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今日もいい天気ですね。

そう思いながらマイキャッスル内をカムイは巡回している。
巡回と言っても散歩の様なもの。今まで暗夜の北の城砦から出た事がない自分にとっては今のこの環境は素晴らしいもので、リリスの守護するこの星界の自分の城を何の警戒もする事もなく歩けるのはこの上なく幸せな事だった。
最初はほとんど建物や施設もなく殺風景で小さな土地だったが、人が増えるにつけ少しづつ拡大し今はその頃とはまた違った景色が広がっている。空は透魔で見たガラスの様な色をして鳥も飛んでいる。気持ちの良い空気を胸いっぱい吸い込み深呼吸して、ふわりと香る甘い匂いに目を開ける。
クンクン…と匂いの元を辿っていくとその中に自分の気になっている匂いも混ざって香ってくる。

この香り…

静かにそこに近づいてみると、銀色に近い茶色の馬の尾の様に毛艶のよい長い髪が目に入ってきて嬉しさに走り出す。

「タクミさん!」

呼ばれたその髪の主はカムイに顔を向ける。栗色の瞳は驚いて丸くなり明らかに慌てている様子だ。
カムイは構わずその胸に飛び込む。

「うわっ、ちょっと!!!」
「タクミさん、おはようございますっ。」
胸に顔をうずめたまま大きく息を吸いその香りを堪能する。白夜独特の香の香り。自分はこちらの香の事はまだわからないがとても好きな香りだった。

「…いい加減放してくれない? 状況わかんない?」
大きなため息をつきながら言われて顔をあげ周囲を見ると、その様子をニヤニヤと見つめるヒナタとその陰で顔を赤くしてヒナタに隠れるように覗いているオボロがいた。

「あ、ヒナタさん、オボロさん、おはようございます。」
カムイはそのままの状態でにっこり笑って挨拶をするとヒナタが笑い始めた。

「おはようございます、カムイ様。タクミ様の事大好きなんですね。」
「そうなんです。大好きなんです!」
「臣下の俺らからしても主君の事をそう言っていただけると嬉しいよな、オボロ?」
「ヒナタ…もう…おはようございます。カムイ様。とりあえず収穫したものを下ろさせて差し上げて下さいませんか…?」
オボロがタクミを指すように手を動かしたので改めてタクミを見ると、両手に桃を抱え間から迷惑そうな顔をして自分を見下ろしているタクミが見えた。

「わあ、おいしそうな桃!」
カムイは目を輝かせてそういうが、タクミの胸に抱きついたまま状況を読まない姉に怒りというよりも呆れてしまう。

「姉さん。ちょっと桃を下ろさせてくれないかな。このままじゃ桃がつぶれちゃうよ。」
ため息交じりにそう言われるとやっと理解したのか、ぱっと離れてモジモジとし始める。

「あ、ごめんなさい…」
「どいてどいて。」
「あの、お手伝いしてもよいですか?」
「要らない。もう終わるから。」
そっけなくカムイに背を向けて籠の中に丁寧に桃を並べていく。そのまま振り向く事無くまた桃の収穫に入るタクミを見てカムイは耳を垂れ下げてしょんぼりしてしまう。

「あ、そうだわカムイ様。お手数ですが、こちらの桃をごきょうだいの皆さんに配ってきていただけますか?今朝は沢山桃が採れたので皆さんにも取り立てを味わっていただきたいんです。えぇと…暗夜の桃とは味が違うそうですよ。」
その様子を見かねたオボロが小ぶりの籠に桃を入れてカムイに手渡す。

「あ、はいっ!」
カムイはパッと顔を明るくしてオボロから籠を受け取り、笑顔でオボロのお腹を撫でお辞儀をして場を去る。

「タクミ様…」
「何?」
「そんな態度を取られなくても…」
オボロが諫め様とするが黙っていろと言わんばかりの目線を向けられ黙り込む。すると近くでカムイの声がした。

「マークス兄さん!」
「おお、カムイ。」
「おはようございます。マークス兄さん。」
「おはよう。今日も元気そうな顔が見れて嬉しいぞ。」
マークスはそう言いながら手を大きく広げて飛びつくカムイを抱きしめお互いに頬に口づける。カムイは大きな胸に嬉しそうにすり寄っている。その後ろからひょいと弟のレオンも顔を出す。

「姉さん、おはよう。」
「レオンさん、おはようございます。」
マークスから離れるカムイを手を広げて腕に抱き同じように口づけた。いつも上からみるような目線のレオンだがカムイの前だけではかわいい弟の顔をする。

「あら、カムイ、私を差し置いてなあに?」
「カミラ姉さん~!!」
「ふふ、私のかわいいカムイ。おはよう。よく眠れたかしら?」
「はいっ。」
カムイは子犬の様に跳ねながらカミラにも抱きついていきカミラもその額に口づける。

「あら、エリーゼさんは?」
「エリーゼはまだベットの中よ。本当にお寝坊さんで困った子。」
「じゃあ後で起こしに行きます。」
「姉さんがそれを毎朝するから、エリーゼが自立できないんだよ。甘やかしちゃダメ。」
「きょうだいの中で一番朝の弱いお前がそんな事を言うのか?」
「兄さん、一言余計。」
「ふふ、そうね。じゃあ後一緒にいきましょ。起きなかったらくすぐっちゃいましょうね。」
「はいっ、楽しそう~!!」
暗夜のきょうだい達と楽しそうに談話する姿を見ながらタクミは渋い顔をして見ていた。心なしか手が震えている。ヒナタはそんなタクミを横目で見ながら収穫作業を続けた。

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収穫が終わり食堂に行くと先ほどのメンバーが食堂の外の机で食事をしながら談笑していた。

「マークスお兄様。そういえばヒノカ様はどうされたの?」
「よく眠っていたのでな、起こさずに来た。あとこの桃と共に朝食を運ばせよう。カムイがくれた桃だといえばヒノカも喜ぶであろう。」
「朝の鍛錬を欠かした事がないヒノカ姉さんがそんなに寝坊するだなんて…珍しいですね。」
「最近そういえば朝ヒノカ様を御見掛けしないわね。ふふ、お兄様ったら。困った方。」
カミラがクスクス笑いながらカップを口に運ぶ。

「ヒノカ姉さんが心配です。私あとで様子を…」
「姉さん。それは無粋というんだよ。」
レオンの言葉にムッとした顔で彼を見返す。

「ヒノカ姉さんは私の姉です。心配して何が悪いんですか?」
「はあ…全くもう。」
カップを置いてレオンがカミラに目配せする。それを見てカミラがカムイに小声で話しをしてきた。

「マークスお兄様はヒノカ様とご結婚なさって夜お休みになられる時間が以前に比べて早くなったの。意味は分かるかしら?」
「きっと健康志向になられたんですね。政務で夜更かしされる事が多かったですし。」
横でレオンがずっこけ、マークスは目を丸くする。

「いやぁね、カムイ。そうね…マークスお兄様は将来暗夜国王になられる方。その方がしなければならない大切な仕事があるの。なぁに?」
「政務と鍛錬とお勉強ですね。後、休養と食事と~」
また横でレオンがずっこけて頭を抱える。それらを見てマークスがくっくっと笑う。

「我が妹はレディになってもなんと愛らしい。レオン、教育係だったお前の落ち度だな。」
「あのねぇ、多感な年齢の時にそんな事教えられる訳ないでしょ。」
マークスは頬杖をつきながらくっくっと笑い続けている。

「跡継ぎを作る事でしょ?そうでなくては暗夜王国は途絶えてしまうわ。それにね、ご結婚なさった方々の寝室にいくらきょうだいと言えど入るのはマナー違反なのよ。困るでしょ、色々?」
「あ、そうですね。それは大切な事…………!!!!!」
気付いたのかカムイはみるみる顔が真っ赤になりマークスに向き直るがそのマークスはその様子を笑顔で眺めている。
「ま、そういう事だ。これも大切な仕事ではあるが、私はあれを心より愛してるのでな。」
「そうね、お兄様『ベタ惚れ』だものね。あらいやだ私ったらこんな言葉遣い。」
「仲がいいのはいいけど、ヒノカ義姉さんを壊さないでよ、兄さん。」
他の面々は全く様子を変えずに話しているが、元々そういう事に鈍感なカムイにとっては刺激が強すぎたようでそのまま机に突っ伏してしまっている。

「このままじゃ先行き不安だよ。ちゃんと教育しないとカムイ姉さんは結婚すらできないかもしれない。」
「うむ…確かにこれでは困るな…私としてもきちんと教育はすべきだと思うが。これがカムイの良さでもあるし、無理はせずともよいのではないか?」
「うーん…そうねぇ。じゃあレオン、あなたやりなさいな。」
レオンは紅茶を吹き出す。周りのメイドが慌ててタオルを渡している。

「あら、お行儀が悪い。」
「姉さんのせいだろっ。」
カミラはレオンの胸の内を知っているかのように横目でニコニコ笑い、マークスも笑顔でカップを口に運ぶ。

「ま、待ってください。その、私だってもう大人ですから知識位あります。」
「こういう話についてこれないようでは夜会デビューはまだ先よカムイ。それは困るわ。」
「そうだな。夜会への参加は遅いくらいだが考えなくてはならんな。」
「これはレディとしてのマナーなのよ。」
「カミラ姉さん、それは何か違うと思うんだけど…」
「夜会って…私は嫌です。人を値踏みするような所になんて行きたくありません。」
「それだけではないの。色んな政治的な面でも大切な場なのだから…」
「あー、姉さん、それは後にしよう。早く食事を済ませてエリーゼを起こしに行かなくちゃ。」


暗夜王族の面々の机から少し離れた場所でタクミ達も朝食を食べていた。
弓兵というのは目と耳がとても良い、マークス達の会話も聞こえていた。

「暗夜はああいうところがオープンだって聞いた事あるけど凄いっすね。」
ヒナタが茶を飲みながら言う。

「節度がないだけだ。不謹慎な。」
姉のヒノカがマークスに嫁いだのはつい最近。政略結婚ではなく恋愛をしての事だ。まさか暗夜の王族との血縁が出来るだなんて考えてもみなかった。姉がマークスを連れて自分たちに報告しに来た時に、その顔をみて驚いた。今までの姉は『武人』であったが、マークスの隣にいる姉は『姫』だった。戦場に居る時と違い、普段の生活では言葉遣いや所作まで女性に変わっていった。人は本当に愛する人の傍に居る時には、ここまで変われるのだろうか。
それにさっきからレオンが見たこともない様子をみせている。以前カムイが彼はおっちょこちょいだとは言っていたが、普段はそんな素振りは一切見せず冷たい視線で冷酷という言葉が似あう戦いをみせる。カムイやきょうだいの間では彼も素がでるのだろうか。それに比べて自分は…タクミは拳を握る。

「タクミ様、今日の鍛錬はどの位から始められますか。」
ヒナタの声にハッとして力を緩める。

「一休みしたら、するよ。」
「では今日は俺も弓道場にまいります。よろしくお願いします。お先です。」
ヒナタは一礼して立ち上がり、食堂に入っていった。

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ターーーーン!
葉擦れの音だけがする静かな空間で澄んだ弓の音が響く。的へ弓を放ったタクミは心を落ち着ける様に一息つく。
今日は調子が良くない。心がざわついているせいだと自覚がある。

その時奥からヒナタが弓を持って一礼して入ってきた。基本的に弓道場では言葉を発するのは禁じられている。彼はそのままタクミの隣に立ちもう一度一礼して静かに矢を1本抜きつがえ的をめがけて射る。

ターーーーン!
その矢は豪速で的の中央に刺さる。ヒナタは武家の息子として教育を受けており、ある程度の武具は使える。それはタクミも同じ事で弓や剣、薙刀などの武器はこなせる。元々のパワーがあるヒナタの矢はその速度もさることながら刺さる深さも深い。迷いのないその矢の動きにタクミは目を伏せる。

「…オボロ、食事はした?」
小さめの声でタクミがヒナタに聞くとヒナタはチラリと見返してきて目線を反らし矢を射り続けながら答える。

「少しだけ。今腹に子が出来たばかりなんで、そんなに食欲ないんですよ。」
「そう…」
タクミは朝のカムイとのやり取り後、オボロに冷たく当たってしまった事を後悔していた。すぐに謝ろうとしたが何故かその言葉が素直にでてこずそのままになってしまっていた。

「なんか言うことはないんすか。」
ヒナタの言葉にピクと肩が動く。

「はぁ…じゃ俺から言わせてもらいます。オボロはタクミ様の臣下である前に俺の大切な嫁です。それに腹には子がいる。俺にとっちゃ優先順位が違うんすよ。今は精神的にも安心していさせてやりたいから気晴らしに桃の収穫に連れて行きました。それなのにあんな思いをさせちまった。俺は帰ってオボロに土下座しました。」
「土下座って…」
「男たるもの土下座はしないっていうんですか。そりゃ大きな勘違いですよ。土下座ってのは最大限の謝罪の気持ちの表れだ。王族が頭を垂れるのは威厳に関わるとかなんとか言う輩もいるが、俺ぁそんな事は思ってない。王族だろうが誰だろうが大切な人を守るためなら土下座の一つや二つ軽いもんです。あんたにゃその覚悟はねぇのかよ。」
ヒナタは幼い頃からタクミの臣下として一緒にいた。それはオボロよりも長い。同じ年の一番近い友達としても付き合ってきた故にタクミに遠慮がない。怒気を含めた声だが武士らしく至って静かに話す。

「男たるものとか偉そうな事言うなら、そのくさった脳みそを一回井戸にでも投げ入れて清めてからもの言えよ。自分の気持ちから逃げる様な真似をするのが男か。俺なら何を捨てても惚れた女を守ってみせる。」
ヒナタが胸元から出して目の前に突き出したのは見覚えのある手紙。母のミコトから自分に託された手紙だった。悩んだら読みなさいと生前渡された手紙を先日読んだ。カムイに対する自分の思いを捨てきれず母の手紙を開けた時、衝撃と共に耐え切れなくなり処分しようとしていたのだ。

「それ…どこで…」
「あんたの部屋の書類捨ての箱の中だ。こういう書状ってのは本来捨てるものじゃねぇくらい馬鹿な俺でもわからぁ。確認のために中も読ませてもらいましたよ。しっぽ巻いて逃げるのかよ。あんなに大切にしてくれたミコト様の手紙を捨てて!!! 何やってんだよ! 馬鹿かあんた!」
その言葉にカッとなりヒナタの胸ぐらを掴む。

「小さい頃暗夜に連れていかれた姉が不意に戻ってきた。何年も会っていない女を姉と言われてもすぐに受け入れられる訳ない。でもあの女はずかずか入ってくる、僕の中に。最初は…戸惑ったけど嬉しかった。心を許そうとしていた時に暗夜のあいつらが合流した。目の前であいつらとあの女がああしてあけっぴろげに触れ合うのをみて腹が立った。そのレオン王子もずっとあの女の事を好きだと言った。あいつにはやりたくない、そう思った。なんでこんな事思うのか分からなかった。今もわからない。僕の心も何もかも今はぐちゃぐちゃだ。何をどうしていいのか、何が正解なのか、わからない。お前は分かるのかよ! 僕の気持ちが! わかるっていうのか!!」
ヒナタは静かにタクミを見つめ母からの手紙をぽふっとタクミの頭におく。

「好きなんでしょうよ、カムイ様の事が。」
タクミはそのまま息を呑む。心の中にストンと何かが落ちた。

「恋なんて単純だ。好きだと思ったならその気持ちに従やいい。王族の立場とかあるんでしょうが、考える事ないじゃないですか。昔から俺ぁあんたを見てきた。あの兄さん姉さんに追いつこうとしてるのも努力して我慢してるのも知ってます。だけどあんたはあんたじゃないですか。リョウマ様やヒノカ様に出来ない事があんたにゃ出来るんだ。堂々としてりゃいい。しかもここに決定的な証拠がある。この思いも諦める必要もないんですよ。」
掴んだヒナタの胸倉を握る手の力が抜ける。

「あんただってもう子供じゃないんだ。どうすればいいのか分かるだろ。白夜の武士ならさ。」
そういうとヒナタはタクミの胸にミコトの書状を押し付け矢を片付けて帰っていった。タクミは1人胸の書状を握り弓道場で立ち尽くしていた。

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それから数日。あれからカムイは戦闘時以外で自分の前に姿を見せない。夜の巡回中にカムイの居室の近くを通ると、部屋の中からはワイワイと賑やかな声が聞こえて来ていた。元気ではいる、が、たぶん避けられている。だがその原因を作ったのも自分だ。やりきれない気持ちで引き返そうとすると声をかけられた。

「姉さんに何か用かい?」
振り向くとレオンがカムイの居室の木の下に立っていた。

「別に。」
「そう。用事なら今はまだ駄目だよ。お色直し中だからさ。」
「お色直し?」
「ああ、カミラ姉さん達がカムイ姉さんに夜会用のドレスをとっかえひっかえ着せてるのさ。近いうちに夜会デビューするみたいだし。」
「夜会って…」
「知らないのか。ま、簡単に言えば集団見合いのパーティーかな。カムイ姉さんの御めがねに叶う男性を見つけるっていう。カムイ姉さん1人に対して暗夜国の貴族の独身男性が沢山集まる。お互いに値踏みする訳。暗夜国王族の風習みたいなものさ。」
タクミはそれを聞いて腹が沸く…怒りが沸いているのを自覚するが必死で抑える。

「あんたは、それでいいのか。あんただって、姉さんを…」
堪えながらレオンに問う。

「良い訳がない。だから急がせてもらう。」
レオンはいつもの目線で静かに答える。

「夜会なんかに来る連中に姉さんの肌なんて晒させない。姉さんを悲しませるお前にも渡さない。」
すうっと顔から笑顔が消え戦闘中の冷酷なレオンの顔に変わる。

「姉さんの気持ちも知らないで自分の事ばかり…反吐が出る。」
と、そこでカムイの部屋のドアが勢いよく開いた。

「レオンお兄ちゃーーん!! 見てみて!!!」
「え、エリーゼさん、待ってっ。きゃあ!!」
「あらあらカムイ。ドレスで歩く時にはここを持って…」
そういいながらテラスに出てきたカムイの姿をみてタクミは息が止まったような感覚になる。
首から胸元、背中まで大きく開いたカムイの瞳の色と同じ赤いドレス。背中は掛け合わせた大きなリボンが結ばれ、肩や裾には黒い柔らかそうな布で豪華に装飾がしてあり、宝石がちりばめられていた。白い肌と真珠色の髪は月明かりに照らされ輝いている様に見える。

「降りておいで。次はダンスの練習だ。」
レオンは下から声をかけてカムイを呼ぶ。エリーゼに早く早くと引っ張られて降りてくるとタクミと目が合うがカムイは顔を赤くして目をそらす。

「タクミ王子~。」
「あら、こんばんは。タクミ王子。」
「…こんばんは。カミラ王女、エリーゼ王女。」
「巡回当番なんだってさ。さっきここで会ってね。タクミ王子、ちょっと待っててくれ。さあ姉さん覚悟はいい?」
レオンはそういうとエリーゼからカムイの手をとりエスコートする。カムイはチラとタクミを見てレオンについていく。タクミは立ち去るつもりでいたのに先にレオンに先手を打たれしまい動くことが出来ずにいた。
レオンは少し離れた場所まで来るとカムイの手を放し胸に手を置いてお辞儀をする。それに合わせカムイもドレスを持ち膝を折るようにしてお辞儀を返す。レオンがすっと近づきカムイの手をとり腰に手を回し引き寄せる。顔と顔が近づきカムイの頬が染まる。

「わ、私、苦手なんです、レオンさん。」
「解ってるよ。だから練習に付き合ってあげてるんだろ。もういい加減ステップも出来るよね。それに男性にいちいちそんな顔してたら気があるのかと思われて危険なのでそれも直して。常に笑顔でね。さ、今日は完全に覚えるまで離さないから、ねっ!」
レオンにリードされてカムイはダンスを踊り始める。真珠色の髪と赤いドレスが広がり巻き付き風になびき光る。

「うん、いい感じ。そうそう。力抜いて。回る。はは、上手い上手い。」
「目が、回りそうですっ。」
「だから視線は男性の方。あちこち向くからだよ。ほら僕を見て。」
「わーん、もう許して~!!!」
「却下。ほら次ステップ変えるよ。視線逸らさない。背筋まっすぐ。」
上手くリードをするレオンに翻弄されつつも優雅に舞うカムイの姿。こうしてみているとレオンとカムイは恋人同士に見える。タクミは手に持った風神弓を握りしめ何とも言えない心境で見ていた。

「タクミ王子、どうあのドレス?」
「…え?」
「カムイのあのドレス、似合っているかしら?」
「え、ええ。そうですね。白夜には無いものなのでよくは分かりませんが似合っていると思います。」
「ふふ、よかった。エリーゼと選んだ甲斐があったわ。……ねぇタクミ王子。恋をしてる?」
いきなりのカミラの言葉にギョッとするが平静を装う。

「どういう意味ですか…?」
「変な意味じゃないのよ。ただ単にお姉ちゃんのお節介ってやつね。カムイもレオンも私の可愛いきょうだいだもの。幸せになって欲しいと思っているわ、心から…幼い頃から2人を見てきたからよくわかる。レオンはずっとカムイの事を姉としてではなく女性としてみてる。私達とカムイには血のつながりが無い事は知っているけど、きっとレオンは血のつながりがあったとしても変わらないでしょうね。カムイの事をどんなことがあっても愛すると思うわ。…あなたは、どうかしら?」
タクミは踊るカムイをそらさず見ている。

「レオンもあなたも、私にとっては可愛い弟。どちらにも幸せになって欲しいと思っているの。それだけよ。レオン、そろそろ休ませてあげなさいな。慣れないドレスでカムイも疲れるわ。」
「姉さん視線はこっち。僕を見て。見るまでやめないよ。」
「うう~…」
「見れるじゃないか。うん、綺麗だね。良く似合ってるよ、姉さん。」
小声でレオンにそう言われカムイは顔を赤くすると目線を反らし寂しそうな顔をする。レオンには意味が解ってはいたが譲る気はない。その時カミラに一礼してタクミがその場から去るのが見えた。カムイはそれを目で追うがタクミはそのまま歩き続け振り向く事はなかった。

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翌日の朝、当番から外れているタクミは自室に近い専用の弓道場に向かっていた。
昨夜はあれから眠ることが出来ず、結局そのまま一夜を明かしてしまった。こんな時に戦闘が無い事を願う。ため息をつきながら歩いていると、弓道場の手前を鶏が走っていった。それを追いかけて見慣れた姿が走ってくる。

「にわとりさんっ、まってくださーーい。」
「コッコちゃん、まってー!」
カムイとエリーゼだ。どうやら今朝は鶏舎の卵とりの担当らしい。たぶん鶏舎の戸を開けたままにしていたのだろう。ここでは王族も民も変わらず色んな作業をするのが鉄則になっている。リョウマやマークスも例外ではない。たとえ次期国王であったとしてもここの国王であるカムイの言うことなのだから守らなくてはいけない。王族にとっては体験のできない事が多いので皆結構楽しんでやっているが…

わあわあ言いながら鶏を追いかけ、エリーゼと一緒に草の上を転がる。2人して笑いながら草まみれになって。その姿を見てタクミは自然に笑顔になっていた。昨晩と違うエリーゼと笑いあう太陽の様な笑顔。そういえば自分がカムイを好きだと自覚したのもこの笑顔を見たからだったと思う。どんなに自分が詰り突き放してもカムイはこの笑顔を自分に向けてくれた。名前を呼び傍にいてくれた。彼女が自分にとってどれだけ必要な人か今は素直に飲み込める。
と、その鶏がタクミに向かってくるのが見えた。

「タクミ王子、捕まえて~!」
エリーゼは追いかけてくるが、カムイはそれを確認すると立ち止まってタクミを見る。目が合ったが目線を戻しタクミは身動きせず立っていた。鶏はタクミが居ないかのように突進してくる。それが間合いに入ると持っていた風神弓の指かけに指を入れ、ヒン!という甲高い音と共にそれを回すと周りの草が舞い風が起こる。走ってきていたエリーゼもその風に驚き立ち止まる。しばらくすると音は余韻を残しながら消えていきタクミの足元には先ほどの鶏が倒れていた。タクミはその鶏を抱きかかえるとエリーゼに渡す。

「気絶してるだけだ。すぐに目を覚ますから今のうちに鶏舎に連れておいき。」
「あ、ありがとう。タクミ王子!」
「急いで。また逃げられるぞ。扉は閉めてね。」
「うん!」
エリーゼは何が起こったのか分からずしばらく鶏とタクミを見比べていたが、エリーゼと目線を合わせる様に体をかがめて話しかけたタクミの顔を見てパッと笑顔に変わり走っていく。タクミは軽く笑いそのままエリーゼを見送り目線をカムイに移す。カムイは驚きつつも泣きそうな顔でこちらを見ていた。

「おはよう、姉さん。」
笑顔のままカムイに声をかけると、カムイはタクミの胸に飛び込んできた。ただ黙って胸に顔をうずめてすり寄る。タクミはカムイの頭に手をやり撫でる。しばらくの間そのままで感触を確かめた所でカムイがゆっくり顔をあげてタクミを見るとタクミは笑顔のままカムイを見返す。

「タクミさん、私、大切なお話があります。」
「僕もだ。大切な話がある。時間はある?」
「はい。」
「じゃあ僕の部屋へ。姉さんの好きな緑茶を淹れるよ。」

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静かな庭には流れる水音と鹿威しの音が響く。畳の匂いがする和室の上座に腕組をしたリョウマ、その隣にはリョウマの妻のオロチ。その両脇にヒノカとサクラが座り、目の前にはタクミとカムイが並んで座っている。

「…以上が真実だ。母上が記したこの書状の通り、俺たちきょうだいとカムイには血のつながりがない。今までお前達に黙っていたこと、申し訳なく思う。でも俺にとってはカムイは妹。それは今後も変わらない。」
「なるほどのぅ、そういう事ならば何の問題もないのではないか? まあリョウマ殿の頭が岩の様に固いのはよく解った。わらわも気をつけねばの。それにこちらの家臣面々に納得してもらわねばならん。まあそれはリョウマ殿が先頭に立ってやっていくしかないの。とにかくやれ、めでたい事じゃ。」
「オロチ…」
「妻となろうと言いたい事は言わせてもらうぞ。他ならぬミコト様の御子の事じゃでな。ほほほっ。」
「うむ…まあ、な。となれば祝言の日取りを決めねばならん。」
「おう、わらわにお任せあれ、じゃ。一番近い日取りをまとめよう。」
「今は戦の中。大きな祝言はできぬが心ばかりの宴を催そう。衣装は…」
すでにリョウマとオロチは式の日取りや準備の事を話し始めて盛り上がっている。

「これで名実ともにきょうだいとなれるのね、カムイ。」
ヒノカは暗夜のワンピースを身に着け座っている。

「ヒノカ姉さん、体調はいかがですか?」
「ええ大丈夫。マークス様には本当に大切にしていただいているから心配しないで。」
ヒノカはマークスと恋をして変わった。カムイはそれがなんだか嬉しく感じていた。

「私も嬉しいです。タクミ兄様、カムイ姉様。おめでとうございます!」
「ありがとう、サクラ。」
「サクラさん今後ともよろしくお願いいたします。」
カムイが白夜式に頭を下げるとサクラも嬉しそうに笑い返してくれた。

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「レオン、入るわよ。」
カミラがレオンの執務室のドアをノックして開けると、レオンは机に座って黙々と書類の整理をしていた。

「先ほどタクミ王子とカムイが来たのに、あなたったら顔も出さないで…失礼よ。」
部屋に入りながらレオンに言うとレオンは顔をあげてため息をつき、メイドにお茶を煎れる様にいう。

「座って、姉さん。あーっ、僕も休憩。」
「レオン? 私の話を聞いているのかしら?」
「聞いてるよ。ほんっとうに世話が焼けるね、タクミ王子と姉さんは。」
「あなた…まさか。」
「姉さんの事はもちろん愛してる。女性としてもね。それは今も変わらない。だけどきょうだいとしての姉さんも僕は愛してる。だから応援するのも当然だろ? まあ丸く収まってよかったじゃないか。」
「夜会への参加をけしかけたのも、ドレスを急いで作らせたのも、そういう事なのね? まあ、なんて子。」
「僕の役目はそういう役目。掛け違えていないだけさ。」
運ばれてきた紅茶のカップを口に運びふう、とため息をつく。

「優秀な弟、でしょ?」
「…そうね。素晴らしい弟で誇らしいわ。…なるほどねぇ…ふふ、そういう事。」
「カミラ姉さんといえど、余計な詮索は無用だよ。」
「あら、レオン。あなたいつの間に超能力者になったの?」
「見たらわかるよ。まったく…」
「ふふ、まあ楽しませてもらいましょ? そういえば、タクミ王子から書状を預かったわ。」
そういってレオンに書状を渡す。白夜式の書状を開けてみると暗夜語で一言だけ言葉が書いてあった。

『ありがとう』

それをみてレオンは嬉しそうに笑い書状を閉じた。

 

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