムイが二つに割った実の片方を掲げて皆に聞くと、皆は一斉に手を上げて答える。其処にひょいと手を出して芋に噛り付く見慣れた姿があった。

「「「ああーーーーーーーっ!!!!!」」」
「「ひっ、ヒナタさんっ、ずるいっす!!!!!」」
「「「「隊長~~!!!!」」」」
大ブーイングの中、ヒナタは気にせずモグモグしカムイを見てニカッと笑う。

「ほほー、うんめぇ~♡」
「あー居たの忘れてた~。」
「んだとー?」
「でももう皆さんのも焼けてますよね。気を付けて取って下さいよー。」
「「「「はーーーーーーい!!!」」」」
兵士達はわあわあと焚火に集まってイモを取り頬張っていた。

「サツマイモにこんな食べ方があるなんて知りませんでした。美味しいね~♡」
「この芋の食い方はこれが一番うめぇんだよ。まだあっかな? うおい、1人1本だぞ!!!!」
「これは病気の妹に!!」
「嘘つけ、お前妹なんかいなかったろ。」
「そんなごきょうだいがいらっしゃるなら、是非持って行ってあげてください。」
「カムイ様、だまされてますよ、違いますから。嘘ですから。」
「えっ、なら没収~! 私が食べます!!」
「あああーっ、俺の夜食…」
「カムイ様~、こっちの焚火ももういいですよー。」
「はーい、こっちの焚火のお芋も、かいきーん!!!」
中には他の臣下や王族達もいて皆で楽しそうに芋を食べていた。そういえば幼い頃、ミコトが庭で小さな焚火をしてこうして芋を焼いてくれた覚えがあったがカムイはそれを知らなかったと言っていた。ミコトと共にいれば自然と覚えていた事が解らないカムイを少し可哀そうだと思った。

「タクミ様。どうぞ。」
気付くと目の前にオボロが来ていて芋を差し出していた。

「いや、僕は…」
「ごきょうだいにもとカムイ様が沢山焼かれましたのでご遠慮なさらず。エリーゼ様ー、どうぞ。」
「なにこれ、真っ黒!! でもいい匂い~。」
「これはですね、こう割って…」
「オボロ…これはあまりエレガントな食べ物ではないな…しかも立ち食いなんて。」
「レオン様、こちらにはある言葉があります。郷に入れば郷に従え。そこの文化に馴染むのも良い事ですよ。」
「レオンお兄ちゃん、すっごく美味しいよ!! ね、カミラお姉ちゃん。」
「そうね。なかなか美味しいものだわ。レオンもお食べなさいな。」
「カミラ姉さん、いつの間に庭園セットを…」
「お茶もどうぞ。さ。」

「エルフィ君!待ちたまえ!! 君はこちらの焚き火の分だ!」
「お腹空いて待ちきれないわ…」
「君のはこちらの焚火のもの全部だろう! カムイ様のご厚意を…」
「お腹空いた…」
「わぁあ、エルフィ様、勘弁してください!なくなっちまいますよー!」
「仕方ないなぁ、僕のをあげるよ。はい。」
「芋を貰ってもお茶には付き合わないわよ、ラズワルド。」
「ちょっと、それ酷くない? 人前でそんな事言わないでよ恥ずかしい…」
「他のお芋は今日はピエリが腕を振るってお料理しちゃうの!! 頑張るから誉めて欲しいの!!」
「頑張ってね、ピエリ。楽しみにしてるよー。」

「ツバキ、要らないなら頂戴。」
「…よく食べるねー、カザハナ…」
「お腹空いちゃって!! 最近すごくお腹すくんだよねー。」
「お、そりゃおめでたじゃねぇのか?」
「はっ??? 何言ってんのよ!!」
「あー…でも可能性は無い事もないのかー。」
「やっ、やめてよ、人前でっ!!!」
「おめでとー…パチパチ~…」
「めでてぇ事だろが。パチパチ~。」
「うるさいっ、バカヒナタ!!」
「そんなにかわいくない顔に芋のカスが沢山ついてますよ、セツナさん。」
「ほんとだ~…」
「相変わらずの毒舌だねー、アサマさんー。」

「いい匂いだな。焼き芋か、懐かしい。」
「リョウマ王子、食べた事があるのか。」
「ああ。白夜ではこの時期には定番だ。子供たちのおやつだな。」
「ほう…」
「マークス兄さんもどうぞ。はい、リョウマ兄さん。」
「うむ…どうやって食すのだ?」
「こうして割って…そのまま噛り付く。うん、美味いな。」
「ふむ…ほう、いい香りだ。うん、美味だ。」
カムイはその姿を見ながら嬉しそうに笑っている。皆一様に笑いあいリラックスした様子でこうなったら2つの国が何の隔たりもなく1つとなったように見える。それを見ながら踵を返しタクミは自室に向かって歩き始め、後ろの喧騒が聞こえなくなった所で芋を割ってみると美味しそうに焼けていた。ゆっくりと口に運ぶ。

「あち…」
口の中に入った芋はすぐにとろけて甘みが広がる。

「ん、おいしい。」
1人で芋を食べながらゆっくりと歩いて帰る。その顔はとてもリラックスしていた。

 

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「よ、お疲れ。」
焚火の前で稽古の合間の休憩をしているとヒナタがやってきて側に座る。

「お疲れ様です。ちょっと休憩…へへ…」
「無理しすぎだぜ…おめぇは…」
小さく笑うカムイのその顔は疲れ切っていた。ヒナタは微笑んで焚火に目をやるとカムイは肩に寄りかかる様にして大きくため息をついて脱力する。

「本当は大の字になりたい気分なんだけど、ごめんなさい、ちょっと貸してください。」
「んー。」
「美味しかったですね、この前のお芋。」
「ありゃそのままの名前で焼き芋っつってな。色気はねぇけど一番うめぇんだ。」
「うん、美味しかった、本当に。まだまだ知らない事だらけだなぁ…」
そのまましばらく沈黙が続く。

「…縁談、どうなりました?」
「…俺は一介の臣だからな。結局上からの命令には逆らえねぇ。」
「…幸せになってくださいね。心から祈ってます。」
少し前、ヒナタにリョウマから縁談の話があった。年頃になった武家の男に縁談を持ち掛けるのも白夜では大切な主の仕事。タクミはまだ未婚の為、既婚者のリョウマが代わりに話をした形となった。相手は同じ臣下のオボロ。彼女の両親は既に暗夜との戦の犠牲となり他界し今は孤独の身となっているが元々は大きな呉服屋の娘。身分的にも作法的にも問題はなく気心が知れたオボロならばヒナタも気が許せるだろうという話だった。話をしてきた相手が別の人間なら即座に断った。だがその話を持ち掛けてきた相手は次期国王のリョウマ。一介の臣下でありながら自分がそれをその場で断る事は出来ず少しだけ考える時間が欲しいと言ってその場を逃れた。

「まだ…答えは待ってもらってる…」
「そう、なんですか?」
「いきなりの話で頭が整理出来ないから待ってくれってな。」
ヒナタは短くなってしまったカムイの髪に目をやる。あれだけ綺麗だった長い髪をカムイは先日自分の目の前で切ってしまったのだ。

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「ヒナタ!!」
珍しい声に呼び止められ、道場から帰っていたヒナタが振り向くとジョーカーが血相を変えて走ってきていた。

「どしたよ、珍しいな?」
「カムイ様を、見なかったか?」
「いんや?俺も今道場から帰って来たばかりだし、今日は姿を御見掛けしてねぇよ?」
「昼食を終えて、普通ならお茶の時間には一時お戻りになるのに今日はお戻りにならないんだ。」
「ってもう夕方じゃねぇか?ごきょうだいは?」
「皆様一様に知らないと…どなたともお会いになっていないらしい。」
「スズカゼは?」
「あいつが居たらもう探し当ててる。任務で居ないんだ。」
「解った、俺も探してみる。」
「頼む。」
そう言ってジョーカーと別れて探す。今は不安定な状態だ。きっと一人になりたくて気配を気付かれない場所へ行っているに違いない。そう思いカムイの今までの行動を考え思いつく場所に行く。何か所か回ったところで夏に稽古後に一緒に涼みに行った泉を思い出してそこへ向かう。近くに着くと泉の感覚とは違う水の感覚がある。カムイが居る。そう思い走るのを止めてゆっくりと歩を進めた。泉の水の音が響く静かな森の中にカムイはいた。泉から湧く水の前に目を閉じて立ち静かに呼吸をしながら。その姿はまるで水から生まれた女神の様に美しかった。しばらく眺めていたがゆっくりと進み距離をとって声をかける。

「カムイ。」
振り向いたカムイの瞳は目玉が大きくなり獣の目になっていた。カムイは口も動かさずにヒナタに話しかける。竜化した時の話し方だ。

『ヒナタさん?』
「ジョーカーが心配して探し回ってるぜ。おめぇこそどうしたんだよ。」
『体が変化しそうだったから落ち着くまでと思って…』
「…また何があった?」
『ううん、違うの。私の問題。』
「俺にも言えねぇ事か?」
『…ううん。』
「なら言えよ。」
『未練、捨てようと思って。』
「…え?」
『ヒナタさん、あの夜言ったでしょ? 未練なんか捨てちまえって。苦しいの。凄く…だから…』
カムイは言うと同時に自分の後ろ髪を持ち、もう片方で夜刀神を握る。

「!!! カムっ、やめっ…!!!!!」
ヒナタが止めるよりも早く瞬間にカムイは夜刀神を回す。カムイの周りに真珠色の髪の破片が舞い散り塊が足元に落ちた。ヒナタは茫然とその姿を見ている。

『未練、捨てた。すっきり、しました。』…似合います?」
「なん、で…」
「失恋したら髪を切るんだって。エリーゼさんと前話してて聞いた事があって。」
「失恋って…だからって、女にとっちゃ髪は大切なもんだろが!」
「ヒナタさん、そのまま聞いて。」
カムイはまっすぐヒナタに向き直り口を開く。

「私は、あなたの事、愛してます。」
「…!!!」
「あなたはとても大切にしてくれた。私という人間を認めて全てを受け入れてくれた。本当に嬉しかったの。出来るなら何も考えずにあなたの腕に飛び込みたい。」
「なら…」
「最後まで聞いて。でも…ごめんなさい。消えないの…消えないんだよ、この気持ちが。」
カムイは微笑みながら涙を流して言葉を続ける。

「ヒナタさんの気持ちも受け止めたいのに、タクミさんを、好きな気持ちが………消えないの…」
「俺は、お前のその気持ちごと好きだって前言ったぜ。俺はそれでも構わねぇ…」
「私が、それじゃ駄目なの。こんな気持ちのままあなたに愛されることは出来ない。どうやったら消えるの? タクミさんを好きな気持ち…」
「カムイ…」
「苦しいの。凄く。だから竜石を持ってても、思いに引きずられて変化してしまいそうになる。大好きなの、あなたもタクミさんも。」
ヒナタは走り寄りカムイを抱き締め髪に顔を埋め短くなってしまった髪を撫でる。
「愛してる…このまま連れて逃げてぇ…そしたらおめぇはずっと俺だけのものなのに…」
「逃げる事は、出来ない。私が始めてしまった戦だもの…私はこの軍の将だから…しっかりしなくちゃ、軍の皆が巻き添えになってしまう。」
「捨てちまうのか、握れる幸せを…」
「今は……もしも神様がいいよって言ってくださるなら、きっと何かのご縁があると思う。」
カムイは涙を流し続けるが精一杯笑顔でヒナタに微笑みかける。ヒナタはカムイのマントを強く握り自分も精一杯の笑顔で笑い返した。

「タクミさんを、よろしくお願いします。今後とも守ってあげてください。それと私とも最高の親友で!」
「馬鹿だな、おめぇは…はは…どっちも、任せとけ。」

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翌日、朝礼に顔を出したカムイの姿に全員が驚いた。あの長く美しい髪が短く切りそろえられていたからだ。あの後ヒナタに部屋まで送ってもらい玄関で別れたカムイを見たジョーカーの様子は尋常ではなかった。顔は赤くなったり青くなったり、口は声も出ずパクパクとして、顔にはびっしりと汗が浮いていた。カムイが「伸びすぎたので切りました。切りそろえてくださいませんか?」と頼むと「畏まりました。」とはいうものの手が震え、ついには泣き出してしまった。フェリシアも驚いていつもの倍以上皿などを割っていた。

「ひっ、ヒナタの野郎が、やりやがったのですかっ!?」
「違いますよ!!  ヒナタさんは私を送り届けて下さっただけです。髪は私が自分で切ったんです。」
「あのお美しい御髪が…手入れに時間をかけた素晴らしい御髪が…ああ、なんてことだ…!!!!」
ジョーカーは大袈裟過ぎる位に悲しんだが、結局切ってしまった髪はもう戻らず泣く泣く切りそろえてくれた。

「かっ、かむいっ!!!!!」
「マークス兄さん、おはようございます。」
「おま、おまえのあのうつくしいかみはどうしたっ!!」
「えと、兄さん、なんでそんなに言葉がたどたどしいのですか…? 伸びすぎて邪魔だったので切ったんですよ。」
マークスは愛妹の変わり果てた姿を見て目を白黒させていたが隣でレオンがマークスの背を撫でながらフォローする。

「カムイ姉さん、相変わらずやる事が突飛だよね…ま、でも似合うんじゃない?」
「そうですか?ありがとうございます、レオンさん。」
「れ、レオンお兄ちゃん、カミラお姉ちゃんが気絶したーーーーーーっ!!!!」
「あー、もう…ゼロ、オーディン、運ぶの手伝ってやって。」
「あ、はい。カムイ様、なかなかお似合いですよ。」
「ふ、なにかイケナイ事でもあったのか、カムイ様?うなじが露わになってなかなかにイイ感じだぜ。」
「お褒め頂きありがとうございます。」
「お姉ちゃん…失恋、したの?」
「違いますよ。本当に伸びたから切っただけ。心配しないで、エリーゼさん。」

「カムイ…どうした?似合ってはいるが…」
「リョウマ兄さん、おはようございます。」
「お、驚いたな…少し長いが私と同じような髪になってしまったではないか…まあでもよく似合ってるな。」
「ヒノカ姉さんみたいでしょう? 気に入ってるんです。」
「カムイ姉様、素敵です。お似合いですよ。」
「ありがとうございます。サクラさん。」
何よりも状況に驚いていたのはタクミだった。朝礼の会場に入りカムイの姿が目につくと目を見開いて立ち尽くしてしまっていた。兵士達からも声を掛けられるが皆に褒めてもらいカムイがニコニコと笑っているとすいと横にヒナタが立ってこそっと声をかけて来た。

「ショックだけど…マジ似合ってるわ。かわいー。」
「ふふーん、でしょ?」
「おう。こーんなにしてももう髪も絡まねぇもんな!」
「ちょっ、もーーーっ!!!」
カムイが肩をヒナタの腕に軽く当てるとヒナタはわざと荒っぽく頭をぐしゃぐしゃっと撫でて笑った。


朝礼が終わり食事を済ませ、各々が各自の仕事を始める時間になるとキャッスル内は賑やかになる。訓練や勉強会なども行われていた。城の中では王族各々が軍の運営の為の仕事を行っている。全体を統括するカムイのする事は視察という名の自分の勉強。色んな所に行って色んな仕事を見て回り少しづつ勉強をして行く事だ。戦いに関しても、軍の運営や政務に関してもカムイは知らない事が多い。こうして勉強する時間はとても必要だし、そうする事で自分の身にも入りやすい。一緒に入って訓練や勉強もする事があった。今日はレオンの行う戦法の勉強会の為に教材を持って会場に向かっていた。時間にうるさいレオンの授業は遅れたら閉め出されてしまう為カムイは急いでいた。廊下の横から出てきた人にカムイは思い切りぶつかってしまい、教材はバサドサと音を立てて床に散らばり、カムイも勢いで横に飛ばされる様な形になったが誰かに腕を引っ張られてこける事は免れた。ほっと一息ついて相手を見ると少し驚いた顔をしたタクミがカムイの腕を持って立っていた。

「姉さん…危ないよ。」
「す、すいません。ありがとうございます。」
タクミはカムイをきちんと立たせると足元の資料を黙って拾い始めた。慌ててカムイも荷物を拾う。

「今日は戦法?」
「…はい、レオンさんの戦法の授業です。」
タクミは暗夜語の本をパラパラと開いて軽く中を見て直ぐに閉じ他のものを拾う。カムイも散らばってしまった鉛筆などを拾っていると頭をタクミとゴチっとぶつけてしまった。タクミは白夜特有の香とよばれる香料の香りがした。この香りはカムイも好きな香りだ。軽く深呼吸してみるがタクミの声で現実に戻る。

「ちょっと…痛いなぁ…」
「ご、ごめんなさい。ありがとうございました。では!!」
カムイは慌てて会場に飛び込むがすぐにレオンの大きな声が響いた。

「おっそーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!! 時間2分経過!!!!」
「ご、ごめんなさーーーーーーーーーい!!」
「カムイ姉さんだろうと容赦はしないよ!! 遅れた者には制裁を! 宿題倍増し!!! はいっ、授業始めるぞ!!」
「ぅ、うそーーーー!?」
会場からレオンとカムイの叫び声と共に兵士達の笑い声が響く。それを聞いてタクミはくすりと笑い場を後にした。


「宿題、沢山でたの?」
カムイ専用の執務室は基本的にドアは開けっ放しになっている。何かあった時にすぐに対処できるようにする為と長い幽閉生活から少しトラウマになっているからだ。タクミは開けっ放しのドアを数回ノックして机でペンを片手に頭を抱えてうんうんと唸っているカムイに声をかける。

「あ、はい。あ、聞いてたんですか…」
「あれだけ大声で騒いでたら聞きたくなくても聞こえるだろ。入っても?」
「あ、はい、どうぞ。」
タクミは静かに入ってきてカムイの前に立ちカムイが頭を悩ませている戦法の図を眺める。しばらくじっと眺めていたが腕組をして顎に手を置き姿勢を直した。カムイはその様子を見ていて息を呑む。

「それがどのくらいあるの?」
「え、ええと…8枚…」
「ふぅん、見せて。」
レオンに出された宿題の用紙をタクミに渡す。受け取った用紙をしばらく眺めては「ふん。」と頷き次の用紙に進んでいる。

「そんなに短時間でわかるんですか?」
「問題自体はそこまで難しいものじゃないね。」
「そ、そう?」
「時間に遅れたのは半分は僕の責任だ。少しなら教えてあげるよ。どれが聞きたい?」
カムイはあっけにとられた。弓を教えてくれる時もここまでの会話はなかったし、彼からこうして声をかけてもらう事もなかった。嬉しくて飛び上がりそうになるがそれをやってしまったらまたきっと呆れられてしまう。ここは我慢と頷いて聞きたい戦法の用紙を指さす。

「これと、これと、これ? 3枚も?」
「聞きたい戦法がこの3枚です。後は自力で頑張ります。」
「ふーん。じゃ、例えば今やってるこれは?」
「ええと…?」
「例えば、だ。どうぞ。まず姉さんの戦法を聞くよ。」
「えと、こ、この場合だと地形が複雑なので足が遅くなります。だから…」
カムイは考えていた戦法を細かく説明しながらタクミをチラと見る。俯いた状態で用紙を見るタクミの顔は綺麗に整っていた。まつ毛も揃いまだ幾分幼さも残ってはいるが男性らしい顔と体つきをしていた。風神弓を引く右手のグローブは指の所が皮で強化してある。香の香りもカムイの好きな種類のもので今度機会があったら聞いてみようと思っていた。タクミの外見を好きになった訳ではないしもうこの恋は諦めた筈。今はそんな事を考えている場合ではないとカムイは首を振り気分を変えて説明を続けた。カムイがそう思っている様にタクミも同じ様な事を思っていた。整った顔の美しい姉。薔薇とかいう花の香りによく似た香りがする。あの長く美しい髪は無くなってしまったが短く切りそろえられた髪もとても似合っている。毛先が少し癖がでて巻いたり跳ねたりしているのがとてもかわいいと思った。

「…以上です。」
「あ、ああ。なるほどね…なら聞こう。こちらから援軍が来た場合は?」
「援軍の種類によります。」
「そう、種類によるけど、この敵軍の配置と地形だと何が来ると予想できる?」
タクミは細かくカムイから意見を聞き出しながら答えに導く。カムイは慣れたレオンと同じ様な教え方をするタクミにいつの間にか必死で食いついていた。

「でも、この場合はこちらからじゃないんですか?」
「いや、違うね。よく見てみなよ。ほら。これはどう説明するのさ?」
「…あー…」
「だろ?じゃこれはおしまい。他のものは…」
結局4枚の宿題の大きなヒントをもらって、カムイはそのヒントをノートに書き記していた。

「書き記すっていう行為はとてもいい事だけど実戦あるのみだよ、こういう事は?」
「はい。ですが少しだけでも…ありがとうございました。とても有意義な時間でした。」
「じゃ僕はこれで。」
タクミはそう言って部屋を後にしようとしたがドアの所で止まる。

「指、治った?」
「はい? ええ、おかげさまで。」
「…なら、明日の朝から再開するから…まだやる気があるなら、朝おいでよ…」
「…え?」
話しながらノートに書き記すのを続けていたカムイが驚いて顔を上げると、そこにはもうタクミの姿は無かった。

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翌日の朝、弓の稽古の時間に道着に着替えて恐る恐る行ってみるとタクミは弓道場で既に稽古を始めていた。時間に余裕をもって来た筈が既にタクミが稽古をしてることに驚いて一旦入り口の陰に隠れる。

どうしよう、もっと早くくればよかったかも…絶対に怒られる…

「姉さん、入ってくれば?」
タクミに声をかけられて隠れているカムイの体はびくりと跳ね上がる。そろりと顔を覗かせると無表情だが振り向いて顔を向けてくる。カムイは決心してゆっくりと弓道場に一礼して入っていき、立てかけてある練習用の弓を持ちタクミの近くまで進む。脇に弓を抱えタクミに一礼する。

「おはよう。」
「おはよう、ございます。遅れて、すいま、せん…」
「遅れてはないよ。僕が少し早かったんだ。では始めよう。とりあえずこれをつけて。」
タクミがカムイに差し出したのは胸当てとかけと呼ばれる皮の手袋の様なものだった。

「正式に弓道を始める場合の基本装。今日からこちらに来たら必ず着けて弓を射る様に。」
よく見れば確かにタクミもきちんと装具を着けている。今まで教えてもらう時にはタクミはこういうものは着けていなかったし、自分も勧められた事がなかったので驚いていた。タクミに教えてもらいながら装具をつけていき弓を持ち直す。

「早速だけど射てもらおう。久しぶりだけど感覚を見たい。」
「はい。」
カムイの顔が一気に緊張して少し体が震える。タクミがそれに気づき少し寂しそうな目をしてカムイに声をかける。

「…気負いする事ないから楽に射ってみて。」
「はい。」
少しぎくしゃくとした歩き方で射場へ移動し例にならいタクミに一礼する。タクミは目で礼を返し黙ってみている。カムイは矢を取りつがえ1つため息をついてから弦を引いていく。キリキリと弓が曲がり弦が伸びカンという小さな音と共に矢が放たれる。その矢は軌道を崩す事なく的の真ん中にタン!と刺さった。カムイはそれを見てポカンと口を開けている。今までタクミに手伝ってもらった以外に真ん中に当たったことはなかった。怪我をしてからの間もヒナタとの剣技の練習の合間に少し弓を触っただけだ。思わず頬が紅潮して顔が笑顔になるがタクミの声で現実に戻る。

「次。休まず今の感覚で続けて。5射まで。」
カムイは慌てて顔を引き締め次の矢をつがえた時にふとヒナタとの会話が蘇る。ふぅと息をして放つ。その矢も的の真ん中に入る。

 

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「弓の何が悪ぃって?」
剣技の練習の後片付けをしていたところでヒナタがどこからか弓を持ってきてカムイに渡す。

「んー…ぶれてるとか良く言われました。」
「へー、これは俺のだからちと太いがひいてみ?ほれ、手ぇ貸せ。」
ヒナタは手拭いを畳んでカムイの手にかけて巻いてやっていると不思議そうにカムイに聞かれた。

「ヒナタさん、弓出来たんだ?」
ヒナタは軽くずっこける。

「おっめぇなあ、俺はこれでも武家の出なんだぜ? 武家の男なら大体の武芸は出来るの。」
「おおー。」
「少し見直したかー?」
「うん。」
「へへー、惚れ直しは?」
「見直しましたよ。」
「ちぇー…ん、かけみたいに皮じゃねぇけど、この位なら引けるだろ。」
「うん。よっしょ。重っ…」
ヒナタの弓は握りの所が広く弦も太く硬かったが、タクミに教えてもらった様にゆっくりと構え引いて弦を放しチラリとヒナタを見る。ヒナタは腰に手を置いて黙ってみていた。

「ふん。もっかい。」
「うう、怖い。」
「見てるだけだって。もっかい。」
「うん。」
ヒナタに言われた通りにもう一度弓を引いて放すとコイコイと手招きされて近づいたら腰を持って抱き上げられた。

「ひゃあ!!!」
「あれのどこが悪いんだよ。めっちゃくちゃ綺麗だったぜ。俺惚れ直しちまった~♡」
「えええっ、きゃ、はは、やめて、くすぐったい~!!!」
「美人で武芸まで出来るってよー。いー女だよなー、おめぇは♡」
ヒナタがカムイの腹の所に顔を擦り付けるのでくすぐったくてヒナタの頭をくしゃくしゃしながら笑っていたらピタリとヒナタが止まる。

「はー…ん?」
「カムイの弓さばきは完璧だったぞ? もしもなにか悪いとするなら精神的なもんだな。今緊張したか?」
「してない。ヒナタさんの前ですから。」
「嬉しい事言うじゃねぇか。で、タクミ様の前だと?」
「…怖い…」
「それだな。カムイの弓さばきはどこも悪くねぇ。俺が太鼓判押してやる。次にもしも弓を教えてもらえる様になったらリラックスしてやってみ?」
「リラックス…?」
「俺のカムイが負けるかよ。白夜式の剣技だってすぐに上達したんだ、弓だって絶対ぇ出来る。」
「うーん、というかもう教えてもらえるかも解りませんけど…それにリラックスかー…出来るかな…」
「出来るって。」
ヒナタはカムイを下ろして軽くチュッと音を出して口づける。

「これ、思い出せ。幸せ一杯だろー?」
カムイはまたいきなりの事でぼーっとしていたが、頬を膨らませて持っていた弓でヒナタの頭をバシ!!と殴る。

「ってぇ!! ああ、俺の大事な弓が!!」
「私の大事な唇はどうでもいいんですか!? 私っ、はっ、はっ、初めて、だったのに、何回も何回もっ!!!」
「はじ…まじかっ!!!!」
「まじだ!!! 」
「あー…そりゃ悪かったな…というと思ったか。ばーか。」
「んな!!! 」
「謝んねぇぞ。好きな女の初めてを奪うって、ちっと優越感だな。得しちまった感じ。」
ヒナタは少し顔を赤らめるが嬉しそうに笑う。何を言っても動じないヒナタにカムイは呆れて最後には笑っていた。

 

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5射全てを放ち終わりカムイはそのまま一息つく。

最初は緊張したけど…全部的に中ったよ。悔しいけどあのお陰かな?

ヒナタとの練習を思い出しカムイの顔には自然に笑顔が零れる。自信を持てと背中を押してくれ元気づけてくれた。いつも笑顔で自分を引っ張ってくれた。泣きたい夜はずっと側に居てくれた。その存在が今の自分を作っている。

また立つ事が出来る様になったのは、あなたのお陰ね。

その的をみて微笑むその笑顔はとてもリラックスしていてうっすらと掻いた汗も朝日に照らされとても美しい。その姿にタクミは見惚れていた。自分の前では今まで見せた事のない表情。しばらく離れている間に彼女の中で何かが変わっていた。凛と立つその姿に自然に目が焼き付けられ眩しさに目を細める。カムイはタクミに向き直り一礼すると顎をひいてまっすぐにタクミを見つめてきた。短く切りそろえられた髪がキラキラと輝き一層眩しい。

「うん…いいね。」
「ありがとうございます。」
「何か練習した?」
「リラックス、しました。それだけです。」
カムイは首を少しかしげる様にしてにこりと笑う。その顔にタクミの心臓が跳ねる。

「あの…あの時、僕は、姉さんに酷い事を言ったけど…本当は…」
「いえ、もういいんです。またこうして弓を射る事をさせて頂けるようになっただけで。ありがとうございます。続けて良いですか?あと、何かありませんでしたか?」
「え…ああどうぞ。いや、姉さんに悪い所はないよ。教える事もない。明日からは好きに来て練習していい。」
「ありがとうございます。また何かあったら教えてくださいね。続けます。」
カムイは一礼して矢を取りに行きしばらくの間矢を射続けた。

 

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ヒナタが1人で鍛錬場で鍛錬棒を振っていると誰かが近づいてくる気配がして腕を止めずに振り向くとドーーーンと誰かが抱き着いて来た。衝撃で鍛錬棒を落としヒナタはそのまま後ろに倒れ込む。

「だーーーーーーーっ!!!!  何だぁっ!? カムイ??」
「~~~~!! 弓出来たーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ヒナタの腹の上に跨ってピコピコ飛び跳ねながら嬉しそうにカムイが叫ぶ。

「お、教えてもらってたんか? 出来たか??」
「うんうんうんうんうんうんうんうん!!!」
「ははははっ、そーかそーか。だから言っただろー? 俺のカムイは負けねぇってよー。よくやったーーーー!!」
カムイを片手に抱える様にして起き上がり抱きしめて左右に振る。カムイも嬉しそうに笑っていた。

「一番に言いたくて来たの。ありがとうございました、ヒナタさん。」
「おう。おめぇの為ならお安い御用だ。俺の愛も役に立ったって事だよな。よかったよかったー。」
「あー…ノーコメントで。」
「ええ? またかよぉ…」
しゅんと尻尾を垂らす犬の様にしょんぼりしたヒナタの顔をカムイは手で包んで軽く口にキスをしてすぐに離れ走っていく。ヒナタは初めてカムイからされたキスに固まっていた。

「礼を言おう。はっはー!! ありがとー! 次次ぃ~!!」
「……え、おい、カムイ!! ちょっ…」
暗夜兄マークスの真似を一瞬して意地悪そうに笑って走り去るカムイを追おうとするが動揺して足が出ない。

「暗夜ってキスは確か挨拶とかで…これどっちの意味だ? ~~~…ってか、かわぇええ~…」
ヒナタはその場に座り込んで頭を抱えた。

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