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「サイラス。スズカゼ。軍はどうですか?」

「ああ、皆 環境にも慣れてきて統率が取れる様になってきた。天馬、聖天馬、飛龍も皆優秀だぞ。」

「はい。私の方も他の者達がこちらの国に馴染んで参りました。細かな任務もこれで安心して振り分ける事が出来ます。」

「良かったです。とりあえずこれで軍の方は一安心ですね。」

人事の日から直ぐに手配された軍の整備は順調に進み、透魔国の守りは強固なものになりつつあり これでとりあえずはこの一件は落ち着いた形になったが、まだまだ他の問題が山積…カムイは睡眠時間を削って政務をこなしていた。

連れ添う相手でもいればまだそこまでの圧はないのかもしれないが、独り身である為 時間の融通が利く分どうしても無理をしがちではある。

昼下がりに軍のまとめ役の2人と会議などを行った後、他の視察や政務に追われてこの日も執務室に帰ってきたのは月が随分高く上ってからだった。

カムイは部屋に入りソファに崩れ落ちる。

 

「疲れた…」

一言呟いてウトウトと眠気がき始めた時ふわりと体に何かがかけられた。

察せなかった気配に驚いて体を起こすと側にはアクアが立っていた。

 

「お疲れさま。」

「アクア…おっどろいたー…はあーーー…」

「疲れきってるわね。ハーブティーを淹れるわ。」

「ハーブティー? 嬉しい!」

「今日私が視察に行った場所ではハーブ作りをしている農家が多くて、そこから色々と分けて貰ったの。明日はバジルを使った料理が並ぶかもよ。」

「バジル…パスタ、ピザ、バター、チキンにサラダ…ああ、想像するだけでお腹が…」

「バジルパンは確定ね。」

「楽しみ!!」

話ながらアクアが淹れてくれたのはレモンバームティー。

爽やかな香りが漂うリフレッシュ効果のあるハーブティーだ。

カムイは嬉しそうに口を付けた。

 

「いい香り…はあ、美味しい…」

「ミントもあるわよ。それは明日の朝ジョーカーに頼んでおくわ。」

「目覚ましにいいですね。」

「今日行った視察場所の侯はなかなかよ。国に残って民のサポートをしていた貴族だし、民にも人気が高い。本人も穏やかな方だったわ。」

「そういう方だと安心できますね。」

「ええ…で、本題なのだけど。」

「はい?」

「見合いの話が出てる。」

「お見合いですか? まあ、どちらの方と?」

「その侯の子息。父に似た穏やかな方だったわ。背もすらりと高くて優雅。村の女性たちにも人気が高くて、率先してハーブ栽培の手伝いもしているみたい。」

「へえ。でもアクアはオーディンと結婚したし…どなたに? 他の方は居ませんよね…」

「何を言ってるの。あなたによ。」

「へー……っ!?」

カムイはカップを両手で持ったまま目が点になっている。

アクアがそのカップを取って皿におくと持つものが無くなった手がワキワキと動きはじめた。

側によってアクアが両手を大きく開いて構えた所でカムイは驚きの声を上げかけたが素早くアクアが口を押えてきた。

 

「ふがっ!!!!」

「時間を考えなさい。曲者かと思われるわ。」

「ほんはほほひっはっへ!!! ふぁはひは…」

「何言ってるか解らないわ。とにかく落ち着きなさい。深呼吸。」

カムイはしばらくの間フガフガ言っていたが、ゆっくりと落ち着いた所でアクアがやっと手を放してくれた。

 

「し、死ぬかと思いました…」

「大げさね。軽く口を押えてただけでしょう?」

歌姫でありながらアクアは槍の達人でもある。

レベル的には槍聖をもはるかに超える腕前だろう。

そんな彼女に口を押えられればその密閉度は高く流石のカムイも息が止まりそうだった様だ。

 

「お見合いって…私はまだそれどころじゃないですよ!!」

「解ってるわ。でも国としてはやはり女王がいつまでも独り身というのもね。跡継ぎの問題もあるから民を安心させる為にも早めに考えなくてはならない事だわ。」

「そ、そうですけど…」

「あなた、思い人でもいるの?」

「…いません。残念ながら。ここまで自分の事が精一杯でそんな余裕はありませんでしたから。」

「なら、この話も選択肢のひとつとして考えておいても良いのではないかしら。取り合えずもう寝ましょう。私も主人が待ってるから失礼するわね。お疲れさま。」

アクアは茶器などを片付けて部屋から出て行ったが、カムイはその場から動く事が出来なかった。

「最近カムイ様の様子がおかしい。てめぇら何かやったんじゃねぇだろうな?」

鬼の形相でサイラスとスズカゼに暗器を向けているのは執事のジョーカー。

ここ最近考え込んでいる事の多いカムイを心配しての行動だが 執事長になろうとも相変わらずの口の悪さだ。

 

「俺も知りたいよ。本当に最近は元気がないもんな。」

「そうですね。ぼうっとしておられることが多いです…先日お伺いしたのですが何も教えてはくださいませんでした。」

「この忙しさだ。疲れておられるんだとは思うが あの様子はおかしいだろうが! 今朝なんて俺の顔すら見てくれなかった!!」

「いつも顔を見て話す あいつらしくない。スズカゼが聞いても何も言わないって事は余程言いたくない事なのかも…でもきっとあいつは整理がついたら話してくれるさ。」

カムイの側近くに使える彼らが心配するのも無理はない。

最近のカムイは執務中も何か考え事をしている事が多く書類にも手を付けていない事もあった。

臣下達がそう話をしていてしばらくしてからカムイから全員に召集が掛かった。

何事かと集まった臣下達は大きな衝撃を受ける事となる。

 

「お見合い、してみようと思います。」

アクア以外のその場全員がその言葉に固まってしまう。

ジョーカーに至ってはワゴンの上で注いでいた紅茶をそのまま溢れさせる位にフリーズしてしまっている。

 

「ちょっと待て! いつの間にそんな事に??」

「先日私が視察に行った地区の担当候から話があったの。」

サイラスの問いにアクアが静かに答えるとラズワルドが口を開く。

 

「その方に、カムイ様はお会いになった事があるんですか? その、姿絵などを見たとか…」

「…ありません。」

その言葉で隣のルーナが立ち上がる。

 

「ちょっと! 見た事も会った事もない相手と結婚するっての!? 何よそれっ!?」

「それがお見合いというものでしょう?」

「夜会なんかで顔を合わせたならまだしも、どんな人か解らないのに!? 私は絶対に嫌よ!!」

「ルーナが結婚するわけじゃないわよ。それにカムイは王。このまま独り身というわけには行かないわ。それこそ恋仲の相手がいるなら断わり様もあるけど 今はそんな相手も居ない。出世目的の諸侯に今後こんな話を沢山持ち掛けられる事を考えれば、カムイの為にも まだ信用できる候からの話は受けておいて損ではない。ご子息は率先して民の手伝いをする庶民的な方で民からの信用もあつい。今後そんな相手が出てくるとは限らないもの。」

淡々と正論を並べてくるアクアに他の臣下達は何もいう事が出来なくなってしまっていた。

カムイの政務の調整をして2週間後に会う様に都合をつける事でこの日は解散となった。

「俺の天使が…どこぞの馬の骨に…」

「馬の骨ではないけど、あいつそれでいいのかな?」

「言い訳ないでしょう!?」

軍の食堂で会議をしているのはカムイの臣下達。

あれから納得のいかない臣下達が集まってミニ会議が開かれていた。

 

「お見合いが全て悪いとは限らないよ。そりゃ恋愛が一番いいのは解ってるけど、相手が良い方なら大切にしてくださるかもしれないし…」

「ラズ!! てめぇ、俺の天使を!!!」

「天使って、君も妻帯者だろうっ!? カムイ様一筋なのは解るけどさっ…」

「馬鹿野郎! 俺の気持ちを下品に考えるな! 妻のフェリシアの事はもちろんだが、カムイ様は別格なんだよっ!」

「カムイが幸せになるのなら、こんなに嬉しい事はないけど…きっとあいつは国の為ってのを一番優先してるんだと思うんだ。自分の気持ちは二の次で…」

「それが解ってるんだったら止めなさいよ、サイラス!! あんただってカムイ様好きだったんでしょう!?」

ルーナのその言葉にジョーカーが暗器を構えるがサイラスは落ち着いて答える。

 

「その気持ちの前に俺はあいつの親友だ。幼い頃から一緒に居た…好きというより大切な存在なんだ。」

「…はあ…よくわかんないわ、あんた達の関係。」

その時ずっと黙っていたスズカゼがゆらりと席を立つ。

全員の視線が一斉に注がれるがその顔を見た瞬間凍り付いた。

 

「…相手を調べさせ、両国王に連絡をして参ります。失礼。」

スズカゼは静かにそう言い姿を消した。

柔らかく巻いた様な風が室内にゆるりと吹く。

 

「す、スズカゼ…あれ、マジモード…?」

「あいつ実はキレてたのか?」

「ずっと黙ってたのにここに参加したんだもの、何かあるとは思っていたけど…スズカゼのあんな顔初めて見たわ…」

「血の雨が降らなきゃいいけど…」

全員が静かに目の前のカップを取り冷たくなった紅茶を口に含み長いため息をついた。

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