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寝室にはぬいぐるみが沢山置いてあった。椅子や床、ベッドの周りにも大小の色んなぬいぐるみがひしめく様に置いてあり、小さな体には大きすぎるベッドでぬいぐるみを抱いて眠った。今日はこの子、今日は君。ぬいぐるみひとつひとつに名前を付けて名を呼びながら眠れない夜は話しかけて夜を明かした。




 

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夜。ここ暗夜王国は日が差さない国。朝も夜もなくいつも闇が覆っているが時の流れは刻まれており時刻的には夜遅い時間という事になる。大体の人は眠っている時間、そんな時間に走る馬車があった。その後ろには黒と銀の鎧に身を包んだ騎士が1人従っている。この国では黒に金の鎧は王族などの身に着ける鎧、黒に銀の鎧は軍の将が身に着ける鎧のためこの騎士がそれなりに地位がある人物だという事が分かる。その馬車と騎士は周りに何もない断崖の間に立つ城砦へ入っていった。

 

眠れずにベッドの上でコロコロと転がりながら時間を過ごす少女がいる。彼女は普通の『人』とは少し変わった風貌をもった子で、伝説に出てくるエルフの様に耳が尖り、その瞳の色も通常にはない『赤』い目をしていた。それ以外は至って普通の子ではあるが、それ故なのか物心ついた頃からこの城砦から一歩も外に出る事は許されずここで過ごしていた。友達と呼べるものは先日連れてこられた銀色の髪の顔色も眼付きも悪い少年とメイド見習いという双子の姉妹のみだが、時々訪ねて来てくれるきょうだい達とも過ごす事が出来て自分は十分幸せだと思っていた。

部屋のドアがノックされて聞きなれた紳士の声がする。

 

「カムイ様、もうお休みでしょうか。」

ぱっとベッドから起き上がり顔を明るくして返事をする。

 

「ギュンターさん? 起きてます。」

失礼致します。という声がしてカチャリとドアが開くと、そこには先ほど馬車の後ろに付き従っていた騎士が立っていた。その前には大きなブルーのリボンをつけたウサギのぬいぐるみを抱いた金髪のかわいい少年が立っていた。

 

「レオン?」

カムイと呼ばれた少女が驚いて声をかけると、レオンと呼ばれた少年は顔をゆがめて涙を流し始める。

 

「カム…お姉、ちゃ…」

「どうしたんですか?」

カムイはベッドから飛び降りてレオンへ駆け寄るとレオンはカムイに抱きつきわんわんと泣き始める。どういう事か分からずギュンターと呼ばれた騎士を見ると彼は膝をついて目線を合わせカムイに話す。

 

「レオン様がお寂しいと。カムイ様にお会いしたいと泣かれるとの事でしたのでお迎えにあがりました。今晩はこちらでご一緒に眠りたいと。よろしいですか?」

カムイが目を泣いているレオンに向けるとレオンは自分の名前を繰り返しながら顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。

 

「はい、わかりました。ギュンターさんありがとうございました。さあ、レオン、一緒に寝ましょう。」

カムイは優しくレオンに声をかけてベッドに向かう。その様子を見てギュンターは微笑み一礼して静かにドアを閉めた。ベッドに横になりカムイはレオンを抱いて頭を撫でながら話しかける。

 

「寂しかったんですね。もう大丈夫。さあ眠りましょう。」

しばらくの間レオンはしゃくり続けていたが、安心したのか指をしゃぶりながらカムイの腕の中で眠りについた。


 

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年が経つ毎にぬいぐるみは少しづつ減っていき寝室はいつの間にか『ただの寝室』となった。ぬいぐるみの代わりに書物の山があちこちに積み上げられ、ベッドでは書物を抱いて眠った。




 

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「レオン、もう遅いですよ。」

ソファに座り黙々と書物を読みふけっていたレオンにカムイが声をかけるがレオンは知らん顔で読み続ける。目の前に置かれた紅茶はとっくに冷めてしまい菓子にも手を付けず、足元から積み上げられた10冊以上の書物をここに来てからずっと読み続けていた。レオンは週に数回他のきょうだい達と定期的にカムイのいる城砦へ足を運ぶ。他のきょうだいは帰ってしまうのだがレオンだけは自分の荷物を運びこませ泊まって帰っていたので城砦にはレオンの部屋が一つ出来ている。折角部屋を作ったのにも関わらずレオンはずっとカムイの部屋に入り浸り今そうして本を読んでいるのも実はカムイの部屋。どちらかといえば勉強が嫌いなカムイの部屋らしくない位に室内には書物が増えている。

 

「…よく読めますね、そんな本…」

そう言って肩をすくめてため息をつきながらカムイは寝室へ向かい眠りについた。それからしばらく経ち時計が時を知らせる音を鳴らす。その音にふ、と我に返り時計を見ると既に真夜中となっていた。レオンは本をたたみ立ち上がり伸びをしてスタスタと寝室へ向かう。そこはレオンに宛がわれた部屋ではなくカムイの寝室。すうすうと寝息を立てて眠っているカムイの顔を見て小さくほほ笑むと彼女の背中の方からベッドにゴソゴソと入り姉を抱いて眠りについた。朝方カムイが目を覚ますと誰かに抱かれ背中から寝息が聞こえる。

 

「もう…また…」

後ろに手を回し頭を何度か撫でてやると ムニャ…といいながら

 

「お姉、ちゃ…」

と寝言を言いカムイを抱きなおしてまた寝息をたてはじめる。カムイはくすりと笑いまた眠りについた。朝カムイがぽわーっとした声で目を覚ますと既にレオンはそこにおらず帰城してしまっていた。

 

「あれ、レオンは?」

「もうかなり前にお帰りになられましたよー。カムイ様を起こししようと思ったのですが構わないと言われましたのでお声をおかけしませんでしたー。」

双子のメイド見習いの妹・フェリシアがカムイの着替えや洗顔の湯を準備しながら話す。

 

「んもー…やりたい放題で帰るんですから…」

「それは仕方がないですわ。レオン様もそういうお歳なのでしょう。」

年配のメイドがカムイにタオルを渡しながらにこやかに声をかける。

 

「そういう歳?」

「はい。人は皆大人になるにつれて精神的にも肉体的にも成長をします。その内に人生で一番最初の山が来ます。『思春期』というそれは皆上る山なのですがそれが中々に難しいものなのです。そうですね。御付きのジョーカーもその時期ですわ。私の息子もそんな時期がございました。」

いつも側にいてくれるジョーカーは遊び相手としてカムイの元に連れてこられた男の子であったが、最近はギュンターなどについて『執事』としての修業中だという。彼と顔を合わすのは夕食の時のみだが、声をかけると目線は向けられるが小さく舌打ちをしてお辞儀をされる位でまともに話が出来ていない。世話をしてくれたりもするし彼の仕事上での話はするから話してくれないわけではない。嫌われている訳ではなさそうなのだが。そんな感じなのですかと聞き返すと年配のメイドは笑顔で頷いた。

 

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寝室中に置かれていた書物は少しづつ少なくなり『普通の寝室』となった。その代り毎晩カチューシャを枕元に置いて眠った。




 

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それから数年経ちレオンは単独でほぼ毎日昼下がりに城砦に通う様になった。カムイよりも背が高くなり青年になった彼は社交界でも人気があるという。だが浮いた話一つあるわけでなく彼自身も全く興味がないようだ。今日もレオンが供をつれ馬で到着するとメイド達が色めき立ち静かな城砦が華やかになる。

 

「ふふ、賑やかですね。」

「カムイ様、レオン様がご到着なされた様です。」

「はい。サボってるのがばれない様に、行きましょうか。」

「もうばれていると思われますが…どうぞ。」

ジョーカーがカムイを書斎へと促す。ジョーカーもすっかり青年となり今は立派な『執事』として自分の身の回りの世話をしてくれていた。

 

カムイが書斎で待っていると遠くから歩く音とワイワイと話す声がする。

 

「レオン様、上衣と魔導書をお預かりいたします。」

「いらん。」

「レオン様、本日のお菓子はスコーンとアップルジャムと…」

「後だ。」

「レオン様、本日のお茶は何になさいますか?」

「なんでもいい。」

メイドに囲まれてカツカツと靴を鳴らして書斎に近づいてくる。ドアの前でその足跡は止まりドアがノックされる。

 

「姉さん。」

「はい。どうぞ。」

カムイが答えるとドアが開く。人を上から見下ろす様な顔のレオンが姿を現す。チラとジョーカーを一瞥するとジョーカーが一礼しレオンと入れ替わりになりドアが閉められる、と同時にドアの外でジョーカーの怒鳴り声が響く。

 

「てめぇら色目を使ってる暇があるならさっさと完璧に仕事をこなしやがれメス豚共が!!!」

キャアァーーーーーーーっとメイドが笑いながら走り去る音がしそれが完全に遠ざかった所でレオンの表情が一変する。

 

「やあ姉さん。今日はご機嫌いかがかな?」

普段の表情はどこへやら弾けんばかりの笑顔で両手を広げカムイに近寄ってくる。カムイも立ち上がりそれに応じる。

ハグをしてお互いに頬にキスをする。これがこの国の家族や身近な相手との通常の挨拶儀礼だ。ただ違うのはレオンがすぐにはカムイを放さない事。

 

「今日も綺麗だね、姉さん。社交界になんて出したら世の男共が姉さんを奪い合って戦争を起こしそうだ。」

「言ってて歯が浮きませんか?」

「浮かないね。事実を素直に言っているだけだ。」

「ふふ…ありがとうと言っておきます。ほらもう離れて。」

「嫌だ。まあ社交界になんて絶対に出さないけどね。姉さんは僕のものだもの。」

「また馬鹿な事を。」

「姉さんのこの真珠色の髪も、白い肌も、真紅の眼もすべて僕のものだ。」

「…レオン。そう言って褒めてくれるのは嬉しいのですが それは言う相手を間違ってますっ。」

そう言ってレオンの鼻をつねる。

 

「痛たたっ。はは、分かったよ、放すよ。」

「毎回毎回、いい加減にしないと姉さん怒りますよ。」

「はーい、ごめんなさい。じゃ、始めようか。」

レオンはここ数年カムイに勉強を教えていた。子供の頃は専属の家庭教師が居たのだがその方が高齢になったのと同時にそれをレオンが引き継いだ。レオンの教え方はとても的確で昔からあまり勉強の好きではないカムイも驚くほど呑み込みが早く、兄のマークスにも推されて父王より任されたという。カムイも弟から教えてもらった方が聞きやすいし気楽に出来ると最初は喜んでいた。が、このレオンはそうはいかない。

 

「……甘い。これじゃ満点はあげられないね。」

レオンは眺めていた紙を指で挟み顔の横でヒラヒラと舞わせて見せる。

 

「こんな地形で陣形を崩してどうするの。大切な兵達を全滅させるつもりかい?」

「う…だって、ここに砦があるなら少しはダメージが減るし…」

「いや、だから、地形を確認するんだ。」

レオンは紙を机に戻し指先で赤いインク壺のふたをコンと開けてペンを浸けサラサラと添削を書き始める。今は兵法の勉強中。レオンはこの若さですでに現国軍の軍師の役割を果たしておりマークスの右腕として活躍していた。

 

「いいかい。その地形の場合、ここが陣形を崩せばもしもこっちから敵の援軍が来た場合に対処できずに総崩れになる。それにここはこの兵士達だと機動力が落ちる。だから…」

「待ってください、言わないで。えーと…うーん…あ。ならここでこういう形で持っていけば…」

「そう、それだよ。流石姉さん。僕の生徒だけあるね。」

やった!とどや顔をするカムイの頬にレオンは笑顔で自然にキスをする。この行為は幼い頃から自然と行われてきた行為だった。

 

「それ、使ってくれてるんですね。」

「ん、これ?」

レオンは自分の頭のカチューシャに触る。

 

「当たり前だろう。姉さんが誕生日に僕にくれたものじゃないか。大切に使っているよ。」

「だって小さい頃からずっと「カムイお姉ちゃんと同じのが欲しい」ってグズってたんですもの。」

「…今はそんな事言ってないけど?」

「言ってみてください。」

「嫌だ。」

「えーーー。ケチ~!!」

レオンはそんなカムイをみて少し頬を赤らめて笑い、それを見てカムイも微笑み返した。



 

「え?」

「白夜王国との戦争がはじまる。それにむけて今軍は準備をしているところなんだ。」

ある日珍しく朝からレオンが城に来た。その姿はいつもの普段着ではなく鎧を身に着けたものだった。何事かとカムイが問うとレオンは静かにそう返した。

 

「もうすぐマークス兄さんがここにくる。今まで兄さんが稽古をつけていた剣のテストをして姉さんが合格すれば、この砦から出て父上が居る城へ来ることが出来るって。とりあえずそれを伝えに来た。姉さん、頑張ってね。」

「外へ…はいっ、頑張ります。」

「これは僕らきょうだいからのプレゼントだ。姉さんの鎧だよ。」

レオンは銀色の鎧をカムイに示す。カムイは無邪気に 綺麗です。ありがとうございますと喜ぶ。レオンは微笑みカムイの頬に手をあてる。

 

「本当はここから出したくないけど…戦争になるならきっと僕らの傍にいる方が安全だから…姉さん、愛してるよ。」

「はい。私もレオンが大好きです。」

そうして笑顔になるカムイの顔を見ながらレオンは複雑な心境で笑い返した。


 

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眠るときには傍にカチューシャと弓を。




 

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数年かかった白夜との戦争は暗夜王国の勝利で幕を閉じマークスが国王として即位した。白夜とはその女王となった第二王女のヒノカと和平条約を結び国交も盛んに行われるようになった。火を消したようだった暗夜の市場も物流が盛んになり白夜の物資も市場に並び民も町も活気が蘇ってきていた。

 

その間にカムイは沢山の真実を知った。自分は白夜王国王家の出である事。幼い頃から父だと思っていたガロン王に拉致されて暗夜で育てられた事。それと入れ替わりに暗夜王国の王女であったアクアが白夜に連れ去られ自分と同じような境遇で育った事。辛い事実を知り、気持ちを通い合わせていたアクアも行方不明になり、ずっと身近にいてくれたリリスとも死に別れ、養父ガロン王を討ち、何より血のつながった白夜の母と王子達を死に追いやってしまった。母は養父ガロン王の手の者によりカムイの目の前で殺され、武骨ではあるが心優しい兄リョウマは自分を守るために自刃し、心優しかった弟のタクミは最終決戦で変わり果てた姿で現れカムイがそれを討ち取った。誰にも手をださせず自身も傷つきながらも大粒の涙を流し彼の名前を呼びながら戦う姿をレオン達は胸がつぶれる思いで見守っていた。討ち取ったタクミは涙を流しながら笑顔でカムイに何かを伝えて息を引き取り彼女はその遺体に縋りついて泣き彼女が衰弱して倒れるまでそれを放そうとしなかった。

それ以来カムイはまた城砦に籠り表舞台から姿を消した。戦の功労者である彼女にもうそこに縛り付ける鎖は存在しないというのに彼女はマークスや姉のカミラ、妹のエリーゼの説得も聞かず城砦に帰りひっそりと生活している。

きょうだい達は子供の頃の様にカムイに会いに行くようになっていた。ただそれぞれに政務が有る為、子供の頃の様に回数は多いわけではないが血がつながっていなくても仲の良いきょうだいだったカムイを放っておけなかった。

レオンは国王となった兄の右腕となってその能力を発揮していたが国王補佐としての仕事は膨大なものでカムイに会いに行くこともままならない状況だ。その日も国王の執務室でマークスと遅くまで執務を行っていた。

 

「レオン、カムイは最近どうだ?」

マークスに問われるがため息をつきながら答える。

 

「いや。しばらくの間顔もみれてない。スズカゼが時々状況を教えてくれるくらいだ。」

「何と?」

「城砦で、あの弓を抱いて泣いていると。」

「…そうか…」

マークスは手を留めて深いため息をつく。

 

「最近はカミラやエリーゼにも大使や政務を頼んでいる。しばらくの間は皆カムイに会いに行けておらぬ。心配だ…こんな時に恋人や伴侶でもいれば…あれももう少し助けてやれるのだろうがこればかりは私たちではどうにもならん…」

「……なら、兄さん。お願いがあるんだ。」

「なんだ。」

「カムイ姉さんを僕にくれないか。」

「…何?」

「カムイ姉さんとは血がつながっていない。それに白夜王国の王女となれば両国の架け橋にもなれるだろう?」

マークスは国王となる前に魔導士のニュクスと結婚していた。既にニュクスには子が宿りもう少しで生まれる予定だ。

 

「私やカミラ達はそれでよい。だがお前達はそういう話をしていたのか?」

「いや、あの姉さんだもの、話が進んでいると思う? 僕がいくら伝えてもきっと通じていなかったと思う。だから今からさ。だけど僕は第二王子、特に急ぐこともないだろう?」

「くれぐれも言っておくが、カムイに無理をさせるような事は…」

「解ってる…僕は…カムイ姉さんを愛してる。支えたいんだ。…それに、そんな事をすればいくらきょうだいでも兄さん達に殺されてしまう。」

「そうか…頼む。カムイを助けてやってくれ。」

レオンが肩をすくめて苦笑いして見せると、マークスは安心したように軽くほほ笑んだ。


 

数か月ぶりに城砦を訪れたレオンはその様子の代わり様に驚いた。昔は城砦の中は沢山のメイド達や使用人がいて活気があった。だが今はしんと静まり返っている。馬から降りて厩舎係に預けると戸口にはジョーカーが待っていた。

 

「レオン様。お久しぶりでございます。」

「ジョーカー、これはどういう事だ?」

「どういう事といわれますと?」

「なぜこんなにここに人が居ない? これでは姉さんの世話をするのに…」

「それは私達がさせて頂いております。」

「それは分かっている。誰がこんなに人員を割いた?」

「カムイ様です。」

「……何?」

「カムイ様が殆どの使用人達には暇を出されました。今は私とフェリシア、スズカゼと数人の使用人が主にお世話をさせて頂いております。」

「…! 姉さんはどこにいる?」

「はい、寝室におられます。」

レオンは寝室に向かいノックもせずにドアを開ける。カムイは寝室のベッドの上で入り口に背中を向けてあの弓を抱いていた。白夜の弟タクミが最後に使っていた弓・スカディを。

 

「…カムイ、姉さん?」

レオンの声にピクリと体が微かにはね、ゆっくりと振り返り彼を見る。カムイは赤い目を見開き表情もなく涙を流しながらレオンを見る。まるで人形の様に。

 

「…誰…?」

小さな声で呟いた声にレオンは背筋が寒くなる。

 

「…これはね、私の、弟の弓なんです。兄もいて、皆やさしくて、皆助けたかったの。なのにね、私は、その兄も、弟も、助けられなかった。母も、兄も、弟も、民も誰一人、なのに、なのに、タクミは最後に、私に、ありがとうって…わたし、助けられなかったのに…笑顔で、あっ…ああああ!!!」

カムイは絞り出す様に一言一言話し弓を抱いて声をあげて泣き始める。

兄も自分も望んだ戦争ではなかった。もっと他の解決方法があった筈なのに父の暴挙を止める事が出来ず従った結果の戦争だった。この戦争は結局両国の民を苦しめ最愛のカムイを苦しめここまでにさせる結果を招いてしまった。血の繋がったきょうだいに背を向け祖国の裏切り者となっても、誰も苦しまない道を模索して両国ともに助けるという希望を繋ごうと歯を食いしばり進んできたカムイの苦しみは近くで見ていて誰よりも知っている筈だった。それなのに自分たちは、自分はカムイに何をしてやれたのだろう。レオンの眼から涙が流れる。ゆっくりとカムイに近づき引き寄せた。

 

「姉さん…僕らの力が足りなかったばかりに、こんな辛い思いをさせて…ごめんよ…」

カムイを抱き締め何度も謝罪する。何度もうわごとのように話すカムイの同じ話をそのままずっと聞き続けた。自身も声を出して泣きながら…抱きしめたカムイの体は以前よりずっと細くなってしまっていた。


 

気付いたらカムイを抱いたままベッドに横たわっていた。腕の中のカムイは弓を抱いたままで眠っている。カムイを起こさない様にゆっくりと体を起こしカムイの体を直し 寝にくいのではと弓を抜こうとした時 静かにスズカゼに声をかけられた。

 

「その弓はそのままにして差し上げて下さい。」

「…なぜ?」

「カムイ様が目覚められた時、手元に弓が無かったら狂ったように探されます。以前見かねて私とジョーカーが弓を隠した事がありました。その時も城砦を狂ったように走り探されてお怪我をされた事があります。」

「怪我?」

「はい。階段から足を滑らせて…その時は何とか私が間に合いお助けが出来たものの体に数か所打ち身をされました。」

「なんだと? もしその時に姉さんに何かあったらどうするつもりだったんだ。」

「申し訳ありません。私どももカムイ様をお助けしたくて…あまりにもお労しいお姿で…」

「…そうか…解った。ではこのままにしておこう。」

「僭越ながら王にはこちらにしばらく滞在されるとご連絡させていただきました。王からはよろしく頼むとのお言葉です。レオン様のお荷物は現在こちらに運ばせております。こちらの城砦のレオン様のお部屋をご利用ください。」

「そうか、助かる。だが部屋はここで良い。こちらに荷物を入れてくれ。悪いが王には何かあればこちらで対応する旨を伝え、医師の手配と使用人を追加する様にと。あと杖などの予備の補充や、施設の植物などの手入れを。」

「畏まりました。ですが使用人は…」

「いいんだ。今はその方が彼女の為になる。しばらく世話になるがよろしく頼む。悪いが僕はまだ姉さんの傍にいたい。席をはずしてくれ。」

「はい。失礼致します。」

言葉と同時にスズカゼが消えると、レオンはカムイに並ぶようにして体を横にした。目の下に隈を作り眠るカムイを見ると少し頬がこけて首も筋が出ている。元々細い腕はより細くなってしまっていた。そっと髪を梳いてみるとその髪は艶を無くしハラハラと抜けていく。もっと早く自分がここに来ていればここまでにはならなかったのだろうか。もうこれからは僕が守る。レオンはカムイの頬を撫でながらもう片方の手を握りしめた。


 

「かなり衰弱しておられます…食事はどのようにされておりましたか?」

「水分は時々お摂りになることがありましたが、固形のものはお口に入れられることはありませんでしたので…スープなどをご準備しておりました。そういうものだと時々は召し上がってくださいましたので。毎回お食事をお口にお運びしているのですが口を閉ざされてお召し上がりにならず…」

「そうですか。ならばしばらくの間はこちらのお薬を飲ませて差し上げて下さい。長い間食事を摂られておられないので脳の機能にも障害をきたし記憶障害などが出ている可能性があります。カムイ様の精神面なども考慮しなくてはなりませんのでご無理はできませんがお薬は必ず…」

「そうだな、記憶障害が起こっている…薬は僕がやろう。」

「ですが出来るだけ固形物摂取を。」

「解っている。」

医師は薬を置いて部屋を後にした。今のカムイは水も殆ど摂らず何とか杖で命を繋いでいる状態だ。それでも生きて行く事は出来るが、やはり口から食物を摂取しないと人間は朽ちていく。これを何とかクリアしていかないといけない。暗夜では始祖龍の血を濃く継ぐ王族以外は赤ん坊から大人まで順調に育つものが少ない。闇に包まれたこの国で光が大切な年齢にそれを浴びられないという事はやはり大きく生命を左右する。加えて医療関係の発展も白夜には劣る。実際戦時中にこちらの杖と白夜の杖では威力が違う事をまざまざと見せつけられている。レオンの魔法でも回復は可能だが精神的なケアまでは魔法では難しい。それこそ記憶操作など催眠的な事を行うなら別だが愛しいカムイにそれは出来ない。とにかく今はこの国で出来る限りの事をやっていくしかないのだ。

 

「ジョーカー、今後の食事は柔らかいものを。白夜から米を取り寄せて調理するようにするといいかもしれない。」

「米ですか…そうですね。カムイ様は米を丸めて握ったものがお好きでした。」

「食事は僕がカムイに食べさせる。」

「…畏まりました。」

 

あれからレオンの伝言を聞いたマークス達は取り乱しこちらに来ようとしたようだが今は静かにさせてやってほしいとのレオンの言葉を伝え何とかスズカゼとニュクスが説き伏せた。その日のうちに医師や使用人や物資が手配され夜には万全の状態となった。それからというものきょうだい達から手紙や食べ物など色んなものが送られてくる。今日はカミラとエリーゼから大きなバラの花束が届けられた。それをすぐに城砦内の色んな所に飾り付ける様にジョーカーが手配し今カムイのベッドサイドのテーブルにも赤いバラから飾られている。レオンが寝室に戻ると診療の時には眠っていたカムイが目を開けてそれをぼうっと見ている。

 

「カムイ、目が覚めたかい? 綺麗だろう。カミラ姉さんとエリーゼがカムイの為に届けてくれたよ。」

レオンはベッドの下に膝をつきカムイと目線を合わせる様にして話しかける。今は彼女の事は意識を向けてくれるように名前で呼ぶようにしていた。カムイはゆっくりとレオンと目を合わす。

 

「僕が、誰だか、分かる?」

ゆっくりと聞いてみるがカムイは答えない。

 

「レ オ ン。僕はレオン。カムイの許嫁だ。ゆっくりでいいから思い出して。」

弟という言葉は今のカムイには避けた代わりに許嫁という言葉を付けた。マークスの許しを得て求婚するつもりでいたレオンにとっては嘘でもなんでもない。それを聞くとカムイはまた目を閉じた。


 

医師の診断が出てからはレオンがカムイから離れず世話をする様になり主に精神的なケアを中心とした生活を行った。カムイを抱き上げて庭を散歩し花や木、水などに触らせ草の上に座り話をし、本を読んで聞かせたりメイド達と談笑したりしてとにかく声をかけ笑い声を聞かせる。政務はカムイが湯あみの時や眠っている時に行い出来るだけ傍に居る様に勤めた。食事も少しづつスープなどを含ませるが中々飲まず白夜から取り寄せた米をスズカゼに頼んで『粥』というものを作ってもらい口に含ませた時には飲み込む様な動きを見せた。カムイは米がやはり好きらしい。次はスープと混ぜて味をつけてみようとスズカゼやメイド達とあれこれと工夫をしながら。薬は水に溶かしレオンが口移しで飲ませる。顎をあげ上を向かせて口移しで流し込めば何とか飲んでくれた。夜はベッドに寄り添って眠る。何かあってもすぐにわかる様に。そんなレオンの努力があってか顔色は大分よくなり血の気が戻ってきた。散歩に行く時も通り過ぎるメイド達に声をかけられそちらに反応するまでに回復してきていた。弓は相変わらず放さないがそれでも大きな進歩だ。後は少しづつ食事を進めて体力の回復を図っていけば少しは変わっていくかもしれない。それから久しぶりに雨の降った朝、レオンが着替えを終えて寝室に戻ると寝室のベッドにカムイが起きて座っていた。

 

「カムイ、おはよう。」

声をかけて近づこうとするとカムイの傍で何かがゆらりと揺れておりレオンは咄嗟に身構える。殺気や邪悪なものは感じられない。だがこれは…? 感覚を探るが不安定ではっきりと掴めない。目を逸らさずその揺れる何かを見ていると見覚えのある姿が現れた。

 

「…アクア、姉さん?」

アクアはカムイの代わりに暗夜から白夜に拉致されて育てられた血の繋がらない姉だった。カムイはアクアと同じ境遇で育った事に共感を覚え親友の様な間柄になっていたがあの最終決戦の後あの場から忽然と姿を消した。カムイもマークス達も探したが結局彼女を見つけることができずにいたのだ。ただこのアクアは何かおかしい。其処に居るのだが其処に居ない。カムイの隣に立ったアクアはただ黙ってカムイを見つめている。息を呑んで様子を見ているとアクアがレオンの方を向くのと同じ動きでカムイがこちらを向いた。そして口を開く。

 

「カムイの心は死のうとしている。」

アクアの口が動くのと同時にカムイの口が同じ動きをする。しかもカムイの口から発せられたその声はアクアのものだった。

 

「心を呼び戻すならシグレに会って。あの子ならカムイを助けられる。」

「シグレ…?」

シグレというのはアクアの息子で夫は戦後同じく姿を消したマークスの臣下だったラズワルドとの子供だ。2人が何故姿を消したのかは分からないがそのシグレは戦後 天馬武者として白夜へ仕官しその育成をしているはずだ。

 

「シグレに会えば、カムイは助かるのか…?」

「解らない。ただカムイはこのままだと心だけではなく本当にこの世からいなくなってしまう。」

そう言うとアクアの隣にまたひとつゆらりと姿が浮かぶ。

 

「…リョウマ、王子…」

真紅の鎧に身を包んだその姿は決戦前カムイを守るために自刃した白夜王国の長兄リョウマだった。リョウマは柔らかい眼差しをカムイに向けレオンに向き直る。

 

「暗夜の第二王子よ。レオンと言ったか。妹が世話をかけるな…」

「何を…僕らは…カムイを守れなかった…」

やはりカムイからリョウマの声がする。リョウマは小さく首を振るとカムイもその首を小さく振る。

 

「白夜に行くなら俺がカムイを護ろう。これでは移動も難しいだろう。」

「出来るだけ静かに使いを出して迅速に動いて。私達にも限界があるわ。」

「…解った…」

レオンは踵を返し部屋を出て、エントランス近くに出るとスズカゼを呼んだ。

 

「何か。」

「スズカゼ。すぐに王に連絡を。今からすぐに白夜へ向かう。」

「…白夜へ? それは…」

「王にヒノカ女王へ親書を急ぎ出してくれるように頼んでくれ。今からその旨をこの水晶にいれる。これを渡せ。」

レオンはポケットから小さな水晶出して呪文を唱える。水晶を中心に何重もの魔法陣が現れレオンを包み込んだ。レオンは水晶に話しかけ水晶を両手で包むようにすると魔法陣はその手の中に集まり光って消えた。

 

「ジョーカー! 白夜へ向かう! すぐに準備を!! スズカゼ、お前も任が済み次第白夜へ。」

「…畏まりました。では。」

スズカゼはレオンから水晶を受け取ると言葉と共に消える。ジョーカーもそれに合わせて振り返り準備を始めた。



 

白夜へ向かう馬車が数台。最前列にカムイを載せた馬車が走る。その隣をレオンは馬を駆り走っていた。中の様子が解る様に馬車のカーテンは開けられており走りながら様子を見ると、カムイは1人だけで寄りかかる様にして馬車に乗っている様に見える。レオン以外は見えないがリョウマとアクアが座り彼女を護っていた。リョウマはカムイを横抱きにする様に膝に座らせ時々アクアと共にカムイに何か声をかけている。白夜へ着くにはどんなに急いでも数日はかかる。その間本当にカムイをまかせて大丈夫なのかという不安はあったがこれ以外に賭ける道はない。何としてでもカムイを助ける。その思いだけで馬を走らせた。

 

北の城砦を出て数日後、白夜へ向かう船に乗る為港町に到着した。出航の日の朝レオンはカムイとの日課の散歩をしていた。カムイはカモメの声や海風、波の音に少し反応して目を向けようとするがまだその表情は無い。波止場に設置してある椅子へカムイを座らせて話をしていた。しばらくすると大きな羽音がし目をやるとドラゴンが上空を飛んでおり旋回しながら少し低い高度まで下りてくるとそこから一人の影が飛び降りてきて静かに着地し膝をつく。

 

「レオン様、白夜より書簡を預かってまいりました。」

「スズカゼか。あれは…」

そう言ってドラゴンを見ると離れた場所に降り立ち駆っていた小さな騎士も降りて一礼する。

 

「ベルカ?」

「マークス様より書簡をお預かりした際、カミラ様から地を行くより早いだろうとお許しを頂き妻と共に白夜まで赴きました。」

「ミドリコはどうした。」

「はい。ミドリコは現在秘境にて薬草の採取と研究を行っております。自分もカムイ様の為に何かしたいと…お心遣い感謝いたします。」

「そうか…ミドリコにも苦労をかけるな…ありがとうと伝えてくれ。スズカゼ達も…助かる。」

レオンがそういうとスズカゼはニコリと笑い書簡を手渡す。それは女王ヒノカ直々のもので白夜王城への滞在や医療関係のバックアップなどを申し出るものでシグレにも指示を出したという内容だった。

 

「これよりは妻が王へ書簡をお届けし私もカムイ様にご同行いたします。」

「ああ。ベルカ、よろしく頼む!」

ベルカはスズカゼから書簡を受け取り、レオンに一礼すると素早くドラゴンに乗り暗夜王城へと向かった。



 

それからまた数日かけてレオン一行はやっと白夜のテンジン砦までたどり着いた。テンジン砦では既に受け入れの準備が整っており、入り口ではサクラが出迎えてくれすぐに部屋へと案内された。

 

「カムイ姉様…なんてお労しいお姿に…」

サクラはカムイの様子を見ながら目に涙をためる。そうしながらもサクラの手は処置を続けその周りでは白夜医療省の面々がカムイの検査や治療をしていた。

 

「カムイを受け入れてくれて心から感謝する…本当にすまない…」

レオンは軽くではあるがサクラに頭を垂れる。

 

「…詳細は姉と共に、マークス王様が送ってくださった、水晶で伺いました。少しの間しかご一緒に過ごす事が出来ませんでしたが、その間でも姉様の人となりが解りましたから、あの時そちらをお選びになったことも、きっと何かお考えがあっての事だと、勝手ながら私は信じてました…苦しい思いをされて、私たちの事も、そこまでお考え下さっていたのだと思うと…」

サクラはカムイの顔と弓を撫でる。

 

「僕がもっと早く気付いていれば…暗夜にとっても白夜にとっても大切なカムイをもっと見てやれてれば…」

「あなただけのせいではありません。こちらからも、カムイ姉様にお声をおかけする事ができたでしょうに、それが出来ずにいたのですから、私たちも同罪です。皆さまここまで、気を張ってこられてお疲れでしょう。こちらで今晩はゆっくりとお休みください。明日の朝、シラサギ城へ私も共に参ります。」

「いや、僕はカムイの傍にいる。今までもずっとそうしてきたんだ。」

「こちらは医療省の精鋭が処置をしますのでご安心ください。それにレオン王子にまで何かあったら、姉様も悲しまれます。」

サクラの勧めもあり仕方なくレオンはカムイと別室で休むこととなった。サクラはレオン一行(メイドや使用人まで)に暖かい食事と風呂、布団を用意してくれ皆久しぶりの安らかな夜に早く就寝した。白夜調の部屋は畳の香りと香の香りで休みやすい静かな空間だったがレオンは布団から起きだしてカムイの眠る部屋へ向かった。白夜の部屋はドアというものが存在せずノックという習慣もない。仕方がないのでゆっくり障子と呼ばれるドアのようなものを開けると広い部屋の真ん中にカムイは横たわっていた。カムイの体の周り四隅には呪い師が座り呪いに使う護符と呼ばれる紙を宙に浮かせ何かを念じている。入り口近くに控えていた医療省の人間がレオンに小声で声をかける。

 

「レオン王子様、こちらは今…」

「あれは何をしている?」

「はい…呪い師によるとカムイ様は悪夢にうなされているとの事。これがお体にも大きく影響していると。ですので現在カムイ様のお気持ちが安らかになる様に呪いをかけております。夜通し行われますのでレオン様は別室でお休みください。」

「…いや、ここで…」

「しかし…」

「ここに居させてくれ。邪魔はしない。」

そういうと部屋の隅へ座りカムイを眺めながら眠りについた。

 

「レオン王子!?」

誰かに呼ばれる声がして顔をあげると心配そうなサクラが顔をのぞき込んでいた。レオンは昨晩この部屋で膝を抱えて休んだ。あれから誰かが自分に毛布の様なものを掛けてくれていたらしい。顔をあげた時に肩からそれが滑って落ちた。

 

「お部屋でお休みになったのではないのですか?こんな所で…」

「サクラ、王女…?……カムイ…!?」

レオンは急いでカムイの傍へ行くとカムイはすうすうと気持ちよさそうに寝息を立てていた。こんなに安心した寝顔を見たのは久しぶりだ。その顔をみて安心し手を握り甲にキスをする。

 

「よかった…大分顔色がいい…」

「はい。昨晩皆さんが頑張ってくださいましたので。」

「皆に礼を伝えて欲しい。」

「はい。カムイ姉様は大丈夫ですので、レオン王子はお食事とご準備を、されてください。後、呪い師に光の調整が出来る呪いを、かけてもらってくださいね。白夜の光は、暗夜の方々には辛いと思いますので。」

「それは僕が…」

「いいえ。今は姉様の為にもレオン王子には万全でいて頂かなくては。昨晩の様な無茶ももうおやめくださいね。」

普段は温厚で俯きがちのサクラがレオンの眼をまっすぐにみて言い切る。流石のレオンもそれには頷くしかなかった。

 

「レオン様、おはようございます。」

「おはようございます、レオン様。」

「おはよう。眠れたか?」

「はい、もうぐっすり。」

「おはようございます。」

「目は大丈夫か?」

「はい。こちらの魔術師に魔法をかけてもらいました。」

朝食を摂り呪い師に呪いをかけてもらってから準備の為に外にでると兵士やメイドなどが声をかけてきた。返答しながらふと思う。今まではこうして身分の低い者たちから声をかけられる事は殆どなかった。自分が住んでいる暗夜王城ではもちろんそんな事は一切なく自分が通るだけでメイドや使用人は道を開け頭を垂れ必要以外の事を口にするものは居ない。だがカムイの住む城砦では違っていた。城門の門番、厩舎係、庭師から城砦に入る商人達、メイドも兵士も全てが笑顔でこちらの姿が見えたら声をかけてくれていた。カムイに甘えていた幼い頃から自分の居場所はあの城砦だった。ここまで自分が成長できたのもきっとあの城砦の人たちのお陰だ。それでなくては王族としての圧や争いに巻き込まれとっくに潰れていたかもしれない。

 

「レオン様。カムイ様を馬車におのせしました。サクラ王女もご一緒にお乗りです。」

「そうか。ありがとう。」

馬車の中を見るとサクラがカムイの頭を膝枕をして支えている。サクラには見えていないがその前にはリョウマとアクアも座っていた。

 

「本当…感謝、しなければね…」

レオンは小さく笑い呟きながら馬へ乗り白夜王都のシラサギ城へ向かった。

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