綺麗だと思った
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まだ朝もやがたっている早朝。
昨晩資料の整理や調べもので徹夜になってしまったレオンは、ひと寝入りする前に普段着に上衣という軽装のままマイキャッスル内をブラブラと散歩していた。
白夜調と暗夜調の建物が入り乱れて建ち、市場、繁華街、山や森や林、湖などもある広大な国と言っていいほどの異界のこのキャッスル内は日が昇り夜が来る。
白夜では普通の事だが、自分の生まれ育った暗夜では経験の無い事だ。
最初は朝の光の眩しさに慣れず、元々朝が弱かったレオンにとってそれは苦痛でしかなかった。
姉のカムイも最初は慣れなかったらしく、白夜の呪い師であるオロチに朝日に慣れる為に呪いをかけてもらったと言っていたので、自分もそれに習い先日オロチに呪いを施してもらった。
それからは朝の光に苦痛を感じることもなく過ごせている。
暗夜の朝に立ち込めていたこのもやは湿っていてあまり好きではなかったが、このキャッスルのもやは湿り気はあるものの逆に気持ちよいと感じるもので、レオンはこの朝もやの時間に歩くことが最近は気に入っていた。
建物群から少し離れた開けた広場のところまで来て、レオンは大きく伸びをする。
「んーーーーーーっ…はあ…」
朝の澄んだ空気を思い切り吸って傍の東屋に座る。
白夜式の建物で縁側がある作りになっている東屋も居心地がよい。
今度はここに資料を持ってきてみようかな。
結構はかどるかもしれない。
しばらく空を見ながらボーッとしていたら人の気配がする。
嫌な感じではないので怪しいものではないだろうが、気配がする場所からそれは移動はしていないものの何か絹擦れのような音がしている。
レオンは静かにその方向に向かい、目の前の光景に見惚れた。
白夜の着物のような服装に近い戦装束は蝶の羽の様に舞い、赤というよりももっと柔らかい色の髪が動きに併せてサラサラと広がる。
足は柔らかくしなやかに動きまるで音がしない。
手に持った扇は柔らかく弧を描き、それでいて意志を示すように迷いなく力強く動く。
息を呑んだ。
暗夜でも踊りはある。
だがもっと情熱的で官能的、または優雅と言われる動きのものが多い。
でもこれは全く違う。
まるで空から天使が下りてきたような神的で神聖なものだ。
今まで踊りは音楽ありきだと思っていた。
しかしこの踊り…いや舞いというべきか…は音なんていらない。
目の前の舞い手の動きと表情で全てが伝わる。
音なんて邪魔なだけだ。
パン!!
という音に意識が返り、それを見直す。
その目と顔は人と話しをする時にはいつも下を向いていた。
自分と話をする時もそうだ。
それを今まで自分は意識すらしたことがなかった。
違う。
舞いの動きが変わった。
今度は地を踏みしめ扇を音を立てて開け閉めしながら、力強く、それでいてしなやかに動いている。
顔には強い意志が現れ、今までの目と輝きが違っていた。
それからどの位経っただろうか。
舞い手はすっと動きを止めまっすぐ前を向いて立ち、扇を閉じて両手で肩の位置まで持ち上げ膝を曲げてお辞儀の様な振りをして朝もやの中に消えていった。
その姿にレオンは声も出せず釘付けになったまま見送った。
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林の中から空に向かい光が一閃。
その光はみるみる林全体を包む。
何のショックもなしに急に世界から遮断されたような状態を感じる。
「大丈夫? ちょっと結界を張らせてもらったんだ。リリスには了承を得てるから。そこから動かないでね。」
術者はにこりと笑い魔導書の上に片手を置くと、そこから光があふれる。
すっと両手を魔導書から離すとそれは自然に開かれまるで意志をもっている様にページがバラバラとめくれ宙に浮く。
ウォン…という音と同時に魔法陣が幾重も現れ術者の体を包み込み、龍脈の波動が足元から上がり術者の服と髪をフワフワと揺らす。
長いまつげと、光る金髪、紺色の法衣やゆったりしたシャツが魔法陣の動きと光に重なるように揺れる。
サクラは小さな自分用の結界の中で、胸の前で両手を握り息を呑んでその様子を見ていた。
魔法陣の多さは魔力の象徴。
自分も癒しの呪いを使うが、今までこんな大きくて幾重にもわたる魔法陣は見たことがない。
なんて大きな力だろう。
驚きと共に恐怖と憧れの気持ちまで湧いてくる。
ふ、と術者の目が開き、小さく微笑む。
周りに沢山の精霊がまとわりつき、どんどん魔導書の光の中に飛び込む。
それと話すように大切に包むように魔導書の光をすくい、両手に包んだそれをゆっくりと空へ放つ。
「頼むよ、ブリュンヒルデ。」
術者が小さくつぶやくと、その光は一層光を増しパァッと四方に散った。
薄暗い林の中に太陽があるように周りの木々がはっきりと見え光に包まれていく。
木々はまるで心臓の鼓動を刻むように、水を飲んでいる様に、光りながら葉の一つ一つまでにその力を行き渡らせる。
しばらくの間光っていた木々はすう…とゆっくり光を空へ放ち、その光は空でまとまりシャラシャラと音をさせて消えた。
消えていくその光から、精霊の笑い声が聞こえた。
楽しそうに嬉しそうに笑っている。
木々が喜んでいるのがわかる。林の中が明るくなったように感じる。
鳥達も何もなかったように忙しく動いている。
「ふう…」
ため息が聞こえて不意にサクラが意識を戻すと、もう外界から遮断された結界はもう無いのを感じた。
術者は龍脈の上に立ったまま魔導書をパタパタとはたいている。
長いまつげと鳶色の瞳、白夜人とは違う白い肌に少し汗を滲ませ、柔らかそうな金髪を掻き上げ笑顔でこちらを見つめてくる。
これがグラビティマスターと呼ばれ、その冷酷さ故に恐れられている彼なのか…
あの光に包まれた姿、波動で揺れる髪、精霊と会話するときの優しい顔、そして今自分に向けられている笑顔。
一瞬彼の背中に大きな羽が生えたように見えた。
なんて……なんて…美しいんだろう…
サクラの胸は早鐘の様に鳴り響いている。
息が、胸が苦しい。
何故かそれを悟られまいと必死で心の中で踏みとどまる。
「さ、行こうか。」
すっと自然に手を出され、サクラは半分上の空でその手に応える。
その様子をみて彼は少し照れくさそうに笑って、サクラの手を握り歩き出した。
「大丈夫。サクラさんもいつか素敵な殿方とお会いできます。優しくて私の大好きなサクラさん、あなたにも私は幸せになって欲しい。」
「サクラは僕の自慢の妹だからね。きっといい相手がいるよ。その時が来るのを僕らは楽しみにしてるから。」
そういうカムイとタクミの声が、サクラの頭の中で何度も繰り返し響いていた。