昼下がりの軍議に出る為、城内の廊下を歩いているとカムイと会った。
「マークス兄さん!」
抱き着いてくるカムイを笑顔で抱き止め挨拶のキスを交わす。
「今朝お姿を見なかったので心配しました。」
「すまんな。仮眠をとっていたのだ。」
「そうですか。顔色もよさそうで安心しました。眉間の皺も今日は少ないです♪」
そう言って眉間の所を手でなぜられマークスは小さく笑う。
「ふ、そうか。」
「はい。すっきりされてます。」
並んで歩いて会議室まで行き席に座るとヒノカと目が合った。
「ヒノカ王女。ありがとう。梨、大変美味だった。」
「顔色が良くなられたな。よかった。」
「本当に感謝する。食事をまともに摂ったのも久しぶりだった。」
「もう少しご自分の体を顧みられよ。臣や軍、家族の為にも。」
話ながらヒノカがふわりと微笑み、その顔をみてまたマークスの胸が鳴るが、すぐに軍議が始まって現実に戻された。
ここ最近マークスは今までの不規則な生活から一転、夜は必ず一定時間に眠り3食きちんと食事を摂る様になっていた。
忙しい事には変わりはないがこうした方が驚くほど効率が良く今までよりも仕事が捌けている事に気付いたのだ。
体調も良く、以前よりも神器ジークフリードを使えている感じがする。
ただ起きている日中は出来るだけ休まず鍛錬や勉学も含め自分の為の時間に費やす。
今も哲学書などを読んでいたがどうにも頭に入らず、気分転換を兼ねて厩に足を運んだところだ。
厩舎係が慌てて頭を下げる。
「こ、これはマークス王子様…」
「良い。楽にせよ。馬は出せるか?」
「はい。」
「うむ、では頼む。」
マークスの馬が引いて出されると、愛馬は嬉しそうに顔を擦り付けてくる。
「お前もたまには戦闘以外でも外に出たかろう。付き合ってくれるか。」
胴巻きや鞍を乗せ準備をしてゆっくりと馬を走らせる。
太陽の光が温かく木々や草の緑が心を癒してくれるようだ。
風に吹かれながらのんびりと馬を走らせていると上空から声をかけられ顔を上げる。
「マークス王子!」
馬を止めて待っていると天馬に乗ったヒノカが上空から降りてきた。
地上に降りて大きな白い羽をバサリと一振りして畳む天馬はとても美しい。
「ヒノカ王女。」
「こんな時間に軽装で馬に乗られているとは。珍しいな、どうされた?」
「いや、少し気晴らしにな。戦闘以外でも馬を出してやらねば。」
「ああ、なるほどそうだな。実は私もだ。」
ヒノカの天馬も見ると最低限のものしかつけておらず、ヒノカ自身も軽装で細身の剣を腰に下げているだけだ。
「ヒノカ王女、よかったらお付き合い願えんか? 実は出てきたもののどこに行けばいいやら解らなかったのだ。」
「え? ああ、私でよければ…でもどこに行けばよいかとは?」
「この城に来てからこうして野駆けをしたのも外にふらりと出たのも初めてでな…」
「そ、そうなのか。解った。」
困った様な顔でほほ笑むマークスにヒノカも断れず承諾し、ゆっくりと馬を走らせながら森の先に湖がある場所までやって来た。
湖の水は底が見える程澄んで、太陽に照らされキラキラと水面が光っている。
「美しい…この様な場所があったとは。」
「ここならば馬もある程度自由にさせてやれるだろう。」
馬具を外してやると2頭は嬉しそうに水に入って行く。
目を細めてその姿を見ているとヒノカに声をかけられた。
「マークス王子、良かったら。」
後ろに目をやるとヒノカが綺麗な布を草の上に広げて座り隣に座る様に勧められた。
女性の隣に気軽に座る等、紳士としてはあってはならない事だがヒノカはそういうのに頓着する性格ではなさそうだ。
少し気恥ずかしいが言われるまま隣に腰かけるとすっと小さな竹のカップの様なものを出された。
「どうぞ。」
「これは?」
「普通の茶だ。温かくはないがな。」
「頂こう。」
カップを手に取り、まじまじとそれを見つめる。
「おもしろいカップだな…」
「細身の竹を切って作ったものだ。私はがさつなので陶器の茶碗など持って歩いていたら何個あっても足りんからな。今までこうして何個も茶碗を割って来たのでタクミがこの竹のものを作ってくれた。」
「ほう、タクミ王子が。器用だな。」
「タクミは手先が器用なので。」
話ながら茶を含むと、口に広がる自然な茶葉の甘さにマークスは目を輝かせる。
「これは、美味い。口に入れて飲み込んだ後のこの清涼感はクセになるな。うん、美味い。」
「お口に合ったようでよかった。お代わりならあるぞ。あと菓子も。」
ヒノカが出してきてくれた菓子は花の形をしたもので色鮮やかな色彩の菓子だった。
半紙の上に乗せられ渡されたそれをマークスはまじまじと手のひらに乗せて色んな方向から見る。
「これが、菓子?」
「ああ、見た事は?」
「いや、初めてだ。」
「あんという豆や野菜を煮込んで砂糖を練り込んだものに食紅などを混ぜ込んで作る菓子だ。優しい甘みで美味しい。これは今市場で人気の菓子屋で買ったものだ。」
「市場…ヒノカ王女は市場に行くのか?」
「もちろんだ。自分の買い物位はいくぞ。」
「…私は一度もそういう場所に出た事がない。」
「ここに来てからか?」
「いや、自国にいた時から。第一王子として生まれそんな余裕もなかったし、暗殺などの危険性もあったからな。自由にはさせてもらえなかった。」
遠くを見ながらボソリと話すマークスの横顔を見ながらヒノカは驚いていた。
白夜では幼い頃から市井に出る事もある程度は自由に出来ていた。
兄のリョウマに至っては修業の旅に出ていた事もあった位だ。
自由にさせてもらえるほど平和で安定した国であった事を改めてここで知る。
それに比べ暗夜ではそういう事も自由にできなかったというマークスを少し哀れに思った。
「そうだ。ならば今度市場にお連れしよう。どうだ?」
「な…私がか?」
「ああ、ここの市場は白夜と暗夜の店が沢山出ている。とても賑やかだし楽しいぞ。」
「そうか…ならば頼もう。よろしく頼む。」
「解った。では日にちを決めてまた連絡しよう。」
女性から誘われるなど、マークスは今まで経験がない。
だが市場などに一度も出た事がないというのはやはり今後の為も良くないと踏み承諾した。
「……美味い…」
先ほどの菓子の食べ方をヒノカに教わり口に含むと自然に頬が綻ぶ。
「なんと優しい甘さだ。口に入れて広がるこの風味…上品だな。」
「はは、大袈裟だ。美味いの一言で十分だろう? ここで茶を含むと…」
ヒノカも笑いながら口に菓子を運んで食べて茶を口に含む。
マークスも真似をして茶を口へ含むと目を丸くした。
「口の中の甘さと茶の風味が合わさって…」
「美味いだろう?」
「美味い。」
「ふふ、それはよかった。」
横で笑うヒノカにマークスの心が軽くなっていくのを感じるが、こういう事に慣れていないマークスがそれが恋だと気づくのにはもう少し時間が必要だった。