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星界の城の執務室で机に突っ伏している男が居る。

金色の髪に黒いサークレットをしたがっしりした男はペンを手に持ち机に突っ伏したまま動かない。

 

「お、おはようございます…マークス様?」

「…すまぬが何か飲み物を…」

「は、はいっ。すぐに!!」

臣下のラズワルドが慌てて走っていく。

ここ最近出撃が多い上、軍自体が人数が増えて運営の見直しが必要となっていた。

この軍を率いる妹のカムイは今まで深窓の姫君として生活してきたため軍の運営などの経験が一切なく、そこはマークスやリョウマを中心とした王族達がフォローをしていた。

その上父ガロンが国と民を顧みず殆ど政務を行わなくなり自国の情勢は悪化の一途を辿っていた。

それをどうにかすべく信用できる家臣と共に自国の政務もこなしている為、正直なところマークスの疲労はピークに達していた。

突っ伏したまま大きくため息をつく。

毎日とりあえず仮眠はとっているものの所詮は仮眠。

疲れもとれるわけではなく寝室でも眠れていない。

とりあえず自国にはない朝の光を浴びようとフラリと立ち上がりベランダに出て手すりに背を預け空を仰ぎ見る。

澄んだ青い空に白い雲。爽やかな風が吹きそれに緑の匂いがのってとても気持ちが良い。

大きく息を吸って深呼吸をすると不意に目の前に影が差す。

瞬きして見直すと天馬が飛んでいた。

まだ装飾などを着けていない天馬は白い毛と羽が太陽に映えてとても美しい。

しばらくそのまま眺めていると声をかけられた。

 

「おはよう、マークス王子。早いな。」

姿は太陽と重なってしまい逆光になってはっきりと確認できないが、すぐにその声で誰かを認識した。

 

「おはよう、ヒノカ王女。朝早くから天馬の世話か?」

白夜王国第一王女ヒノカ。

彼女は姫でありながら自ら武器をとり天馬を駆り戦場を駆け抜ける戦姫。

その技術は他に劣らぬもので現在も軍を率いる優秀な将の1人だ。

燃える様な赤い短い髪と白馬と空の青さがよく合っている。

ヒノカはべランダの傍まで天馬を下ろしてその場でホバリングしながら話しかけてくる。

 

「世話というか調教だな。まだ若い天馬なので皆なかなか扱えず私が調教している。こいつは中々に筋が良い。良い天馬になると思う。」

「ふむ、良い顔をした馬だ。頭も良いのではないか。」

「流石馬の国・暗夜王国。よくお分かりだ。」

「自国では茶系か黒系の馬しか生まれぬ。白夜の白馬はとても美しくて良いな。」

馬の顔を見ながら話しているとヒノカが手綱を操りながら片手で首を撫でる姿に目が留まる。

短い赤い髪も綺麗に手入れされその一本一本が艶で光り、まつ毛は長く整い、暗夜人とは違う白さを持った肌は艶やかでとても美しい。

いつも勇ましく武人たる姿を崩すことがない彼女のそんな姿に一瞬目を奪われるがすぐに現実に戻された。

 

「マークス様、お茶を…あ、ヒノカ様、おはようございます。天馬、綺麗ですねぇ。」

「ラズワルドおはよう。美しい子だろう?」

「はい。あ、ヒノカ様、よろしければお茶をご一緒にいかがですか?今からマークス様も一休みされるので下のテラスで。」

「ではご一緒させていただいてよいだろうか。丁度喉が渇いていた所でな。」

「ああ、喜んで。下に移動しよう。」

ラズワルドの誘いをヒノカも笑顔で受けて天馬を旋回させて下のテラスへ降りていった。

ラズワルドに天馬を渡し簡単に水などを与えてもらっている間に自分達もお茶を口に運ぶ。

 

「暗夜のお茶は茶に砂糖や牛乳を入れるのには最初は驚いたが慣れればとても美味しいものだな。」

「砂糖、牛乳、はちみつなど色んなものを入れて香りや風味を楽しむ事は多いな。夜眠れない時には酒を入れたりする。」

「酒?」

「ああ、ブランデーなど、だな。」

「ブランデー…」

「基本はワインだ。ワインをさらに蒸留して樽に入れ熟成させたものを言う。アルコール度数が高いのでほんの少し入れるだけだがなかなか美味だ。」

「…その、気になっていたのだが…」

「ん?」

「マークス王子、寝ておられぬのではないか?」

マークスは驚いてヒノカを見返す。

ラズワルドでも何か言ったのだろうか?

 

「隠されずともよい。見ればわかる。」

「見れば…と、言っても…そんなに疲れた顔をしていただろうか?」

「いや、なんとなく。何日寝ておられぬ?」

「…すでに覚えておらぬな。仮眠はとっているのだが…」

「忙しいのは解るが少しお休みになった方が良い。昨日兄にもそう言ったところだ。一日位休んでも皆が居る。どうにかなる。その分だと食事もまともに摂られておられぬだろう? 朝食もしっかり摂られて休まれよ。」

「…何も言っておらぬのにそこまで解るとは…感服した。言う通り取り合えず後少し休もう。ありがとうヒノカ王女。」

ヒノカは微笑んでカップを口に運ぶ。

今までそんな事を言ってくれた女性は兄弟以外に居なかった。

大体マークスにそう進言できる人間などそうそう居ない。

初めての経験に嬉しくなり自然に小さく微笑むとヒノカと目が合った。

ヒノカは少し驚いた用に肩を小さく跳ねて少し顔を赤らめて目を逸らし伏せる。

その姿を見てマークスも驚く。

 

「マークス王子も笑われるのだな…いや、悪い意味ではない。」

「ヒノカ王女も恥じらわれるとは…意外だな。」

一瞬顔を見合わせてムッとするがお互いの言葉に思わず笑う。

 

「ははは、私も一応女性ですから。」

「ふふ、私は石造か何かに見られていたのかな…いや、今朝はいい朝だ。付き合いありがとう、ヒノカ王女。」

「いや、こちらこそ。お茶、ごちそうさまでした。」

「また、良かったらお茶にお誘いしてもよいか?」

「ああ、喜んで。では。」

ヒノカは微笑んで天馬を駆り去っていく。

青い空に舞う白い天馬と赤い髪を見えなくなるまで見送ってマークスも部屋に戻りヒノカに言われた通りにベッドに潜り込んだ。

マークスが目覚めたのは既に日も高くなった昼。

ラズワルドが気を利かせてカーテンを閉めてくれていたお陰で思ったよりも熟睡でき久しぶりの清々しい目覚めだった。

起き上がり大きく伸びをしてベルを鳴らすとドアがノックされる。

 

「マークス様、お呼びですか?」

「うむ。準備を。」

「はい。すぐに。」

ラズワルドがドアの外でメイドと執事に指示をして隣の書斎に入って行くドアの音がした。

マークスも直ぐに準備されたもので身だしなみを整え書斎に向かうと紅茶と焼き菓子などの良い香りが漂っていた。

シンプルなサンドイッチや焼き菓子が乗せられたケーキスタンドと香り高い紅茶が机に準備され、それをみてマークスも自分が空腹だったことに気付く。

 

「何も召し上がっておられないでしょう? 軽くですが取り合えずご準備しました。」

「うむ。」

「少し時間を空けてスープをお持ちします。」

ラズワルドが勧めるとマークスはゆっくりとサンドイッチや紅茶を口に運び満足そうに食べて行く。

 

「お目覚めですからコーヒーが良いかとも思ったのですが…」

「いや。時間的には昼だろう。紅茶が良い。」

「召し上がっていただけてよかったです。やはり女性の気遣いというのは素晴らしいですよね。」

そう言って側でほほ笑んでいるラズワルドを見ていると「あ」と慌てて訂正された。

 

「ち、違いますよ。ヒノカ様です。」

「ヒノカ王女…? 何故? お前まさか王族にまで声を…」

「違います! もう…僕だってそこまで見境なく声かけしている訳じゃないんですから…マークス様がお休みになった後にヒノカ様と偶然お会いして「目覚めたら軽い食事を」と。」

「何…?」

「朝お会いしただけなのにマークス様が食事もあまりされていない事に気付かれていたみたいです。「眠られたのならとりあえずは安心だが、目覚めたら軽く食事を出して差し上げたら良い。目覚めの食事は体が元気になるから。」と。気遣いの出来る女性は素敵ですね。あとその際に梨を頂きましたので今ご準備しています。」

マークスの胸が鳴る。

今まで自分に対してここまでの気遣いをしてくれる者は居なかった。

実の母や乳母ですらここまでの気遣いは無く、あくまで形式的なものばかり。

このラズワルドを側近として側に置くのはそういう気遣いが出来るからこそで異性に此処までの関心を持たれたことは無かった。

弟妹達もマークスが第一王子という立場である事は充分承知していたし相対する時にはそれなりの礼で距離をとっていた。

その中でもカムイが一番自分に近く接してくれていただけだがやはりここまでの感覚はなく経験のない事にマークスは困惑していた。

紅茶のお代わりを注いでもらっている時にヒノカがくれたという梨が運ばれてきた。

瑞々しく甘い香りが室内に広がり1つ手に取って口に入れると自然の甘さと水分が体に沁み込み顔が綻ぶ。

 

「…美味い…」

ぽそりと自然に出た言葉にラズワルドは驚く。

あまり食べ物に対して執着がなく食よりも執政や鍛錬等に没頭するタイプのマークスが、こんな風に食べ物に対して感想を述べたのを自分が側についてから聞いた事がなかったのだ。

本当に美味しそうに梨を食べているマークスの顔を見てラズワルドも自然に笑顔になった。

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