BGM My Dearest/supercell
「あー、腹減った~…」
侍衆の朝の鍛錬が終わり自室に戻る途中、果実園の側を通ったヒナタは美味しそうに実っているリンゴに目がついた。瑞々しく綺麗な色をしているリンゴを朝食の前に1つ拝借しようと果実園にガサガサと入って行き手の届く所にあるリンゴを一つもぎ取り着物に擦り付け口に運ぼうとした所で右後ろに気配を感じ剣を持ち替えて振り向く。ガン!という接触音が鳴り何かを振り下ろしてきた相手を見る。
「んあ? カムイ様。」
「あ…ヒナタさん? ご、ごめんなさいっ、泥棒かと!」
カムイの足元にはリンゴが沢山入った籠が置いてあり振り下ろしたものは果実園の柵を作っている木の棒だった。
「流石あのでかい剣を振り回してるだけあるな。木の棒だとはいえ結構な重さだったぜ。」
「ありがとうございます! …じゃなくて、本当にごめんなさいっ。」
「いーって事よ。今日は果実園の収穫担当っすか?」
「はい。」
この城では王族でも関係なく生活をする為の作業を割り振って皆で作業をするのが決まりで主であるカムイももちろんその例に洩れず作業を行っている。ヒナタもタクミの担当の時には手伝っているが中々に楽しいものだ。
「1人で?」
「あ、他の方は別の果物の所へ行ってます。」
話しながらヒナタは先ほど食べ損ねたリンゴを口に運ぶ。一かじりすると甘酸っぱい果汁と果肉でで口が満たされシャクシャクとかじりながら笑顔になる。
「うっめえ~。ここの果樹園の果物って本当にうめぇよな。」
「皆さんが細かく手入れをして下さるからですね。」
カムイもニコニコと笑いながら美味しそうに頬張るヒナタを見ているが小さく腹が鳴る音が響き顔を真っ赤にする。
「ありゃ?」
「~~~!!!! あ、あの、私これ持って行ってきますっ。すいませんっ!!!」
カムイは高速で頭を下げて走って行ってしまう。ヒナタはその後ろ姿を見て笑った。
その後食堂に行くとカムイとまた鉢合わせた。
「ようっ。さっきはどうもっ。」
「あ…こ、こちらこそ失礼しましたっ。」
「腹減りゃなるだろ? 気にする事じゃねぇよ。」
そう言いながら膳を受け取り席に座る。開いている席が小さな2人用の席しかなかった為カムイと相席になった。
「いただきますっ!」
「いただきまーす。」
同時に合掌して箸を取り食事を始めるとカムイがクスクスと笑う。
「んあ?」
「いえ。暗夜にいた時には食事の前には御祈りするんです。短いお祈りですが神に感謝するお祈りを。」
「へえ…その間お預けか?」
「うーん、確かに。でも短いお祈りなので。だから白夜に来てからは「いただきます」だけで食事が出来るのが不思議でした。」
「この「いただきます」にはな、ちゃんと感謝の気持ちが入ってるんだぜ? ほら、こうして合掌するだろ? これが全てを含めてんだよ。」
「そうだったんですよね。私すっかり忘れてて…皆さんに教えてもらってやっと覚えたというか、思い出しました。」
「やっぱり戸惑うもんか。」
「ふふ、そうですね。戸惑ってしまって…怒られてしまいました…」
「誰に?」
「え、あ、いいえ。ちゃんとヒノカ姉さんやサクラさんに教えて頂きましたから。もう大丈夫です。」
カムイは眉を下げて笑うが特徴的な尖った耳が少し下がったままだ。ヒナタは何となく察する。
「あ、そういえば、先日…夜に失礼しました。付き合っていただいてありがとうございました。」
「…ああ。あれから眠れたか?」
「はい、朝まで眠れました。それよりヒナタさんが大丈夫だったかなって心配で…」
「俺?」
「ええ、あの…怒られていたから…」
「あー、気にすんな。平気平気ってか怒られてねぇよ。」
「そうなんですか…ならよかった…」
カムイは安心した様に箸を持ち直し食事を口に運ぶが、あまり箸が進んでいない様に見える。よくよく見てみると目の下に薄く隈が出来ている様だ。あまり目立たないのは化粧か何かで誤魔化しているのだろう。
「カムイ様、嫌いなもんでもあるんなら俺が食うぜ?」
俯きがちに食事をするカムイの顔を覗き込む様に見ると驚いた様子でヒナタを見返す。
「えっ…この焼き魚も味噌汁も大好きです。」
「そーか。なら食えよ。健康維持も仕事、だろ? お代わり取ってきてやろうか?」
手を出すとカムイはほっとした様な顔でへらりと笑う。
「いえ、そんなに食べれませんよー。」
「なーんだよ。しっかり食え!!」
ヒナタはカムイの茶碗を取ろうとするがカムイは笑いながら「無理無理!!」と避ける。周りの兵士達と笑いながら取り合いをしているとまた不機嫌そうに声をかけられた。
「食堂で騒ぐな。迷惑だ。」
周りの空気とカムイの表情が一気に凍る。後ろにいたサクラが覗いてタクミを諫める。
「タ、タクミ兄様。良いではありませんか。その、皆さん楽しそうですし。」
「暗夜では食事中に騒ぐのが礼儀なの?」
サクラの諫める声も構わずタクミは眉間に皺を寄せてカムイを睨むが、そこにすいと金髪の青年が割って入る。
「食事の時の談笑も大切な家族のコミュニケーションだ。こんな事が白夜では許されないとはお堅い国だね。」
「レオンさん…」
「姉さん、おはよう。顔色が優れないようだけど…大丈夫?」
「あ…はい。大丈夫です。」
「…白夜の王子、タクミと言ったかな。君のこの態度は僕らきょうだいへの挑発と受け取るがいいのかい?」
「なんでお前達が関係ある…」
「カムイ姉さんは僕らのきょうだいで家族だ。大切な家族がこうして辛く当たられてるのは僕らに対する侮辱と受け取る。挑発以外に何がある。」
「家族なのはお前達だけじゃないだろう! 世間知らずの姉さんに教育するのも僕たちきょうだいの役目だ!」
「こんな悲しい顔をさせておいてよく言う…カムイ姉さんの呼びかけで集まったのに協力体制がなっていないのはどういう事かな。一度兄達と相談しなくてはならない。」
レオンはチラリとヒナタを見て背中の後ろに手を回したいつものスタイルのままで手のひらをヒラヒラと動かす。今のうちに逃げろという事だろう。ヒナタは静かに立って膳を重ねカムイの手を引っ張って食堂を出た。兵士に膳を預けてそのままで食堂から離れヒナタの自室がある辺りまで来るとやっとカムイの手を放した。
「カムイ様。本当にすいません!!」
「え?」
「タクミ様を許してやって下さい。本当はお優しくて誰よりも家族思いなんです…ただ、素直な方ではないので気難しい所がありますが…すいません。俺達臣下がもっとしっかりしてれば。」
「そんな…ヒナタさん達のせいではありません。私が悪いんですから…ごめんなさい。ヒナタさんまで嫌な思いをさせてしまって…ごめんなさい…」
「それにしても助かりました。暗夜の…第二王子様でしたか?」
「はい。レオンと言います。とても優しい子なんです。」
「姉様!!」
「サクラ様。」
「サクラさん。どうかされましたか?」
「さ、先ほどは、本当に申し訳ありませんでした。タクミ兄様が…悪気はないんです。ごめんなさい。」
「サクラさんまで…大丈夫ですから。」
「これ、どうぞ。お食事、殆どお食べになってなかったようにお見受けしましたので、兵士の方々のものですが握り飯です。召し上がってください。」
「あ、ありがとうございます。」
「ヒナタさん。姉様を助けていただきありがとうごさいました。」
「いえ。俺は…」
「兄様の事、今後ともどうぞよろしくお願い致します。」
サクラは竹の皮に包んだ握り飯をカムイに渡し、ヒナタにも深く頭を下げ何度も振り向きお辞儀をしながら去っていった。
「サクラさん…良い方ですね。」
「そうだな。一番ごきょうだいの中で細やかな方で、タクミ様もサクラ様の事小さい頃から可愛がっておられますよ。」
「皆さん、タクミさんの事、とてもよく解っていらっしゃるんですね。」
「こんな事言っちゃなんですが…時間がかかるよ。だからゆっくりでいいんじゃねぇかな。今から沢山時間があるんだから、ゆっくり理解してきゃさ。気にすんなって。これからは俺も協力するからさ。」
「協力?」
「おうよ。俺の主の事だ。俺が協力しなくてどうするよ。その方が心強いだろ?」
ヒナタはウインクしながら笑う。彼のいいところは表裏のない所だろう。一緒に居るととても力をもらえる気がしてカムイも微笑み返す。
「はい。よろしくお願いします。まだ白夜の事も色々と分からない所があるので是非教えてください。」
「おう! 任せろ。」
ヒナタはどんと胸を叩いて笑ってくれ、その笑顔をみてカムイもやっと心から笑えた。