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・透魔設定
・ツバカザ、タクカム、ヒナオボ、マクヒノ、レオサク…ちょいちょいですが色々出ます
・カザハナさん出産話
・BGMに合わせて書いたのでドタバタしてます

BGM 千本桜 / 和楽器バンド

 

 

 

 




竜の血を濃く継ぐ真珠姫・カムイが治める星界の国は白夜と暗夜が入り混じる国。敵国だった両国が手を取り合い戦っているのは透魔王国という異世界の国。見えない敵を操る邪悪な神竜が治める国だという。その国が白夜、暗夜の両国を戦争に陥れ世界を破滅に導いている。長く続くこの戦争を終わらせる為、両国が手を取り合い協力して戦っていた。その橋渡し役となったのがこの国の王・カムイ。白夜王国で生まれたが幼い頃暗夜王国に捉えられて大人になるまで暗夜で育った彼女は透魔王国の王家の血を引く姫だ。明るく気さくで人望も厚いカムイに両軍が集っていた。

当然その国の市場も賑やかだ。白夜、暗夜の店が並びとても賑やかな市場は物資も豊かで活気がある。その市場の中を紙切れを片手に歩いている見目麗しい男性の姿があった。レンガ色の長い髪を後ろで一つに纏め、纏め口には装飾のついた漆と組紐の髪飾り。藤色の着流しをラフでありながら上品に着こなし男性にしては少し線は細い男。腰には脇差を指して草履を緩めにはいて歩く。その男が通った道の店の女性達は頬を染めて目で追っていた。男はキョロキョロと回りを見ている。紙切れを見ながら店を探している様だ。

「ツバキさーん。」
少し離れた場所から呼ばれ視線を持って行くと真珠色の髪の女性が走ってきていた。

「カムイ様ー。こんばんはー。」
「こんばんは、ツバキさん。珍しいですね、普段着でお買い物なんて。」
片手にタイ焼きを持ってにこやかに走って来た女性こそこの国の王・カムイだ。明るく気さくな王は王族でありながら身分を気にせず民や兵士と交流し、キャッスル運営の為の作業も率先して行う とても庶民的な王だ。

「あ、食べませんか?さっきそこの店のご主人に頂いたんですよ。どうぞー。」
と手に持った袋をガサガサとして1つツバキに渡す。

「ありがとうございますー。でもカムイ様、立ち食いは行儀が悪いですよ。食べるならどちらかに座らないとー。」
「ツバキの言う通りだね。」
カムイの後ろから苦笑いしながら静かに歩いて来たのは白夜王国の第二王子タクミ。自分の主である第三王女サクラの兄で王カムイの夫だ。

「タクミ様ー。こんばんはー。」
「やあ、ツバキ。君も買い物?」
「はいー、妻が買い物に出れないものですからー。とはいえ慣れないので店が解らなくてー。」
「ツバキの口から「解らない」なんて単語が出てくるなんて、意外だな。」
「結婚されてからなんだかラフになられましたよね、ツバキさん。いい感じです。」
カムイは今注意されたのにタイ焼きを頬張ってモグモグしている。タクミも諦めたのかカムイが持っている袋から自分もタイ焼きを1つとってモグモグし始めた。カムイも最初に比べてかなり変わったが、タクミの変わりようには流石のツバキもいつもの緩やかな表情が変わる位に驚く。王族であるというプライドが人一倍強かった彼がこんな所で人目もはばからず立って食事をし「美味しいね。」と言いながら笑う姿を誰が想像しただろうか。結婚してから一番変わったのは自分ではなくきっとタクミであろう。

「いい感じですか? ありがとうございますー。」
「カザハナさん、調子悪いんですか?」
「いえいえー、つわりなんですよー。」
「え、もうそろそろ出産ですよね?」
「ええ、そうなんですけどー、最初に無かった分今になってつわりがでちゃったみたいでー。結構酷いみたいで凄い顔色して寝てるんですよー。」
「サクラには言ったのかい?」
「腹の子に影響のない薬を頂きましたー。まあ病気ではありませんからね。寝て過ごすしかないですよー。何か食べられるものがあればと思って買い物にきたんですー。」
「ならこの先の野菜屋に果物のいいのがあったよ。果物なら食べられるんじゃないかな。ええと…オボロやヒノカ姉さんは何て言ってたっけ?」
「梅干しは塩が強いから少なめにー? 甘い果物も体重が増えるから控えてー? 柑橘系がいいとか言ってましたね。」
「ならミカンみたいなものを見てきますー。ありがとうございますー。」
「暗夜の市場にレモンという黄色くてこんな形の果物があります。とても酸っぱいんですが薄く切って少量の砂糖に一晩漬けて食べるととても美味しいですよ。」
「れもん? ふんふん…見てみますねー。」
「あ、ツバキさんは暗夜語は…」
「お任せくださいー。完璧に話せますのでー。」
「ですよね。じゃあ、お大事にー。」
タクミに教えてもらった野菜屋を覗き柑橘系のものを見繕って買い、カムイに教えてもらった暗夜の市場でレモンを買って、買い物袋を片手に市場から外れた所でカムイがくれたタイ焼きを口に運ぶ。

「冷めちゃったけど、これあんが美味しいなー。体調がよくなったらカザハナにも買って行ってやろう。」
家に帰ると枕元に置いた桶を抱えた状態でゼーゼーと言っているカザハナが居た。

「あ、寝てなきゃダメだろ。」
「気持ち悪いのにお腹すいたの…ご飯を食べる気にならないから、お新香でもと思ったんだけど、キュウリの粕漬食べようとしたら気持ち悪くなって…」
「そんな時にお新香を食べようとする? 全く…はい、果物買って来たよ。ほらほらそんなに前屈みになったら腹の子が苦しいから。」
「あたしだって苦しいもん~!!」
「もうすぐ生まれるんだから我慢。がんばれ、カザハナ。」
「男はいいわよね…損するのは女ばかりだわ…」
ツバキは買ってきた少し大きめのミカンの仲間を剥いてカザハナの口に持って行く。

「ほら、あーん。」
「あー……」
「食べられそうか?」
「うん。美味しい~。やっぱり食べ物っていいよね。」
「匂いは酸っぱそうだけど…酸っぱくない?」
「酸っぱいって感じない。」
「凄いな。本当に女の体って変わるんだ…」
「あー…」
「自分で食えよ…」
「だってこんな時じゃないとあんた構ってくれないじゃない。」
「お前の事は十分すぎる位に構ってるつもりだけど?」
「そーよねー。だから結婚してすーぐに子供出来ちゃったもんねー。あたしとしては1年くらいは空けたかったけどねー。」
「嫌なの?」
「いやー、改めてお腹を蹴ったり動いたりしてるこの子を感じてたら、幸せだなーって。ありがとね、ツバキ。」
腹に子が出来てからカザハナはこうしてツバキに素直に気持ちを伝える様になった。好きだとかそんな言葉は言わないがこれでも彼女にとっては充分すぎる位の愛情表現だ。ツバキは少し頬を染めて照れくさそうに微笑む。

「猪も母になったら変わるもんだなー。」
「あんたまで猪って言わないでよ…ってて…」
腹の子が動いて腹の皮がのびなんとなく手らしい形が見えてツバキは目を輝かせる。

「うわっ、今手の形がみえた!!」
「あんたが猪なんて言うから怒ったんだわ。」
「違うよー。お前は普通でいいんだよー。猪は母上だけで十分だからね~。」
今度はぐにゃっと腹が波打った。

「会話、出来てる…凄い…」
「腹の子は聞こえてるの。だから変な事言わないでよねー。あー…」
「だから自分で食えって~…もー、はい。」
文句をいいながらツバキもカザハナの口にミカンを運ぶ。カザハナは全て食べきって安心して眠りについた。

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もうすでにカザハナは臨月に入り出産予定日が迫っている。先日サクラの所で産婆に診てもらった時も腹が下がってきているからもうすぐだと言われた。いつでも動けるように完璧に準備しておかないと。そう思い夜中にカザハナを起こさない様に荷物の確認をしていたら庭に伝令の人間が駆けこんでくるのを感じすぐに縁側に出る。

「お休みの所失礼致します。」
「どうしたのー?」
「外界の見張り隊から伝令。外界にて現在眷属と交戦中との事です。出動要請が出ています。」
「解ったー。直ぐに動く。」
ツバキは部屋に戻り着替えを始める。鎧を着けているとオボロが子を抱いて庭に入って来た。

「丁度頼もうと思ってたんだよー。」
「解ってるわ。カザハナの事は任せて。」
「いつもありがとうねー。ヒサメ、ごめんよー、変な時間に起こしてー。いってくるね。」
「武運を。」
ヒナタによく似た赤子の頭をなでて天馬武者の館に向かい指揮を執り星竜の門へ向かうと既に侍や傭兵の隊は集まって門をくぐっていた。

「やあ、ツバキ。」
「あー、ラズワルド。こんばんはー。」
「君出てきていいの? 奥さん、その…そろそろ。」
「なんでそこで恥ずかしがるの? 君ツボがよくわかんないねー…うん。だから人に頼んできたよ。」
「心配だね…もうすぐだというのに。」
「君強いのに結構やさしいんだねー?」
「何、その偏見?」
「ありがとー。とにかく無事に帰るようにしなくちゃね。地上隊よろしくねー?皆装備忘れはない? いくよー…わあーっ。」
「おらぁあああ、いっくぜーーーーー!!! よー、ツバキー!!」
「ぅおっす! あ、ツバキさん、こんばんはー。」
「君たちもう少し静かにいけないの…? やあ。」
馬を歩かそうとした時に凄い勢いでタクミ隊が通過する。弓聖タクミ、剣聖ヒナタとカムイ。その隊が後ろに続き星界の門を通過していく。

「カムイ様、いつの間に侍になったの? あーそれでマークス様の顔色が冴えなかったのかー。」
「ついこの前みたいだよ。なんかヒナタがすんごく喜んでてさー、陣羽織まで選んでたよー。」
「なんでそこでヒナタが出てくるの?」
「白夜式剣術の師匠がヒナタなんだって、カムイ様の。いくよー!!」
「それでカムイ様何かが変わったんだねー…進むよー!!」
呑気に話しながら星界の門を通り出口を出ると既にそこは戦場と化していた。

「天馬隊、飛翔!!!!」
ツバキが指示を出し後ろに伝令されながら門から出た所ですぐに飛翔に入る。

「先に弓兵から狙え。1人1人確実にね!!」
ラズワルドから指示を受けた隊の面々も駆けながらターゲットを絞り散らばる。

「おっそいわよ、ラズ!!」
「ごめん、ねっ!!」
カミラの臣下ルーナが交戦している所にラズワルドがフォローに入る。

「聖天馬と天馬が来てる。僕は弓から狙うからね。」
「あー、回復部隊ね。まー少しくらいなら手伝ってやってもいーわよ。」
「そう? ならお願いするよっと!!」
ラズワルドは弓兵を見つけて走り出し大きくジャンプして上から剣を振り下ろし、その周りの敵はルーナが素早く攻撃して動きを止める。流石に長く共に戦っているだけあり、コンビネーションは素晴らしい。

「相変わらず眷属って数減らないな…今度はどこだ? 天馬隊は眷属の泉を探せ!! 聖天馬は俺と共に回復に回る!」
空で回復と攻撃を続けながら指示をして散らばり回復対象者を見つけて回復に入っているとドラゴンに乗った眷属が 数体雲の間から姿を現す。

「来た来たー…」
ツバキは祓串を薙刀に持ち替えて臨戦態勢に入る。周りにいた天馬武者達も薙刀を構える。一騎がツバキに突進してくるのを躱し薙刀を振って石付きの部分で敵の後頭部を叩きドラゴンから落とし体制を整えると「静っ!!」と地上から掛け声がして周りの天馬武者達にも止まれと指示を出す。同時に藍玉の矢が連続して打ちあがりドラゴン達を射抜く。ドラゴン達は急所を狙われ次々落ちていき地に叩きつけられる。何とか立ち上がれる操者も地上の剣士達に切り捨てられる。

「さっすがタクミ様ー。」
ツバキが手を上げるとタクミはそれを見て口を少し綻ばせ目線をすぐに移す。

「ツバキ様、泉を見つけました。3か所です!」
「3か所ねー、場所は?」
ツバキは場所の指定を受けてすぐに弓や忍者の手裏剣を警戒しながら下のタクミに直に伝えに降りる。少し離れた所に降り立ち天馬を走らせてタクミの背後に回るとすぐにタクミも周りを警戒しツバキの援護をしながら近寄る。子を産んだオボロの代わりにヒナタとバディを組んでいるのはカムイ。タクミの近くにすぐに移動して連携しながら援護をこなしていく。

「よっしゃ、来いカムイ様っ!」
「はいっ!」
ヒナタが切りかかった所で背中を足場にしてトトンとカムイが跳ね上からの連撃を浴びせる。

「重い?」
「いんや、ぜんっぜん!!」
そのまま手を上げたヒナタの手を持ちくるりとまわり今度は腿を台にして横に跳ねて薙ぐ。

「何か曲芸みてるみたいだね…子猿みたいだ。」
「確かになっ♪」
「ちょっと!!」
「タクミ様、泉を部下が発見しました。場所は3か所。」
「3か所か…それでこの多さね。どこ?」
「カゼカケ、いい子ねー…っと!」
ツバキは薙刀を振るいながら的確に場所を指定していく。カムイがフォローに回りカゼカケを少し撫でて微笑み剣を振るい続ける。

「解った、こちらの2か所は行こう。右側近くにはマークス王子や兄さんがいる。援護と共に指示を頼む。カムイ!」
「やりますよっ!」
「おおよ!」
カムイは竜石を使い竜に変化しタクミとヒナタを背に載せて飛び上がる。高く飛びあがった空にいる眷属のドラゴンや天馬が一斉にカムイを狙って襲い掛かる。

「ヒナタ。」
「うーい。」
タクミはヒナタに予備の弓を渡し風神弓を構え、ヒナタも口に刀を咥え矢を引き絞る。

『気を付けて!!!』
「任せて。」
言葉と同時にタクミとヒナタが矢を放つ。不安定なカムイの背中の上でどっしりと立ち微動たりせずに連射していく。ヒナタの矢が無くなる頃には泉の一つに到達し地上に降りる。

「腕落ちてないね。」
「へへっ! おほ…ぞろぞろ。タクミ様、カムイ様行っていいっすよ!!」
眷属の湧き出る泉のの側だけあり、地上戦の敵がぞろぞろと湧いていた。カムイは竜の姿のまま威嚇し水の刃を纏っている。

「行くよ、カムイ。」
『はい。』
カムイがシュワ…という音と共に人型に戻り夜刀神を呼ぶ。と同時に空から天馬隊の手槍の援護が入りヒナタがそこに突っ込んでいく。その合間をぬって泉に向かい走り、手前に来たところでタクミと手を取り神器に力を集め波動を放つ。泉がバシバシと音を立てながら凍り付いていった。既に形をなしていた眷属が数体向かってくるがタクミがカムイの腰の予備の刀を抜き去り一閃。あぶれた敵はカムイが間から切り捨てる。

「本当だ、ヒナタに筋が良く似てる。」
「タクミも凄い。初めて見たよ。」
「そうだっけ?」
左手に風神弓を持ち右手では風切りの音を上げながら刀が舞い無駄のない動きで薙いでいく。ヒナタとはまた違う太刀筋にカムイが釘付けになっていると金属の接触音と共に大きな背中が目の前に出てきて目が覚める。

「カムイ、何やってんだ!」
「…ごめん!!」
「行け!」
「うん。タクミ!」
タクミとカムイが次の泉に向かっているとツバキが横を並走する。

「空の敵はカムイ様達が一掃。弓兵は地上隊が頑張ってくれましたので俺も援護に回りますー。進んでくださいー。」
「気を付けて!」
「お任せ下さい。完璧に援護しますよー。」
ツバキがスピードを落とし後ろに向き直る。追ってくる敵に金剛刀と呼ばれる彼専用の薙刀を振り回し構え愛馬に声をかけた。

「さ、行こうか。久しぶりの地上戦だよ、カゼカケ。」
カゼカケは首をぶるりと振り蹄をガツガツと鳴らす。その様子に微笑み向かってくる剣士を相手に薙刀で払い叩きつけ回転させて切り付ける。薙刀や槍の長所は周りの敵の攻撃が同時に出来る事だ。刃と同時に石づきや胴を利用して馬上で戦う。後ろに殺気を感じて石づきで殴ろうとした時にその敵に飛び蹴りをして倒す影が現れる。

「ツバキ、手伝うよ。」
「ラズワルド。あれ、君 丸腰じゃない?」
「それがさー、斧で剣折れちゃって。鞘でなんとか。」
「ええーっ、どーすのんさー。」
「ヒナター、予備持ってない?」
「ああっ??? 俺も小太刀しかねぇよ!!」
「困ったなー。僕、槍は苦手なんだよね。」
「しょーが、ねーなっ。おらっ。ツバキ、貸せっ! 」
ラズワルドはヒナタが投げてよこした刀を受け取りヒナタはツバキの予備の薙刀を抜く。

「おー、久しぶりじゃないの?いけるー?」
「馬鹿にすんな。それこそ完璧にやってらぁ。ラズ、そりゃ俺の大事なもんだからな、折るなよ!!」
「おおー、凄い。イイ感じだね。借りるよっと!!! 切れるねー、これ!! 俺も欲しい!!!」
「やらねぇぞ!!」
「やるねー、ヒナター。今度手合わせしようよー。」
3人は悶着しながらだがきっちりと仕事はやってのけている。

「タクミ、後ろがすっごく面白そう。」
「戦中。集中して。はい、手。」
タクミとカムイは波動を放ち順調に泉を塞いでいく。

「よし。あとは残党処理だ。」
「兄さん達の方は?」
「彼らがやられると思う?」
「思わない…サイラスもサイゾウさん達もついてるし。」
「だろ? さぁ…行こう!!!」
タクミは風神弓を回して風を纏い手にカムイを載せて空へ投げ自分も風の様に地を蹴り駆ける。カムイの体は空に舞い夜刀神を構え直しツバキ達が居る場所へ降下する。

「ヒナタ、いくよーーーーっ!!」
「だっ!? よけっよけっ!!」
慌ててヒナタが2人に指示を出して避けると左から右へ大きく薙ぎ払う様に夜刀神を振る。剣圧と風の効果で周りに迫っていた大群は大きく数を減らす。風圧で舞い上がった土煙の隙間から藍玉の矢が連射されてきてその後ろの眷属を倒していく。猫の様に軽く着地し振り終わった剣をくるりと回転させてカムイはまた地を蹴り前方の敵を薙ぐ。間髪入れず土煙の中からタクミが飛び出し右手の剣でカムイのフォローに入る。

「カムイ様の剣筋ってあんなだった? なんか豪快になってない?」
「変わったよねー。両方の国のいい所を取ったみたい。」
「相変わらずいい剣筋してやがるぜ。っしゃ、いくぜーーー!」
3人はまた武器を持ち直しカムイやタクミの援護に走った。

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「ただいまー。」
帰還は朝となり自宅に帰ったツバキをお腹を抱えたカザハナが出迎えた。

「おかえり。大変だったわね。」
「あれ、オボロは?」
「ヒナタも帰還するんだから帰ったわよ。」
「そうか。なら今度お礼しなくちゃ。」
ツバキが風呂に入り、軽く食事を済ませて一息ついた所でカザハナが鼻歌交じりに刀の手入れを始めた。

「昨日のあの様子は何だったんだ…」
「んー、なんかつわりってそんなものなんだって。変だよねー、女の体ってさー。そういやカムイ様が【剣聖】になったって本当?」
「うん。凄かったよ。いい太刀筋してた。というかタクミ様が意外だったかな。剣までお使いになってたよ。」
「タクミ様はなんでもこなせるからってオボロが言ってたわ。相変わらずタクミ様大好きなんだからあの子。へぇ、なら私も負けちゃいられないわね。」
「いや、負けるも負けないもお前しばらくは身動きとれないだろ…」
「復帰したら速攻勝負を挑みたいよ。楽しみだわ!……あてて…」
「馬鹿、何やってんの!!」
「えへへ、つい…」
カザハナは手入れの整った刀をブン! と振り下ろして腹を押さえて苦笑いしていた。



「カザハナさーん…こんにちはー…」
そーっと玄関を開けて囁く様に声をかけると奥からカザハナが顔だけ出してきた。

「カムイ様、どーしたの?」
「ああ、しーしーっ…ツバキさん寝ていらっしゃるんでしょ?」
「寝てるけど…何、起こそうか?」
「い、いえ、いいんですよ…あの、そろそろご出産でしょ。これ、お渡ししようと思って。」
「何…うわ、おむつ??」
「はい。いくらあっても困らないって聞いたので姉妹で縫いました。」
「王族直々に態々? 暇なの?」
「あはは…そういうわけではないんですけど…」
相変わらずカザハナは暗夜との繋がりがあるカムイにきついがこれでも大分緩和した方だ。きっとツバキが起きていたらこっぴどく怒られているだろう。

「ま、サクラの姉でもあるあんたからならお礼言っとくわ。ありがとね。」
「使って頂ければ嬉しいです。」
「あー、じゃあオボロの所のって、カムイ様が?」
「はい。あれも姉妹で…私もお裁縫はあまりうまくはないんですけど…姉に教えてもらいながら作りました。すいません。賑やかしちゃって…お邪魔しました。出産頑張ってくださいね。」
「うん。頑張るわ。」
カムイはそういうと何故か猫背になって泥棒スタイルで玄関を閉めて帰っていった。

「本当、変な姫よねぇ。サクラ様と血が繋がっていないってのも納得いくわ。ってか何よこれ…まぁ努力は認めましょーか。」
カザハナは1人で呟いてガタガタに縫ってあるオムツを見つけて微笑んだ。

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「お帰り。どこ行ってたの?」
居城に戻り静かに寝室に入るとタクミがベッドで起きて座っていた。

「あ、おはようございます。」
「目が覚めたら居ないから驚いたよ…」
「すいません。ツバキさんの所に行ってたんです。カザハナさんもういつ赤ちゃん産んでもおかしくないと聞いたので。」
「ああ、例のおむつ?喜んでくれた?」
「はいっ。」
「針で指をさしながら頑張ったもんね。よかったね。」
微笑んでそう言いながらタクミはポンポンと自分の隣を手で軽く叩く。カムイがニコニコしながらベッドに座るとタクミの腕に引き寄せられベッドに倒される。

「わぷっ!?」
「カムイ、寝てないだろ?」
「寝ましたよ。」
「あれからおむつ縫ってたね。ノルマまだ残ってた筈。」
「でも少し寝てから縫ったから…」
「少し…少しってどの位?」
「あー……説教いやーっ!!」
タクミは逃げようとするカムイを捕まえてコロリと返し手を抑えて固定する。

「あれだけ動いてまだ体力あるの?」 
「いえ、疲れましたっ。すぐに寝ますっ。」
「そう。」
カムイの頭を枕に置いて布団をかけてやり、タクミはその隣で肘をついてカムイを見る。

「…なに?」
「ん?」
「なんでじっと見てるの?」
「寝るまで見てるから安心して寝て。」
「無理!」
「なんで。」
「なんでって…視線を感じながら眠れませんよっ。」
「そーなんだー。じゃあちょっと運動しようかー。」
額を合わせて微笑んでカムイを見る。長い薄茶銀の髪がサラリとカムイの顔の周りに落ちふわりとタクミの香りがしてカムイの顔に熱が集まった。

「あのっ、昼ですよ?」
「うん、昼だね。お腹空いた?」
「そ、そう。お腹すきました。ご飯食べましょう。」
「うん。今からこれ食べるから。」
「これ…って、タクミ、待って、明るい。下にジョーカーさん達居るんですから!」
「いただきます。」
「人の話聞いてますかーーーーーっ?」
「はーいはい聞ーてるよーっ。はははっ。」
タクミは全く聞き耳も持たず笑いながら合掌して事を進めようとするのをカムイがつい大声で突っ込むと案の定ジョーカーが暗器を手に駆け上がってきてドアを開ける。

「カムイ様、失礼を! なにご…」
夫婦がベッドの上で何をしているかと言えばナニをしているのに間違いがない訳だが幸い隠れてカムイの真っ赤な顔が見えないのを良い事にタクミはジトっとジョーカーを見やり「気をきかせて」と口パクしてシッシッと手で払われる。もちろんカムイの口はタクミの手で抑えられている。カムイ様絶対守護鉄則のジョーカーだがフェリシアと結婚したばかりの新婚。男同士の無言の会話はお互いの理解の上でここで終結しジョーカーは静かにドアを閉めた。

ジョーカーさーーーんっ、助けて下さい!!

なんて事を言わんとするのは目に見えているカムイの口を手を離してすぐに口づけて抑える。その後カムイは夕方までぐったりと休まされた。

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「こんなに夜の戦闘が続くと昼夜逆転しそうですね…」
「ここ最近結構回数あるぜ。罠じゃねぇのか…」
「なーにぶつくさ言ってんだ、若ぇくせに…」
「アシュラさん元気ですよね。昨晩も出ましたよね?」
「元々忍だからな。この位は朝飯前さ。ほれ、行くぞー。」
昨晩に続きまたもや外界での戦闘が始まり出動要請が来た。星竜の門の前で連夜の戦にカムイとヒナタがぐちぐち言っていると後ろからアシュラにため息交じりで声をかけられた。

「んー…流石に今日は帰ったら温泉かな…あ、アシュラさんー、お疲れ様ですー。」
「ツバキ。お前嫁は?」
「家に居ますよ。」
「いつ生まれてもおかしくねぇのに、いいのか?」
「はいー。サクラ様にはここで待機していただかないといざとういう時に困りますから俺が頑張らないと。」
「そーか。ま、出来るだけ側にいてやれや。」
そういうと先にアシュラは門をくぐっていく。苦笑いしてため息をつきながらツバキ隊も門をくぐった。

「カムイ、おめぇ寝たのか?」
「寝ましたよ。夕方まで。」
「カザハナから聞いて心配したぜ…寝もしねぇで何やってんだ。」
「カミラ姉さんとかは手が早いからさっさとやっちゃうんだけど、私どうしても手が遅くてノルマが溜まってたんですもん。カザハナさんの赤ちゃんに間に合わせてあげたかったし。」
「相も変わらずおめぇらしいけどよー。タクミ様もぶつくさ言ってたぜ。」
「怒られた。」
「だろーよ…ったく…怪我したら元も子もねぇんだ。心配かけんな。」
「うん…そっちもね。」
「おう。んじゃ行くかーっ。タクミ様ーっ、入ります!」
「ああ、いいよ。こっちも済んだ。行くぞっ!」
「カムイ、ちゃっちゃか終わらせて帰るぜ。ガキを風呂に入れてやりてぇんだ。」
「それは大切だね。私も今日はちゃんと寝ます。」
「それも大事だけど、早くつくれよ、子。ね、タクミ様っ。」
「何が?」
「子供っすよ、子供ー。楽しみにしてますんで、お世話するの。」
後ろに控えたリョウマと話をしていたタクミが走りながら指示してタクミ隊は進み始める。その間にヒナタから満面の笑みで投げられた話題にタクミとカムイは顔を見合わせて頬を染めた。

門からでたら相変わらずの多勢。だが眷属自体のレベルはそこまで高くなかった。泉を見つけて潰せば残党はどうにかなりそうだ。交戦しているとタクミの側にスズカゼが現れる。

「タクミ様、泉を見つけました。すでにリョウマ様、マークス様、ヒノカ様がそのうちの3つに向かっておられます。残り1か所。向かって右側。誘導致します。」
「解った。カムイ。」
「はい。」
残りは1つ。その泉に向かって走り順調に泉を塞ぐ。後は残党の処理をするだけだと思っていた時、カムイの側にカゲロウが現れる。

「カゲロウさん? どうされました?」
「は。ツバキはどこに?」
「ツバキは後方だ。ヒナタと陣を組んでる筈だよ。まさか…」
「一刻を争います。失礼。」
カゲロウはすぐに姿を消す。

「タクミ?」
「カザハナに何かあったかもしれない。」
「え?」
「門をくぐる前、リョウマ兄さんに頼んでカゲロウを置いて来てもらったんだ。出産ならいいんだけど…」
「そ、そんな!! ならすぐにリリスさんに…」
「リリスの転送は確かに早いけどその分体に負担がかかるのはカムイも知ってるだろ。レオンも今暗夜に行ってていないし、それにまだ残党が残っている。今門を開いたら…」
「じゃあ早く片づけましょう。出来るだけ早く!!」
タクミは頷いてすぐにカムイとスズカゼ、ジョーカーと応戦しながら後衛へと戻って行く。


「えっ?」
「カザハナの出産が始まる。急げ。」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! まだ戦が終わってないっ!!」
「カザハナが転倒した。出血があるとの事だ。」
「えええっ!!!」
「なにぃいい????ツバキ、おめぇ早く帰れっ!!!」
「ど、どうやってっ?? 無理だろ!!! 」
ヒナタはオボロで出産は経験しているもののキャッスル内での普通の出産だった為こういうケースの経験はない。ツバキに至っては初めての体験で知識はあっても経験がなく知識もよく指導書などにある「転倒したら」という最悪のケースのものが多いため慌てふためく。

「ちょっともぉっ、あいつは、いっつもこんな、タイミングっ!!!! どーしろってんだーーーーっ!!!!」
ツバキは半分キレ気味に薙刀を振りかざし鬼神の様な勢いで敵を切っていく。

「リリス殿の転送で帰ればよい。天馬は置いていけ。」
「カゼカケはどーするのさっ!!!」
「ヒナタ、貴様乗れ。」
「だぁほっ! 馬にゃ乗れるが、俺ぁ天馬武者じゃねぇし、こいつが重たい俺を載せて飛べねぇよ!!」
「ふむ…困ったな。」
「この戦の最中に余裕あんなてめぇ…」
カゲロウは表情も変えず淡々と敵を躱し戦いながら思案しているとタクミ達が戻って来た。

「まだこんなにいるのか?」
「まだっすよ!!」
「参ったな…」
「カムイ様。」
「はいっ?」
カゲロウがカムイに駆け寄り何やら話をしていると思ったらすぐに駆けてきてツバキに声をかける。

「貴様、降りろ。」
「だからっ…うわっ!!!」
ツバキはカゲロウに引きずり降ろされる。と、そこでヒラリと小柄の影がカゼカケに跨った。

「カムイ様っ!?」
「ツバキさん、この子は私が。早く行って!!」
「えっ? うわわわわっ!!!」
「リリス殿!」
『行きます。』
カムイが驚くカゼカケの手綱を引いて落ち着かせている間にツバキはカゲロウに転送ゾーンに投げ込まれ一瞬で消えた。

「カムイ、おまっ…」
「ヒナタ。ちょっと援護お願いっ。」
「へっ? お、おおよ!!」
「カゼカケ、ごめんね。ツバキさん、カザハナさんに赤ちゃんが生まれるの。だから先に帰らせてあげたかったの。重たいかもしれないけど私で我慢して。お願い。よーし、よし、カゼカケ、いい子ね…」
タクミも援護しながら側に寄る。

「カムイ、大丈夫?」
「うん。カゼカケいい子だから。よし、行こう!!」
「行こうって…えええっ!?」
カムイはカゼカケの腹にトンと足で合図をしてカゼカケを走らせて飛翔する。羽を大きく広げて空へグングン上がっていき手綱を捌き大きく空を旋回する。

「天馬隊の皆さん! 回復と共に今のまま援護を!! 聖天馬は負傷されている方を最優先で回復に回り、天馬は手槍で距離を取って!!」
カムイは空を飛びながらツバキの天馬隊に指示を出す。天馬隊の面々も驚いて一瞬固まっていたが、カムイの指示に直ぐに動き始める。地上ではタクミとヒナタが呆気にとられてその様子を眺めていた。

「カムイ…凄い…ははははっ!!! うちの嫁最高ーーーっ!!」
タクミは笑いながらも気合を入れなおし力を込めた目で矢を打ち始める。

「まじか、あいつ…すっげぇーっっっっ!!!! 惚れ直しちまわぁーーー!!!!」
ヒナタも満面の笑みで戦闘に戻った。

「カムイ!! どうした、それは…ツバキの馬じゃないか!」
「ツバキさん、カザハナさんの出産が始まったんです! だから先に!」
「お前乗れたのか、天馬に?」
「いえ、馬には乗れますけど、天馬は初めてです。」
「なにっ!?」
「この子が良い子なんですよ。ね、カゼカケ。」
そういうとカゼカケはブルルっと鼻を鳴らして答えた。ヒノカも口を開けて驚いていたがすぐに嬉しそうに笑った。

地上では暗夜白夜の長兄が二人並んで腕組をして満足そうに頷いていた。

「流石は私とヒノカの妹。素晴らしい。我が暗夜は馬の国。叩き込んだ甲斐があった。」
「流石天馬の国・白夜の王女。やるな。」

 

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ツバキはリリスの転送でリリスの神殿前に飛ばされていた。初めての転送でツバキも顔色が悪いがそんな事を言っていられない。すぐに立ちあがり診療所へ走り始める。汗だくになって夜の診療所にたどり着くと呻き声と共に指示をする声が聞こえ、その部屋へ向かうとサクラが布などを準備して持って行っている所だった。

「ツバキさん、帰還されたんですか?」
「お、俺だけ、先に…うぷ…か、カザハナは…?」
「その顔色…リリスさんに転送を?」
「それ、より…うぇ…カザ…」
「だ、大丈夫ですよ。転倒されましたけど母子ともにご無事です。こちらに着く前に破水をされたので今もう分娩待機に入っていますから。」
「破水…?」
「はい。もういつ生まれてもおかしくなかったので。」
「そ、そうですか…よか…」
「ツバキさんっ!? 誰か手伝ってください!!」
連日の夜の戦闘でリズムを崩した上、ここ最近の激務で疲れ切っての転送に流石のツバキも力尽き気を失ってしまった。

ツバキが目を覚ましたのは診療所の一室。鎧などが外された状態で布団に横になっている事に気付き飛び起きる。外はまだ暗く静かで月の位置もそんなに変わっていないのを確認すると気を失ってしまった時からそんなに時間は経っていないようだ。這う様にしながらドタバタと廊下に出るとカザハナのいる部屋からは少し離れた部屋に居た事に気付き部屋の前に走り寄る。

「あのっ、妻はっ? カザハナはっ?」
「ほれ、旦那様が来たよ。しっかりしなさい!!」
「うう…ツバ、キ…ううううーーーーーん…」
戸の外から声をかけると中から産婆とカザハナの声がした。カザハナの声は涙声でツバキはそのまま戸に縋りつく様にして声をかけ続ける。

「カザハナ! 頑張れ!!!」
「が、んばっ、てるわよぅ…うううーーー…はぁーーーーーーっ…」
「ほら、しっかり呼吸して。赤子に空気を送ってやらなくちゃ死んじまうよ!! 深く吸って、吐いてーっ。」
「あのっ、入っちゃいけませんかっ?」
「ここは女の戦場だ。男手は無用。」
「うう、でも…」
「まだまだ今からだ。男は構えて待ってなさい。」
「ぅぅ、きたー…痛いぃーーーーー…」
「弱音を吐くのかい、白夜武士?」
「まっけ、ない、わ、よぅ…ううぅうーーーーーん…」
ツバキも覚悟を決めて部屋の前の廊下にドカッと座り胡坐をかいて座る。あのカザハナが自分の気持ちを受け入れてくれ、色々あったが少しづつ変わり、自分の子を宿し今その子を産んでくれようとしている。ならば自分もこれ以上取り乱すわけにはいかない。しっかりと構えて待ってやろうと思ったが色んな思いが巡る。あの厳しかった自分の両親もこうだったのだろうか。自分はとても厳しく育てられた。自分の子にはもっと自由にさせてやろうと思っていた。自分やカザハナが背負った重い家柄だのなんだの、そんな事は関係なく自由にのびのびと育ってほしい。男でも女でもどちらでもいい。とにかくカザハナと共に元気であってくれればそれでいい。自分には出産を手伝ってやることも出来ないが、生まれたら色んな事を手伝ってやろう。家事はもちろん育児も出来るかぎり。子供たちは今の現状では異界で育てる事が決まっているがそうなったとしても出来るだけ会いに行って時間をとってやろう。母となり復帰するカザハナも今まで通りにはいかないかもしれない。自分がフォローしなくては。どうにかしてやりたい。手伝ってやりたい。側に行って声をかけてやりたい。手を握っていてやりたい…それこそもう順序も何も関係なく色んな思いが頭の中を走り抜けていく。腕組をして背を壁に預け胡坐をかいて目を閉じて…そうこうしている内に鳥の囀りが聞こえ始めた。ふと見ると空が白んでいる様に見える。

「朝…?」
疲れ切った体を引きずっているツバキはそうこうしている間少し眠っていたようだ。と、戸の向こうからカザハナの声が聞こえる。

「ぅぅうぅぅーーーーーーーーっ…」
「ほら、頭が出かけてるんだ。休まず呼吸して。」
出産というのはこんなに長く時間がかかるものなのか…一晩かかり夜明けが来てやっとここまで進んだ様だ。ツバキは改めて驚く。

「ツバキさん。食事ですよ。」
「えっ? いや、俺は…」
「産婆さんは何人も取り上げていらっしゃる方ですから大丈夫ですよ。それよりもお父さんがちゃんと元気で居ないと。軽いものですが昨晩から食事をされていないでしょう?」
「いや…何だか食べる気が…」
「ふふ、心配は解りますけど…ヒノカ姉様の時も大変でしたから。」
「ヒノカ様?」
「そうなんです。マークス兄様がオロオロしてしまって。」
「ま、マークス様が…ですか?」
「はい。もう出産の部屋に押し入らんばかりの勢いで。止めたら部屋の外をウロウロ歩かれて。」
「そ、そうなんですか? イメージないですね…」
「それだけ大切にして下さってるって事ですよね。ツバキさんのその様子も私は初めて見ましたし。」
いつも完璧に色々こなしている彼のこんなうろたえ方は正直初々しくてサクラも微笑んでツバキを見る。ツバキは一気に顔を赤くして俯く。

「…た、食べますー…」
「はい。どうぞ。」
ツバキはサクラが持ってきてくれた味噌汁と握り飯を口に運ぶ。なんだか久しぶりに食事をした感覚がありほっとしてふぅと息を吐く。

「食事をすれば少しは体が回復します。きっともっと落ち着けますよ。」
「あ、ありがとうございます。お手間を…」
「いいんですよ。」
サクラはお茶を出し微笑みながら膳を下げてくれた。

「ほら、もう少し。息吐いて!!」
もう少しという声が聞こえてツバキは座りなおす。もう少し? しばらくすると少し年配の女性が急いで出てきてサクラ達と共に布や湯、桶などを運び入れ始めた。少しだけ開いた戸からはカザハナの姿は見えないが苦しそうな声が聞こえる。

「カザハナ。頑張れ!!」
思わず立ち上がり声をかける。返事は帰ってこないが産婆がカザハナを叱咤している声が聞こえ室内がバタバタと賑やかになり初めて聞く声が響いた。

「ふ…ぎゃああぁあ!!」
部屋の中ではその声と共に一気に賑やかになった。初めて聞く声はしっかり泣いている。おめでとうという声と拍手、笑い声が聞こえる。ツバキはその場に立ち尽くし呆然としてその声を聞いていた。どのくらいそのままで居たか…スッと戸が開いてサクラと産婆が顔を出した。

「ツバキ様、おめでとうございます。元気な女の子ですよ。」
「あ…」
「どうぞ。もうお会いになられても大丈夫ですよ。」
招き入れられ入れ替わりに室内にいた補助や乳母役の女性達は退出していく。衝立がしてある所にゆっくりと近づいて覗くとカザハナが横の赤子の手をもって幸せそうに笑っている姿があった。

「ツバキ、見て~。この子美人よー。」
そっと近づいて側に座り子を見ると子はカザハナの指を握り小さく動いていた。

「さっきね、乳を含ませたらすごく吸ったのよ。食いしん坊かもしれないわ。髪の色は私だね。父さんに似ればよかったのにー。元気でよかったわー。こけた時はどうしようと思ったけど…ごめんね、心配した?」
そう言ってカザハナはツバキの手を取って赤子の手の側に持って行ってやると赤子が指を握って来た。その手はとても暖かく小さく、ツバキの目には自然に涙があふれる。

「やだ、何泣いてんの?」
「ありがと…カザハナ…」
「残念ながら女の子だったけどね…」
「関係ないよ。元気であれば…ありがと、カザハナ、本当に…」
「へへ、あんたのそんな顔が見れたんなら頑張った甲斐があるってもんね。」
産まれた子を間に挟み微笑みながら幸せな時間を過ごした。

 



サクラが食事を持って部屋に行くと部屋は静まり返っていた。

「居ないの?」
「いえ、出産を終えたばかりですから…」
丁度暗夜から帰って来たレオンと共にそっと覗くと赤子を間に挟んで両手にお互いの指を持たせたツバキ達が寝息を立てていた。

「ふふ、可愛いね。美人じゃないか。」
「はい。かわいい女の子ですよ。」
「疲れてるんだね。寝させてあげよう…」
「はい…」

レオンとサクラは静かに部屋を出て笑顔でその場を後にした。

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「ツバキさん、おめでとうございますーっ!!」
「よぅ、ツバキ。おめでとう。女の子だって?」
ドタバタで戦に置いてきてしまったカゼカケを手入れしてやろうと厩に行くと先にカムイが来てサイラスと共に手入れをしてくれていた。

「ありがとうございますー。おかげさまで無事に生まれましたー。」
「お名前決まったんですか?」
「はい。マトイですー。」
「かわいいお名前ですね。落ち着いたらお伺いさせて下さいね。」
「はい。もちろんです。で、カムイ様、何故?」
「カゼカケ、とっても良い子でいう事を聞いてくれたのでお礼にお世話を。丁度サイラスが居たので教えてもらってたんです。」
「白夜の天馬は綺麗だな。暗夜の馬とはまた違う。」
「あー、毛触りとかが違うかなー、確かに。サイラスもありがとうねー。」
「同じ軍の仲間だ。気にするな。今から赤子の世話があるなら俺やっとくよ。」
「うん。でも今日は迷惑かけちゃったからカゼカケにお礼言わないとね。カゼカケ、ありがとー。」
カゼカケの顔を撫でてやるとぷいと顔を避けてカムイの方へ寄っていく。

「えっ、カゼカケ?」
「どうしたの、カゼカケ。ツバキさんだよ?」
カゼカケは何故かカムイの方へばかり寄っていきツバキが近づいてもすぐに逃げてしまう。何度やっても同じ様だ。挙句に首を振りながらブルブヒと何やら言っている。

「…ヤキモチだな。」
「何にっ????」
「赤ん坊じゃないか? 赤ん坊の匂いっていうのはすぐにつくって聞いたぞ。」
「マトイに罪はないじゃないか!」
「でも事実ヤキモチやいてるだろ。なにやらさっきから文句も言ってるようだし。」
「ええっ?」
「それに、カムイが乗っただろ? 味しめたかな…」
「へ?」
「カムイは何故か昔からこういう事があってな。動物でも人間でも不思議とカムイのいう事を自然に聞くんだよ…まあ中にはタクミ様とかみたいな方も居るけど…なんてゆうか不思議な魅力っていうのかな?」
「えっ???」
カゼカケがカムイに鼻を寄せたり頭を擦りつけたりして甘える素振りをしている素振りを見てサイラスは遠い目をしツバキは唖然とする。

「とりあえずカゼカケに謝り倒して世話しまくるしかないな…ほら、他の馬見てみろよ。カムイを見るあの眼差し。」
周りを見るとキトキトしている馬たちがいる。その目は「僕も、私も、構って」と言わんばかりの視線だ。

「失念してた…すまないな…カムイ、ツバキが来たなら任せて俺たちは帰ろう、な?」
「え、だってさっき始めたばかり…」
「あー、その、そう、ジョーカーがお茶を淹れてくれると言ってたんだ。うん。時間に間に合わなくなるから行こう。さーさー、行こう行こう。じゃあな、ツバキ。」
「え、サイラス、ちょっと…ツ、ツバキさん、すいませんー。またーっ。」
ツバキに手入れセットの入ったバケツを渡してサイラスはカムイを連れてそそくさと居なくなる。しばらく距離があくと厩の馬たちが一斉にギャアギャアと騒ぎ始めた。

「な、なにっ、なにっ???」
「やはは、ツバキが来て嬉しいのかもな。さー、時間間に合わないぞー。」
この後、ツバキはマトイが異界に行くまでのしばらくの間カゼカケの機嫌を取り続ける事となった。

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