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「針山? ああ、昔カムイに貰った。」

「カミラ様から聞いたの。カムイが皆のを作ってくれたって。」

「うん。手に沢山包帯を巻いているから心配したけど、嬉しそうにそれを出してくれて…可愛かった。」

マークスとヒノカはまた普段着のままで市場の蕎麦屋で長椅子に座って蕎麦をすすりながら先日の手芸教室の話をしていた。

暗夜には当然「啜る」という文化は無い。

練習をしたいというマークスについて蕎麦を食べに来ていた。

温かい出汁を飲んでは はあ、と息をつき「おいしい…」と笑顔になる。

 

「んー…なかなかススルという事は難しいもんだね…」

「これも慣れだから。無理に啜らなくてもこうして箸で纏めれば…」

「いや、折角だからススルという事もやってみたいんだ。ええと、こうやって…」

「そうそう。出来た!」

「れきた!…っと…」

口に蕎麦を入れたまま喜んだマークスがぱっと口を押さえ、ヒノカもそれをみて笑っていた。

 

「いつも白夜のものだから、今度は暗夜の方にも行ってみたいなぁ。」

「もちろん。この後よければ行ってみないか?」

「え。マクさんは時間は…」

「この予定を入れていたから朝から頑張って片付けだんだ!」

得意そうに言って出汁まで飲み干したどんぶりを置くマークスを見てヒノカも嬉しそうに微笑んで頷いた。

白夜の市場から暗夜の市場へいく途中は混在市場となり変わったものが多く置かれていた。

珍しい動物や食べ物まであって2人とも興味深々で見て回る。

その1つに素晴らしく綺麗な尾を持った大きな鳥がおり2人で座り込んで見ているとバサバサと音を立てながら尾を扇の様に広げた。

その美しさに目を奪われポカンと口を開けて見ていると店主に笑われた。

 

「ははは、初めてかい? こいつはクジャクっていう鳥でな、こんなに綺麗なのに雄なんだぜ。」

「雌、じゃないの?」

「白夜の雉だってそうだろ? 雄の方が色が派手だ。」

「…確かに…へぇ、凄いなぁ。綺麗だな、ヒノさん。」

「うん、凄い。ああー、閉じちゃう…」

「こいつのこの行動は滅多に見れねぇんだ。あんたら運が良かったな。」

滅多に見れないというものを見れて2人して喜んで笑いながら歩いていると玩具屋が目に付く。

何かがカタカタと動いている箱を見つけたヒノカが不思議そうにそれを見ていた。

 

「…何?」

「ヒノさん、このぬいぐるみとても毛触りが…ヒノさん、それっ…」

マークスが気付き止める前にヒノカがその箱の蓋をコツンと叩くと、蓋が勢いよく開いて中からヘビや虫の人形が飛び出てきた。

 

「ひっ…きゃあぁあぁあぁあ!!!!!!」

ヒノカが驚いてその場でバタバタと足踏みをして後ろに居たマークスに飛びついた。

 

「わっ!」

「なになになになになになになになにっ????気持ち悪いっ!! 気持ち悪いぃぃいぃ!!!!」

パニクったヒノカが半べそでマークスに抱き着いてぎゅっと目を瞑る。

普段のヒノカならばこんな風に取り乱すことも無く、それこそ落ち着いて対処し最悪玩具を一撃で壊してしまっていたかもしれないが、こんなに取り乱すという事はそれだけ気を抜いてくれているという事だろう。

マークスはそんなヒノカが見れた事が嬉しくてそっと肩を持ち撫でてやると、ヒノカは恐る恐る顔を上げてきた。

 

「大丈夫か?あれはびっくり箱って言って子供がイタズラに使う玩具。」

説明した所で周りから口笛と歓声が上がる。

 

「お兄さん、そんな可愛い子に抱きつかれてよかったなぁ!」

「お姉さん、大丈夫かぁ?玩具で驚くなんて可愛いねぇ。」

頬を染めて呆然としているヒノカにマークスは苦笑いして周りに答える。

 

「あまりいじめないでやってくれよ。まあ、俺は役得だったけどね。」

「チゲえねぇ!」

笑う市場の男達の間から女達もヒノカに声をかける。

 

「大丈夫かい?素敵な騎士様が付いてくれててよかったねぇ。」

「騎士様、ここにそのまま居ると男共がいじり倒してしまう。早く姫様をお連れした方が良いわよー。」

「はは、そうするよ。」

笑いながらその場を離れ市場の外れまで来てヒノカに声をかける。

 

「ヒノさん、大丈夫か?」

マークスに抱き寄せられたままぼうっとしていたヒノカが目の前にあるマークスの顔に驚いてまた一気に顔が赤くなり離れようとマークスを押すが初めてのびっくり箱にすっかり驚いて腰砕けになりよろけ、踏ん張ろうとした所でまたマークスに抱きとめられ近くの木箱に座らされた。

 

「早く気づけばよかったな。止めるのが遅れてしまった。初めてだった?」

「あ、ああ。」

「今日は帰ろう。外れに馬を待たせてある。送るよ。」

「い、いや。少し休めば帰れる。」

「レディにそれはさせられん。何せ騎士様だからな。」

そう言うと「失礼」とヒノカを抱き上げる。

ヒノカは驚いて体を強ばらせるがマークスは微笑んでヒノカを連れて行った。

翌朝、支度を済ませて書斎に入ったマークスはレースのカーテンの向こうに天馬の影が指したのを見て急いでテラスに出るとヒノカが上を旋回していた。

 

「おはよう、ヒノカ王女。」

 

声をかけるとヒノカが微笑んで指でサインを送ってくる。

手を動かし指の形を変えて暫く動くと包みを落としてきた。

マークスが慌てて受け取ると「昨日の礼だ!」と言って飛び去ってしまった。

驚きつつ包みを開けると中にはぎこちない縫い目で縫われた小さな袋と手紙が入っていた。

書斎の机で早速開いてみると暗夜語で綴られている。

 

友に武運あれ

 

小さな袋を開けてみると中にはもう一つ見慣れない小袋が入っており、それには白夜の紋が入り香が焚きしめてあって細かな刺繍で装飾されていた。

ふとマークスは思い立って書斎の本棚へ向かい1冊の分厚い本を取ってきて手振りをしながらにらめっこを始めた。

暫くたった後そのまま本に突っ伏してしまう。

 

ヒノカがやったサインは天馬や飛竜を駆る者達が声の届きにくい空中で使うサインで、もちろん国ごとに違いはあるが、共に戦う以上知識も必要だと資料を準備していたのだ。

マークスへヒノカが送った言葉は



 

あなた 無事 願い

 

ヘタ 私が 作った

 

中 お守り

 

身に付けて 欲しい



 

マークス突っ伏したまま顔だけを上げて呟く。

 

「…勿論、肌身離さず持って歩くさ。ありがとう、ヒノさん。」

「とても上手になったわね、ヒノカ様」

カミラはヒノカが縫っているパッチワークを見て笑顔になる。

 

「本当です。私、負けてられません!」

「カムイはもう少し丁寧に縫ったら良いわよ。ふふふ。」

「あう…」

一緒にいたカムイもヒノカの上達ぶりに感動しているが、カミラに笑顔で雑さを注意されてしょぼくれる。それを見てヒノカも笑顔で返す。

 

「そうか? 少しは見られるようになっただろうか。」

「ええもうこれなら大物でもいけるわ。そうね、クッションカバーとかなら素敵かも。」

「くっしょん?」

「ヒノカ姉さん。こちらでいう座布団とか枕みたいなものです。ほら、これ。」

カムイが座っているソファに置いてあるクッションをヒノカに示すと「ああ」と納得するがその装飾に目が留まる。

 

「この上掛け…凄いな。布で細かく模様が…」

「ふふ、これは私が縫ったの。素敵でしょう?」

カミラが縫ったというクッションカバーは色んな布で花のように縫ってあり とても華やかなものだった。

 

「これ…私にも出来るだろうか…」

「それだけできればもう大丈夫よ。取り合えずこんな形にするって図を書いておいて…」

やり方をカミラに紙に書いて説明してもらいながらヒノカも頷いている。

第一王女として武芸も勉学も一通りはこなすことは出来る。

物覚えも悪い方ではないと自負もしているが、ヒノカは基本的に真っすぐで素直な性格だ。

彼女自身がやる気になればその集中力は精度を上げ何でもモノにしていってしまうだろう。

カミラも日々上達しているヒノカに教える事がとても楽しいらしく率先して動いてくれる。

 

「図面はこんなもので…座布団は少し大きいので、このクッションの上掛け位が良いだろうか?」

「そうね。なら布を揃えないとね。」

「なら今度市場で買い物をして持ってくる。また教えてもらえるか?」

「ええもちろん。」

ヒノカの様子にカミラは微笑んで応えた。

近々再開される進軍についてこの日は夕方から軍議が行われていた。

この星界の国は他の空間からは隔離されていてとても豊かで穏やかだが現世の暗夜白夜両国ではまだ交戦中だ。

両後継者である第一王子達は休戦状態を維持しようとしているが、まだ暗夜には王であるガロンが玉座に座っている以上 完全な休戦は出来ない状況の中にある。

父であるガロンが狂ってしまっている事はもうカムイやアクアからの進言で解ってはいるものの、父の暴挙を止める事が出来ない自分にマークスは苛立ちと無力感を感じていた。

軍議の最中も皆の意見に耳を傾けながら眉間の皺を一層深くしている。

横に座るリョウマも自国の状況を伝えているが、だからと言っていつまでもこの状況を保つことは出来ない。

レオンや自分が密かに国に戻りながら、信用のおける臣下達と共になんとか裏で動いて諸侯や内紛を鎮圧し根回しをする事しか出来ないのが現在の状況だ。

それでも少しでも前に進める為に今は忍耐の時ときょうだい達と共に協力していた。

 

「ではこれで今日の軍議は終わる。進軍は明後日。それまでに十分な休養と準備をしてくれ。以上だ。」

リョウマが隣で軍議の閉会を宣言しきょうだい達やその臣下が席を立って室内から出ていく。

明日から数日の間(星界と現世の時の流れは違う為、現世では数週間の時も星界では数日となる。

自国に戻り臣下達と裏で動かなくてはならない。

進軍も順調に進んでいるものの激務は変わらずラズワルドやピエリ達がフォローをしてくれているが、ヒノカと約束した休養も数日キャッスルを開ける為にまともにとれていない状態だった。

 

「マークス王子。どうした?」

リョウマに声をかけられマークスは意識を戻す。

 

「あ、ああ。」

「ここ最近また激務だからな…無理をしているのではないのか?」

「いや、これしきで倒れていてはな。明日から自国に少し戻らねばならん。準備があるので、これで失礼する。」

「ああ、こちらの事は皆がいるし、俺も責任持ってあずかろう。安心してくれ。」

「うむ。頼りにしている、リョウマ王子……っ…」

席を立つと同時に回りの景色が回り始めマークスはその場に崩れ落ちた。

 

「マークス様っ!」

「マークス王子!?」

リョウマとラズワルドが慌ててマークスを介抱していると、残っているメンバーで最後に部屋を出ようとしていたヒノカが音に驚いて戻って来た。

倒れているマークスを見て目を見開く。

 

「マークス王子…?」

「アサマ、王子を診てくれ。」

「はいはい。ちょっと失礼しますよ。」

棒立ちになっているヒノカの横を小走りで通りリョウマの指示でアサマがマークスを診ている。

その様子を体の中でうるさく鳴り続ける心臓の音を聞きながらヒノカは見ていた。

 

「…ふむ…疲れた所に来て、これは流行り病にかかられましたね。」

「流行り病?」

「ええ、先日進軍した町では少し前に流行り病にかかったものが多かったと聞きます。お疲れになっていた所にそういう場所に行かれて多分もらって帰ったのでは…」

「治るのか?」

「この流行り病は数日の間かなりの高熱が出ます。その熱が終われば後は回復するのみですが熱を薬で下げる事は出来ないのです。熱は体に巣くった病の元と体が戦っている証ですからその邪魔をすれば苦しい期間が長引く…ですがその期間の間にお体が持つかはその人の命の力と神のお導きのみです。」

「え…なら、マークス様の御命の力が弱かったら…」

「はい。死にますね。」

アサマがいつもの顔であっさりと言ってのけるとラズワルドに胸倉を掴まれて前後に振られる。

 

「このお方は暗夜国の第一王子で王位継承権を持たれている立派な方なんだよ!? どうにかしてくれよ!!」

「いやいやいや、それを私に言われましても、ひたすら経過を見守るだけですから。因みにこれはうつりますので隔離状態にしなくてはなりませんよ。こんな事をしている暇があるなら部屋をご準備して差し上げた方が良くないですか? 死にますよ?」

「…っ!!!! くそっ!!!」

ラズワルドはアサマを離して走り出し部屋の手配と準備を始めた。

リョウマがサイゾウに命じて忍の妙薬やタンカを準備するよう指示を出し、介抱するために入れ替わりでカゲロウが手拭いなどを持って現れた。

 

「ヒノカ、レオン王子達にこの事を伝えてくれ。後しばらくは面会が出来ない事も……ヒノカ!!!」

リョウマに指示を出されるもマークスの顔を見たまま動けずにいるヒノカにリョウマが一喝する。

 

「急げ。命にかかわる。」

「あ…はいっ!!」

ヒノカは直ぐに部屋を後にして暗夜の屋敷へ走り出した。

 

診療所の部屋の一室にベッドなどが置かれ、そこに汗だくになったマークスが横たわっている。

熱に浮かされ息も荒く体中が燃える様に熱い。

指示に従って冷たい水に浸した小ぶりのタオルを脇の下や首周り、頭に置いて汗だくの体を乾いた布で拭きとり時々水を飲ませる。

ヒノカがその様子を診はじめてからすでに2日が過ぎていた。

あの日ここにマークスが運び込まれてからリョウマやサクラ、診療所の面々に頼み込んで看護を申し出た。

うつってはいけないからと皆は心配したがどうしてもと願い出て。

診療所の中ならば消毒などもしてあるし、マスクの様な口を覆うものも準備されているため最後には了承してくれた。

 

苦しそうにしている顔や見た目よりも柔らかい髪を撫でながらふと思う。

いつも背筋を伸ばし真っすぐ前を向く強いイメージのマークスが本当は優しくて柔らかい人間だという事はここ最近の市場での事などで解った。

きょうだい思いのとてもやさしい兄。

リョウマとはまた違ったタイプの優しさを持った人だ。

細かな気遣いをしてくれる彼に心を許し始めている事は自分も自覚があったが、ここまでこだわって看護を申し出た事には自分でも驚いていた。

何故だか解らず心の中がモヤモヤとしているが首を振って雑念を払う。

 

こんな事を思っている場合ではない。とにかくマークス王子に元気になってもらわなくては。

 

扉を控えめに叩く音がして返事をするとサクラが食事を持って立っていた。

立ち上がって扉の所に行くと、その横にレオンが立っていて驚いて顔を見るが、彼は綺麗な顔を少しだけ動かし薄く微笑んでヒノカを見る。

 

「兄はどんな状態ですか?」

「ね、姉様、すいません。レオン王子が、どうしても、と。」

「いや。少し驚いたが構わん。まだ熱が高く、苦しそうにされている。」

「そうですか…兄が心配で代理で向かった自国から一時帰ってきました。サクラ王女には無理を言ってついて来てしまいました。すいません。」

「兄上が心配なのは解る。お顔を見せて差し上げたいがまだ…水は時々飲まれているがとにかくまだ熱が下がらず…ああサクラ、水を変えてくれないか。」

「は、はい。姉様、こちらがお食事です。消毒してある衝立の向こうで食べて下さいね。」

「ああ。」

「ヒノカ王女、もうずっとこちらに張られているでしょう。よかったら変わりますので言ってください。」

「無理はしておらん。睡眠も食事もきちんととれているからな。設備が整った診療所があってよかった。あとサイゾウが忍の妙薬という万病に効くという薬を持ってきてくれた。後飲ませて差し上げようと思っている。」

「…ヒノカ王女の様な女性にそうして大切にされて兄は幸せものですね。そういえば、これを。ラズワルドから預かりました。」

レオンが出したものは自分がマークスへ渡したあの手作りの小さい袋に入ったお守りだった。

サクラはそれを見て驚く。

 

「兄が大切に持ち歩いていたものみたいで、枕元に置いて差し上げて下さいと。頼んでもよろしいですか?」

自分が渡したお守りをマークスはいつも持ち歩いてくれていたという事を聞いてヒノカの顔が熱を持ち始めるが、誤魔化す様にサクラから膳を受け取り、わかったと返事をしてそれに乗せてもらって扉を閉めた。

 

「持っていて欲しいとは言ったけど、本当に持っていてくれた…」

食事の膳を置いてマークスの隣に戻り枕元にそれをそっと置き、汗で張り付いた髪の毛を払ってやりながら呟く。

 

「必勝祈願のお守りだけでなく、今度は健康祈願のお守りも頂いてこなくてはね、マクさん。」

 

マークスが意識を覚ましたのはそれから2日後の夜の事。

気怠い瞼をゆっくりと開けると隣には燃える様な赤い髪の女性が座っていた。

目が合い彼女が安心したように微笑む。

 

「マークス王子。目覚められたか。よかった。」

「…ヒノ、さん?」

「……はい、マクさん。」

市場での呼び方で呼ばれて驚くがここは個室で他には誰も居らず慌てる事はない。

ヒノカは微笑んで返事をした。

 

「覚えてますか? 軍議の後、倒れて。流行り病の高熱病にかかって。あ、水を飲んで。」

「………そう、か。」

「これ、必勝祈願のお守りだけだったから、今度は健康祈願のお守りも頂いてきますね。」

ヒノカが枕元のお守り袋を手に持つと、マークスは驚いた様な顔をした。

 

「ラズワルドから預かってレオン王子が持ってきてくれたの。持ってて、くれたのには驚いたけど…」

「…あたり前、だろ。手作りで、作ってくれたの、だから。」

「ヘタなのに…ありがとう。」

「いや、嬉しかった。こちらこそ、ありがとう。」

そう言ってマークスが微笑むとヒノカの顔が一気に歪みベッドの横に伏して静かに泣き始めた。

 

「ど、うした、ヒノ…さん?」

「…死んでしまうのではないかと…心配した…よかった…」

「そんな…」

「アサマに診てもらった時、この流行り病で死んでしまう人もいると聞いて不安で…」

「死なない。ヒノさんと、やりたい事が、沢山あるから、ね。」

「…?」

顔を上げて不思議そうにマークスの顔を見るヒノカの顔を撫でると安心したような顔で気持ちよさそうに微笑んで目を閉じる。

マークスはその顔を見て胸が高鳴った。

 

「…側に、居て欲しい。」

「え?」

「これからも、ずっと、自分の隣に居て欲しい。」

「…??」

「ふ…ヒノさんらしい……」

「何が、です?」

「君が、好きだ。」

「…え???」

「愛してる、ヒノさん…」

ヒノカは涙で濡れた瞳を見開いてマークスを見返し固まってしまう。

マークスはそれを見て頬を染めふにゃりと笑いながら大きな手で頬と髪をやさしく撫でた。

 

「熱で、どうにかなったの?」

「なぜ?」

「私みたいな女に、そんな事言うって…からかってますか?」

「まさか。俺は、本気だよ。」

「嘘だ…」

「嘘ではない。私は暗夜国第一王子。一国の王女の貴女に対して嘘などつかぬ。」

「…権力でどうにかなんて…」

「権力などではない。本気で貴女を私の妻として迎えたいと思っている。いや、それより、私という1人の男として、貴女と共に歩みたいと思っている。あの時言った様に、きっと暗夜を貴女に誇れるような国にしてみせる。だから側に居てそれを見届けて欲しい。」

「…本当にさっきまで熱でうなされてたのか? 仮病だったのか? じゃないとこんなにスラスラ言葉が出る事は…」

そういうとマークスは はあ…とため息ついて苦笑いする。

 

「王子である事には、慣れている。だからある程度しっかり対応は、出来る、けど…やはり、疲れる…こうして普通に、している方が、いい…」

「…どっちが本当なんだ…?」

「どっちかな…?」

困った様に笑うマークスの顔を見てヒノカもへにゃと笑う。

いつも凛々しく豪快に笑うヒノカの普段のイメージとは違う笑顔に抱き締めたい衝動に駆られるが何分この状態で体が思う様に動かない。

 

「お腹は減っていないですか? 何か持って来ましょうか。」

「…あの屋台の、おでん…」

「それは治ってからで。何か喉に通しやすいものを持って来ましょう。」

「今はいい、側に居て欲しい…」

「でも何か…」

「頼む…」

まだ熱をもった手でヒノカの手を握り甘える様な仕草をするマークスに微笑んでヒノカはその場に座りなおした。

「お兄様…よかったわ、本当に…私不安で…」

「マークスお兄ちゃん、よかったよ。でもやっぱりしっかり眠らないからだよ?」

「マークス兄さん。本当に良かったです。この際ですからしっかりとお休みくださいね。」

「…ちょっと皆、病み上がりなんだからもう少し静かに…」

「心配だったんだもん!!」

「そうよ、レオン! お兄様が居なくなられたら暗夜は…」

「マークス兄さん、何か欲しいものはありませんか?果物とか…」

熱が下がって数日経った日の午後。

朝の診察で感染の危険はなく後は体力の回復を待つだけと診断されたマークスの側に、待ち構えていた暗夜のきょうだい達が集まっていた。

カミラ、エリーゼ、カムイが側でピーチクパーチク言っているのをマークスは目を閉じて苦笑いしながら聞いていた。

見かねたレオンが声をかけるが女のパワーは凄まじく跳ね返されてしまう。

隣でヒノカとサクラもその様子を見ているが口を出すことも出来ずサクラに至ってはオロオロとしながらレオンやヒノカを見ている。

 

「あ、あの…流石にそろそろ面会は…」

「もうそんな時間なの? ああ お兄様。本当にしっかり治して下さいましね。」

「マークスお兄ちゃんまたね。明日は何か本を持ってくるよ。」

「エリーゼさん、流石に病み上がりに本は…読めないと思います。」

「えーーー? じゃあ何がいいかなぁ…」

「あーーーーもーーーー、早く出るよ! 兄さん、またね。取り合えず代理はこなしておくから。」

「ああ、すまぬな…頼む。」

レオンが皆を押し出してワイワイと廊下から遠ざかっていくとマークスはがっくりと脱力した。

 

「はぁああーーーーー…」

「はは、お疲れさま、マークス王子。」

「いつもは元気をもらえる弟妹達だが、こういう時には少し辛いな…」

「でも仲が良くて良いではないか。見ていて微笑ましい。」

「仲が良いことは認めるが何分賑やかしくて困る。色々心配ではあるが折角出来た思わぬ時間だ。私としてはヒノさんと過ごしていたいのだが。」

「な、何を。本調子でも無いのに…」

「話は沢山出来るだろう?愛する君と居られるんだ。病気をするのも悪く無い。」

マークスは微笑んでヒノカを見る。

その顔を見ていられず目をそらし窓の外を見ながら答えるがマークスはお構いなしで言葉をぶつけてくる。

 

「わっ、私はまだ返事をしてはおらん!」

「でも、こうして看病して共に居てくれるだろう?目覚めた時に最初に目に入ったのがヒノさんの顔で嬉しかった。色々期待しているよ。」

「期待されても…」

「ありがとう、ヒノさん。愛してる。」

真っ直ぐに気持ちを伝えてくるのが暗夜流なのだろうが、白夜ではそんな風習が無い上、元々色恋に縁遠いヒノカにはマークスの言葉は刺激が強すぎて顔が真っ赤に染まる。

マークスはそれを見て嬉しそうに微笑んでいるが、その顔を見ると否定しようにも出来なくなってしまう。

ベッドの側に座って両手で顔を覆って困っているとマークスの手で頬を撫でられる。

大きな手だが優しく包み込まれ気持ちよさに自然に目を閉じると頭を抑えられ額にキスをされた。

そのキスも小さく音をさせる様な軽いキスだがヒノカにとっては初めての事で今度こそ顔がゆでダコの様になり素っ頓狂な声を出してしまった。

「ひゃあああああああぁぁあぁあああっ!!!」

「…ヒノカ様ーーー!!どうされましたっ!?」

その声に反応したカザハナがものすごい勢いで駆けてきて戸を勢いよく開ける。

ヒノカの真っ赤な顔を見てカザハナは刀に手をやりマークスを睨みつけた。

 

「まさか、ヒノカ様に何か…貴様…」

「ストーーーップ。」

室内に踏み込もうとしたところで襟をツバキに捕まれ止められる。

 

「なーにやってんの。何にもないじゃないか。すいませーん、マークス様、ヒノカ様。大丈夫ですよね?」

「ああ、ヒノカ王女が虫に驚かれただけだ。」

「虫に驚いただけでそんなに顔が赤くなるわけな…もうっ、放してよ!!」

「ですよねぇ。失礼しましたー。いくよー、看病の邪魔しちゃダメだよー。」

ツバキが気を利かせたのか何も無かった様にカザハナを連れていなくなると、ヒノカはマークスをジトッと見た。

 

「虫ごときで私が取り乱すとでも…」

「びっくり箱では取り乱していただろう?」

「あ、あれは不意を突かれたから!!」

「かわいかったなぁ…もう一度見たいものだ。」

何を言っても動じないマークスにヒノカは諦めてため息をつき、マークスの眉間に指をやりゴシゴシとこすりつける。

 

「ん? 何…」

「この皺…気になる。」

「ああ、カムイにもよくやられるんだ。でももう治らないよ。」

「…この皺が直ったら、マクさんの話を考えないでもない。」

「…え?」

「治ったら、な。」

ヒノカはぷいっと顔を背けて立ち上がり部屋を出て行ってしまう。

マークスは今のヒノカの不意打ちの言葉を整理するのに時間がかかりぼうっとその様子を見ていた。

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