現世で起こった戦闘に出ているマークスは少し高い場所から全体を見渡していた。
「なんと…これでは天馬が身動きがとれん。」
今回の眷属との戦闘は事もあろうにその殆どが弓兵で構成されていた。
今の自軍の回復は移動力・戦闘力の両方を兼ね備える聖天馬に委ねられているが、弓兵が相手とあれば最悪の条件となる。
回復に長けたエリーゼやサクラを異界に残してきてしまった事を後悔するがもう今から後退する訳にも行かない。
弓が届かない上空に待機する天馬隊に目をやりギリと歯を鳴らす。
既に下では戦闘が始まっていて、先日『白の血族』にCCしたカムイと、杖の使えるアドベンチャラーのゼロ、アシュラが何とか健闘してくれていた。
まだ杖の扱いになれていないカムイの側にはヒナタ、ゼロにはオーディン、アシュラにはスズカゼがついて回復のサポートをしてくれていてとりあえずのしのぎにはなるがこのままこの多勢を相手にするには辛い。
こうなれば地上戦の面々が天馬隊のフォローをするしかない。
「ラズワルド、ピエリ。天馬隊のサポートに回れ。矢を天馬に届かすな。」
「了解。聞いたね皆。行くよ!!」
「了解なのっ! やっと殺せるのよ、皆行くよ。皆殺しなのよーーー!!!」
ラスワルド達が走っていくのを見届けると、口笛を吹いてツバキを呼び寄せ指示をする。
「私の隊が天馬隊のフォローに回る。合間をみながら回復を。ただ突っ込みすぎるなよ。」
「りょーかいですー。お任せください。完璧にこなしますよー。」
ツバキが空に戻っていきヒノカ達に指示を伝えると上空でヒノカが薙刀を上げて返事をする。
それに手を上げて応えマークスも下の戦闘に加わる為 馬を走らせた。
マークスが単騎で敵陣に突っこんでいくと待ち構えた様に矢の雨が降り注ぐが、神器ジークフリードの加護があるマークスにはそれは届かずその前に勢いを失って落ちてしまう。
身の丈もある巨大なジークフリードを振りかざし敵兵を薙ぎ払っていくとカムイが走って来た。
「マークス兄さん。」
「カムイか。」
「泉の場所を天馬隊が掴みました。私は今からそちらに向かいます。」
「他の者は?」
「泉の場所は3か所。私以外にタクミさんとレオンさんにお願いしています。」
「解った。ならば私は天馬隊のサポートに専念しよう。行け!」
「はいっ。行きましょう!」
「おおよ!」
カムイは攻陣を組んでいるヒナタと共に泉へと走って行く。
片目でそれを見送って目の前の敵に目をやると前方の離れた場所で声が上がっている。
馬を走らせて近づいていくと目の前には赤い髪をなびかせ薙刀を振りかざしたヒノカが地上に降りて戦っていた。
弓兵に狙われながらも回復役の聖天馬のフォローをする為 自らが先陣に立ち兵達を鼓舞している。
だが矢は無情にヒノカに雨の様に降り注いでいき、薙刀を回転させて馬にも当たらない様に避けてはいるが肩で息をしていた。
マークスはその姿に一瞬寒気を覚え馬を駆り突進していく。
ヒノカの前に飛び出て剣士達を薙ぎ払い、出来るだけ近づく事でジークフリードの加護の範囲にヒノカを入れると急に矢が勢いをなくして地に落ちて行き、それを見てヒノカが驚いた顔をしている。
「私の側にいれば矢は届かん!」
そう言ってヒノカの姿を見ると服はあちこち矢等で破れ腕や足には掠めたような傷があった。
マークスはその様子に目を見開く。
「離れるな、良いな!!」
「あ、ああ!」
マークスと背中合わせになる様にして敵を倒していき数を減らしていっているとヒノカの目線の先に居る部下が矢に狙われている事に気付きヒノカは手槍に持ち替えてその弓兵を倒すが、その動作でジークフリードの加護範囲から出てしまい、その隙を見てまた矢の雨が降る。手槍では対応出来ずヒノカが「まずい」と目を瞑る。
だが矢は届かずゆっくりと目を開けるとマークスが目の前に立ちはだかっていた。
矢はまた勢いを無くして落ちて行っている。
「…跪くがいい…」
マークスがジークフリードを振り上げると纏っている赤黒い光がその勢いを増して周りに稲妻の様に降り注ぐ。
辺りの敵はその稲妻に打ち抜かれバタバタと倒れて行くが次の瞬間「危ない、避けて!」と声が響く。
マークスとヒノカが上空を見ると天馬武者が1人弓兵に打ち抜かれて馬ごと落ちてきて地に叩きつけられる。
マークスとヒノカの間に落ちた天馬武者は首を射抜かれ、天馬も地に叩きつけられ首の骨を折り絶命していた。
その姿にヒノカの赤い髪が燃える様に逆立ち「おのれっ!!!」と薙刀を持ち直した所でその右腕を矢が襲う。
持っていた薙刀は後ろに弾かれ、その勢いでヒノカは天馬から振り落とされ地に叩きつけられた。
「ヒノカ姉さん!!!!」
泉の処理を終えたカムイが走り寄りヒナタが天馬を落ち着かせながら庇う様に守る。
「姉さん、しっかり! 姉さん!!」
カムイが名を呼ぶが、ヒノカは気を失ってしまっていて返事を返さない。
マークスは直ぐに馬から降りて駆け寄りヒノカを抱き寄せ腕の矢を抜いて矢じりを確認すると色が紫に変わっている。
毒が塗り込んであることが解ってヒノカの首のスカーフを取り腕にきつく巻き付けて毒が回るのを防ぐ処置をしてカムイに向き直る。
「カムイ、祓串では対処できん。毒だ。」
「な…どうすれば!!」
「ヒノカ王女の臣下のアサマという男が居ただろう。どこにいる?」
「アサマさんは、最後衛に…」
「解った。ここは頼む。もう少しだ。」
「は、はいっ!! 姉さんをお願いします。」
マークスはヒノカを抱きかかえたまま馬に乗り最後衛に駆けて行くと、ヒノカの姿を確認したアサマが直ぐに走り寄って来た。
「ヒノカ様!?」
「右腕を毒矢にやられた。すぐに治療を。矢じりはこれだ。解るか。」
馬から飛び降りて最後衛の医療スペースへ入り、すぐにベッドに寝かせるがヒノカの顔と唇は既に血の気が失せ始めていた。
体は小さく震え汗もかいている。
「なるほど。解毒剤を持ってきます。マークス様、これで汗を拭いてください。」
直ぐにアサマが薬を取りに動きマークスは渡された布でヒノカの汗を拭いてやりながら様子を見る。
細い腕に細い体。
少し日焼けした健康的な肌は今は血の気を失っている。
ブルブルと震えている手を握り「死ぬな」と呟いているとアサマが水と共に解毒剤の袋を持って帰って来た。
湯呑に粉を入れ水を入れて混ぜヒノカの口にあてがうがヒノカは気を失い体が震えていて口を開ける事が出来ずにいた。
「困りましたね…何か器具を…」
アサマが立ち上がろうとすると、マークスがその湯呑を取り自分の口に含んでヒノカに口移しで飲ませた。
その様子を見てアサマは驚く。
「…おやおや…」
「どの位で効く?」
「ああはい。取り合えず1時間もあれば。その間かなりの汗をかかれると思いますのでそのまま拭いて差し上げて下さいますか。」
「1時間か…解った。」
「マークス様、一応聞きますが、将のあなたがここでのんびりしてて良いので?」
「もうすぐ決着がつく。カムイ達が居る。大丈夫だ。」
アサマは小さくため息をついて別の所へ回復に行った。
ヒノカの汗を拭きながらマークス自身も不思議な感覚で居た。
普段ならこの状態でも医療班に預けて自分は直ぐに戦線に戻っていた筈だ。
だが今はとにかくヒノカの側から離れたくない。
側に居て少しでもヒノカの回復が出来る事を手伝いたい。
何より心配でヒノカを置いてなど行けない。
汗で張り付いた前髪を指で避けてやり汗を拭きながら顔を見る。
神よ、どうか、早く薬が効いて命が助かりますよう。
心の中で祈りながらヒノカの手を握り看病を続けた。
ヒノカが気付いたのはその2日後。
自室で目覚めて最初に目に入って来たのは祓串を持ったサクラの姿だった。
「姉様!よかった、お目覚めになりましたか!」
不安そうだったサクラの顔が一気にパッと明るくなり、ぼうっとしていたヒノカは軽く微笑む。
「わたしは…」
「戦の最中、毒矢に当たってこの2日高熱で眠ってらしたんですよ。」
「そう…ぐっ…」
「ああ、まだ傷が治っていませんからどうかそのままで。今回復していますから。」
サクラの持つ祓串の鏡が七色に光りながらヒノカの右腕に回復の光を注いでいる。
病み上がりの体の怠さと回復の光の温かさでヒノカはまた眠りに落ちて行った。
「いやあ、どうなるかと思いましたが目覚められてよかったですねぇ。」
アサマが解毒剤や解熱剤などを持ってヒノカの隣に座ってオーバーアクションで安心した様子をアピールしている。
「…一応心配かけたようだからお礼は言っておく。ありがとう。」
「心配しましたよ。ヒノカ様がお亡くなりになったら私食いっぱぐれますからね。死ぬなら次の就職先を決めてからにして下さい。」
主に毒舌で言い放つのはアサマ位のものだろう。
「セツナは?」
「セツナさんならここに一緒に来る途中に居なくなりました。」
「…また何かの罠にはまっているのかもしれんのに、何故お前はそのまま放ってここに?」
「私が給金を頂いているのはヒノカ様であってセツナさんではありませんので。そこまでする義理がありません。」
「…お前…本当に僧侶か?」
「セツナさんに対しては天啓が下りてきてませんので。」
滑った顔で合掌して言い放つアサマにため息をついていると、アサマがニヤニヤと笑いながらヒノカを見てきた。
「な、何だ。」
「いやぁ、いつの間にあの様なご関係になられたのか興味がありまして。」
「何の事だ?」
「おや覚えていらっしゃらない? ヒノカ様をお助けしたのはマークス様ですよ。毒を受けて死にかけたヒノカ様に口移しで薬を飲ませて差し上げるなんて私なら出来ませんけどねぇ。」
「なっ!?」
ヒノカの顔が一気に赤くなる。
自分が気を失っている間にそんな事があったのか。
「なん、で…」
「何でもくそも、そうしないとヒノカ様が解毒剤を飲めなかったからでしょう?いやいい眺めでした。」
「う、うるさいっ。その事他で言ったら…その時は…」
「おお、怖い…解っておりますよ。ごきょうだいにも他の方にも公言しませんので給金上げてください。」
「おま…出ていけっ!!!!」
ヒノカが手拭いや桶をアサマに投げつけるとアサマは身軽にそれを避けて笑いながら廊下にでて障子をパタリと閉じる。
「マークス様にも症状が落ち着いた事をお知らせしておきますよー。はっはっはっ。」
「いらんっ! 帰れっ!! この破壊坊主!!!!………白夜武士ともあろうものが、なんて情けない…」
アサマの気配が消えた布団の中で1人ヒノカは膝を抱えて座り込んだ。
すっかり回復したヒノカは城の執務室へ向かって歩いていた。
戦の最中毒矢にやられた自分を助けてくれたというマークスに一応礼を伝えなくてはならないと思ったからだ。
マークスの執務室の前で何度か深呼吸をしてノックするが反応がない。
もう一度ノックをするがやはり反応がない。
中からは確かに気配はするのに…失礼だとは思いながらゆっくりとドアを開けるとソファの所に人影が見え 覗くとマークスがソファの背に頭を預ける様にして眠っていた。
そうっと入って様子を見るとその顔には疲れが見え目の下には少し隈が出来ている。
ここ最近規則正しい生活をしていると言っていたのに元に戻ってしまっているじゃないかとふとマークスが手に持っているものに目が留まった。
握っているそれはハンカチかと思ったが、よくよく見ればヒノカのスカーフだった。
所々に血がついたスカーフ。
そういえばあの戦の時に1本スカーフを無くしてしまっていた。
それをマークスが持っている事に困惑して顔が赤くなる。
無意識に後ずさりをした時にドアの所の置物にブーツが当たってしまいカツリと音が鳴りマークスが目を覚ました。
「うーん…」と言いながら目を擦りドアの所に真っ赤な顔で立ちすくんでいるヒノカに気付くと驚いた顔をしたがすぐに安堵した顔に変わり立ち上がり一瞬の内に腕の中に縫いとめられた。
ヒノカは驚いて「きゃ…」と小さく声を出し身を固くして棒立ちになっている。
「よかった。ヒノカ王女、目覚めたのだな。」
「あ…あの…」
「心配した…」
「ま、マークス王子。助けて下さったそうで、礼を言いに来た!」
ヒノカは腕をマークスの胸に当てて離れようと押すがマークスは腕の力を緩めない。
「は、放してくれ。これでは礼が言えん!」
「礼など、いらん。」
「それでは私が困るのだ!」
そういうヒノカの言葉にマークスは体を離してくれるが矢を受けた所を撫でながら聞いてくる。
「もう傷は良いのか?」
「ああ、もう完治した。」
「そうか…傷跡が残らねば良いが。」
「残ったからとて傷跡は武士の誇り。私は気にしない。」
「ヒノカ王女は女性だろう。女性の肌に傷跡が残るのは やはり忍びない。」
「お、女扱いは不要! 私は白夜の武士だ!」
「私が気にするのだ…」
「なっ!?」
ぽそりと呟かれた言葉にヒノカの顔が益々赤くなる。
マークスは構わず腕を撫でながら続ける。
「あの時、死んでしまうのではないかと本当に心配だった。地上に降りて戦っていた時も。あのままでは矢の餌食になっていた。何とか守りたくて…しかし、守り切れなかった。矢を受けて馬から落ちた時にはもう私の頭の中は真っ白で、気づいたらヒノカ王女を抱いてアサマの所に走っていた。」
「く、薬も飲ませていただいたと、聞いた。面倒をかけて、すまん!」
マークスもその言葉に一度ハタと止まるが困ったような顔をして微笑む。
「すまぬ。とにかく解毒剤を服用させなければと必死で…口づけなど、その…」
「い、言わなくてもいい! あれが無くては私は助かっていなかったのだ。気にしていない!」
そういうとマークスにまたふわりと抱き締められ、またヒノカは小さく「きゃ…」と声を出してしまい、自然に出たその声にヒノカは慌てマークスは驚くが安心したように微笑む。
「ほら、やはり貴女は女性ではないか。」
「ち、違うっ!!! 今のはっ!!!!」
「ヒノカ王女、聞いてほしい。」
「…や、嫌…き、聞きたく…聞きたくないっ!!!」
マークスの胸を思い切り押して体を離しヒノカは真っ赤な顔で肩を震わせている。
「わ、私は、武士だ。カムイを取り戻すために、髪を切って、武器を取った。女である自分は、捨てたんだ! だから、お、お願い、惑わせ、ないで…」
「何故…」
「あ、暗夜が、カムイを攫ったりしたから! 父上も母上も ……あ…」
その言葉にマークスの表情が変わり俯いてしまった。
まだ現世では敵国の暗夜だが、この世界ではその戦を終わらせる為に手を取り合い共に戦っている。
お互いの感情は暗黙の了解で伏せていたのに勢いで出してしまった言葉にヒノカはすぐに後悔した。
「あ…すま…」
「いや、それは事実だ。我が国は許されない事をしたのだから…」
「すまない! 今は…」
「いいんだ。私の方こそ、無理をさせて済まなかった。病み上がりで体がきつかろう。ゆっくりと復帰されれば良い。それと、これを。」
マークスが出してきたのは先ほどまで握っていたヒノカのスカーフだった。
「毒の広がりを抑える為、使わせてもらっていた。洗ったのだがやはり血は取れなくてな。綺麗なものではないが、とりあえずお返ししておこう。」
ヒノカにスカーフを渡してマークスは苦しそうに微笑む。
「態々礼を言いに来てくれてありがとう、ヒノカ王女…すまなかった…」
マークスはそう言うと上着を取って執務室から出て行った。
1人残されたヒノカはスカーフを握りしめたまましばらくそこに立ち尽くしていた。