湯あみを済ませてヒナタはベランダで月夜を見ながら涼んでいた。
白夜の月夜も綺麗だが、ヒナタはこのカムイの治める星界の国の月夜もとても気に入っている。
澄んだ空気に光る月は何重にも輪を纏った様で夜だというのにとても明るく元気を貰える様な気がするからだ。
特に今住んでいるカムイの居室は大きな木をベースに作ってあり、高い場所に寝室があるからか空気が綺麗な様にも思える。
時折吹く風にさわさわと木の葉が揺れ緑の香りを運んできて深呼吸をしながら一息つき室内を見るとカムイが髪や肌の手入れをしているのが見える。
カムイとは本来身分が違う。
付き合いを申し込んだ時にそれを考えていないわけでは無かったが好きだという気持ちを曲げる事は出来ず、カムイの為にも乗り越えて行くつもりで挑んだ。
それなりに覚悟をして。
「「つまみぐい仲間」から夫婦かぁ。ついこの間まで違ってたのにな。」
カムイと結婚する事になり挨拶と報告に行った時は大変だった。
----------
「カムイは私の大切な妹。本来ならば私が直々に見合う相手を探したい所だがカムイが選んだ男ならば心配はあるまい。ただ…やはりそのまま承諾するわけにはいかん。手合わせをして見極めてやろう。」
そう言ってゆっくりと立ち上がり手に持ったのは神器ジークフリード。
心の中で「ぇええ!?」と叫んだ所でカムイが流石に止めに入った。
「兄さん、いくらなんでも神器は駄目です。ヒナタに何かあったら私 兄さんを許しませんから!!」
暗夜のきょうだい達はカムイをとても愛し大切にしている。
特に長兄マークスはカムイに対しては激甘で一筋縄ではいかないとは思っていた。
それを見越してごく簡単な鎧だけは着用してきてはいたが、まさか神器まで持ち出してくるとは予想がつかなかった。
「お、おお、そうだったな。ついいつもの癖で…うむ、では私はこの鋼の剣でいこう。ヒナタ、お前はどうする。得意なものなら何でも良いぞ。」
その時横に居たレオンが小さく舌打ちをしたのをヒナタは見逃しておらずチラリと見て目を合わすといつもの上から見下ろすような目線で小さく口角を上げて微笑んだ。
「命拾いしたね。僕としては神器を持たない君がどんな風に対抗するのか見てみたかったんだけど。」
「…俺ぁ負けませんよ。あんたにだって。」
ヒナタもカチンときて少し言い返すとレオンも眉根を吊り上げるがまた間にカムイが入ってレオンに詰め寄る。
「レオンさんっ!」
「え、あ、ご、ごめん、姉さん。いや、僕も心配してるんだよ?」
「レオンさんが相手でもヒナタは負けませんから!! ねっ!?」
そう言って頬を膨らませて鼻息荒くヒナタを見返して来るカムイの顔を見て自然に顔が綻んだ。
それを見ていたカミラがクスクスと笑う。
「あぁら、かわいい顔も見せるのねぇ、ヒナタ。」
「へ?」
白夜にはないタイプの妖艶な笑みに思わず慌ててしまうがここもカムイに間に入られる。
「姉さん、駄目っ! ヒナタは駄目だからっ!!」
「ふふ、やあねぇ、そんなんじゃないわよ。私はもうお相手が居るもの。」
「皆カムイお姉ちゃんとヒナタが困ってるじゃない! きょうだいになるんだから仲良くしないとっ! よろしくね、ヒナタ、お兄ちゃん?」
「え、はい。よろしくお願いします。」
上の兄姉達に末の妹エリーゼが注意しながらヒナタに抱き着いてきて笑顔をみせてくれるが、白夜ではこういう歓迎の仕方はなく慣れていない。
最初は驚くがエリーゼに他意が無い事は見てすぐわかる為カムイも何も言わないしヒナタもそのまま応えた。
「よし、では…」
他の兄弟と問答をしている間に腕と足の鎧だけ着けたマークスに連れられて庭へ移動し互いに向き合う。
「あの、白夜では鍛錬の時に木刀という木の刀を使うんですが、こちらではそういうのは無いんですか?」
「む? いやあるにはあるがそれは本当に初心者だけだ。基本は本物の剣で刃がないものを使うが、お前相手にその必要はないだろう?」
「…という事は手加減無用ってことですね。解りました。」
マークスがその言葉に微笑んで腰に手をやって剣を下へ下ろす様にして構えるとヒナタも腰の剣を抜いて構える。
ヒナタの剣は二刀流。
通常より大きいタイプの剣を2本持って戦うスタイルだ。
しばらく見合っていたがヒナタが先に動く。
地を蹴って体を低くして突っ込み下から一刀目を振り上げマークスが剣で弾いた所に二刀目を横薙ぎに持って行く。
マークスは落ち着いて剣一本でそれを払い体制を立て直すが、素早さが高いヒナタ相手に反撃する隙がなく一方的に圧される様な形になっていた。
「マークスお兄ちゃん何で反撃しないの?」
「兄さんはああして相手の技量を図っているんですよ。私が教えて頂いた時もそうでした。」
エリーゼの質問にカムイが落ち着いて答えているとマークスの反撃が始まった。
「っとぉ!!!」
次々と放たれるマークスの斬撃に最初は驚くがヒナタは楽しそうに笑っていた。
マークスが放った上からの斬撃を刀で止めて弾く様にして後ろに跳ね体制を整え直しマークスへ声をかける。
「いやぁ、一度戦ってみてぇとは思ってましたがこんな形で叶うとは。勝っても負けても皆に自慢出来ます。」
「ほう、私に勝てないと? もう諦めたか。」
「とーんでもねぇ、負けません、よ!」
静かに話しをして突っ込んでいくヒナタの剣を受けながらマークスも微笑んでいる。
「兄さん、楽しそうだね…なんだか本来の目的忘れてない?」
「兄さんもヒナタもどっちかというと剣でお話しするタイプですからねー。楽しそうでよかった。」
両者とも汗を散らしながら打ち合い、最後はお互いの急所への寸止めで決着がついた。
「なかなかやる…よかろう、カムイを頼んだぞ。」
「はい、生涯かけてお守り致します。」
「お前も私達きょうだいの仲間入りだ。今度は暗夜式の生活も教えてやらねばな。」
マークスは笑いながらヒナタの肩をポンと叩き、ヒナタは初めて見るマークスの笑顔に面食らっていた。