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「風がきもちいい~。」

星界にひっそりと存在するこの国にも星竜リリスの加護で四季がある。

今は夏。

日に日に暑さも増してきたがこの国にはよく風が吹く。

暑い時には木陰や原っぱに行けば風に吹かれて気持ちが良く涼がとれるようになっていて、暑くて堪らないという事はなく快適に過ごせていた。

カムイは自室からこっそり抜け出して原っぱへ風に当たりに来ていた。

大きく伸びをして胸いっぱいに空気を吸い込む。

空の雲も今日は良く流れている。

天馬や飛龍が風に乗り気持ちよさそうに空を飛んでいるのを見ていると急に腰の所に腕を回され肩に抱えられた。

 

「きゃっ!!!」

「はいはい姫様、お迎えに上がりましたよー。ったく、気が付いたら逃げてやがる。主役が居ねえんじゃ何もできねぇだろが!」

ヒナタが気配もさせずカムイの背後に近づき捕獲されてしまった。

暴れるが構わずそのまま歩いてカムイを連行する。

 

「ちょっとヤダ、自分で歩くー!」

「そう言ってこの前も逃げ出したろ。」

「逃げたんじゃなくてあれは誘われて…」

「同じ事だ だぁほ。子供じゃねぇんだからじっとしてろ。オボロー、居たぜー。」

「流石ヒナタ。カムイ様っ!! 仮縫いはカムイ様がおられないと出来ないじゃないですか! さーさー、やりますよ、皆さん!!」

「もーやだーぁー…動きにくいしー。暗夜のみたいにいつもの鎧でいいよぉ。」

もうすぐタクミとの結婚式がある。

その衣装の仕上げの為の仮縫いをここ最近時間を見つけてはやっているのだが、元々あまり着飾るのが好きではないカムイとしては正直なところそんな事をするよりも鍛錬やキャッスルの仕事をしていた方が楽しいのだ。

だが相手は第二位とはいえ王子。

戦の最中ではあるがやはりある程度は体裁を保たなくてはならない。

タクミの臣下でもあり呉服屋の娘でもあったオボロが先頭に立って指揮をとってくれているのは嬉しいのだがあれやこれやと着物を変えたりしている内にカムイも飽きてしまうのだ。

 

「お前な、親王妃になるっつーのに何言ってんだ。タクミ様も楽しみにしてらっしゃるのに。」

「タクミなら気にしないよ、きっと。」

「ダメですっ!タクミ様に恥をかかすような事は絶対にさせませんからねっ。カムイ様といえど絶対に許しませんよ!」

部屋の中で仮縫いの準備をしていたオボロが鬼の形相でカムイを睨みつける。

 

「はーい…相変わらずタクミ大好きだね、オボロさん。」

「俺らは似た者同士だから いーんだよ、あれで。俺も人の事言えねぇし。」

ヒナタは苦笑いしながら頭を掻く。

腰まであった長い髪は今は短く いつもの髪型にしても肩までの長さ。

絡まってしまって解くのが大変だった癖の強いカムイの好きな茶色の髪はもう二度と長くなる事はない。

 

「…式は俺も楽しみにしてんだ。綺麗だろうな…」

「んーーー…そんなに見たいー?」

「怠そうに言うな。ったりまえだろ。つか見せろ。」

ヒナタはトンとカムイの背中を押して部屋に入れと促す。

 

「俺だけじゃねえ。ごきょうだいもみんなも楽しみにしてんだ。いー子だから大人しくしとけ。」

「…はーい。」

「うっし、行って来い。俺ぁタクミ様の手伝い行くかんな。」

「よろしく。オボロさん、よろしくお願いします。」

室内に入ると白い生地に金糸の装飾の素晴らしい打掛などが出来上がっていて流石のカムイも目を輝かせる。

 

「綺麗…」

「でしょう?うふふ、タクミ様のものとお揃いなんですよ。」

「タクミは似合うでしょうね。」

「そうなんですよ! こういう繊細な装飾はやはりタクミ様が一番お似合いになります。さ、カムイ様、こちらにどうぞ。」

オボロに促されるまま立ち仮縫いが始まった。

オボロをはじめ衣装を作ってくれている面々がテキパキと進めていく。

 

「うん、やっぱりこの色はお似合いになりますね。」

「そうですか? ありがとうございます。」

「ヒナタ、喜んでたでしょ?」

「大人しくしとけって。」

「あんな口聞いてますけど、誰よりも喜んでるんですよー。私も異界に行く前にこのお仕事が出来て嬉しいです。」

「ありがとう、オボロさん。元気な子産んでくださいね。」

「ありがとうございます。でもまぁお互い様ですね。タクミ様の為に綺麗になってくださいよ。今はこれが私に出来る精一杯ですから。」

「はい…」

オボロはタクミとカムイの式が終わり次第、腹の子の養生の為異界に行く。

今オボロの腹の中にはヒナタの子が宿っていた。

カムイとオボロは顔を見合わせて笑う。

ある意味の同類。

2人の間にはいつの間にか女同士の友情が生まれていた。



 

執務室でタクミは手を止めて窓の外をぼうっと見ていた。

窓からは風がそよそよと入りとても気持ちがいい。

朝から書類の仕事で動いているが全くと言っていいほど集中が出来ず今日は仕事がはかどらない。

もう何杯目か分からない位の茶を口にしてため息をつく。

 

「タクミ様、大丈夫です?」

出来上がった書類を各所に届けて戻ってきたヒナタが声をかけるとタクミは体を跳ねさせてヒナタを見る。

 

「あ、うん。ご苦労様。」

「あい。んっとこっちの書類出来てますね。これも届けてきますわ。」

「うん、よろしく。」

「はいっと。」

部屋から出る直前チラリとタクミを見ると窓の外に目をやってため息をついている。

 

「仮縫い、気になります?」

タクミは勢いよく顔をヒナタに向け顔を赤くした。

その反応に思わず吹き出す。

 

「そ、そりゃ、そう、だよ…」

「ああ、まだ衣装はご覧になってないんですか。」

「み、てない…ヒナタ、見たの?」

「いーえ。家にゃ持って帰ってきませんし、大体婿さんより先に俺が見てどーするんです。」

「…カムイ、ちゃんとしてるかな…」

「さっき逃げてましたので捕まえて連行しときました。」

「…やっぱり。ヒナタ、そういえば最近すごく勘がいいというか…動きが変わったね。カムイも逃げても最近は直ぐに見つかるって言ってたよ。」

戦場はもちろん普段の生活などでもヒナタは変わっていた。

以前よりは勘も働き体の動きも良くなっている。

元々カムイ特有の気配を取る事は出来ていたが 彼女の血を口にした時からそれは顕著に表れ、同じ臣下の盟約を交わしているスズカゼに聞くと彼も同じような事を言っていた。

神代の竜の血を直接引くカムイの血は今までの王族の者とは違い能力的なものにも影響してくるようだ。

タクミにはまだカムイの臣下にもなった事は伝えていない。

 

「そっすか? 何も変わってませんけど…ちゅうかカムイ様が逃げるのが下手なんすよ。」

取り合えず誤魔化しておくが、近いうちにきちんと伝えなければならない。牽制の意味も込めて。

 

「タクミ様、そんなに気になるなら行ってみます? タクミ様の屋敷におられますよ。」

「え!? 僕の所?」

「はい。この書類は届けとくんで息抜き含めて行ってみちゃどーです?」

「そ、そうだね。直ぐに戻るよ。」

「……何とまぁ素直になったこと…」

タクミが机から立ち上がりそそくさと部屋を出て行くのを見ながらヒナタは大きく伸びをした。

 

 

 

タクミが裏手から屋敷を覗くとまだ女性たちの声がしている。

仮縫いが終わっていなさそうのを確認してそうっと庭へ入っていく。

 

「カムイ様、もう少しですからね。頑張って。」

「せめてちょっと一息だけ休憩させて下さいよー!」

「駄目です。今はカムイ様センサー居ないんですから、またどっかに行かれたら困ります。」

「…どれだけ信用無いんですか、私?」

「信用はしてますけど今は駄目です。」

タクミは軽く吹き出す。

カムイセンサーとはヒナタの事だ。

あのヒナタが妻にそんな扱いをされている事が微笑ましくて思わず顔が綻ぶ。

その時スパンと障子が勢いよく開いてカムイが姿を表す。

 

「外の空気吸わせてー!あ……」

タクミはその姿を見て息をのむ。

白い金糸の装飾の打ち掛けにごく薄い青の着物。

帯には沢山の刺繍が施され締め帯も単色に銀糸が組んである。

胸にはタクミのトレードマークとも言う組紐の花結びがつけてある。

頭にはベールの様な薄い生地の綿帽子に似たものを被り、真珠色の髪は太陽に照らされベールと共に輝いていた。

あの夜暗夜のドレスを着たカムイの姿を見た時の様に言葉も出す事が出来ずただその姿を見つめる。

 

「タクミ様?」

オボロの声に我に返り一気に耳まで真っ赤になる。

その顔を見てカムイも思わず顔を赤くさせて慌てて部屋に入る。

 

「あらら…ふふ、どうされました、何かご用事です?」

「いや仕事が少し空いたから顔見に…」

「そうですか。ならどうぞお入りください。もうすぐ終わります。」

「いいの?」

「奥様になられる方のお姿ですよ。タクミ様が見てはいけない理由がどこにあります。どうぞ。」

タクミが静かに部屋に入ると色々な衣装が準備されていた。

今カムイが来ている打掛をはじめ、普段着るものや式典用のもの。

全てカムイ用に作られたものだ。

その量と色彩に驚く。

 

「す、ごいね…着物は徐々に準備しようと思っていたんだけど…」

「リョウマ様からのお言いつけです。とても喜んでおられましたよ。」

「兄さん…派手にはしないでって言ったのに…」

「あとマークス様も。先ほどもお部屋にいきなり入ってこられてカムイ様を見るなりお泣きになられてました。」

「マークス兄さんまで…? はは…」

「マークス兄さん、まだ式もしてないのにボロボロで…ラズワルドのハンカチが涙でベッチャ~…」

「そう…あ、もう脱いじゃうんだ…」

「はい、カムイ様、次はこちらです。式典用のものですね。」

「えー…まだあるの?」

「あと6枚ですかね。」

カムイは顔を天井に向けてため息をつき、それを見てタクミも笑っていた。



 

「うん、それもいいけどここの色はもう少し薄くていいんじゃないかな。」

「タクミ様がそう仰るなら変えましょう! ではこんな感じで?」

「…変えるの?」

「カムイにはこっちの色の方が似合うよ。ほら。」

あれからいつの間にかタクミも仮縫いに参加し衣装の色についてあれこれ言い始めてしまっていた。

タクミはいつも小奇麗にはしていたがそれはオボロの影響だけかと思っていた。

どうやら彼自身もこういう事は嫌いではないらしい。

楽しそうにカムイと布を見比べながらあれこれと選ぶ姿は今までのタクミのイメージとは大きく違っていてカムイも驚く。

だがもう長い時間付き合わされているカムイにとっては正直苦痛で仕方がない。

流石にそろそろ休みたい。

 

「厠に行ってきていい?」

「あ、ならこちらを羽織って行かれてください。」

オボロがささっと羽織を出してきてカムイの肩に打ちかけてくれ部屋から出て襖を閉め大きくため息をつく。

 

「…喉乾いた、お腹空いたよぉ…」

トボトボと廊下を歩きながら勝手口へ向かい厨房係の女性に声をかけて水を一杯もらい庭へ向かい縁側に膝を抱えて座り込みまた大きくため息をついた。

ドレスの着付けもカミラ達に引っ張って行かれ先日終わらせたところだ。

両国の王女であるカムイは式自体はこの星界の国でしても暗夜・白夜両国で改めてお披露目をしなくてはならない。

それに合わせたドレスを作る為に丸一日付き合わされたのだ。

その時はレオンが息抜きに連れ出してくれたりして何とか過ごせたが今回は嫁ぎ先のもので全て1から作らなくてはならずあまりの量に流石に辟易していた。

またため息をつくとお腹がぐう…と鳴り抱えた膝に突っ伏すと頭にぽふっと何かが乗っけられ顔を上げる。


 

「んーな事だろうと思ったぜ。腹減ったんだろ。」

ヒナタが包みをもって目の前に立っていた。

最近タクミ並みにヒナタの気配が読めない。

驚いて目を丸くして顔を見つめる。

 

「つっかれた顔して、親王妃は大変だな。おやつ。タクミ様もまだいるんだろ?」

「…帰りたい…」

「駄ー目。ほい口開けろ。」

ヒナタに口に小さな饅頭を入れられモグモグしていると顔が綻ぶ。

 

「おいひい…」

「だろ。ジョーカーも呼んできた。茶を淹れてくれるってよ。」

「え?」

勝手口の方を見るとバスケットを持ったジョーカーが笑顔で近づいてきた。

 

「あー、でも饅頭にはあわねぇかな、しまった。」

「心配しなくても合う紅茶を淹れる。カムイ様をお連れしてくれ。カムイ様、部屋へお戻りになり休憩をとお伝え願えますか。直ぐにご準備してお持ち致します。」

「はい。ありがとうございます。」

カムイはそういうと立ち上がりヒナタと共に部屋へ向かう。

 

「着物、似合うな。」

「道着以外はまだ着慣れなくて…」

「や、良く似合ってるぜ。ごほん…タクミ様、お茶のご準備が出来ますので石庭の部屋へどうぞ。カムイ様もお連れしておきます。…行こ。」

襖の外から声をかけると中からタクミの返事が聞こえた。

静かにカムイを連れて部屋へ移動する。

 

「何で開けないの?」

「人様の嫁の衣装を式前に見ちゃいけねぇだろ。」

「でもマークス兄さん見ちゃったよ?」

「ごきょうだいと俺は違うの。」

「…それも何だか寂しいな…ヒナタもオボロさんも家族みたいなものだもの…」

「おお、臣下から家族に格上げされた? 式の時に、しっかり見させてもらうって。」

「うん…」

カムイを見て微笑むヒナタに笑顔を返し部屋に入ると既にジョーカーがお茶の準備をしていた。

カムイが座って待っているとタクミ達がやってきてお菓子といい香りのする紅茶に目を輝かせ一息の休憩に入った。

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