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眠る時には傍にカチューシャと君を。


 

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シラサギ城は戦時中の修復も済み元通りになっていた。エントランスを抜け広間を通りリョウマが自刃した部屋を抜け謁見の間へ向かう。昨日白夜についてからはこれ以上の消耗を防ぐため白夜医療省の判断で深い眠りについているカムイは馬車から下ろされると準備していた王城直属の医療省が動き別のルートで運ばれることになった。謁見の間はあの時と変わらず明るく光が差し込んで室内全体を照らしていた。王座には女王ヒノカが座し少し下りた所に丁度カムイが輿のようなものに寝かされて運ばれてきた所だった。それを見たヒノカはカムイの元に走り寄り顔を撫で頬を摺り寄せていた。少し距離をおいてレオンは片膝をつく。

 

「女王ヒノカ様にはこの度の我が国の要請を快くお受け下さり王をはじめ王族一同心より感謝申し上げます。」

「…レオン王子、よく参られた。我が妹カムイの事でご迷惑をおかけし誠に申し訳ない。」

「…それは、こちらも同じ事…申し訳ありません…」

「いや、面をあげてくれ。私たちの責任でもあるのだ…今後はカムイの回復に全力で手を貸そう。回復するまでこちらに滞在していただいて構わない。レオン王子には城内の離れを準備させて頂いた。そちらを自由に使われるとよい。」

そういうとヒノカはカムイの治療を始めるよう促す。輿に乗せられたカムイはサクラに付き添われ謁見の間から下がっていった。レオンはそれを視線で追うがサクラに笑顔で頷かれ安心したようにヒノカに向き直った。

 

「そちらは今どのような様子だ?」

「はい。和平条約によりこちらにも白夜の物資が沢山入ってくるようになり町も民も活気を取り戻し始めました。こちらでは町の復興がかなり進んでおられましたね。」

「ああ。条約のお陰でな。だがまだまだだ。今後とも暗夜国と手を取り合い進んで行きたいと思っている。よろしく頼むぞ。」

「はい。」

「…話はマークス王から送られてきた水晶で聞いた。あれは貴公か?」

「はい。私が王へ託したものです。」

「失礼致します。」

よく通る男性にしては少し高い声が広間に響いた。

 

「来たか、シグレ。」

「お呼びにより参りました。レオン王子お久しぶりです。」

レオンから少し離れて横に膝をついたシグレがレオンに顔を向けて会釈をする。その母と同じ水色の髪に金の瞳。髪の毛は今は長くなり後ろでひとつに結ばれていた。シグレがヒノカを見るとヒノカは頷き立ち上がる。

 

「早速ですがレオン王子、参りましょう。」

シグレと共にレオンはカムイの元へ向かった。



 

「母から、聞きました。」

隣を歩くシグレがレオンに声をかける。

 

「…アクア、姉さんから?」

「はい。『カムイを助けてほしい』と夢の中で。今の俺に何が出来るかは分かりませんが、母が生前僕に残してくれた楽譜がありますので色々と調べてお待ちしておりました。今は白夜王国の官ですので自由に動けず…申し訳ありません。」

「そう、か…でも今こうしてここに居れるのは君の母上のお陰だ、感謝している。」

「全力をつくします。」

神器・雷神刀と夜刀神の間にカムイは寝かされていた。部屋につくとすぐにシグレはカムイの傍で唄を歌い始める。白夜では古来から唄や舞には呪力が宿るとされ儀式などに用いられてきたという。アクアの出身がどこなのかは知らないがその力を受け継いだ彼女の息子・シグレの声は室内に静かに響き渡りカムイを包んでいく。魔法陣の様に見える形ではなく、ゆるやかな風に包まれるように。

カムイの真珠色の髪がふわふわと揺れ元気で自分に笑いかけてくれていた頃を思い出す。あの何もかも包んでくれるうような温かい笑顔でもう一度自分に笑いかけてほしい。自分だけではない。カムイを慕っている皆にその笑顔を向けて欲しい。レオンは目を閉じ心の中で祈っていた。ぽんと肩に感触があり目を開けるとリョウマとアクアがニコリと笑いシグレの方へ歩いていく。カムイを中心にするように立ち3人で歌う。シグレはそれが解っているかの様に目をやり微笑んでいた。


 

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カムイは広い草原に1人で立っていた。鎧を着て手には夜刀神とスカディを持ちたった一人で。

 

「ここは…」

見覚えのある場所。ここは最終決戦前タクミに風神弓を託された場所だった。カムイは徐に手にした夜刀神を投げ捨てスカディを抱いて声をあげて泣き始める。広い草原へたった一人立ち尽くし誰に憚る事無く大声で泣く。ひとしきり泣いて声も出なくなった頃、名を呼ぶ声が聞こえて振り向くと長い髪を風で揺らしながら見覚えのある姿が立っていた。

 

「…全く…なにやってんだよ、姉さん。」

「……タクミ!!!」

カムイはタクミに縋りつく。

 

「まあ何が起こったかまでは忘れていない様だから良しとするけど、何1人でいつまでもいじけてんの?」

タクミは相変わらず可愛くない悪態をつきながらカムイの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「私、母様も兄さんもタクミも助けられなかった。誰も傷つかない道を探していたのに、それが出来なかった。だから…」

「完璧に何もかも出来るわけがないだろう、姉さんだもの。」

「わ、私、本当にっ…!!!」

「解ってるよ。」

そういうとタクミはすっと左手を上げる。カムイがさっき投げ捨てた夜刀神がタクミの手に現れ青白い光に包まれると風神弓へと姿を変えた。

 

「返しにきてくれたの? これ…」

「…タクミのお陰で約束は果たせました。ありがとう。だけど最後にタクミがもっていたのはこの…」

「それは僕のじゃない。」

「でも最後に持っていたのは…!」

「言っただろ、あれは僕じゃないって。だからそれは僕の弓じゃない。僕の弓はこの風神弓だけだ。」

「…だって…」

「しつこいなぁ、あれは僕じゃないんだって…これ邪魔っ。」

カムイからスカディを奪うとタクミはそれを握り折りぽいっと投げ捨てた。スカディはサラサラと砂の様になり風に流され消えていく。

 

「あっ!!!」

「はい。要らないものは捨てるっと。姉さんが持ってるあの弓ももう消えてるから安心して。」

「だって…だって最後に「ありがとう…」って…間違いなくタクミだった…」

「肉体を解放してくれたお礼。体は僕でも中身は違うんだから訳の分からない奴に僕の体を好き勝手にされたくなかったんだ。それもちゃんと説明した筈だけど、馬鹿なの、姉さん?」

「…!!!! ひっ、ひどいっ!!! 私、私は…生きて欲しくて…!!!!」

「…だから解ってるって。」

タクミはカムイの肩を持つ。

 

「姉さんが僕らきょうだいの事を大切にしてくれていた事は分かってたよ。こちらからも見てた。生きて欲しいと思ってくれた事も僕らもとても嬉しいよ。だけど、僕が最後の最後に言った言葉、届いてないの?」

「…」

「まさか覚えてないとか?」

「覚えてます…「しあわせになって」って…」

「ふん…約束放棄してるようにしか見えないんだけど?」

「……私は…」

「色んな事を背負い過ぎなんだよ、姉さんは。腹は立つけどすぐ側にずっと支えてくれてる奴がいるのにそいつを頼ればいいじゃないか。」

「え?」

タクミは上から心底呆れた顔でカムイを見下ろしていたがカムイに風神弓を押し付ける。

 

「いい気味だとも思うけど、あいつに同情するね…『にぶちん』とはまさにこれだ…これを持って行って。風が姉さんを運んでくれる。そいつの所まで。」

「タクミ…」

「それに、それがないと白夜は困るんだよね。ついでに持って帰ってよ…心配しなくても僕は幸せだよ。感謝こそすれ恨むなんて事はもうない…今度こそ幸せになって僕らの分まで生きて欲しい。だから目を覚ましてしっかりと周りを見なよ。ヒノカ姉さんやサクラの事、頼んだよ。じゃないと化けて出るから覚悟しといて。」

「兄さん達は…」

「みーんな姉さんの為に走り回ってる。ほんっとうに手のかかる姉を持つと大変だよね。」

タクミは馬鹿にした様な顔でため息をつきながら肩をすくめるがカムイが今まで見た中で一番良い笑顔をくれ、その笑顔をみて自分の心が軽くなるのを感じた。

 

「呼んでるよ。聞こえるだろ?」

「お姉ちゃーん、どこー?」

風に乗り自分の名前を呼んでいる声と草を踏みながらかけてくる音がする。辺りを見回すと遠くから子供が走ってきていた。見覚えのある髪の色…あれは…

 

「私はここですよ。」

「小さな子供に声だけかけても分かるわけないだろ。行ってやりなよ。」

タクミに背中を押されカムイはそこへ向かう。

 

「お姉ちゃん…どこにいるの?」

今度は少し声が変わり体が大きくなった。ゆっくり回りを見ながら歩いてくる。

 

「レオン…」

レオンに近づこうとしてカムイは走る。が何かに押し戻されている様に前に進めない。

 

「姉さん?」

姿がはっきりと見える位置まで来たレオンは今よりも少しだけ幼い顔立ちだった。カムイを探している。

 

「レオン。ここです!!」

レオンを呼ぶが声が届いていないのか彼は後ろを向いて元の道を戻ろうとしている。私はここに居るのに。懸命に走ったその時大きな風が地面から吹きあがりカムイの体は宙に浮いた。浮いた体のまま空を見るとそこからレオンの声が聞こえる。手を伸ばし空を掴もうとすると何かに手を捉まれもの凄い勢いで空へ上がっていく。下を見るとタクミと共にリョウマ、アクア、ミコトが笑顔で手を振っていた。

 

「皆…ごめんなさい。ありがとう!!」

「もう来るんじゃないよ!」

タクミや皆は笑いながらカムイを見送ってくれた。



 

「カムイ…カムイ?」

静かに自分を呼ぶ声がはっきりと聞こえてカムイはゆっくりと目を開ける。目の前にはヒノカとサクラ、シグレとレオンの顔が見えた。

「…」

声を出そうとするが何故か声が出ず、体を起こそうとするがピクリとも動けない。

 

「カムイ、私が解るか? ヒノカだ、姉のヒノカだぞ?」

「ね、姉様、カムイ姉様もまだ混乱して居られますからゆっくり…」

ヒノカが目から涙をボロボロと流しながらカムイに呼びかけるのをサクラがその涙を拭きながら止める。

 

「カムイさん、お久しぶりです。見えますか?」

シグレがゆっくり声をかけるとカムイは目で頷いた。

 

「よかった。長い間病んでおられたんですよ。ここは白夜王城です。レオン王子が治療に連れてきて下さったんです。」

そう言われてレオンに目をやるとレオンは少し首をかしげる様にして小さく笑った。

 

「風神弓、こちらに持ち帰ってくださったのですね。ありがとうございます、カムイ様。」

カムイが意識を戻す前、夜刀神が光り始め風神弓に形を変えたという。あの夜刀神は最終決戦の前に壊されてしまったものの代わりにタクミが自身の風神弓を夜刀神へ転じさせて力をくれたものだった。役目を終えて元の姿に戻ったのだろう。

 

「よかった。良かった!! 知らせを受けた時には私は死ぬかと…」

「カムイ姉様。良かったです。本当に。」

サクラも嬉しそうに微笑み、ヒノカは泣きながら何度も頷きカムイの傍から離れようとしなかった。


 

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目が覚めたとはいえ長い間衰弱していたカムイの体はすぐには動かすことも声を出すことも出来ず回復を含めたリハビリをする事になりしばらくの間は白夜王城に滞在する事になった。あれからすぐにカムイはレオンに宛がわれた離れに運ばれ休まされた。レオンも暗夜への連絡、連れて来ていた使用人達への連絡や医療省への挨拶などでバタバタと過ごし部屋に戻ってこれたのは夜も更けた頃。静かに部屋に入り寝室を見るとカムイは眠っていた。恐る恐る近くに寄りそっと頭を撫でるとふ と目を開けてレオンを見、カムイは微笑む。その顔をみてレオンは胸が一杯になり涙を零す。カムイに負担がかからない様に抱きつき顔を摺り寄せその顔に何度もキスをして感触を確かめる。

 

「カムイ…カムイ、よかった…よかった、本当に…」

「…」

カムイは声をかけてレオンを撫でてあげたかったのだが体が動かず困った顔で笑う。何とか首がだけが少し動いたのでレオンの額にやさしくコツンと当てるつもりが加減が出来ずゴチッと当たってしまった。

 

「痛っ…ふふ…うん、間違いなくカムイだ。さあこれからだよ。しっかり治して帰ろう、僕らの城砦へ。」

レオンは涙を流しながらカムイの頬をなでる。カムイは笑顔で答えた。


 

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眠る時にはカチューシャと握りめし


 

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目が覚めたとはいえまだ体の動かせないカムイは基本的に眠っている。ただ前の様に不安定な状態ではないためジョーカーに身の回りの世話を頼んで動くことが出来る様になっていた。早速翌日からレオンは護ってくれたアクアやリョウマ、周りの人に感謝しなければと恩返しの意味も含めて白夜に居る間に暗夜との外交などを積極的に進めるべくお互いの国の良い所をもっと勉強が出来る様に動き始めヒノカの執務などの手伝いもする様になった。官の中にはやはり敵国の将である人間が白夜の政務を…などという輩もいたが、そこはヒノカの臣下・アサマが巧みな話術と抜群の説得力で官を抑えた。

 

「あのアサマというもの、かなりのクセ者ですね。」

「だろう? 王位に関係ない時には聖職者の癖にとにかく口が悪くて面倒を起こしていたが、今はあれほど頼りになるやつはいない。助けられているよ。」

「暗夜にも欲しい存在ですね。特に兄にはあの位の相手の方が良いかもしれません。」

「はは、手を焼くぞ?」

レオンとヒノカがひひひ…と笑いながら執務を続けていると抜けた声が執務室に響く。

 

「ヒノカ様~、休憩~、目が回って死にそう~」

呑気に無表情で答えるが戦時中は優秀なスナイパーとして活躍したセツナが椅子からずり落ちるようにして床にぺたりと座り込む。一見見ただけでは本当にそうなのかとは思うがどうやら思ったことはすぐに口にするタイプみたいなので本当なのだろう。

 

「そうですね…一休みしませんか。というかここまでの激務をさせて私達を過労死させるつもりですかね、ヒノカ様。主だろうが王だろうが呪い殺しますよ。」

やさしい笑顔で毒を吐く曲者・アサマもやはりその笑顔でさらっと怖い事を言う。ヒノカは慣れた様子だったが流石に朝から一休みもせず執務をやり続けているのでレオンも休憩を進言し遅い昼食をとる事になった。


 

「レオン王子。あの水晶の話だが…」

「…はい。」

今は食事を終えて庭園の東屋で茶を飲みながら一休みしている。サラサラと流れる水の音と時々カコーンと遠くで鳴る竹の音が安らぐ白夜調の庭はレオンもとても気に入っていた。

 

「カムイは、あそこまで酷い状態だったのか、あちらで……」

「そう…です。私が会いに行った時にはもう…食事もせず部屋に閉じこもり泣き続けていたそうです。彼女の苦しみを受け止めてやることも出来ず1人で苦しめてしまいました…あそこまで狂ってしまったのは私の責任です。こちらに来るまでも夜中に急に泣き叫んだり狂った様に暴れたり…色々ありました…」

「こちらも国の立て直しで忙しく諸侯との対面もあり、なかなかカムイに声をかけてやる事が出来ずにいた。かわいい妹に何もできなかった。私は、姉失格だ…」

「私達きょうだいにとっても血が繋がっていなくても大切な家族です。きょうだい達もひと時もカムイの事を忘れる事はなかった。それなのに…本当に申し訳ありません。」

「…暗夜から戻って来た時のカムイを見て解ったよ、大切にされて育ったことは…少し悔しかったがな…」

「…はい…」

「カムイを、よろしく頼む。何かあれば白夜も協力しよう。大切な妹の事だ、遠慮なく言ってほしい。こうして共に歩ける道をくれたカムイの為にも、な。」

「はい。ありがとうございます。暗夜も今後全面的に白夜と協力する事を御誓い致します。」

「うむ…さあ、そろそろ行くか。またアサマに毒を吐かれる前に…」

「はは、はい。」

今までは家族以外はどうでもよく興味もなかった。今の様に他国の王の補佐をしながら生活する事やこうして丁寧に話す事などは考えられない。それもやはりカムイの影響なのか…彼女は自分にとってはやはり必要不可欠な人なのだろう。本当に不思議な人だ…執務室に戻りながらレオンは自分の代わり様に驚いていた。


 

「自分で食べれる?」

「ん、はひ、ふ…」(大丈夫)

和室の部屋に不似合な2人用の机と椅子。比較的ゆったりした体を支えられるような椅子に座ったカムイとレオンが食事を摂っている。暗夜ではメイドなどが傍にいていちいち世話をするのだがここは白夜。和食でそんな手間は要らないため2人きりで食事をしていた。レオンも最初は箸に慣れなかったが最近では器用に使って食事をし、カムイもゆっくりではあるが箸を使い食事が出来る様にまでなっていた。

あれからゆっくりではあるがカムイは順調に回復してきていた。体も支えられれば起こせるようになり、声も少し出せる様になった。出せる様になったと言ってもまだ呂律がうまく回らず発音も出来ないがここまでの回復は暗夜では難しかっただろう。レオンも忙しい日々を送ってはいたがカムイとの時間はゆったりと取る様にしていた。レオンが「カムイ」と呼んでいる事にもカムイ自身も全く違和感がなく受け入れているのでそのままで呼んでいる。

 

「んー…」

「おいしい?」

「ふひ。」(はい)

今はジョーカーがカムイが好きな『握り飯』というものを作ってくれていた。カムイは白夜にいた頃からこれが好きだったらしく、最近になってやっと柔らかめの食事であれば出来る様になったので通常のそれよりも柔らかくはあるが特別に握ってきてくれた。作り方を聞くと炊き立ての米に塩をまぶしたものだという事だ。しかもそれは素手で持って食べる。暗夜のマナーでは考えられない事だが、そういえば先日兵士たちの所に言った時に白夜の兵士が食べているのを見た。興味はあるがやはり抵抗がある。美味しそうに食べる姿を眺めていると気づいたカムイが『握り飯』を自分の目の前にずいっと出してきた。

 

「なに?」

「ろーろ。ひろくち。」(どうぞ、ひとくち)

「えっ、いいよっ。」

「もちるーれ。ろーろ。」(持ってるので、どうぞ)

そういうカムイを見ると頬や手に米粒をいっぱいつけて子供の様に頬を紅潮させている。その様子が可愛くて思わず吹き出す。

 

「んむ?」

「はは。そんなに美味しいの。」

「ふん!」

鼻息で返事をするカムイに負けてレオンもその『握り飯』を一口食べる。

 

「…ん、美味しい。」

「ふふん!」

「これが米と塩だけで作られているなんて…凄いな…カムイ、もう一口頂戴。」

「ふんー!」

「えーーー、ケチーっ。」

カムイはダメと言わんばかりに『握り飯』にまたかぶりつく。そういえば以前もこんなやり取りをカムイとしたような気がする、そんなデジャヴに襲われるがとにかくそうしてまたカムイと食事が出来る事が幸せだった。

 

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夜は『湯治』と呼ばれる白夜の治療法の一つで温泉に入る事も治療になると聞きレオンはカムイを城内の温泉に連れて行っていた。普段の風呂は部屋に備え付けられている所で済ませていたし、カムイも湯あみはレオンが居ない時に部屋でいれてもらっていたようだ。温泉というものに入るのは久しぶりだ。そういえば星界のあの城にも温泉なる大きな風呂があった。それがそんな意味を成していると知らなかったとは我ながら戦時中はどれだけ余裕がなかったのかと思う。入り口まで着くと医療省の面々が出迎えてくれ案内されるが案内された場所に入るとカムイは医療省の女性達に竹で出来た椅子のようなものに座らされ中に入って言った。自分はここで待つのだろうと思っていると声をかけられる。

 

「レオン王子様もどうぞ。お入りください。」

「…?」

「こちらが湯あみ用の御着替えです。こちらにお着替えになられお入りください。では。」

すっと湯あみ用と言われる白い薄手の着物を置かれ脱衣所に1人残された。

 

「今はカムイが入っている。どうみても向こう側には入り口が一つしかない。ええと…どういう事だろう?」

兎に角入れと言われたなら何か手伝う事があるのかも…とそれに着替えて中にゆっくりと入ってみた。ら。やはり温泉は個人用の小さいものが一つのみ。その横ではカムイが薄手の着物の上半身をはだけ体を清められていた。流石のレオンもこれには驚いて慌てて影に隠れる。

 

「レオン王子様?」

「…!!!! …なんだ?」

医療省の女性が声をかけてくる。一瞬上ずりそうになった声を必死で止め平静を装う。

 

「カムイ様のお体を清め終わりましたら、お抱きになりご一緒に湯へお浸かり下さい。」

「…わかった。」

「…レオン王子様。カムイ様のご準備が整いました。」

こうなれば覚悟を決めるしかない。騎士道精神と紳士の心得を頭の中で繰り返し唱えながら深呼吸をして出ていくとカムイも顔を赤くして俯き上目遣いでレオンを見てきた。

 

「では、これにて私どもは失礼致します。まだ長湯は出来ませんので大体のお時間になりましたらこちらから声をおかけさせていただきます。時々は湯船から出られて外の風に当てて差し上げて下さいませ。何かございましたら外で控えておりますのでお声かけ下さい。」

女性達は深々と頭を下げて下がっていった。これはどう考えても自分とカムイはもう夫婦だと思われているらしい。それはそうだ、こちらに来てからもずっと同じ部屋で離れる事なく過ごしているのだから知らない人間からすれば2人はどう見ても夫婦にしか見えない。いや夫婦になるつもりではいるのだが段階を踏まないで一足飛びでここまで来ると心臓が悲鳴を上げそうになる。これがもしマークス兄さんならきっと顔色一つ変えずにそれをやってのけるだろうが…いやマークス兄さんは今は関係ない自分の問題だ。段階を踏んで…まてよ…そもそも段階なんて僕らに存在したのか?ああもう何が何やらわからなくなってきた…沈黙が流れる…レオンは濡れて肌が透けて膨らみや体のラインがはっきりと出ているカムイの体を直視できず目を背けて声をかける。

 

「カムイ…その、これも治療の一環らしいし、君まだ動けないから…いい?」

「……」

カムイも俯いてコクリと小さく頷く。レオンはそれを見てもう一度大きく深呼吸をして抱き上げゆっくりと湯に浸かる。カムイを抱き上げるのは慣れているが今は普段とは訳が違う。湯あみ用の着物は薄く心もとないもので着ていても肌の感触が伝わってくる。いつもと違う抱き心地にレオンも顔が真っ赤になっていた。

 

「あ…の、熱くない?」

「…ん…」

「そ、ういえばほら、星界にもあったよね、温泉。まさかこんなにいい治療法だったなんて、知らなかったなー。」

レオンは気を逸らそうと必死で話すが目線はカムイの方を向いていない。カムイも俯いたままレオンに横抱きにされているがふとレオンの体に目が留まる。まだ幼い頃にはきょうだい皆で湯あみをしたことがあった。それから大きくなるにつれてそれはもちろん無くなったがいつの間に彼はこんなに逞しくなったのだろう。マークスに比べて線は細いが腕も首も胸も綺麗な筋肉がついていた。細くて小さくて可愛かったレオンがいつの間にか大人の男性になっていた事に改めて気づかされた。マークスの補佐としてとても忙しい筈のレオンが自分の為にこうして白夜へ赴き寄り添ってくれている事も。『にぶちん』というタクミの声が聞こえたような気がした。…本当にその通り…カムイは苦笑いした。

 

「少し出ようか。逆上せちゃいけないし…」

レオンはそのまま立ち上がり淵に座る。風が火照った体を冷やして気持ちが良い。カムイに声をかけようと下を向くと胸がはっきりと着物に透けて出ていて慌てて目を逸らす。カムイも彼を見るが耳まで真っ赤にして横を向いている様子に愛しくなりレオンの胸に頭を預ける様に乗せる。

 

「カムイ!? 大丈夫?」

「んうー、あいひわふょ。」(いいえ、入りましょう)

「ちゃんと無理なら教えてね。」

レオンはまたゆっくりと湯に浸かりため息をつく。大分レオンも慣れてきた…湯が気持ちいいと思える様になってきていた。頭上を見ると湯けむりの間にきれいな星空が見える。暗夜でも夜だけは見えるが白夜の星もなかなかに綺麗だ。

 

「えよん。」(レオン)

「ん?」

「はひはろ…」(ありがとう)

「……うん…」

レオンの胸に頭を預けてそういうとレオンはカムイの頭にキスを落とした。



 

温泉から出て少し休んだ後、カムイをいつもの様に抱き上げて自室に戻る途中サクラに会った。

 

「カムイ姉様、レオン王子、こんばんは。湯治をされているそうですね。」

「こんばんは、サクラ王女。ええ、なかなかのお湯でとても気持ちが良いですね。」

「うー!」

「お気に召してくださって良かったです。ふふ、姉様はお風呂もお好きでしたものね。」

「うい。」

「ここまでお元気になられて…本当によかったです。姉様、旦那様に感謝ですね。」

「…?」

「レオン王子にお大事にされて姉様お幸せそうです。ヒノカ姉様ともお話ししてたんですよ。大切にされている様で安心したとヒノカ姉様も言っておられました。」

レオンとカムイは顔を赤くする。まさかサクラにそんな事を言われるだなんて…

 

「湯冷めをしてはいけません。お早くお休みになってくださいね。」

そういうとサクラはペコリとお辞儀をして行ってしまった。

 

「サクラ王女、結構はっきりしているんだね…これは油断ならない。」

「ふふ、ふひ。」

部屋に戻るといつも並べて敷いてあった2組の布団がなく1組のみ。その布団は前よりも少し大きい。見ると枕が並べて置いてあり顔を見合わせる。

 

「…まあ確かに布団は1つしか使ってなかったけどね…」

レオンは2つ布団を用意されていても、やはりカムイから離れようとせずその布団を使わずにカムイの布団に入り込んで眠っていた。多分気を使ってくれたのだろう。レオンはカムイを寝かせ隣に自分も横になる。枕に頭を置いてふうとため息をつくとカムイが頭を寄せてきてコツンと当たる。

 

「ん、何?」

まだカムイは寝返りなどは打てないためレオンが少し体を起こして顔を覗く様にすると顔を見てにっこり笑う。声がうまく出せないので口だけを動かしてレオンに話しかける。その口の動きを見てレオンは目を潤ませカムイの頬に手を当てて唇を近づける。

 

「遅いよ…」

そう呟いて唇を重ねる。軽いものから少しづつ深いものに変わっていきお互いの目からは自然に涙が流れた。

 

「君が僕の傍から居なくなるなんて考えられない。君の居ない世界なんて僕はどうでもいい。もしそうなれば僕は何をするか分からない…それだけは覚えておいて…」

そういいながら何度も口づけを交わしていく。どの位経ったか遠くでカコーンという竹の音が鳴り唇をゆっくりと放してお互いを見つめる。顔は上気し呼吸も鼓動も早く熱くなっていた。とろんとしたカムイの顔を見てレオンは上に乗っかる様にして勢いよく枕に自分の頭を埋める。驚いてカムイが目を丸くしていると耳元で深呼吸と共に苦虫を噛んだようなレオンの声がした。

 

「…ちょっと待って。今 理性と戦ってる……」

レオンのその言葉でカムイは吹き出した。声を出せないので呼吸の音だけでひっひっひーと笑う。

 

「…元気になったら覚えてなよ? 僕をここまで待たせたんだ…仕返しにどんな事されても文句を言う権利はないからねっ…」

カムイはひとしきり笑うと両手でレオンの顔を挟むように持ち口だけで答えた。

 

『楽しみにしています。愛しいひと。』


 

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眠っている場合ではない


 

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「姉様、ゆっくりと声を出してみてください。あーーーっ。」

「…ん…んん、ぅあー…」

「そうそう、ではお名前を言ってみましょう…」

体も歩けはしないが自分で起きるまでは出来る様になり、完全に声が出せる様な状態までに回復したカムイにサクラが毎日発声と発音のリハビリをさせていた。レオンは朝からヒノカの執務の手伝いに出ていてサクラとカムイと御付きのジョーカーしか居ない部屋はとても静かだった。

 

「ぁあーむぅーいひー…」

「はい。もう少しゆっくりでいいですよ。もう一度。」

「うーん…くぁーみゅーひー…」

額に汗を滲ませながらカムイは必死でリハビリをする。早くレオンと話がしたい、名前を呼んであげたい。その一心で挫けることなく頑張っていた。

 

「姉様、少しお水を飲みましょう。」

「うん…」

「カムイ様。言葉になってきておりますよ。」

「うんー?」

「はい。私はもう何を言っておられるのか理解できます。」

そういうジョーカーに嬉しそうに笑い返すとジョーカーはうんうんと頷いて茶碗に水を入れる。それをもらい喉を潤す様に飲み込み はぁーーーと息を吐くと城内が騒がしい事に気付く。カムイの居る離れは城内でも最奥にあり自然の音以外は静かな場所の筈だが、ここまでの騒ぎだと何かあったのかと驚く。咄嗟にジョーカーがカムイとサクラを背にして暗器を構えた。足音はどんどん近くなり部屋の襖がパン!という音と共に開け放たれる。

 

「カムイ!!」

そこに立っている姿にカムイを始めサクラ、ジョーカー共に驚くがそれも束の間その人はズカズカと部屋に入ってきてカムイを抱き締め男泣きを始めた。

 

「おお、カムイ…よかった。ここまで回復したのだな。レオンに聞いて皆心配していたのだぞ。こちらに来てあまりにも長い年月が過ぎたような気がして…我慢できず飛んできてしまった…」

なんとそれは暗夜国王・マークスその人だ。うううっと泣きながらカムイを何度も抱きなおしキスをし再開の喜びに浸っている。

 

「……は?……」

「サクラ王女様。我が暗夜国王マークス様は何よりもカムイ様がお大事なのでございます。それはもう幼い頃から目に入れても痛くないと言われんばかりの可愛がり様でございました。険しいお顔をされておりますが実は涙もろくていらっしゃいまして、カムイ様がお熱を出された時などは王城から医師という医師を連れて城砦に参られ取り乱されてわんわんとお泣きに…」

サクラは戦時中は恐怖の対象だったマークスのこんな姿に固まり目が点になっているが、それにジョーカーが慣れた様子でサクラに説明をしていた。カムイ自身も面食らっていたがそうして抱きしめて泣いてくれている兄に久しぶりに会えて嬉しかった。兄さんと声をかけようとした時、光と共にマークスを木の弦が包みカムイから引っぺがした。

 

「うおっ!? な、なにっ?」

「マークス様、白夜では靴を脱いで生活するのです。」

「何やってるの、兄さん……?」

ジョーカーの静かな突っ込みに「そうだったのか」と頷くと 後ろから静かだが怒気と殺気の籠った声がかかり振り返る。そこには額に怒りマークの出ているレオンと驚いて口を開けたままのヒノカが立っていた。

 

「おお、レオン。すまん、カムイの顔がどうしても見たくて飛んできてしまった。」

「飛んで来た…? ほう。暗夜国国王は国政よりも民よりも妹が心配だと…」

「一時はどうなるかと思ったが…ヒノカ女王、カムイを助けて下さり心より感謝する。本当に本当にありがとう。」

「い、いや、我が妹の事、力添えするのは当たり前の事…それよりもマークス王、国を開けても…!?」

マークスがカムイを胸に抱いて涙に濡れた瞳で真面目な顔をしたままその頭に顔を乗せて礼を言うとヒノカも慌てて口を開けるが、斜め前に立っているレオンを見るといつも持ち歩いている彼の神器から何かしらオーラが発されてブツブツと何かを唱えている。かなり機嫌が悪いらしい。

 

「一国の王が…自分の立場もわきまえずお忍びで他国に来る等 許されると思うの? 折角打ち解けた白夜の民や官達にまた暗夜が攻めてきたと誤解されてもおかしくない行動をとるなんて 恥を知れっ!!」

「ぬ、何を失礼な。私とてそのような事は考えておらぬ。見ろ、武装は一切しておらぬ。すぐに帰るので気にするな。」

「そういう問題じゃない。意識と礼儀の問題だよ…大体誰がやったかは分かってるけど…帰れっ!!!」

レオンはマークスに向かって光の塊を投げつけるとマークスの下に魔法陣が浮かぶ。瞬間ジョーカーがカムイとサクラを抱いてその場から飛び去るとマークスの姿は細長くなり空へ飛ぶように消えていった。その姿を見届けるとレオンはヒノカにものすごい勢いで頭を下げる。

 

「申し訳ないっ。兄はただカムイが心配で来ただけだ。他に一切の他意はありません。急な来訪で無礼があった事、お許し下さいっ!!!」

「ヒノカ女王様。暗夜国王のごきょうだいはとても仲がおよろしいのです。それはもう甘すぎる程に…」

ジョーカーが一応フォローに入った。カムイもうんうんと頷く。が、そのすぐ直後、今度は先ほどマークスが居た場所に魔法陣が浮かびこれまた見知った姿が2人姿を現した。

 

「カムイ!!!」

「カムイお姉ちゃん!!!」

カミラとエリーゼがカムイに勢いよく抱き着く。カムイはまだ歩けず何とか座っていられる様になっただけなのでそのまま後ろへ倒れこむのを慌ててサクラとジョーカーが受け止める。

 

「ああ、私のかわいいカムイ…ごめんなさいね。もっと私があなたの傍にいてあげてれば…もう大丈夫よ。今度はお姉ちゃんが傍にいてあげる。ひと時も離れないわ。」

「カムイお姉ちゃん。ごめんね。寂しかったよね。私も今度は離れずに側にいるから!」

「・・・っ、カミラ姉さんっ! エリーゼ!?」

「あらレオン、居たの? 私の知らない間にカムイを独り占めしようだなんて何て子かしら。私はそんな風にあなたを育てた覚えはなくてよ?」

「レオンお兄ちゃん、私だって治癒魔法が使えるのに! カムイお姉ちゃんの為なら高等魔法だって…」

「頼むから……これ以上ややこしくしないでよっ!!!!」

レオンはまたマークスに使った魔法を放ち2人同時に転移させると肩で息をしながらその場に座り込んでしまった。

 

「ヒノカ様…本当に申し訳ありません…お恥ずかしい所を…」

レオンは俯いて心底申し訳なさそうに詫びるがそれを呆気に取られてみていたヒノカは笑い始めた。

 

「いや、本当にカムイがあちらで可愛がって大切にされているのがよくわかった。カムイ、良い家族を持ったな。はははっ!!!」

カムイはジョーカーに支えられ体を起こし嬉しそうにヒノカに笑って答えた。サクラがすぐにレオンの傍により様子をみる。

 

「レオン王子、そんな大きな魔法を使われたら魔力が…体は動きますか?」

「あ、ああ。申し訳ない…大丈夫です、サクラ王女…」

「転移の魔法はかなりの高等魔法だと聞いた覚えがあります。それを3人も…」

「ええ、でもきっとあちらでその魔法を使ったひとはケロっとしてるでしょうよ…流石魔女と呼ばれた者…僕の魔法陣の上にすぐに上書きしてくるとはね…」

そのケロっとしている人は腕に数か月前生まれたばかりの赤子を抱いて暗夜のきょうだい達が大喜びしているのを眺めていた。

 

「えらく喜んでいるようだけど…カムイはどうだったの?」

「おお、順調に回復をしている様だ!! ジークベルト、お前の叔母は元気になりつつあったぞ!」

マークスは赤子を抱き喜んで話しかける。

「これでカムイの所にいつでもいけるわね。ああ、次は何か持って行ってあげたいわ。」

「そうだね。私もカシータに頼んでまたお花を一杯持って行ってあげようっと。」

ケロッとしている人・ニュクスはため息をついて静かに言う。

 

「…それは無理ね。今レオンが私が作った魔法陣のマークを全て消してしまったし、ついでに魔法防壁をとても固くしてしまったもの…もう作れないわね。」

「「「な、なにいっ!??」」」

「ふふ、流石天才と言われたレオン。私の魔法陣を消すだなんてなかなか出来ないわ…これで満足したでしょう?まあ、とにかく今は静かにさせてあげなさいな。」

ニュクスは唖然としてるマークスからジークベルトを受け取り自室に戻って行った。



 

白夜ではヒノカがレオンにある話を持ち掛けていた。

 

「レオン王子、その魔法の技術も白夜にとってはとてもいい勉強となる。カムイのリハビリもある事だし、こうなったら白夜に暗夜大使として永住しないか…?」

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