BGM My Dearest/supercell
「ちょっとヒナタ、あんた最近カムイ様と一緒に居るって本当?」
タクミの屋敷の着物の整理をしながらオボロがヒナタに声をかける。ヒナタはタクミの刀の手入れをしながらきょとんとした顔でオボロを見返す。
「あ? なんで?」
「食堂とかでもよく一緒にいるし戦の時もよく近くに居るって兵達に聞いたのよ。女中たちの噂の的になってるわよ。」
「はあ? んだそりゃ…馬鹿馬鹿しい。」
「あのねっ、私達はタクミ様の臣下なの。あまり軽率な行動はタクミ様にも影響するのよ!?」
「軽率って…なにが軽率なんだ? たまたま居るだけじゃねぇか。」
「解ってないわね。女中の噂になったらもの凄い早さでこういう事は広まっちゃうのよ!!!」
オボロは立ち上がってヒナタにかみつく。
「広めさせとけよ。いつか飽きらぁ。」
「ヒナタ…タクミ様の気持ちを考えた事あるの?」
「何だよ。」
「ほら、解ってない…これだから男は…あんたさ、タクミ様の視線に気づかないの?」
「俺は男には反応しませんってな。」
「馬鹿!!」
オボロはヒナタの頭をぺしっと叩いてぷりぷりと怒りながら着物を直しに戻る。それを片目に見ながら小さくため息をついた。タクミの視線には気付いている。どんな時も彼の目線の先にはカムイがいる。最初はカムイを目線で追うなら大丈夫だと思ったがカムイと近づけるとタクミはやはり噛みついてしまう。その後決まって後悔したような顔をするのだが諫めても彼は聞き入れようとしない。ならばもうしばらくはタクミとカムイの距離を離しておくしか方法がない。カムイもタクミの事は心配しているような素振りを見せるが彼女はこの軍の王将。精神的な安定を優先させる為にもそれは必要だと判断して出来るだけフォローが出来る範囲で自分が傍にいる様にしている。もちろん自分はタクミの臣下。それはきちんと弁えた上での行動のつもりだ。
「…とにかく、タクミ様に影響のないようにしてよね。ヒナタ!?」
オボロがそう言って部屋から出ていくと、ヒナタは刀を下ろして空を仰ぎ見た。あれからカムイとは接点が多く色んな話をしたり稽古などもして交流している。食事も一緒に食べると楽しく美味しいし何より兵士達も交えた会話が楽しい。戦場でも確かに近くに居て攻陣を組むことも多く戦闘が終わった後に泥などで汚れたお互いを見て笑いながら拳を合わすこともあり結構いい相棒になりつつある。それにとても気持ちが良いのだ。側に居るだけで息を吸うのが楽になる感覚がある。自分はどちらかというと美人には目がなく女性にもあれこれ声をかけてきた方でそれなりに付き合いも経験もしてきた。自慢できたものでは無いが女癖が悪いという自覚はある。だがカムイの場合は何かが違う。その何かがまだ分からずにいた。目を閉じて深呼吸をする。普通に深呼吸しただけでは息苦しさを感じるが、カムイが隣にいるのを想像して深呼吸すると胸いっぱいに空気が吸い込める感覚があった。
「…なーんだこりゃ…」
ヒナタが頭を掻きながらぼそりと呟くと、タクミが庭の出入り口から入ってきていた。
「タクミ様、おかえりなさいませ。」
「うん…刀の手入れしてくれてたのか。」
「はい。タクミ様は今は弓専門ですが、たまにはこいつも振ってやってくださいね。いい刀ですから。」
ヒナタは片手でその刀を持って座ったままヒュヒュンと振って見せ刃の確認をしている。タクミはそれを見て口を開く。
「ヒナタ、最近どう?」
「最近、ですか? 別に何もないっすけど。」
「いや、その…何でもない。」
タクミはさっさと縁側から部屋に上がり荷物を片付け始めた。ヒナタはその背中を見つめる。タクミはかなり動揺している。やはりカムイの事が気にはなっているのだ。
「何で隠すんですか。」
「何?」
「…気になるんでしょう?」
「別に…僕には関係ないよ。」
言っても無駄だとふんでヒナタは立ち上がり刀を片付けて黙って部屋を後にした。戦闘も段々激しさを増してきて毎日行軍してはリリスの作る大きな星界の門を通り城に帰るという事が続いていた。遭遇戦での無駄な消耗を防ぐためと時間の流れが違う星界に居た方が少しでも皆が休めるという理由からだ。それを提案したのは他ならぬカムイ。実はそれを決める軍議でも一悶着あった。先日の食堂での一件を重要視したレオンが本当に議題として持ち出してきたのだ。これには王族達もその臣下の代表達も流石に驚いたが確かに軍の王であるカムイが精神的に不安定になるのは軍を潰す事にもなりかねない。軍としての機能を正常に動かす為にも必要な事だった。
「小さな問題ではあるが、カムイ姉さんが心身共に落ち込んでいては話にならない。事実食事もそんなにすすまず、寝不足も続いている様だ。女性の体は男の様に単純な作りではない。やはりこれはもう一度皆でキチンと話し合い徹底すべきだ。」
「まあ、カムイ。そうだったのね。最近顔を合わせなかったのはそういう事なの?顔をよく見せて頂戴…まぁ!本当だわ、隈が!ああ、可哀想に!」カミラがカムイの状態に慌てて自席の側に置いていたトマホークを手に持つ。
「私の可愛いカムイをこんなにまでした奴は誰なの!?微塵に刻んで無限渓谷にその肉塊を投げ込んであげるわ!!」
「ちょっ、カミラ様落ち着いて!」
「お姉ちゃん!駄目だよ!エルフィ、手伝って!!」
カミラの怒り様に後ろに座っていた臣下ルーナと隣に座っていたエリーゼ、臣下エルフィが慌てて止める。その姿を見て他のきょうだい達がどれどれとカムイの顔を覗きに来ると口々に驚きを口にする。
「なんと…カムイ、何があったのだ。」
「これはいかんな。お前いつからまともに眠っておらん?」
「化粧で誤魔化そうなどと、何があった?姉の私にも言えない事なのか?」
「姉様、こんなにまで…」
「…酷いだろ?ここまでの姉さんは見たことがない。余程の事がないとカムイ姉さんはここまでにならない筈だから。」
レオンはそう言いながら動こうとしないタクミを見やる。タクミは目の前の資料に目を向けながら膝の上に置いた手を強く握っている。ちゃんと自覚はある様だと目を逸らしきょうだい達や臣下も交えて今後の話し合いに入る。
ヒナタはそんなタクミや皆の様子を黙って見ていたがタクミはやはり動こうとしない。小さくため息をついてカムイを見ると。カムイはきょうだい達の間でおろおろしながら「あの」「ですから」と言葉を出そうとするが遮られてしまいションボリと目を下ろしていた。そこでヒナタと目が合い「どうしよう…」と口を動かしたのを見て「はっきり、言ってやれ、大きな、声で」とパクパクして小さく身振りし「がんばれ!」とポーズをすると困っていた真紅の瞳が力を帯びてこくりと頷きガタン!!と立ち上がって「大丈夫ですっ!!!」と言い切る。
「大丈夫じゃないわ!! こんな状態なのに!」
「そうだ、流石にそれはいかんぞ!お前はこの軍の司令塔だ。1人の将として兄としてそれは納得いかん。」
「うむ。俺もそう思う。」
「私もだ。カムイ、何でも相談してくれていいんだぞ。」
「姉様…」
「お姉ちゃん、流石に無理は駄目だよ!」
「姉さん、気合でどうこうなる問題じゃないだろう?」
きょうだい達やその家臣達まで否定してくるがカムイはまた机を叩いて顔を上げて話す。
「この位で倒れてたんじゃ透魔王国とは戦えません! 私は大丈夫です。とにかく何にもないし何でもありませんからご心配なく!!!軍も今後は休養を取る為に野営は避けましょう。リリスさんにもご協力願って軍を毎回こちらの城へ撤退させます。野営をする事で遭遇する可能性の高い遭遇戦などを避けて皆さんが健康である様に。兄さん達も休養はしっかり取って備えてください。以上、終わりです!!!」
そういうとあっけにとられたきょうだい達の間を抜けてタクミの後ろを通り過ぎズカズカと歩いて部屋を後にする。タクミも黙って席を立ちヒナタもその後ろに続いた。カムイは建物から出て少し離れた場所で大きくため息をついて空を見る。夕焼けから夜に変わっている空がとても綺麗だ。
「ねぇ。」
声をかけられてビクリと肩を跳ね上げる。振り返るとタクミが立っていた。カムイは数歩後ずさりするが離れた所にいるヒナタが首で「言ってやれ」とサインを送って来た。ごくりと息を飲んで踏みとどまる。
「…何で…言わなかったの。僕のせいだって。」
「…何故ですか?」
「あの暗夜の下の王子は姉さんがそういうのを待ってた筈だ。」
「そんな事ありませんよ。」
「やっぱりあちらのきょうだいを信用するんだね。こちらのきょうだい達の事は知らん顔?」
「私はどちらのきょうだいも信用してます。そう思われているのは心外です。」
「何…?」
「あなたが私の事が嫌い、なのは分かります。だけど私にとってはあなたは大切な家族で……弟です。」
一旦下を向き何かを考えて口を開きなおす。
「私は、貴方に受け入れてもらえるまで諦めません。白夜の事も今から色々覚えていきます。だからきちんと教えてくれませんか?否定するだけでは分か…」
「うるさい!」
「うるさいのは貴方です!」
始めて自分に対して声を荒げたカムイにタクミは驚いて目を開く。
「私は頭もあまり良くなくてドジで、こんな軍を纏める力なんてありません!だけど皆さんを愛する気持ちは誰にも負けません!暗夜のきょうだい達白夜のきょうだい達、臣下の皆さん、軍の皆さんや町の人達、皆大好きです。守りたい!…あなたの事だって…私は、大切に…」
カムイの目は涙が溢れそうになっている。
「苦しいのはあなた、だけじゃない…」
「…何で帰って来たんだ……何で、何で帰って来たんだよ!あっちに居れば僕だってこんなに苦しむ事は無かったんだ!それを急に帰って来て、母上や民の命まで…お前のせいでぐちゃぐちゃだ!頼むから目の前から居なくなっ…」
話の途中でヒナタが割って入り、カムイの肩を抱く様にして足早にその場を去る。「あ…」何かを言おうとしたタクミをヒナタはちらりと見たが直ぐに視線を戻し両手でカムイを支え抱える様にして大股で歩きその場所から離れる。カムイはそのまま俯いているが、抱えるヒナタの手には涙が落ちてくる。カムイの体は軽くあの大きな神剣 夜刀神を振るうには細すぎる位だった。こんな華奢な身体でこの大きな軍を纏め、兵士や民一人一人と寄り添い、軍の運営も率先して動き細やかな気配りをしているのか。それがどれだけの負担かは自分も隊を任される身としてとてもよくわかる。それなのにいつも笑顔で辛い顔を見せず皆に接してくれているカムイこそが王の器だと思う。タクミの臣下として自分は仕えているが、こんな形でもその頂点に立つカムイに仕えることが出来ている事を誇りに思った。支えなくては、このか細い王を。そんな使命感に駆られた。
暫く歩いて人気の無い林へ入り、ぽっかりと空いた広場の様な場所へ着くとカムイを下ろす。カムイは俯いたまま涙をポロポロと落としている。頬に手をやり顔を上げさせると目を見開いたまま涙で濡れた顔が見える。その顔を見て辛くなり一瞬ヒナタも顔を歪めそうになったが一呼吸して何とか小さく笑いかける。
「よし、泣け。」
そう言うとカムイの顔が一気に歪み声を出して泣き始めた。今迄どれだけ我慢していたのだろう。わんわんと声を出して泣く。そっと抱き締め頭を撫でてやると縋り付いて泣き始めた。
「おめぇは、よーく頑張ってるもんな。泣け泣け。泣いて全ー部流しちまえ。受け止めてやっから。」
くせの強い真珠色の長い髪は花の様な香りがした。そのまま泣き続けたカムイは泣き疲れて眠ってしまった。寝不足だったカムイにとっては久しぶりのまともな睡眠なのかもしれない。すうすうと寝息を立てている。草の上に座ったヒナタの膝に横抱きにする様に座らせたカムイは胸当てを外したヒナタの胸に頭を預けて眠っていた。泣いて腫らした目を見ると化粧が落ちて酷い隈が出てきておりそれを指でそっと撫でるとまだ目の端から涙が流れている。
「泣けとは言ったけど、そんなに流したら身体中の水分持って行かれんぞ…」
小さく呟いて改めてその姿を見る。隣にいてもこんなにまじまじと見る事はないだろうカムイの体は改めて見ると本当に綺麗だ。白夜の人間とは違う肌質や髪の色、長い睫毛に細い身体。鎧を外して着飾ればきっと素晴らしく美しい姫だろう。暫く顔を眺めていると心臓がドクリと鳴るのに気づく。
おいおいおい、ちょっと待て。いくら女癖が悪い俺でも流石にマズイって。これは花魁クラス。俺みたいな下っ端がどうこう出来る相手じゃねぇ。
自分の悪い癖がまた出たのかと自分の理性と会話する。
こんな綺麗な姫さんだきっとこの戦が終わればそれなりの相手に嫁いでいくだろう。そう例えば…
そこまで考えてタクミの姿が浮かぶ。先程も振り返った時には寂しそうな顔で後悔した様子だった。何がタクミをそうさせるのだろう、そう考えていたら突然怒りが込み上げカムイの顔を見る。自分が聞いた話はまだ浅いものかもしれないが今まで聞いた話とカムイから聞いた話をまとめても、彼女が何をした? 幼い頃に本人の意志とは関係なく国の争いに巻き込まれただけ。そんな中にいても双方のきょうだいや国の事を一番に考えて動いている彼女の何がいけないのだ。確かに少しとぼけた所があるし、どちらかというと天然が入っているがそれはそれ。先頭に立って皆を引っ張る姿は力強くまるで戦女神の様だ。運命を受け入れて変えようとしている彼女は素晴らしいではないか。守ってやりたい、改めて強く思う。
「…ん、ごめ…」
カムイは寝言まで誰かに気をつかい謝っている。
「何に気ぃつかってんだよ…寝てまで…」
カムイの前髪を指で撫でてやるとむにゅ…と口をもぐもぐさせる。
「は、危機感ねぇなぁ。男の側で熟睡しちまってよ。まぁ、おめぇらしいけど…なぁ、カームイ。」
名前を呼んでみる。カムイはにこーっと笑い胸にすり寄ってくる。
「起きてんじゃねぇだろうな?」
言うと今度はぐーっといびきっぽいものもかきはじめた姿をみて、ヒナタはため息をついて苦笑いした。
「ぷはっ。しゃあねぇな。当番は無いし野宿するにもいい季節だ。朝まで付き合ってやるよ。」
木の間から見える空は満天の星。ヒナタは1つ欠伸をして夜空を見上げた。
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カムイが目を覚ますと朝もやが薄く立ち込めた林の草の上に横になっていた。首を横に向けると見た事のある着物が見え「あれ?」と思っていると声を掛けられた。
「おす。」
頭を上げるとヒナタの顔。カムイの顔には一気に熱と汗が噴き出る。悲鳴を上げそうになっているのを笑いながら手で口を抑えられる。
「あっはははっ、そこまで驚くなよ、傷つくだろー。」
「ふがふふふ!!!???」
「まあちょっと落ち着けよ。ほい、よしよし。」
口から手を離され、抱き寄せられて頭をぽんぽんと撫でられる。カムイも最初は体を強張らせていたがゆっくりと力を抜く。
「少しはすっきりしたか?」
「分かんないです…」
「そーか。ま、少しづつな。」
そう言いながらもヒナタはずっと頭を撫でてくれている。カムイはそれにじんと胸が熱くなり鼻をすするとヒナタの腕の力が強くなる。
「泣くなら夜にしろ。気が済むまで付き合ってやっから。」
「らって…ヒナタさん優しすぎ…」
「だろ。俺男前だから。はははっ。」
「自分で言う? ふふふ。」
裏表なくまっすぐなヒナタの笑顔にカムイはほっとして笑い返す。
「ねえヒナタさん。」
「あー?」
「お腹すきましたね。」
「んーそーだなー。今朝は飯なんかなー?」
「食事の担当がピエリさんですからきっと美味しいですよ。暗夜風の食事かもしれません。」
「ピエリっつーとあの「なのー」とかいう頭がぷしゃっとなった…あいつ料理できんの??」
「あれ、知りませんか? ピエリさんって料理得意なんですよ。すっごく美味しいんです。」
「へえ、人は見かけによらねぇもんだな。とはいえ暗夜風っつったら飯はねぇだろ~…飯食いたい。」
「あ、それはこの前頼んでおきました。白夜の方々の為にご飯も準備してくださいって。」
「まじか。そりゃ嬉しいな。」
「私、握り飯が大好きなので握り飯作ろうかなー。」
「…おめぇこの前握り飯に砂糖入れて『殺人握り飯』作ってたじゃねぇか…」
「あっ、あれは、たまたま入れるのを間違ったんです!!!」
「甘い握り飯に梅干しインだろ…流石にそれだけは俺も手を出そうとは思わなかったぜ…」
「ちゃんと食べましたもん!!!!」
「脂汗流しながらな。ありゃ傑作だった!!」
「それにいっつも私のおかずをひょいぱくひょいぱく…」
「飯は弱肉強食だぜ? 食わなきゃ食われるんだぞっ?」
「それは自然界の理であって、人間の食事に当てはめちゃ駄目ですよ。」
「人間だって動物だ。」
「それは正論。」
ヒナタはカムイを抱き起すと草を払ってやる。カムイが周りに目をやるとどうやらここは鍛錬場の様だ。
「ここ…」
「あー、ここは俺個人の鍛錬場。あまり広くはないけど静かだしいーとこだろ?」
「へえ…すごい。私も今度ご一緒しても良いですか?」
「あ? そりゃいいけど、おめぇは王子達としてるんだろ?」
「1人で素振りとかするのは嫌いじゃないんですけど、やっぱり誰かいるとやる気になりますもの。」
「おう、なら声かけてやるよ。今度やっか。」
「はいっ。」
「よっしゃー、飯行って、着替えて仕事すっかー。」
ヒナタが立ち上がり伸びをする横でカムイも大きく伸び、お互いを見やってにかりと笑い食堂に向かった。