「カムイ様…仮にもお見合い前なのですから、もう少し…」
アクアに捕まり、こっぴどく説教されたカムイは執務室の机に突っ伏してぐったりしていた。
大体慣れないドレスを着るだけでも億劫なのに、それにより行動範囲が限られるのもカムイにはストレスに他ならない状態で我慢も限界に来たのだ。
目の前には苦笑いしているラズワルドとあきれ顔でソファに座るルーナが居た。
「素敵なドレスを2枚も駄目にするだなんて、ばっかじゃないの?」
「ルーナ!」
呆れた顔でカムイを見るルーナにラズワルドが苦笑いしながら一喝する。
「だってあんなドレスなんてなかなか着れないわ。カムイ様が着ないなら私が着たいなぁ。あのレースとリボンの使い方なんて素敵よぉ。オーガンジーの素材の黒いドレスも素敵だったなぁ。」
「何言ってんの。あれは女王様だから着れるドレスでしょ。」
「わーかってるわよ! ドレスってのは女の憧れなのっ! 男にはわからないでしょうよ!」
「あ、はは…まあまあ、お二人とも落ち着いて…」
「何言ってんのよ、カムイ様が原因でしょうが!」
「おう…だってあんな重たくてズルズルしたドレスなんて贅沢極まりないじゃないですか…」
「その贅沢なドレスを無駄にしたのはどこのどなた様よっ? あまりに勿体ないから私がそのドレス貰っちゃったわよ、小物作るのに!」
「よかったですねー、ルーナ♪」
「私的には良かったけど、立場ってものをもっと考えなさいよ!」
「ルーナの言う通りです。まあ確かに贅沢ですが、ある程度女王としての威厳を保つためにはそれも必要ですよ。まだまだこの国にはカムイ様を認めていない諸侯もいますから。」
「政治的な意味は解ってるつもりですけど、皆さんから納められた税を使ってあんなドレスを何枚も作るっていうのが嫌なんです。まだまだ贅沢なんて出来ませんし、質素な暮らし万歳ですよ。」
カムイは頬を膨らませて机に肘をついて長いため息をつく。
「カムイ様、本気でお見合いするつもり? 本当にそれで良いの?」
ルーナと心配そうに見つめるラズワルドの顔を交互に見ながらカムイは弱々しく笑う。
「…これが国の為だというなら…この国を立て直すために必要な事なのでしょう。ならば私には選ぶ権利はありません。」
「違うわ。私が言いたいのはカムイ様自身の気持ちよ。見たこともない相手となんて私なら考えられない。どんな状況でも自分が慕う相手と一緒になりたいっていうのは立場なんて関係ないでしょ! 私は、私たちはカムイ様のお父上と、カミラ様達ごきょうだいの思いを受けてる。だからこそ本当に幸せになってもらいたいの!!」
「…今の私には思い慕う相手もいませんから…」
カムイのその言葉に二人は言葉を無くす。
ひたすらに平和を願い、戦中も出来るだけ戦を避けようとしてきたカムイの事はよく見てきた。
だからこそその言葉の意味が良く分かる。
「カムイ様が、犠牲になる事なんて、犠牲になれだなんて、私たちも民もそんな事、きっと思っていないのに…」
部屋を出たルーナは窓辺で立ち止まり空を見ながら呟く。
ラズワルドは黙ってルーナを抱き寄せた。
見合い前日。
カムイは城をアクアに任せて見合いをする候の別宅へと入った。
決して贅沢ではないが貴族宅として恥ずかしくない静かで落ち着いた屋敷にカムイは目を輝かせる。
屋敷内にはカムイの世話をする為、沢山のメイド達が居りそのメイド達も立ち居振る舞いが素晴らしく執事長であるジョーカーですら思わず頷く位の者達だった。
昼過ぎに屋敷に入り準備などを済ませて午後からは庭などを散策して久しぶりにゆっくりと過ごしたカムイは夜も満足そうに上機嫌で床に入った。
「陛下。お目覚めの時間でございます。」
「お仕度がございますよ。」
朝カムイは目覚めてベッドで大きく伸びをする。
「んーーーーー、お、はようございますー。いい朝ですね。」
「ま、まあ陛下。夜着が…」
「はしとのうございます…」
カムイの夜着がはだけて肩がずり落ちているのをメイド達が慌てて指摘してきて カムイは苦笑いしながらそれを直す。
「す、すいません~…あれ、昨日のメイドさんと違うんですね?」
「はい。本日よりこちらに滞在される間は私 リーナとこちらのターシャがお世話をさせて頂きます。よろしくお願いいたします。さあ ではお着換えを。洗顔の準備を致しますね。」
メイド達は挨拶を済ませると準備を始める。
メイドのリーナはとても手際が良く、ターシャはまだ慣れていないのかもたもたしながらもリーナに指示を仰いでそつなくこなしている。
女性にしては背が高く どちらもスタイルが良い。
「こちらこそよろしくお願いします。でも時間が少し早くはないですか?」
「ご準備含め朝食等もございます。少し余裕を持って動いて頂ければと思いまして。折角ですから朝食もゆっくりと召し上がって頂けたらと。」
「こちらの領地名産のハーブをふんだんに使った料理の数々です。」
「ええ、昨晩のお食事もとても美味しかったです。食後や寝る前のお茶も。」
「食後にはまたハーブティーをお出しいたしますね。」
「はい。楽しみにしてます!」
ニコニコ笑いながらカムイがベッドから下りていると離れた場所から何やら騒いでいる声がする。
何事かとカムイがベッド側の護身用のサーベルを握りるがターシャがそれを制する。
「わたくしが見てまいります。陛下はこちらで。」
部屋からターシャが出ていくと、もう1人が洗顔などの準備をしてくれた。
その間に騒ぎはどうやら収まった様だったが戻ってくると深々と頭を下げてきた。
「申し訳ございません…」
「どうしました?」
「はい。厨房係の者がパンを焦がしてしまったらしく。まだ見習いの者故 焼き直しにもう少し時間が掛かってしまいそうで…」
「そうですか。時間を早めに起こして下さったのでまだ大丈夫ですよ。どうかその方を叱らないでくださいね。」
「お優しいお心遣い感謝いたします。その間軽くお茶とお菓子を準備いたしますので、ご準備をされていてくださいませ。」
「そういえば、ジョーカーの姿が見えないのですが…」
「ジョーカー様はカムイ様が就寝された後、城へお戻りになられました。」
「そうなんですか? そんな事一言も言ってなかったのですが…」
「執事長になられてお忙しいとお伺いいたしました。」
ジョーカーはカムイの行くところには必ずついてくる位の側付きだ。
彼が何の理由も無しにカムイを置いていく事は初めてだが、先日の人事で城の執事長になり 確かに最近は忙しく動いている様だ。
「そうですね。本当に忙しそうですから…」
「ご安心ください。私どもが精一杯お世話させて頂きますので。では、ご準備が出来ましたので洗顔がお済になりましたらベルをお鳴らし下さい。直ぐに着替えをお持ちいたします。」
メイド達は静かに部屋を後にしカムイは洗顔を始めた。
「ご準備されるまでこの様な形でよろしいでしょうか? それとも…こんな形では?」
「本当に綺麗な御髪ですね。」
「本当に。大切に大切に扱わなくては…またお衣装の着付けの時に私が結わせていただいてよろしいですか?」
「はい。とてもお上手ですね。是非お願いします。」
最初来たメイドとは違う2人が1人が結って、1人はその補佐として準備してくれた。
カムイと3人であれこれ話ながら。
自然に色んな事を話せるメイド達にカムイもすっかり気を許し準備が終わってもお茶を飲みながらしばらくおしゃべりを続けた。
少し待ったが朝食はとても美味だった。
ハーブをふんだんに使った料理で鶏のハーブ焼きはさっぱりしていて他の野菜などと一緒にパンに挟んで食べる。
そのパンにもハーブが使われていて口に含んだ時の香りが食をそそる。
カムイは珍しくスープなどもお代わりした。
「陛下、あまり食べ過ぎますとドレスが入りませんよ。」
「入らなかったらドレス無しでいいです。美味しい~!」
「まあ、カムイ様…」
メイド達に注意されるがカムイはお構いなしで食事をして、一杯になったお腹を擦りながら食後の散歩をしていると庭園では咲き誇ったバラに庭師達が水を撒いていた。
水を受けたバラはキラキラと輝きとても綺麗でカムイも庭に作られたテラスに座り眺めていると、庭師の一人に声をかけられ驚いて振り返る。
「カムイ様、おはようございます。」
「おっ、おはようございますっ!」
「どうされました? 何か?」
「い、いえ。知り合いの声によく似ていたので驚きました…」
「そうですか。それは失礼いたしました。」
「いえいえ、ごめんなさい。それにしても素晴らしい庭ですね。」
「そうですね。この花の種類は沢山ありますので。こちらにはかなりの種類のバラがあるようで。」
「…?」
「私はまだこちらで仕えさせていただいて日が浅いのです。」
「そうなんですねー。」
他愛もない話をしていると屋敷の方から声がかかる。
「陛下。そろそろご準備を。」
「あ、もうそんな時間? はーい!」
「足元にお気をつけて。」
庭師がカムイの手を取ってテラスから下ろしてくれカムイは礼を言って屋敷に戻った。
「ちょっ…コルセット、ぐるじいっ…」
「我慢して、ください、ませっ。ターシャ、もっと引っ張って。」
「え…まだですか?」
「ドレスはそういうものなのよ。変わって。いきますよー…それっ!」
「ふぎぃいい!!」
「え、ちょっと…リーナったら!! カムイ様っ、大丈夫ですかっ!?」
ドレスの着付けに入ったカムイにメイド達がついて手伝っているが、慣れないコルセットに締め付けられてカムイが身もだえしている。
汗を噴き出しながら締め付けられているカムイの顔をターシャが心配そうに覗き込みながら汗を拭いてくれているが、もう一人のリーナはギリギリと容赦なくコルセットを締め付けてくる。
「まっ…さっきティータイムだったから、お腹がまだ張ってて…朝食も沢山いただいたのでくるし…っっ!!!」
「だから申し上げましたのに。食べすぎはいけませんと…」
「ターシャの言う通りでございます。ドレスを着るのが解っててあんなに召し上がるだなんて!」
「ドレスなんてどうでもいいんですよ~…普段着で~…いつもそうなんですから…」
カムイは自身の城にいる時も基本的には軽装だ。
女王としての服も普段は簡単なもので、体のラインなど女性らしい部分は強調するように作られているものの柔らかく伸びやすい素材で楽に着る事が出来る。
戦時中の鎧ですら軽い素材で作られていた為、窮屈なドレスはカムイにとってはストレス以外のなにものでもないのだ。
「でも、このお持ちになったドレスはコルセットを付けないと着こなせませんわ。」
「リーナ、でももういいと思う…」
「美しく着こなしていただくのが私たちの仕事ですもの。やっぱりもう少し我慢していただいて……??」
「………うっ…」
「か、カムイさ……まぁあぁあっ!?」
カムイはコルセットの締め付けに耐えられず今朝から食べたものを目の前の美しいドレスへリバースしてしまい、慌てるメイド2人の声を遠くに聞きながら力なく笑い意識を手放した。
その日予定されていた見合いは、カムイの体調不良という事で翌日へ持ち越された。
翌日、準備も順調に終わりカムイは見合い会場となる別の庭園へと着くと建物の中に案内された。
白夜の屋敷の様な平屋の作りだが、中は暗夜式になっており質素でありながら趣味の良い調度品で飾られた感じの良い部屋だ。
そこからも庭園が見渡せるようになっていて、相手の到着を待つ間カムイはしばしそこで庭園を眺めながらお茶を飲んでいた。
柔らかな風に吹かれる草花は良い香りを運んでくれる。
目を閉じて大きく息を吸い香りを楽しんでいると相手方が到着したようだ。カムイは慌てて座り直しドレスなどを確認した。
今日は昨日の様な窮屈なドレスではなく、いつもの執務中に使っているような柔らかなドレスで肩から短いマントを着けていた。
室内に入ってきた候はカムイに恭しく頭を下げる。
「陛下、遅くなりまして大変申し訳ありません。昨日は体調を壊されていたとの事。調子はいかがでしょうか?」
「お屋敷の皆さんが良くしてくださって今日はすっかり良くなりました。ありがとうございます。」
「そうですか。それはようございました。息子は今こちらに向かっております。いましばらくお待ちいただいてもよろしいでしょうか。」
「ええ、構いません。それにしても素敵な庭ですね。」
候と談笑をしながら庭を眺めていたが、その息子はなかなか到着しない。
「おかしい…もう着いても良い時間だが…」
候も流石に心配になったのか屋敷の者を呼びに行かせた。
「時間はまだありますからお急ぎにならなくても大丈夫ですよ。」
「いえ。女王様直々においで頂いたのにこの様に待たせるなど…申し訳ございません。」
「何かご事情があるのでしょう。お気になさらず。」
しばらくすると外がとても賑やかになった。
沢山の女性の声と数人の男性の声。
何事かとテラスに出てみると1台の馬車が庭園の手前で立ち往生していた。
「何なのだお前たちは!」
馬車の周りには沢山の女性達。
お付きの従者達が馬車に寄ってくるのを止めようとしていたがどうやら尋常ではない。
カムイは目を凝らしてじっと見るがどうやら中には泣いている女性もいるようだ。
「若様、私は長い事、若様をお慕いしておりました。それなのに…」
「若様。い、行かないで!」
「愛してます、若様!! ああ、他の女性のものになんてならないで!!」
自分との見合いに来ている事をなぜその女性たちが知っているのかは解らないが、どうやら見合いをしてほしくないらしい。
女性達は馬車に縋りついて進ませまいとしていた。
「ええい、時間がないのだ! どけっ!!」
「いやよ!! 若様ぁ、行かないでぇ!!」
従者が無理やり馬車を進ませようとするが中には馬を止める女性もいるようで思う様に進まないようだ。
「息子さん、おモテになるんですね。女性が沢山…」
「はっ、いえっ、そんな事は?? 」
「でも皆さん縋りついて止めていらっしゃいますよ? ひょっとして無理を…?」
「む、無理など!! そんな事は決して…」
慌てる候をきょとんと見て もう一度馬車の方角を見る。
「…んぅ?」
カムイは何となく違和感を感じる。
何がおかしいのか、何が違和感なのかと言われたら説明は出来ないが何となく、本当に何となく違和感を感じた。
今まで長く戦地にいた時に培った感覚はまだ失っていないようだ。
「私が行ってまいります。女王様、しばしお待ちを!!」
いつも穏やかな候が慌てて立ち上がって部屋から出ていく。
その背中を見送ってカムイは首を傾げティーカップを口に運んだ。
ふう、と一息つくと今度は外から悲鳴が聞こえた。
何事かと咄嗟に護身用のサーベルを握りテラスに走り出る。
「きゃっ、うわああぁぁぁあ!!!」
「なっ、なんだっ、なんだこれはぁぁあ!?」
「すいません、すいません、すいません!!!」
悲鳴の主は候父子。
その姿は下着1枚。いわゆるパンツ一丁。
戦時中に見慣れた風景だった…候達の前には平謝りする農夫の姿。きっと庭師だろう。
足元にはありえないものが転がっていた。
「あれ…追いはぎの斧? 何故一般の方があんなものを?」
考えている間にまた候達の周りを先程馬車を取り囲んでいた女性達が取り巻く。
「若様! お怪我は?」
「領主様、よろしければこちらをおかけくださいませ。」
女達はここぞとばかりに若様と呼ばれる息子を取り巻き、候にも甲斐甲斐しく世話をしていた。
「ああ、領主様…やっぱりダンディーで素敵な方…私、領主さまの事…」
今度は候にも女性たちのアタックが始まった。
渦中の候父子は何がなんやら解らずただ慌てているだけだ。
「大丈夫ですか? 」
カムイが小走りで近づいて行くとその若様はカムイを見て頬を赤く染めた。
「女王様、遅くなりまして申し訳…」
息子が挨拶をしようとした時、周りの女性たちがそれを止めようとするのと同時に今度は地響きが近づいてきた。
何事かと回りを見渡すと、懐かしい顔ぶれがカムイの名を呼びながら走ってきていた。
「カムイ様!!」
「カムイさまーっ!!」
白夜・暗夜王国の王族臣下の独身男性を始め、軍の隊長クラスの人間たちがカムイの周りに集まる。
「カームイさまーーっ!! 元気かーーーっ!?」
嬉しそうにカムイを抱き上げてクルクル回って喜んでいるのは白夜王国第二王子タクミの臣下ヒナタ。
戦時中は色々と自分をフォローして助けてくれたとても明るい侍だ。
「きゃっ…うわぁ、ヒナタさん、お久しぶりですー!!」
「ぅおーう、相ッ変わらず か~わい~~なぁ~、おめぇ~♪」
「あはは、なに言ってるんですかー。」
笑っていると横からひょいと抱え上げられ肩に座らされる。
「カムイ様、相変わらずお美しいな。」
「ブノワさん! お元気でしたか!」
「ああ、変わらず。」
大きな体のブノワの頭に抱き着くと周りからブーイングがあがる。
「ブノワ、お前 カムイ様下ろせよ!!」
「そーだそーだ! 」
おーろせ、おーろせ! と下ろせコールが始まりブノワも渋々カムイを降ろす。
「皆さん、今日はどうしたんです? 来るなんて聞いてなかったけど…」
首を傾げるカムイに皆は一斉に各々の懐などから花束やプレゼントを出して跪く。
「「「カムイ様、ずっと前から好きでした。俺と結婚してください!!」」」
皆に一斉にプロポーズされたカムイは目を丸くする。
その側でまだ女性陣にもみくちゃにされていた若様も目を点にしている。
「え? 皆さん何言って…」
「戦時中からずっと見てた。好きです、カムイ様。」
「カムイ様の笑顔が僕の心の支えでした。今度は僕の隣で僕の為だけに笑ってください。」
「あの…自分には高価なお品をお送りする事は出来ませんが、心だけは負けません!!」
「ええ、待って待って!! 何故こんな急に?」
「急じゃない。機会を探してただけだ。この度この見合いの話を聞いて駆け付けた。」
「そうだぜ! カムイ様が落ち着くまで待ってたんだ。黙ってられっかよ!」
「その間に色んな勉強もしました。あなたを支えられるように。」
皆が情熱的な目でカムイににじり寄ってくる。
カムイはそれに圧倒されて後ずさりをしていた。
その間に候父子は女性達と従者に服を着させてもらったみたいだが女性たちの勢いは収まる事がなくそちらでもまた悶着が起こっていた。
カムイに小さな指輪をぶら下げたクマのぬいぐるみを手渡しながらブノワがその手を取り騎士らしく礼を取る。
「カムイ様。こんな俺の事をあなたは理解して側で笑ってくれた。俺の精一杯の気持ちを、受け取ってほしい。」
間髪入れず次々に手渡されるプレゼントと囁かれる求婚の言葉で流石のカムイもよろけながら顔を真っ赤にしていると、女性たちの間から若様が這い出て逃げようと走り出した。
気づいた女性達が追いかけようとするが、若様は一瞬の内に元の女性達の所へ戻れさてしまった。
何が起こったのか解らず若様は驚いたまま固まりまた女性達の中に戻されていく。
その父の候も何度か同じ様な事が起こっていた様子を見てカムイはきっと空を見上げ大きな声で叫ぶ。
「スズカゼ!! やめてください!!」
その場に居た全員がその声に驚いて固まり、場の空気は静まり返った。
数秒して庭園の中のあちこちに忍達が姿を現し、カムイの目線の先にスズカゼも竜巻と共に姿を現した。
スズカゼはいつもの穏やかな顔のまま、ゆっくりとカムイに近づいて来た。
「おかしいと思っていました。これはどういう事ですか?」
「いえ、私は警護をしていただけですが…」
「…へ? じゃあ…どういう…?」
カムイが首を傾げていると馬が駆けてくる音が近づいて来た。
カムイを囲んでいた臣下兵士達は一旦固まるがその姿を確認して一斉に道を開ける。
麦わら帽子に白いシャツとサスペンダー、作業用の茶色いズボンと長靴の様な靴を履いた馬上のその人は暗夜王マークス。
カムイの姿を確認すると歩みを緩め首に帽子を引っ掛けて近づいて来た。
「に、兄さん、ど、どうされたんですか、その姿?」
カムイが唖然としていると、今度は頭上から羽音がする。
空を見ると美しい天馬が旋回して降りてきた。
馬上にはマークスと似たような恰好をした白夜王リョウマが騎乗していた。
「リョウマ兄さん? 」
「まだいるよ。」
声と同時に強い風が舞い、花々を散らし花弁の竜巻が現れる。
その中から花弁を纏いスカートを揺らしながら2人のメイドが姿を現す。
一人がパチンと指を鳴らすと風は勢いを弱めた。
「れ、レオン、タクミ?」
「ああら、いけない子。」
カムイの目の前を何かが物凄い速さで通りすぎ、候父子の足元へ地響きを起こして突き刺さったのは斧と長刀。
周りに居た女性達は悲鳴と共に逃げ出し、候父子はもみくちゃにされてボロボロになった状態で腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
彼らの目の前には斧と槍が物騒な輝きを放ちながら刺さっている。
「お姉ちゃんに内緒でお見合いだなんて、なんていけない子なのかしら。」
メイド服の胸のボタンを外しながら近寄ってくるのは暗夜の姉カミラ。
その後ろから同じくメイド服を着た白夜の姉ヒノカが続く。
「カムイ、お前の相手というのはこやつか。」
「え、あ、はい。」
「我は暗夜国国王マークス。我が妹との婚姻を結ぶというのであれば、先に私と手合わせをせよ。」
マークスはジークフリードを呼び出し切っ先を候父子に向ける。
「俺は白夜国国王リョウマ。カムイは俺の妹でもある。その妹の婚姻の相手ともなれば実力と人となりを見極めるのは兄としての務め。手合わせを申し出る。」
「ちょっと待った。それなら僕らもその権利はある。大切な姉の相手ともなれば、任せられる人間かどうかは僕らも測っておきたい。」
「そうだね。兄さんの後は僕らもお相手願おうか。」
「ちょっとあなた達、私たちを差し置いて。いけない子ね。ごめんなさいね、候。でもやはり大切な大切な妹ですもの。戦でご一緒にしていない以上、あなた方がこの子を守れる人かどうかは、やっぱり私も見ておきたいの。私たちとも手合わせお願いできるかしら。」
「私の妹は立派な王で武士だ。誇り高きこの妹を泣かせる男へは嫁がさん。お手合わせ願おう!」
候父子はもちろん、当のカムイが一番唖然としていた。はっと気づく。
「ま、待ってください。えっと、お世話をしてくださったメイドの方々が…」
「僕らと姉さんたちだよ。解らなかったでしょ?」
「兄さん達は…」
「私は庭園で会った。」
「俺はさっき。」
「え、じゃあバラの…リョウマ兄さんは、まさか…」
「ウム。」
リョウマが背中にかけてあった追い剥ぎの斧を出すのを見てカムイはその場にへたり込む。
ヒナタやブノワが慌てて走り寄って支えた。
「大変だったんだよねー、ジョーカーが暴れてさぁ。」
「じ、ジョーカーさんは帰ったと…」
「あいつが姉さんを置いて帰るわけないだろ? 邪魔されたら困るからね。僕らが捕まえて監禁しといたのさ。」
「あたしたちも手伝ったんだよ!」
その声の方向に目をやるとこれまた知ったメンバーが揃っていた。
ドレスを着て候父子に縋り寄っていた女性達は暗夜の妹エリーゼと白夜の妹サクラ、ルーナ、ラズワルド、サイラス、シャーロッテ、ツバキ。
「カムイ様ー、ご無沙汰しておりますー。女装も任務も完璧にこなしましたよー。」
「あはは、どうだ、似合うかカムイ?」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいから、あまり見ないでください、カムイ様。」
「かわいい服が着れて玉の輿にのれるっつーから来たのによぉ、なんか話が違わね? や、違いませんかぁ~?」
「もうちょっといい生地なかったの? なんだかなー。」
「あの、姉さまが心配で、その、すいません…」
カムイはショックで気を失ってしまった。
カムイが目を覚ましたのはそれからどのくらい経った頃だったろうか。
あてがわれた屋敷のベッドで目を覚まし、ゆっくり呼吸をする。何だか悪い夢を見ていたような気がする。
目を閉じて深呼吸を繰り返していたら隣の部屋から静かだが怒気を含んだ声が聞こえた。
「あなた達、何をしたか解っているの? この国の行く末を決めるカムイの結婚を踏みにじったのよ? この落とし前はどうつけてくれるのかしら?」
「妹の結婚相手を我らが知らぬというのも道理が通るまい。当然の事をしたまで。」
「勝手に見合いを決めたアクア姉さんの気がしれないよ。なんのつもりさ?」
「こうなる事が予想できたからでしょうっ?」
「お前とていつの間にかオーディンと結婚してしまったではないか。」
「私とカムイでは立場が違うわ。」
「何を言う。お前はカムイと同じ我らの妹で透魔国の王女ではないか。何も変わらん。」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど…でも私はカムイの為を思って…」
「そうね。あなたがカムイを愛していて、とても大切に思ってくれているのはよく解っているのよ。だけど私たちにとってはあなたもカムイも大切な妹なの。解ってくれるかしら?」
「解ってるわ…だけど、カムイは、カムイには、本当に幸せになってほしいの。だから政治からも戦からも離れた相手にって…私なりに…」
カムイは扉をバンッと開けて部屋に飛びいる。
「姉さん、目が覚めた?」
「カムイ、大事ないか?」
近寄ってくるきょうだい達にカムイは深呼吸して叫ぶ。
「私は、国の為に、私なりに出来る事を、精一杯やろうと思ってます! だから、お見合いも、受けようって、思いました! アクアも懸命に手伝ってくれて、国政だって、彼女が居ないと、私だけじゃ何にもできなかった! 国を立て直すために、私なりに…う…」
「ど、どうしたのだ!?」
「お姉ちゃん?」
「姉さま、ど、どうなされました?」
カムイの赤い目からは大粒の涙が流れる。
今まで我慢していた思いや、言えなかったこと、色んな思いや言葉が出てきて頭が纏まらない。
感情が溢れてきて、なかなか流せなかった涙が蛇口をひねったように流れでる。
「ひ、う、うえ、うわぁあああぁん!!!!!」
カムイはその場で声を出して泣いた。幼い頃以来の感情的な涙だった。
「スズカゼ、やりすぎだったんじゃない?」
ルーナがコーヒーを飲みながらスズカゼをちらりと見るがスズカゼはどこ吹く風で茶を口に運ぶ。
「あの候がお優しい方で民を支えてきていた方なのは本当でした。ですが、その息子は裏では結構遊び歩いているらしく女癖も悪いと。要領よくやって、候にはばれていないようでしたが。そんな相手に大切な主を任せるわけには参りません。この度の事で候にもばれたでしょうし、灸を据えられたでしょうね。」
あれから候本人から連絡があり、今回の見合いは破談となった。
スズカゼ以下臣下の思惑通りにはなったものの、これでまたカムイの婚期が遅れる事となる。
それはそれで臣下達の心配の種ではあった。
やはりカムイには思いあった相手と結ばれてほしいという願いは皆持っているものの複雑な気持ちだ。
「そんな相手なら確かに破談になってよかったけど…」
ラズワルドが紅茶を口に運んだ時、外から騒ぐ声が聞こえ慌てて窓から覗くと城の中庭に見慣れた臣下達や兵士達が集まり騒いでいた。
よく見るとその真ん中にはカムイが居る。
「カムイ様、大丈夫だったか?」
「あ、はい。皆さんありがとうございます。もう平気です。」
「カムイ様、あなた様を支えるのは私の役目です。どうかこれを受け取ってください。」
「ちょっと待て! 抜け駆けすんじゃねぇよ!」
「いやいや、俺が…」
「ちょ、ちょっと待ってください皆さん。あの…」
戸惑うカムイにヒナタが目の前で微笑む。
「俺たちは別に操られてる訳でもなんでもねぇ。自分で選んでここん来てんだ。カムイ様の事は戦の時からずっと知ってる。ちょっとやそっとじゃなびかねぇってとこもな。だから何処までもいつまでも付き合うぜ。おめぇが首を縦に振ってくれるまでな!」
「ああ。あなただから、好きになったのだ。思いを受け取ってほしい。」
「僕も!」
「私もです!!」
皆が手にプレゼントを持ち、膝をついてカムイへ掲げる。
カムイは一気に耳まで赤くなり立ちすくんでしまった。
「え、あの…わ、わた、私…」
「大好きだ、カムイ様! だから俺と一緒に…」
「俺は一介のしがない国境兵だ。身分もないが気持ちだけは…」
スズカゼが慌てて窓から飛び出ようと構えた時、空からの殺気を感じカムイやヒナタ達は後ろへ飛び避ける。
体制を立て直して確認すると雷を纏った剣を持った長兄二人が仁王立ちになっていた。
「大切な我が妹の相手となりたくば、私を倒していけ!」
「腕に覚えがある奴だけかかってこい。そう簡単にカムイはやれんぞ。」
その後ろへはいつの間にか他の王族きょうだいが構えていた。
「兄さん達だけじゃない。僕らもいるからね。何処を打ち抜いて欲しい? 頭かい、首かい?」
「いつでも塵になりに来なよ…跡形もなくしてあげる…」
タクミの風神弓とレオンのブリュンヒルデが不気味な光を放つ。
「ふふ…困った子達ねぇ。でも、私のかわいい妹ですもの、やはりそれなりの相手に嫁いでほしいわ。最後の砦は私たちよ。崩せるものなら崩してごらんなさい?」
「私よりも弱い男へ任せれんのでな。覚悟してこい!」
「ね、姉さん?」
カミラがカムイを片手で抱き寄せ、大きな斧を軽々と振り下ろす。
その前でヒノカが長刀を振り回し身構えた。
それぞれ神器を持った王族。
しかもその強さは語る必要のない位のものであることは臣下や兵士たちは十分知っている。
中には後ずさる者もいるが面々の後ろで明るい声が響く。
「皆頑張って! 負けるなー!!!」
「あ、あの、怪我をされたら、回復致しますので、こちらへ。」
エリーゼとサクラがいつでも回復出来る様に、沢山の杖と共に救護スペースを作っていた。
「へへ…簡単にいかねぇとは思ってたが、面白くなってきたじゃねぇか!」
「今までの鍛錬の見せ所だな。この思い遂げさせてもらう。」
「おお、負けねぇ!! なぁ、みんな!!!!」
「「「「おおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」
窓がビリビリと震えるくらいの気合が空に響き、王族へ一斉に向かっていく。
「え、え??? ちょ、ちょっと、やめてください、皆さんーーーーっ!!!」
「大丈夫よ、カムイ。腕試しするだけだから。」
「そういいながら姉さん目が怖いです! ヒノカ姉さん、止め…」
「そうはいかん。かかってこい、おらぁ!!!!」
「な、なにやってるのよ、どうなってるのよっ???」
ルーナが混乱してラズワルドの首元を掴んで揺さぶる。
「カムイさまのっ、あいてのっ、うでだめ…しっ…ルーナ、苦しっ!!!」
「でもこりゃ見ものだな。勉強になりそうだ。」
「サイラスっ、のんびりしてる場合じゃ…スズカゼっ???」
「こうしてはいられません。私も参戦してきます。」
「はっ?」
「ごきょうだいの皆さまには恩こそあれ恨みはございませんが、勝てばカムイ様を娶れるとなれば私も是非。では。」
「ちょっとーーーーーーーーっ???」
スズカゼが窓から一瞬で姿を消し、リョウマへ向かっていった。
その後、カムイが結婚できたのか、出来たとして相手は誰だったのか。それは解らない。
因みにジョーカーは乱闘時、候の屋敷で拘束されたまま忘れ去られており、彼が発見されたのは1週間が経過しての事だった。