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朝目覚めるとマークスは寝室のカーテンを一番最初に開ける。

この星界の城で過ごすようになりその生活に慣れてからは欠かしたことがない。

自国ではない太陽の光が体を元気にさせてくれるような気がするからだ。

カムイがそう教えてくれたのだが最初はその強すぎる日差しが正直苦手だった。

白夜の呪い師でリョウマの現妻であるオロチに太陽の光に慣れるための呪いをかけてもらってからは苦も感じず思い切り光を浴びることができる。

それが気持ちよくて夜着のままテラスに出て大きく伸びをしていた。

 

「今日もいい天気だ。」

ガラスの様に透明な空を見上げ欠伸をする。

自国ではテラスでこうして過ごす事も第一王子としての節度や身辺警護の意味も含めて許されない。

妹のカムイが治めるこの国が平和であることを実感する。

外ではサイラスとカムイが馬を走らせていた。

朝の乗馬の訓練だろう。

サイラスが乗っている馬が彼の馬ではない所を見ると調教中の若馬の様だ。

カムイが側で並走しながら楽しそうにしているのが目に入り様子を見ているとカムイがそれに気づき手を振ってくる。

手を振り返し室内に戻るとメイド達が身支度を整える準備をしていた。

 

「マークス様、おはようございます。」

「うむ。湯の準備が出来たら下がってよい。」

「いえ…お仕度を…」

「支度は自分で出来る。」

「…かしこまりました。」

メイド達は驚いたような顔をして下がっていった。

暗夜では殆どの事は全てメイド達が補佐をする。

体を清める事や洗髪、着替えに至るまでメイドが行う場合もある。

だが最近マークスは自分で出来る事は率先してするようになりメイド達を使わくなった。

それもヒノカと交流をし始めてからの事。

ヒノカが人に頼らず自分で出来る事は細かな事まで動き生き生きしている姿を見てからだ。

市場に行っても何をしても知らない事が多くそれを埋められる絶好の環境にある今、全てが終わり自国に戻るまでに経験をしておこうと公務や進軍の合間で積極的に動き始めた。洗顔した顔を拭きながら鏡に移った自分を見て驚く。

 

「…不思議なものだ…」

思えばカムイも不思議な子だった。

第一王子として堂々たる態度できょうだい達にも振舞うようにと躾けられ、異母きょうだいとはいえ血のつながった子供たちもマークスに対しては一線を引いていた。

だがカムイは恐れることもなく自分を兄と慕い、臆することなく意見を言い、隠すことなく表情を出す。

彼女は周りの者が止めようとしても自分の事は自分でやっていた。

何もない北の城塞の中でそれが唯一の娯楽だったとしても、王女として育てられていたのなら普通はそういう事は自分で動かないものだ。

自分が側にいる時もお茶や食事の準備をしているメイド達の手伝いをしたり、時には泥だらけになって畑で働き、倉庫などの片づけたりもしていた。

城塞の皆と家族の様に接し色んな事を学んでいたカムイが自分に向けてくれる笑顔は本物の笑顔だった。

だからこそ厳しい世界で生き抜いてきた弟妹達もカムイを愛して止まないのだろう。

白夜第一王子リョウマも前は放浪の旅に出ていたと聞いたことがある。

武者修行を兼ねて自国を旅をして見聞を広げたと。

そういう意味では自分は劣っている。

暗夜国の王子としてそれにどうしても追いつきたいと思っていた。

 

ゆったりしたシャツのタイを結んでいると窓辺に気配を感じて振り返る。

朝日の眩しいテラスに真っ白い天馬がホバリングしており、その背から赤い髪の女性が降りてテラスの手すりの上に立つ。

上着はいつもの天馬武者の様な装束だが、下は足にピッタリと吸い付いたパンツのようなものを穿いてブーツ姿の肌を露出しない白夜独特の衣服だった。

見たことのない姿に嬉しくなりマークスが静かにテラスの窓を開けると顔を撫でられていた天馬はそのまま飛び去り女性が振り向く。

 

「おはよう。あれからどうだ? 調子は良くなられたか?」

まるで恋愛小説で姫の部屋に忍んで来る王子の様な登場の仕方で微笑んでいるのはヒノカ。

燃えるような赤い髪は朝日に照らされ健康的に少しやけた肌と共に光っていた。

 

「おはよう。朝から君の姿が見れて嬉しい。」

そういって両手を広げて近づいてくるマークスを手すりからひょいと飛び降りて身をかわす。

 

「様子を見に来ただけだ。寝坊していたら起こしてやろうと思っていた。臣下もこうして起こすのが日課だからそのついで。」

「調子はいい。君のお陰だ。」

「そうか。ならよかった。」

少し安心したように微笑むヒノカの手を取ろうとするとそれもすいっとかわされる。

思わず眉間に皺を寄せるとヒノカが自分の眉間を指でトンと叩いて意地悪く笑って見せる。

 

「し・わ。」

「…こんなに意地悪されれば無い皺もできる。」

そういうと素早く腕を取り部屋の中に引っぱりこんで抱きしめる。

ヒノカも手をはじいて避けようとしたがそこはマークスの方に軍配が上がった。

頭を胸に抑え込み腕の力を強くして繋ぎ止める様に抱きしめるとヒノカも最初は体を強張らせていたがしばらくすると身を預けてきた。

 

「悪戯するヒノさんもかわいいな。」

「顔色もよさそうで安心した…もう行くから…」

手を突っ張ろうとヒノカが動くがマークスはまた腕の力を強くして逃げ出さないようにする。

 

「マークス王子、天馬を待たせてあるから…」

「今は王子じゃない。君と一緒にいる時だけはただのマークス。俺を心配して来てくれたんだろう? 嬉しい。」

「理屈はいいから、放して…」

「嫌だ。」

そうしているとドアをノックする音がしてヒノカは飛び上がる。

マークスが顔を胸に押さえて声を出させないようにして答えるとメイドの声が返ってきた。

 

「なんだ。」

「マークス様、朝食はいかがなさいますか?」

「今朝はまだ時間がある。もう少し後にする。」

「かしこまりました。」

メイドが遠ざかっていく気配を感じヒノカの頭を押さえた手の力を緩めるとヒノカはぶはっと息継ぎをするがその顔は真っ赤で目を潤ませていた。

 

「ほ、ほらっ、だから言った。もう帰るから…ちょっと様子を見に寄っただけなのに…」

「うん。」

「うんじゃなくて。放し…」

目を潤ませて話すヒノカにマークスはやさしく口づける。

目を開けたまま呆然としているヒノカに構わず触れるだけの口づけをし、今度は髪を撫でながら啄み始めるとヒノカの肩が少し跳ね上がるが腰を寄せ唇を離し目を見る。

 

「や…」

耳まで赤くして目を潤ませたヒノカの言葉を止める様に今度はゆっくり深く口づける。

腰を抱き寄せ頭を押さえて逃げられない様にして。

 

「ん、ん…」

「目を閉じて…」

ヒノカは一度目を見開くがすぐにとろんと溶けたような目をする。

息継ぎの時に呟くと素直に目を閉じてマークスを受け入れた。

愛してると何度も呟きながらヒノカの唇を堪能しているとヒノカは体を震わせて顔を押しのけて呟く。

 

「溶け、る…も、やめ、て…」

「溶けてしまえばいい。」

「私、は、白夜の王女。あなたとは…」

「何故俺とは付き合えないなんて思う?」

「だって、暗夜とは…私は、政治的な、結婚は…それも王女としての、務めだと、言われるなら、その…」

「俺のこの気持ちが政略結婚だと受け止められるのは心外だな。」

ヒノカは第一王女として生まれた。

いつか自分の思いは反映されない結婚をしなくてはならないかもしれないとも思いながらここまで来てはいたが、立場は理解しているがそれを受け入れたくない気持ちも持っていた。

 

「マクさんは、第一王子。いつか国を纏める役目を持つ方でしょう。ならば…」

「俺が愛した女性はヒノさんだ。それがたまたま白夜の王女だったという話。リョウマ王子や白夜の面々が政略結婚だと言ったのか?」

「そんなことは…」

「政治的に見れば確かに暗夜と白夜が婚姻を結ぶ事で和平の道が開けるし、今後の関係も好転してくきっかけが出来るだろう。だけど俺は俺という人間として君を愛してる。この事に関しては国の事は二の次だ。」

「あ、あなたは、第一王子でしょう!? そんな国を次に回してしまうなど…」

「ああ、ヒノさん。どうやって伝えれば俺の気持ちを分かってもらえる? たとえ君が王族でなくとも俺はきっと君を選んだだろう。国の事より、俺の為にこれからも側にいてくれないか。君と居ると楽しい。嬉しい。心が温かい。君と出会ってから世界が広がったんだ。それこそ色んな事が。それとも……俺では駄目なのか? 誰か他に思い人でもいるのか?」

縋りつくようなマークスの視線にヒノカはどうこたえて良いか分からず目を泳がせるが、顎を引き上げられ目線を逸らさない様にされる。

 

「思い人など…いない…私は武士だ。そんな暇は…」

「武士であり王女である前に君は女性だろう。守って大切にする。幸せにすると誓うよ。」

「…マク…」

「建前じゃない君の本心を聞かせて欲しいんだ、ヒノカ?」

ヒノカの目がまた潤み唇を震わせるがマークスはそっと顔を撫でながら続ける。

 

「温かくて眩しい朝日の様な君と未来を見ていきたい。愛してる。」

小さく音を立てる口づけを落とすとヒノカの目から涙が流れ落ちる、マークスが微笑んで顔を見ているとヒノカの目が力を帯びる。

 

「私も、あなたの事が好きだ。だけどっ、暗夜では妻を複数持つという。私はそれが、耐えられそうにないっ。」

「…妾の、事か?」

「そうだっ。私の父のスメラギ王も、確かに2人妻が居た。だがそれはイコナ母上がお亡くなりになる前でイコナ母上がミコト母上に託されたからで…私は、私だけを愛してくれる男性に…その…嫁ぎたいっ!」

一気に言い切ったヒノカの強い目からはまだ大粒の涙が流れている。

 

「もちろんだ。俺は君以外娶る気はない。」

「え!?」

「前に言った。暗夜を変えてみせると。諸侯の悪行を正すという事は王族との血縁を結ぶ為に送り込まれる妾候補の女性も受け入れないという事も含まれる。俺は妾は持つつもりはない。俺たちきょうだいみたいな辛くて悲しい世界はもう終わらせたい。自分の妻や子供たちの為にも。そう改めて強く思える様になったのも、ヒノカ、君のお陰なんだ。君を愛してから俺の中で全てが変わって色づいていった。今はそれを形にしたい。君と共に。」

「…眉間の皺はまだ直ってないではないか。」

「それも直すようにしよう。長年の癖でついたものだ、もう少し時間をくれないか。それより俺の事が好きだといったのは、本当?」

「…ぶ、武士に、二言はないっ!」

「本心? 本当か? 」

「二言はないと言った!!」

「武士じゃなくて、ヒノカとしての言葉で聞きたい。」

「な、何度も言えな…」

「ヒノカ…言って欲しい。俺にヒノカの言葉で伝えてくれ。」

ヒノカは優しく抱き寄せて甘える様に頭に何度もキスを落としてくるマークスに戸惑うが一つため息をついて胸に体を預ける。

 

「眉間の皺を直してからと言ったのに…」

「うん。」

「浮気は許しません。妾も取ってはダメ。」

「誓って言うがそれは絶対にありえん。」

「もしも、子が出来なくても…」

「何故そんな事を? そのような心配はいらん。」

長い間問答を繰り返すが、マークスは嫌がりもせず一つ一つ丁寧に答えてくる。

ヒノカが風習などが違う国に対してどれだけの不安を持っているかを理解しているからこそだ。

気長に構えるマークスにヒノカの方が痺れを切らしてしまう。

 

「こ、こんな不安を持ってるのに、まだ私を娶るというのか!?」

「ああ。俺はしつこいぞ。たとえ君が逃げても、地の果てまで追いかけて必ず手に入れて見せる。」

微笑むマークスの顔を見てヒノカも破顔してマークスの胸にそっと手を当てて寄り添う。

 

「…です…」

聞き取れないくらいの声で呟いたヒノカをマークスは嬉しそうに笑って抱きしめ、すぐに抱えてテラスへ出る。

 

「な、なに?」

慌てるヒノカに構わずそのまま空を見上げマークスは深呼吸する。

 

「よっしっ!!!」

抱きかかえたままの手でガッツポーズをしたマークスをヒノカは驚いたような顔で見ていたが、初めて見たそんなマークスに自然に笑顔になった。

「ほな、いくで。今日の献立は大根を中心としたもんや。まずは大根を切って皮をむく。大根は今朝掘った時にしめてあるからまだ鮮度はバッチリや。」

「しめる?」

「野菜も魚と同じでな。掘ったらしめてやるんや。そしたら新鮮に保てる。大根の場合はヘタぎりぎりの所と根を切って古紙で包んだり、藁と土で作ったムロみたいな涼しい所に寝かせてやるのが一番やな。」

「へえ…」

静かな食堂の調理場で割烹着を身に着けた二人の女性。

一人は余裕があるがもう一人は全く余裕がなく何かしらオロオロした様子だ。

なまりのある言葉で話すのは料理上手で知られるモズメ。

その隣でモズメの説明を頷きながら聞いているのはヒノカだ。

 

「今日これで使ったら残ったもんは薄切りにして干してやろう思てる。」

「なるほど…」

「でな、切るのは大体この位の太さで、慣れてないからまずこうして切って皮を剥いて…」

「ええと…」

「ああ、ちゃうちゃう。そないしたら手までザックリや。見ててや、こうやってな?」

必死でモズメの見本を見ながら慣れない手つきで皮を剥いていく。

その様子を厨房の入口影からサクラがハラハラしながら見守っていた。

 

「大丈夫でしょうか…」

「ヒノカ様、最近色々変わられたわよね。今日もだけど昨日もピエリに料理を教わってたわ。」

「そうなんです…最近姉様、今までやられた事のない料理などにも挑戦なさってて…」

そうして心配するサクラの隣で腕組をして壁に背を預けて立っているのはその臣下カザハナ。

サクラがあまりにも落ち着かない様子なので一緒に着いてきて側で様子を見ていた。

 

「野菜の切り方とか形はまだ不揃いだけど味は美味しかったじゃない。まあピエリが味の調整はしたんだろうけど。」

「ピエリさん曰く、味付けはピエリさんが教えて姉様がされたとか。」

「へえ。凄いわねー、ヒノカ様。誰か思い人でもできたんじゃないの?」

「そう。そうですね。」

「え、本当なの? お相手はどなたなのよ?」

「うふふ…内緒です。カザハナさん、お付き合いありがとうございました。モズメさんが上手に教えて下さっているみたいなので大丈夫だと思います。」

「なによー…ま、今晩の食事楽しみにしておきましょ。」

サクラとカザハナは笑いながら厨房を後にした。


 

「これ、ヒノカ姉さんが?」

「ああ。上手く出来てれば良いのだが。」

厨房に獲れたての魚を持って来たタクミは料理をしているヒノカを見て驚いた。

 

「ヒノカ様、筋はええで。味も保証付きや。」

モズメも満足そうに鼻を鳴らす。

大根づくしの献立は驚くほど美味しそうに仕上がっている。

 

「タクミありがとう。モズメ、後はこれを焼けば良いのだな?」

「せやな。水洗いして鱗と内臓を取って…」

モズメが教えると慣れない手つきではあるが一生懸命ヒノカは魚の処理をする。

中にはまだ生きている魚もおり急に跳ねてヒノカも驚くがその様子もとても女性らしい。

動きも雑に見えるがそれすら女性らしさを感じる。

自分が今まで見てきた姉とはどこか違っていた。

 

「どうしたのさ、急に。」

「出来る事は自分でやる。それが今は料理だというだけだ。今日の夕食、楽しみにしててくれ。」

そう言って作業に戻るヒノカの背を見ながらタクミは首を傾げながら厨房を出て行った。

マークスが自室の書斎で今日最後の書類の整理をしているとドアがノックされラズワルドが顔を覗かせた。

 

「どうした。」

「はい。今日の夕食ですが食堂にご用意してありますので。」

「食堂?」

「たまには食堂で食事をするのも悪くないですよ。」

この城に来てから食事はもっぱら自室で食堂でとった事がない。

元々そういう習慣がないからだったが一度食堂で食事をしたいと思ってはいた。

だが軍の将で第一王子である自分が食堂で一般の兵士たちと食事をする事は立場的な事もあるが、唯一兵士達がリラックス出来る場所を邪魔したくないという気持ちもあり行くのを諦めていた。

 

「私がか?」

「カムイ様とエリーゼ様は食堂によく来られますよ。後白夜の王族の方々も時々。」

カムイはもちろんだがエリーゼも市井の繋がりが強くああいう場所には抵抗がないが、白夜の王族達も食堂で食事をしているという事に驚いた。

確かにこの星界の国では王であるカムイが王族も関係なく色んな作業をする様に割り振っている。

兵士との距離も前に比べれば近くはなったが まだまだその距離は遠い。

 

「…解った。」

「はい。では伝えておきます。」

自分も少しは溶け込まなくては…とラズワルドに返事をした。


 

マークスが仕事を終えた時はもう食堂が閉まる直前だった。

急いで食堂に入るともう人は殆どおらずラズワルドとオーディン達臣下が数人居るだけだった。

 

「マークス様。」

臣下達が椅子から下りて膝をつこうとしたがマークスがそれを止める。

 

「よい。食事を続けよ。」

「しかし…」

「ここはそういう場所ではないだろう。気にせずとも良い。」

「マークス様、こちらへ。食堂に来たらここで食事を受け取って席に座ります。遅くなってすいません。2人分お願いします。」

ラズワルドの声に奥で食器などの音がして膳を持った女性が姿を現す。

 

「ヒノ…カ王女?」

「マークス王子、遅くまでご苦労様。どうぞ。」

「ありがとうございます。さ、マークス様、あちらに座りましょう。」

ヒノカから膳を受け取って席に座りまじまじとその料理を見る。

シンプルに焼いた魚に、よく煮込まれ味の染みていそうな厚切りの大根と厚揚げの煮物、混ぜご飯に大根と根菜の和え物、おかかの乗った山盛りの大根サラダ、味噌汁にも沢山の根菜が入り温かい湯気を上げている。

思わずゴクリと喉を鳴らす。

 

「美味しそう。頂きましょう、マークス様。いただきます!」

「…いただきます。」

白夜式に合掌をしてラズワルドは器用に箸を使い口に食事を運んでいく。

 

「んん! 美味しいっ!!」

マークスもその様子を見て口に食事を運ぶと目を輝かせる。

 

「…美味い…」

空腹だった事に改めて気づき夢中で食事をしているとラズワルドが席を立つ。

 

「ご飯と味噌汁まだありますか?」

「あるぞ。おかわりか?」

「はい。マークス様、いかがです?」

「うむ。私もいただこう。」

ヒノカが持ってきてくれたおかわりを受け取り食事を再開する。

その間にオーディン達は先に席を立ち食堂内はいつの間にかラズワルドと自分だけとなっていた。

食事を済ませて温かい茶を飲んで一息つく。

 

「膳は下げておきます。マークス様はゆっくりされていてください。湯あみと寝室のご準備をしておきますね。」

「うむ、そうさせてもらおう。ラズワルド。」

「はい?」

「…ありがとう。またこうして食事をしても構わぬか?」

「もちろんです。今度は是非ごきょうだいで。」

そう言って微笑んでラズワルドは食堂から出て行った。

湯のみの中の茶を眺めていると声をかけられる。

 

「マークス王子。お茶のおかわりは?」

「…ああ、もらえるかな。君も座らないか。」

ヒノカが急須を持って来てマークスの湯のみに注ぎ自分もその前に座り茶を飲む。

 

「今日の料理はヒノカ王女が?」

「ああ。モズメに教えて貰って作った…どうだっただろうか。白夜式の食事ではあったが口に合ったかな?」

「いや、美味かった。実に美味かった。」

「そうか。良かった…」

ヒノカはその言葉に安心した様に湯のみを触りながら頬を染めて俯く。

人気がない食堂は静か過ぎるほどで茶を飲む音とお互いの服などの衣擦れの音しかしない。

 

「今は他には、人は?」

「食事当番自体はうちの隊の担当だったから人が多い時には全員でやっていたが、今は人数が少ないので下がらせた。私だけだ。」

「なら、最後の片づけは手伝っていいかな?」

人が居ないと聞いたマークスの話し方が2人でいる時のものに変わりヒノカも話し方を変える。

 

「最後の片づけと言っても食器を洗っておくだけだから私一人でも大丈夫よ?」

「何事も経験だろう? 是非厨房の手伝いもさせてもらいたいな。」

「次期国王に そんな事させられません。」

「では次期国王妃の君も厨房に立てないだろう。それに俺たちの妹はそんな事に頓着するタイプではないからな。次期国王だろうが何だろうが分け隔てなく色んな事をやらされてるぞ?」

「国王妃って…」

「俺の妻だから何れはそうなるだろう?」

「まだ結婚してません。それに兄様達に話をしないと…」

「俺はいつでも良い。君のタイミングに合わせるよ。」

顔を赤くして上目遣いに見てくるヒノカの頬を撫でながらマークスは微笑む。

 

「ま、まだ、お互いの事もそんなに解ってないし、解ってきたらあなたは呆れてしまうかもしれない。だからそんな気の早い事は言わないでください!」

ぷいっとそっぽを向くヒノカを見ながらマークスは声を出して笑い椅子から立ち上がった。

 

「はは、良い未来は想像したものが掴む。想像すればそれを形にする力が生まれて自然に形になっていくものさ。だから俺は君との未来を想像して必ず形にする。かなりしつこいから覚悟しておいて。さて、洗い物するか。」

「マクさん、いいです。私がしますから…」

「なら一緒にしよう。教えてくれ、ヒノさん。」

湯のみと急須を持ってさっさと厨房に入っていこうとするマークスの後を慌ててヒノカが追うが、目の前のマークスが急に止まりヒノカは勢い余ってその背中にぶつかる。

ぶつけた頭を撫でているとマークスが口づけを落としてきた。

ヒノカは驚くがそのまま目を閉じて受け入れる。

 

「…本当に美味かった。また作ってくれ。」

「…はい。頑張ります。」

「俺も何か練習しよう。何が食べたい?」

「ふふ…そうね。なら……」

マークスとヒノカはお互いの顔を見ながら小さく笑った。

 

 

「マークスお兄ちゃん!?」

早朝、鶏の世話をしていたエリーゼが驚く。

目の前には鶏を両脇に抱いたマークスが立っていた。

 

「エリーゼ。また扉を開けたままにしていたのだな? 鶏が逃げていたぞ。」

「わ、本当だ!! マークスお兄ちゃんありがとう。もー、ブーちゃん、コーちゃん、何でいつも逃げるのっ?」

エリーゼは鶏の世話の専任担当の様になっている。

本来は皆が分担して色んな国の雑務を行うのだが市井の生活を経験しているエリーゼはその頃も鶏などの世話をしていたらしく作業に慣れているのと鶏達がエリーゼに懐いているからだ。

ただ彼女は少しおっちょこょいで時々掃除の時に扉を開けたままにしておいたりするものだからこうして脱走常習鶏が出てくる。

とはいえ脱走した鶏達はしこたま遊んだ後は皆自主的に鶏小屋の前で扉が開くのをまっているのだが、何せここにはドラゴンもいる。

注意はしているものの肉食の彼らに間違って食べられでもしたら困るのだ。

 

「で、どうしたの、お兄ちゃん。」

「食堂で使う卵を取りに来たのだ。よいか?」

「うん。掃除が終わったら取るつもりだったんだけど、お兄ちゃんお願いしてもいい? 卵の重ね方わかる?」

「…重ね方?」

「そう。卵は重ね方を考えないと割れちゃうんだよ。じゃあ最初だけやるから見ててね。」

エリーゼは藁を敷き詰めた箱に卵を並べていく。

一つ一つを手に取って布で吹きながら殻が当たらない様に並べ、その上にまた藁を敷いてまた隙間に卵を並べていく。

この小さな卵一つとってもこんなに手間がかかっていたのかとマークスは感心しながらエリーゼの真似をして作業をした。

 

卵を詰めた箱を持って食堂の裏口から入ると今日の食事当番であるカムイの隊がバタバタと準備をしていた。

もちろん食事を作っているのはその殆どが執事のジョーカーであるが、その側でカムイとフェリシアが補佐をしてスズカゼが食器などの準備をしていた。

 

「マークス様、おはようございます。これは申し訳ありません、気づかず…」

卵の箱を持ったマークスに気づき、すぐにスズカゼが駆け寄りその箱を受け取る。

 

「マークス兄さん、おはようございます。ご苦労さまです。」

「マークス様、おはようございます。」

「おはよーございまーす。」

「うむ、皆おはよう。カムイ、申し訳ないが2人分の朝食を取っておいてもらえないか。」

「はい、いいですよ。2人分ですね。どうされたんですか?」

「少し所用があって食事が遅れそうなのだ。頼む。」

「解りましたー。」

食事をとっておいてもらう事を頼んでマークスは自室に戻り、ある程度の用事を済ませて再度食堂に向かうと最後のカムイの隊が食事を済ませ片付けをしている所だった。

 

「兄さん、遅かったですね。準備しましょう。」

「いや。後片付けも自分のものは出来るから、お前たちはそっちの片付けが終わったら下がって良い。」

「兄さん、自分でされるんですか?」

「ふ…私も子供ではない。ここでお前に鍛えられたからな。この位は出来るぞ。」

「ふふ。解りました。では兄さんの腕を信じて先に下がらせていただきますね。」

片づけが終わりカムイ達が居なくなった静かな食堂でジョーカーが淹れて行ってくれた茶を飲んでいると厨房からヒノカが顔を出してきた。

 

「おはよう、ヒノさん。」

「おはよう、マクさん。皆は…」

「ああ、もう下がった。では食事にしようか。」

厨房で汁物を温め、ごはんをよそって膳に乗せ席に座る。

ヒノカと共に合掌すると目の前のヒノカが生卵を手に取り器の中に割入れ醤油をさっとかけてそれを混ぜ始めた。

混ぜたものをご飯の上にかけて嬉しそうにそれをざくざくと箸で混ぜ込み がぁっとかき込む。

その姿をみてマークスは目を丸くするがヒノカは「んーーーーーっ…」と言いながら足をバタバタさせる。

そういえば市場で食事をしていた時、美味しいものを食べたヒノカはこんな事をしていた。

という事はこれは美味しいのか? マークスは生卵をじっと眺める。

 

「これがやりたかったの。ありがとうマクさん。おかわりしようっと。」

ヒノカがおかわりをもって帰ってくると、また卵を割ってごはんにかけていた。

その美味しそうな顔にたまらなくなってマークスも聞いてみる。

 

「それは…何? それがヒノさんの食べたかった『卵ごはん』?」

「そう。白夜の朝ごはんには定番のものなんだけど、かき込むって事は女は行儀が悪いって言われるからできないの。男性がやるのは豪快だとか言われるんだけど…一度これを気にせずにやってみたかったの。やっぱり があっとかき込むと美味しい!! こういうご飯はやっぱり行儀よりも勢いだわ。」

「そんなに美味しいのか?」

「ふふ…一口はい。」

ヒノカが自分の食べている卵ごはんを一口取ってマークスに差し出す。

マークスは初めての食べ物を恐る恐る口に入れるが目を見開く。

 

「どう?」

「…う、美味い!!」

「でしょう。特に生みたて卵で食べると最高に美味しいの。」

「俺もやってみていいかな?」

「もちろん。卵はこうやって割って…」

流石に卵の殻を割る事は出来なそうだったのでヒノカに頼んで先ほどヒノカがやった真似をして食べてみる。

があっとかき込んで。

口いっぱいに新鮮な卵の風味が広がり、そこに海苔を口に含みバリバリと一緒に食べて「んーーーっ。」と俯く。

その様子をヒノカも嬉しそうに眺めていた。

 

「美味い!! 生で食べるともっと食べにくいのかと思っていた。」

「ふふ、卵の風味を楽しむのはこの食べ方が一番ね。」

お互いが美味しそうに食べている姿を見て自然に笑みがこぼれる。

少しづつではあるがまたその距離は縮まって行っている様に思えた。

 

 

「ほう…」

静かな白夜の屋敷に鹿威しの音が響く。

そんな中リョウマの嬉しそうな頷きが響いた。

その横では妻のオロチも笑顔で手を叩いている。

 

「それは良い事じゃ。楽しみにしておきますぞ、ヒノカ殿。」

リョウマの対面に座り顔を赤くしてモジモジしながらヒノカは黙って頷く。

ヒノカはいつもの武者装束ではなく、城で過ごす時のラフな着物に上衣を羽織った状態。

タクミは長いその上衣をシュルリという衣擦れの音をさせて歩く姿を幼いころ以来見たことがなく目を丸くしていた。

 

「ね、姉さんが、結婚なんて…」

「ヒノカ、その相手とはいつ会える?」

「そ、その…いつでも良いと。こちらの都合に合わせてくれるそうだから…」

「ふむ、では直ぐ連れて来い。」

「え?」

「お前の相手と早く顔を合わせたい。構わんか?」

「あ、はいっ!」

ヒノカは立ち上がって急いで部屋を出ていく。

その様子を見てタクミの側のサクラがクスクスと笑う。

 

「ふふ、姉さまったら。」

「サクラ、相手を知ってるの?」

「あの、直接聞いた訳ではありませんが…」

しばらくそうしていると外から馬の嘶きが聞こえた。

入口の辺りが騒然となり女中達がざわめく声が聞こえ、しばらくすると部屋の前でその気配が止まった。

スラリと襖1枚開いて座ったヒノカが姿を現しもう1枚の襖を開ける、とタクミの予想外の相手が姿を現した。

 

 

「ヒノカ王女が?」

「はい。お急ぎの様子です。」

「ではテラスへお通ししてくれ。」

マークスの屋敷に正面からヒノカが訪ねてくるのは初めての事だ。

何かあったのかとマークスが急いでテラスに降りると小走りで走ってくるヒノカに目を奪われた。

市場に行くときの着物とはまた違い美しい刺繍などが施された長い上衣を前で掴み、その色とよく合う赤い髪をなびかせるヒノカを思わず走り寄って抱き締める。

 

「なんと美しい…天女が降りてきたかと思ったぞ。」

見つめながらうっとりしているとヒノカが息を切らせながらマークスの手を引っ張る。

 

「す、少し時間をくれ。その、屋敷に連れていく。」

「ん?」

「は、早く。」

「ヒノカ、落ち着け。どうしたのだ。」

頬を撫でると、ヒノカは一度目を閉じて深呼吸する。

 

「兄様に、結婚の話をしたら、相手を連れて来いと。」

「リョウマ王子が?」

「悪い意味ではなく相手が見たいと。急でごめんなさい。丁度よい機会があったから、つい…」

「いや、構わん。では準備を…」

「そ、そのままで。」

「ん? しかし…」

「あなたは、そのままで十分…その、素敵だから…」

ヒノカのその言葉にマークスも思わず顔を赤くするが、とりあえずと上衣とジークフリードなどを取りに行き共にヒノカの天馬に乗った。

 

 

「お待たせいたしました。」

ヒノカが軽く平服しながら皆に挨拶をする。

その隣でヒノカと同じく正座をして座っているのはマークス。

鎧は着用しては居ないが金の装飾等が入った上衣を纏いその隣にはジークフリードがおいてあった。

 

「待ちかねた。入られよ。」

「失礼する。」

ヒノカに先導されて室内に入り、リョウマの対面に座る。

 

「足を崩して構わん。楽にされるが良い。」

「いや…」

「ふむ…ならば…」

リョウマはマークスの前で足を崩し胡坐をする。

チラリとタクミを見やるとタクミも足を崩して胡坐をかいた。

 

「これで畏まる必要はなかろう?」

リョウマのその言葉でマークスも苦笑いして胡坐をかいた。

 

「胡坐もうまくなったな。」

「リョウマとショウギをする間にな。まあこの格好では様にはならんが。」

「マークス王子、将棋を?」

「ああ。チェスとはまた違って面白い。聞けばタクミ王子はリョウマよりも強いと。今度手合わせ願いたいが良いか。」

「え、ええ、喜んで…」

堂々としているマークスに隣のヒノカは驚いているが、その様子に気づいてマークスが本題に入る。

 

「リョウマ王子。ヒノカ王女との交際と結婚を認めてもらえるだろうか。本来ならば国との結びつきを強めるため政治的な順を踏んで婚姻などの手順をおわなくてはならんが、私はその様な気持ちでヒノカ王女を愛したのではない。私という人間が彼女を愛した。私は妾を取るつもりも愛人を作るつもりもない。彼女一人を一生愛すと誓おう。」

まっすぐリョウマを見て話すマークスに目の前のリョウマも破顔する。

 

「もちろんだ。マークスがそういう人間ではない事は良く知っている。とりあえず次期国王に嫁ぐのであればある程度の手順は踏まなくてはならんだろうし、こちらも準備はさせてもらいたいが。」

「ああ。」

「ヒノカ。他国に嫁ぐのであればお前もそれ相応の行動が必要となろう。準備の間、マークスやカミラ王女達に聞いて励め。」

「はい。」

「オロチ、呪いで…」

「お任せあれじゃ。」

「タクミ、サクラ。お前たちはどうだ? 来た来た…」

リョウマがそういうと走る足音が響き襖の外で悲鳴と共に何かにぶつかる音がする。

 

「大丈夫かっ!?」

「いったた…だいじょぶ…」

「あーあー…ったく…ほら、ここっ。こほん、失礼します。カムイ様をお連れしました。」

急いで来たカムイが廊下で滑って豪快にこけたらしく、それを迎えに行っていたヒナタが慌てて助け起こしたらしい。

静かに襖が開けられると髪をボサボサにしたカムイが居て慌ててマークスが様子を見に行く。

 

「カムイ、大丈夫かっ!? 怪我はっ!?」

「ありません。それよりおめでとうございます!! あ、ヒナタさん、ありがとうございました!」

苦笑いしているヒナタに礼を言ってカムイも部屋に入ると、ヒノカの側に行きその手を取る。

 

「ヒノカ姉さん。私嬉しいです!! おめでとうございます!!」

「ああ、ありがとうカムイ。」

「違う国の事ですから心配かもしれませんが大丈夫です。私も出来る限り協力しますから。それにマークス兄さんが居れば平気ですよ。私も小さい頃からマークス兄さんに色々と教えて貰いましたし、社交界の事はカミラ姉さんに、政治や法の事はレオンさんに、市井の様子なんかはエリーゼさんに聞いたらいいですよ。ね、マークス兄さん。」

「ああ。お前に誓ってヒノカは私が守ろう。」

 

ヒノカが目を覚ますとすでに日が昇り屋敷の中は人が動いている気配がしていた。

体が埋もれる位柔らかなベッドに最初は慣れなかったが、最近ではこの包まれるような感覚が気持ちよく感じるようになっていた。

ゆっくりと体を起こしてベッドの上のガウンを取って羽織ってノロノロと降りる。

 

「最近鍛錬が出来ていないな…これではいかん。しっかりしなければ。」

洗顔をして日を浴びる為に窓辺の椅子に座り外を眺めると、庭師が庭の木々の手入れをしていた。

もうそんな時間なのかと椅子から立ち上がるとドアが開く。

 

「おはよう、ヒノカ。」

「おはようございます、マークス様。」

マークスに抱き寄せられ挨拶のキスを交わす。

マークスの目線が一度下に降りてから自分を見たことに気づき体を確認してヒノカの顔は真っ赤になり慌ててガウンを首の所まで上げる。

 

「隠さなくても。」

笑いながら言うマークスの顔を手で押さえて背を向ける。

 

「また、こんなに沢山跡をつけて…こちらの身にもなって!」

「じゃあ止めてくれればいいじゃないか。」

「とっ、止められない位にしてくるのは、そちらでしょうっ!?」

声を上げて笑うマークスを睨み付ける様に見るが当のマークスはどこ吹く風。

挙式が終わり透魔で新婚生活を始めたが、ヒノカはマークスに愛されすぎて朝がすっかり弱くなってしまっていた。

ここ最近は朝食の時間に間に合わずマークスの書斎で食事をしてばかりだ。

これでは示しがつかないとヒノカも努力はしているがその努力をマークスが見事に覆してくれる。

 

「愛しいヒノカが隣にいるのに我慢なんて出来るわけがない。俺の愛情全て、まだまだ伝えきれてないんだ。」

そう言ってまた首に噛みつくようにキスをしてくるマークスの髪をヒノカは握って引っ張る。

 

「これでは屋敷の面々にも弟妹達にも示しがつかない。今晩から別の部屋に寝ますっ!!!」

「いたた…ヒノカー…」

「そんな甘える様な顔をしてもダメっ。今晩こそ絶対に他の部屋で寝る!!」

マークスの愛情の跡は隙間など無いのではないのかという位に毎回体中にちりばめられる。

首などはもちろん、それこそ足の先まで。

天馬武者装束では腿の部分が少し肌がでるがその腿の辺りまで跡を付けられている事があり先日の進軍の時も隠すのが大変だったのだ。

装束を着ても跡をわざわざ見える場所につけてくれているので毎回頭を悩ませていた。

そんな問答を繰り返すのがここ最近の朝の日課。

だが結局毎回マークスに軍配が上がる。

あの堂々とした第一王子としての威厳と佇まいはどこへやら。

ヒノカの前ではマークスは脱力しまくっている。

最近では眉間の皺も二人でいる時にはほとんど無くなり大きな体でヒノカに甘えるのだ。

彼が飼っている耳の長い猫と同じ様な動きをする。

飼い猫や飼い犬はその飼い主によく似ると言う。

兄のリョウマが飼っている犬はリョウマの子供の頃と同じ様な動きをしていた。

マークスも同じく、その飼い猫と同じ様に甘えて擦り寄ってくるのだ。

とはいえしっかりした所は変わらず頼りがいのある旦那様なのだが、そのギャップにヒノカは毎回やられていた。

 

「そうだ。先ほどエリーゼから卵が届いた。朝生みの。」

その言葉にヒノカの肩がピクリと動く。

 

「…そんなもので私が動くとでも?」

「今、食堂で飯が炊けているのを確認してきた。熱々飯の卵ごはん…」

寝起きでお腹が空いているヒノカにとってはなんて官能的な呪文なのだろう。

自然にゴクリと喉が鳴る。

 

「俺もまだ食事をしていない。君を待っていたんだ。食堂に行かないか? ああ、何ならこちらに運ばせよう。うん、そうしよう。ヒノカは着替えていろ。」

嬉しそうに部屋から出ていくマークスを見送りヒノカはため息をついた。

ヒノカが爽やかな早朝の朝日を浴びる事が出来るのは、まだまだ先の様だ。

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