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透魔という国はその名の通り透明感のある美しい国だ。

長い間 邪龍と化した神龍による恐怖統治が続き荒廃した国は、徐々にではあるがその美しさを取り戻しつつあった。邪龍から逃れる為 地下深くへと逃げ込んだ民達も少しづつ地上に上がり、小さな城下町と呼べる様な場所も出来て活気が出始めていた。民は口々にその国を救った英雄でもある新王の名前を呼ぶ。

 

真珠王カムイ様と。

 

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「少し休んだら? ここ最近ずっと働きづめじゃない。」

執務室でアクアはその王を心配そうに見やる。目の前には銀色の美しい髪と深紅の瞳、白く光る肌の王・カムイが座り黙々と目の前の資料に目を通していた。

 

「うーん、そうは言ってもこの国の事についてまだわからない事だらけですし、ここまで復興できたのはマークス兄さんやリョウマ兄さん、レオンとアクアの助言のお陰ですから。兄さん達も自国の復興の事もありますから手を煩わせたくないんです。私も早く一人で動けるようにならないといけませんから。」

カムイは問いに答えるがその手は止まらず動き続けている。資料に細かな書き込みを入れながら仕事を続けていた。

 

「だからって休まずに動いて、あなたが倒れてしまっては本末転倒でしょう?」

「アクアの言う通りだよ。何言ってるんだか。」

目をやるとドアの所に腕組をして寄りかかり呆れ顔で大きなため息をついているレオンがいた。レオンは手に持った書類をボスッとカムイの頭の上に置くようにして顔を覗き込む。

 

「何のために僕とアクアがここに残ったと思ってるのさ。姉さんを支えるためだよ?」

アクアをチラリと見やって微笑むと、レオンの顔を見てアクアもにこりと返す。カムイが王として立つ前、レオンとアクアが結婚した。二人は透魔に残りカムイの補佐として頑張ってくれている。カムイはこの事にもとても感謝はしているものの、忙しくてなかなか二人だけの時間があげられていない事にも気を病んでいた。

 

「私はまだ独り身ですし、あなた達が。二人でいる時間を大切にしてほしいですから休んでください。」

「…昔から頑固なところは変わらないね…」

「お褒めにあずかり光栄です。」

「兎に角、今日はもう遅いからあがろう。僕らの事をそう思ってくれているなら姉さんが休んでくれないと。王自らがその姿勢を見せる事は頑張ってくれている臣下達にとっても大切だよ?」

レオンのその言葉に仕方なく仕事を片付け始める。片付いた所でレオンとアクアが安心して出ていくと、カムイは執務室の椅子に座りなおして月夜を見ながらため息をついた。長い間荒廃していた国を立て直す事が一筋縄ではいかない事は覚悟していた。国政について星界のキャッスルに居た時に勉強はしたがそれだけでは全然足りない。戦後少しの間だけマークスとリョウマが残り指揮をとってくれていたが、彼らは自国に戻り王として立たなくてはならない為、ある程度落ち着いた所で自国に帰還した。間を見ながら時々両国から使者などが来るものの手が足りていない状況だ。まだまだ山積みの問題を処理していくだけで手一杯の状態だった。

 

「まだまだ、だなぁ…」

髪飾りを取り前髪をかき上げて伸びをしていると窓にコツンと何かが当たる音がする。しばらく様子を見ているとまた何かがコツンと窓に当たる。危険は感じられないが側に置いてある護身用の剣を握りそっと窓を開けると下に懐かしい人が姿を現した。

竜巻が湧くように地面から姿を現したのは白夜の忍でリョウマの臣下・サイゾウ。カムイの臣下・スズカゼの双子の兄で優しい笑顔を称え老若男女に人気のあるスズカゼとは真逆の不愛想でなかなか気を許さない男だがリョウマと王家に忠義を尽くす有能な忍頭だ。忍頭らしくいつも寡黙で影に徹し消してその顔の表情は崩さずまっすぐ立っている姿に少なからずカムイは憧れを抱いていた。兄達とはまた違うその強さが自分にも欲しいと思った時もある。

リョウマからは特に使者がくるなどとは聞いていないカムイはきょとんとその姿を眺めていたが、サイゾウはその場からカムイを見つめたまま動かない。相変わらず眉間に皺を寄せ睨みつけるような視線のままだ。気になってカムイから声をかけてみた。

 

「ご無沙汰しています、サイゾウさん。白夜から何か書状でも?」

カムイの声に少し肩を跳ねさせるような仕草をしたサイゾウを見てカムイも同じように驚く。少し目を泳がせたサイゾウが意を決した様に口あてを下ろすと、素顔を初めてみたカムイは思わず身を乗り出した。スズカゼと双子というだけあり鼻筋や口元は整った顔をしているが、サイゾウはスズカゼの様な柔らかな表情ではなく、口を引き結んで少し緊張した面持ちだ。

 

「夜分に申し訳ありませぬ。今日は公務ではなく…少し、お話がしたいのですが…よろしいか?」

一国の王となったカムイに対して礼を欠かない様な言葉使いで話すサイゾウに違和感を感じながらも「はい。」と頷き室内に入りやすい様に窓を大きく開けると瞬間サイゾウが窓辺に姿を現す。

 

「わっ、びっくりした。」

「ここでは少し…場所を移動しても?」

「え、はい?」

「ご無礼いたします。」

「えっ? ひゃ…」

「しっかりお掴まり下さい。移動の時には目と口をお開きになりません様。お怪我をされてはなりませぬ故。」

窓辺から降りたサイゾウはカムイを抱きかかえると外に出て壁に立ち窓を閉めて一瞬でその場から消えた。

ぎゅっと目を固く閉じたカムイは強い風の中を進んでいる様な感覚に息苦しくなるが、サイゾウが腕の力を強くして彼の胸にカムイの顔を埋める様にしてくれたお陰で呼吸が楽になった。忍は匂いなどをさせると隠密行動に支障が出ると以前スズカゼからは聞いた事があるが、サイゾウからは薄く香のかおりがしていた。白夜特有のこの香りは暗夜の香水とはまた違う香りでカムイも気に入っており その香りをしばし楽しむ。しばらくして急に風が止みサイゾウがどこかに着地した感覚を感じると声をかけられ目を開け周りの景色に目を輝かせる。目の前には透魔の透明感のある美しい月に照らされた花畑が広がっていた。その花は自分から見える地平線まで続いている。肌に優しい風に揺られながら月明かりに照らされた花々は煌めきまるで宝石の海の様だった。

 

「わぁ…きれい!」

やさしくサイゾウにおろされるとカムイは花畑に入り嬉しそうに笑いながら座り込む。

 

「すごい。こうしてみると果てなく続いているみたい。素敵…」

久しぶりに外に出てこうして過ごす時間をカムイは全身で喜ぶ。香りを楽しんだり、花を摘んで冠を作ったりしながら。その様子を黙ってサイゾウは見ている。

 

「サイゾウさん。こんな素敵な所、よく見つけましたね。連れてきて下さってありがとうございます。」

冠を作り終えた所でサイゾウに向き直って声をかけるとサイゾウは薄く微笑んだ。口あてを外したままのサイゾウの顔は今まで見た事のない位にやさしい顔で思わずカムイは少し顔を赤くする。

 

「忙しくお過ごしであろうから、たまにはと…先日書状を持って来た時に見つけた場所です。気に入って頂けたか?」

「あ、はい、とても! …というか、サイゾウさんもこんな所があるだなんて驚きました。前は敵視されていたのに…」

「…は…いや、その…申し訳ありませぬ。」

「いえ、思わぬ所で気晴らしが出来ましたから、ありがとうございます。で、お話しというのは?」

カムイの切り返しにサイゾウの顔が一気に緊張する。眉間の皺が一層深くなり、口をぎゅっと結んだ顔を見てカムイは驚く。

 

「なんですか? 何だかやっぱり今日のサイゾウさん変ですよ。前と全然態度が違いますもの。」

「い、いえ…その…」

「何でその口調なんですか? 前みたいな口調で良いですよ。」

「一国の王に対して無礼な事は出来ませぬ。」

「王になろうが何だろうが私は私ですから。公の場でもないのですからその口調は止めてください。なんだか気持ち悪い~…」

「む…」

わざとおどける様にして言うとサイゾウは少しむっとした様に口を噤むが大きくため息をついて頭をガシガシと掻いた。

 

「…解った。前と同じように話そう。」

「はい。その方が私も楽です。で、何です?人気のないこんな場所まで来たんですから内々のお話しですか? 白夜で何か?」

「いや…さっきも言ったが公務ではない。」

「スズカゼさんならお元気ですよ。よくやって下さっていますから安心してください。今は残念ながら暗夜に行っていただいていますが…」

「スズカゼに会いに来たのでもない。」

「では何ですか? あ、白夜からの先日の書状は今まとめている最中ですからもう少し時間を…」

「だから、違う! 相変わらずだなお前は。自分の想像と都合だけでポンポンと話を進めるな。」

「なら何ですか。早く要件を言ってくださいよ! また私を監視に来たんですか? もう監視はしないって言ってくださったじゃないですか!」

側に立つサイゾウを下から見上げながらカムイは噛みつくが、サイゾウはため息をついてカムイに近づき目の前に膝をつく。急に縮まった距離にカムイは身構えるがその様子をみて困った様に微笑むサイゾウに拍子抜けし構えを解いた。

 

「今日、ここへはお前に用事があって私用で来た。」

「…は、はい。」

「聞くだけでいい。それだけで…」

「はあ。」

「話が終われば直ぐに白夜へ帰る。」

「はあ。」

「だから返事はいらない。ここで今からいう事はすぐに忘れろ。いいな。」

「もう、だからなんですか!!」

何度も念をおすように話すサイゾウに痺れを切らしてカムイが突っ込むと真剣な顔でサイゾウがカムイに向き直る。

 

「…お前を、愛している。」

いきなりの告白にカムイは目を丸くして固まるが、サイゾウはそれに構わず言葉を続ける。

 

「確かに暗夜で育ったお前を最初は信用できなかった。帰ってきて早々に色々と問題を起こしたしな。白夜にとって脅威となるのではと警戒をしていた。だが先頭に立って白夜も暗夜も纏めていったお前を見て俺は自分が狭い所でしかお前を見ていなかったのだと思い知った。それからは兎に角お前から目が離せなくなっていたんだ。お前が俺の名を呼ぶ度 心地良さを感じたが、それが恋だと自覚するまでにこんなにも時間が経ってしまった上、お前は今は透魔国の王。身分が元々違う上にもっと手の届かない所へ行ってしまった。でもこの気持ちに嘘はつけない。俺は忍。いつ任務で命を落とすかしれない。だから今日こうして思いだけを告げに来た。お前という女を、透魔国女王を一介の庶民である忍が身分違いも甚だしく本当に愛していたという事だけ覚えておいてくれればいい。忙しいのも解っていたのだが、こういう事情でどうしても伝えておきたかった。貴重な時間を俺の為につぶしてすまん。直ぐに送り返す。行くぞ。」

頬を染めながら一気に伝えきったサイゾウはさっさとカムイを抱きかかえてその場から姿を消す。カムイが気づいた時にはすでに城の執務室に戻り、サイゾウにソファに座らされているところだった。はっ…と息をしてカムイは慌てて離れようとしたサイゾウの腕を掴む。

 

「何だ。」

「…何だじゃありませんよ。何?」

「何とは。」

「こちらの気持ちをかき乱しておいて、勝手に言いたい事だけ言って安心してさっさと退散ですか?」

「そうだ。」

「酷い人ですね。」

「忘れろと言っただろう。」

「こんなショッキングな事、忘れられるわけないでしょう。」

「そうか…ならば忘れさせてやろう。」

サイゾウが術の印を結ぼうとした時、カムイが合わせて大きく息を吸い大声を出す準備をしているのを確認し慌てて口を押える。

 

「むがっ!!」

「馬鹿かお前は!」(小声)

「馬鹿はどっちですか。術で人の記憶を左右しようだなんて。しかもこんな大切な事を…叫ばれたくなければこのまま私の話も聞いてください。途中で逃げるのもなしです。少しでもそんな素振りを見せれば大声を出して人を呼びます。こちらには魔術のエキスパートのレオンと槍術の達人のアクア、腕の立つ臣下も居ます。どなたもあなたには遅れをとらない面々ですし、最悪 私が竜化してあなたを取り押さえます。そうなった場合あなたの命の保証はありませんが、どうされますか?」

カムイは力を込めた瞳でサイゾウを見据える。深紅の目は瞳孔が縦長に伸びていつでも竜化できる状態にある事を現しており、その眼力からも本気である事が伺えた為、サイゾウは仕方なくカムイのいう事を聞くことにしてゆっくりと口から手を離しその目の前にどかっと胡坐をかいて座った。カムイはそれを見てニコリと笑い椅子から下りてサイゾウの隣に座る。

 

「…何故お前まで床に…」

「この方が顔がよく見えますから。きちんとお話しさせてください。」

サイゾウは溜息をついて観念した様に俯きチラリとカムイを見ている。カムイもその隣で微笑んでサイゾウを見つめていた。間近で改めて見る口当てを外した素顔は優しく、いつもキッチリと上げている前髪は今日は少し緩めで顔に髪がかかっている。それが何となく柔らかい印象を与えている様に思えた。

 

「で、お前の話というのは何だ。」

「はい。今から私が言う事は真実で本気です。だから絶対に忘れないで下さいね。」

「何?」

「私はサイゾウさんに憧れていました。もちろん私よりも年上ですから落ち着いておられますが視点や考え方なんかが大人で素敵だなぁって。勿論弟さんであるスズカゼさんに対してもでしたが、サイゾウさんに対しては何だか違ってて…多分他の方みたいに距離を置かずに接してくれたからじゃないかなって思います。説明するとなんだか難しいんですけど、憧れと恋って紙一重っていいますから。」

「ならそれはただの憧れで、恋ではないだろう。」

「勝手に決めないでください。」

カムイは頬を膨らませてサイゾウの顔を覗き込む様に見るが、サイゾウの表情は固いままだ。

 

「サイゾウさん。私、嬉しいんです。貴方に好きだと言われた事。本当に。」

「え?」

少し頬を赤らめてカムイは目を潤ませて微笑む。サイゾウもつられて頬を染めた。

 

「嘘じゃ、ないですよね?なかった事にしろなんて事言いませんよね?これは夢じゃないですよね?まさか貴方も同じ気持ちで居てくれていたなんて幸せで。」

「な…」

「はい?」

「ちょ、ちょっと待て…何だと?」

「私もあなたが好きです。あなたへの思いはやっぱり憧れなんかじゃなかった。ふふ…本当にうれしい…」

「俺は、忍で市井の民の出だ。お前とは身分が…」

「身分なんか関係ないですよ。同じ人間なのですから。ほら、カミラ姉さんだってスズカゼさんと結婚したじゃないですか。」

「お、王位を継いでいる人間と王籍から外れる事の出来る人間とでは立場が違うだろう!」

「サイゾウさん、そこまで考えてくれていたんですか…嬉しいです…」

カムイは目を潤ませて本当に嬉しそうに微笑みサイゾウの肩に頭を乗せてきた。サイゾウはそのままガチンと音がする位に固まってしまう。

 

「ちょ……ま、マて…」

「私の事を考えて下さっていたんですよね。立場の事や色んな事も…そこまで考えて下さっていたなんて、幸せです…」

肩に頬擦りするがサイゾウは身動きひとつ取らない。取らないわけではなく、取れなくなっていた。

 

思い悩んでいたこの恋がこんなにも簡単に成就する様な、そんな馬鹿な事はない。絶対にこれはカムイの間違いで勘違いだ。正さなければという思い。

 

思い悩んでいたこの思いを受け入れてもらえたという喜び。

 

サイゾウの頭の中はその二つの思いがグルグルと巡り、どちらに傾けばよいのか解らず目を見開いたまま固まってしまっていた。そんなサイゾウの気持ちを知ってか知らずかカムイはお構いなしに擦り寄ってくる。

 

「ああ、本当に嬉しい…幸せ…サイゾウさん、大好きです…」

その言葉に何かがプチッと切れたサイゾウはカムイを抱きしめた。カムイは嫌がることなくその腕に抱かれ愛おしそうにサイゾウの胸に寄りかかって来た。カムイの髪は柔らかくふわりと花の香りがする。体は思ったより華奢でこのまま力を入れればポキリと折れてしまいそうだが、女性らしい柔らかな体に頭がぼうっとなる。そのまましばらく抱きしめていたがハッと現実に戻りサイゾウは飛びのいて壁の本棚に背中をドンッとぶつけ思わず呻く。

 

「うっ…」

「さ、サイゾウさん!? どうしたのっ!?」

忍頭らしからぬ状態にカムイも驚くが瞬間四つ這いになって身構える。

 

「まさか…逃げようとしたんですか…? まだ私の話は終わっていませんよ。先ほども言いましたが逃げれば…」

カムイの目の瞳孔がまた縦長に伸びていく。サイゾウは慌てて両手を違うと振る。

 

「ち、違う。その、これは夢だ!!!」

「はあっ!?」

「お、お前が、俺なんかを、好きになるなんて事、あるわけないっ!!! だから夢だ。夢だっ!」

サイゾウは頭を抱えてその場にうずくまる。髪を強く握り小声で「夢だ、夢だ、夢なら早く覚めてくれ…」と呟いている。その様子を呆気に取られてカムイもしばらく眺めていたが、見た事の無いサイゾウの様子に愛しさが込み上げて来た。ゆっくりと近づき前に座り込んで額に近い場所にキスをするとサイゾウはビクリと体を揺らし驚くが静かに顔を上げてきた。不安気な表情で耳まで赤くしたサイゾウの額にもう一度キスをする。

 

「夢じゃないよ。」

鼻の頭にキスをして微笑むとサイゾウも同じ様に呟く。

 

「夢じゃ、ない…」

「うん。」

サイゾウが震える手でカムイの頬を撫でるとカムイもそれに応えて手を取り頬を摺り寄せる。サイゾウは静かにカムイの体を引き寄せて思い切り抱きしめた。質素な城の薄暗い執務室の中でその二人の様子を見ているのは透明な光を放つ月だけだった。

 

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翌朝、カムイが目を覚ますと自室のベッドの上にいた。寝ぼけ眼で回りを見まわすが室内には誰も居ない。はあ、とため息をついて額に手を置くと違和感を感じて確認する。自分の左手の薬指に小さな赤い石のついた指輪が光っていた。夕べの一連の事は夢ではなかった。憧れていた男性への思いが恋に変わりそれが実を結んだ夜だった。日々の激務で疲れていたカムイはサイゾウの腕の中で話をしながら眠ってしまったようだ。きっと彼が自室へ連れてきてくれたのだろう。ベッドから体を起こして指輪にキスを落とす。

 

「おはようございます。サイゾウさん。」

嬉しくて皆に言って回りたい程に心は浮かれているが始まったばかりの恋。大切に育てたいという思いと共に、カムイの立場からも公にせずまだ秘したままにしておこうと昨晩サイゾウと約束した。「本当に俺でいいのか?」などと何度も聞いてきたサイゾウの真っ赤な顔を思い浮かべると自然ににやけてしまう。

 

「いいも何も…ずっと憧れてたんだもの。私のほうが夢心地だわ…ふふふ・・・」

取りたくはないが薬指の指輪を外してチェーンに通し竜石のペンダントと共に首にかけるとドアがノックされる。

 

「カムイ様。お目覚めの時間です。」

「はい。おはようございます。どうぞ。」

「おはようございます、カムイ様。今朝も素晴らしい朝でございますよ。」

静かにドアが開いてジョーカーがワゴンを押して入ってくるとカーテンを開けて回る。朝日を浴びて思い切り背伸びをする。

 

「気持ちが良いですね。喉が渇いてしまいました。」

「はい。すぐにお茶をお淹れいたします。今朝は花の香りのする…」

ジョーカーがいつもの様子で紅茶を淹れる準備をしてくれているのだがその手は不自然に震えており、茶器がカチカチと音を立てている。

 

「ジョーカーさん、調子でも悪いのですか?」

心配になって声をかけるがジョーカーは「何でもありません。」といつもの笑顔でカムイにかえす。茶葉の蒸らしが終わってカップに注ごうとした時、手の震えからポットの蓋が落ちて茶が盛大に溢れジョーカーの手にかかり熱さで飛び上がる。

 

「じ、ジョーカーさん⁉︎ 大丈夫ですか?」

慌ててカムイが駆け寄りジョーカーの手を持って洗面台へ引っ張って行き流水で流しながら様子を見ていると、ジョーカーの手がまた震え始めた。俯いてしまっているジョーカーの顔を覗き込むと目が合う。

 

「ジョーカーさん、本当に大丈夫ですか?」

その声でジョーカーは泣きそうな顔になり「申し訳ありません。今日は私は下がらせて頂きますぅぅぅうぅ‼︎」と叫びながら部屋から走り出てしまった。何が起こったのか分からないまま、ワゴンに乗せられた簡単な朝食を摂って身支度をする。着替える時に胸元で揺れている竜石のペンダントとサイゾウから贈られた指輪がチリチリと音をあげるのが嬉しくて思わず頬を染めてまたにやけてしまうが、きっとサイゾウも普段と変わらず任務に励んでいるだろうと背筋を正し支度を整えて執務室に向かった。

執務室に入るとすでにアクアが来ていて先に書類の確認などをしてくれていた。

 

「おはよう。カムイ。」

「おはようございます。私遅れてしまいましたか?すいません。」

「いいのよ。さ、やりましょうか。」

いつもと変わらない執務が進み日も高く上がった頃、城の外がザワザワと賑やかになっている事に気づく。

 

「何でしょう?やけに騒がしいですね。」

「民が集まってるわ。」

民が城のそばに集まってきていると聞いてカムイは驚いて立ち上がり様子を見る。確かに城門前に民が大勢集まっている様だ。まだ安定していないこの国で民に何か起こったのだろうか。カムイは急いで確認しに行こうとするがそれをアクアが止める。

 

「大丈夫。声色からもあれはきっとそんな問題が起こっている様な集まりではないわ。」

「わからないじゃないですか!皆さんに何かあったのなら急いで処理しないと。」

そうしていると今度は城門から大歓声が上がる。民達が誰かを迎えて歓迎している様だ。窓から覗くと門が開き見覚えのある馬や馬車が次々と入ってきていた。

 

「あれは?」

カムイが身を乗り出して確認しようとしていると目の前に空から人が姿を現した。

 

「王が何をやってるの。相変わらず危なっかしいなぁ。」

薄茶銀色の長い髪をなびかせ風神弓の力で作った雲に乗り白夜第二王子のタクミが苦笑いしながら立っていた。

 

「タクミ? わあ、お久しぶりです!」

「やあ、姉さん達。元気だった?」

カムイは思わず抱き着いて喜び、タクミも笑いながらカムイを受け止める。

 

「はは、カムイ姉さん、危ないってば。」

「兎に角、入りなさい。早いわね、タクミ。」

「そりゃそうさ。待ちに待った、だからね。」

アクアとタクミは何やら楽しそうに笑いながら話しているが、カムイには何の事か分からず間できょとんとしていると、タクミの「来た来た。」という声と共に執務室のドアが勢いよく開く。

 

「カムイ!」

「マークス兄さん!」

顔に喜びを称えたマークスが大股で歩み寄りカムイを抱きしめる。

 

「元気そうだな、安心したぞ。いや、何よりお前の決心が1番嬉しい。国民も皆喜んで祝いを持って詰めかけているぞ。」

「やっぱりあの馬は兄さんだったんですね。祝いって?」

「カムイ!」

今度はヒノカが姿を現しマークスと共にカムイを抱きしめる。

 

「わあ、ヒノカ姉さん!でも、ど、どうし...」

ヒノカはマークスに嫁ぎ今は暗夜王国王妃となりマークスを支える存在になっているが、戦後はマークスよりも一足先に暗夜へ行き、準備と共にレオン達と暗夜の執政を行っていてカムイも会うのは久しぶりだった。

 

「よく決意したな。レオン達が手伝ってくれるとはいえ大変なこの時期に。でもそれが今後のこの国の為には1番良い事だ。私も嬉しいぞ。」

マークスと頬にキスを交わしながらカムイを抱きしめ頭を撫でたりして本当に喜んでいる様子の2人にカムイは何も聞くことが出来なくなり兎に角笑って話をしていたが、タクミの話といい、マークス達の話といい全く理解出来ない。聞きたいが聞ける様な雰囲気ではないし、やはりその隙もない。気付くと城内がザワザワと賑やかになっておりメイド達も忙しく動いているようだ。だがその顔は皆本当に嬉しそうで、何か楽しい事でも始まるのかと根拠もないのにカムイもワクワクしてきて、皆の話が飲み込めないまま談笑しているとリョウマが妻のオボロと共に部屋に入ってきた。

 

「遅くなってすまん。カムイ、よく決心したな。俺は嬉しいぞ。」

「カムイ様、おめでとうございます。私も嬉しいです。この度は私の腕にかけて女王として恥ずかしくない衣装を持ってきました。リョウマ様と私からの贈り物です。是非それを着てお式を。」

「おお、オボロが見立てた着物は素晴らしいぞ。俺もとても気に入っている。」

「まてリョウマ王よ。私もドレスをカムイの為に準備をしてきたのだ。私からも贈らせてもらいたい。」

「では両方着れば良い事だ。そちらの衣装も美しいものだろうな。楽しみだ。」

「私からは扇子やアクセサリーだ。姉としてお前の髪色に似合うように、着物でもドレスでも合うような物を見繕った。つけてくれるな。」

長兄夫婦達がワイワイと騒いでいるが、やはりカムイは何のことか全く分からない。我慢出来ず話に割って入る。

 

「あの!」

皆は一斉にカムイを見る。驚いたような目線を向けられカムイも一瞬息を飲むが一呼吸して話し出す。

 

「皆さん、急に来られてどうされたんですか。王が国を開けるなんて、そんなに重大な事が何かあったのですか?それならそれで先に使者を寄越してくれても…」

カムイの言葉に全員がより一層目を丸くする。しばらく沈黙が続くが遅れて入ってきたレオンの落ち着いた声で場の雰囲気が一変した。

 

「何言ってるのさ。姉さん結婚するんだろう、サイゾウと?」

カムイはそのまま固まる。恐る恐る周りを見ると長兄夫妻達は揃ってうんうんと頷きながら嬉しそうに微笑んでいる。アクアは相変わらずのポーカーフェイス。タクミとレオンは同じ様に腕を組んで呆れ顔をしていた。ようやく状況が飲み込めたカムイの顔には一気に汗が吹き出る。

サイゾウと気持ちを交わして恋人になったのは昨日の夜の事だ。お互いの立場から様子を見る為、直ぐには公表せず秘しておこうという約束も交わし、まだ本当に始まったばかりの恋なのに何故一夜でこんな大事になっているのか。城門前からは賑やかな民の声が響いている。

 

カムイ王様、ご成婚おめでとうございます!

 

そんな祝いの言葉が飛び交っていた。頭の中をグルグルと色んな思いが飛び交っている中、ドアがノックされカゲロウが姿を表す。その手には縄が握られておりその縄の先にはサイゾウが居りカムイは顎が外れたのではないかという位に大きな口を開けてポカンとしてしまった。




 

執務室でカムイと思いを交わせるという思いがけない幸せな時間を過ごしたサイゾウは早朝まだ夜が明けきらない時間に白夜へ帰還し自室に戻った。体を清めて部屋着の作務衣に着替え透魔から大切に抱いて帰った首巻を開く。中にはカムイが編んだ花の冠。時間が経ち少し萎れてしまっているが記念すべき日の大切な思い出。カムイに教えて貰ったように部屋の隅の風通しの良い場所にそっとかけ、ドライフラワーにして大切に保管しておこうと思っていた。昨晩 指輪を渡した後、今はまだ準備がないから代わりにと頭にこの冠を載せてくれた。とてもじゃないが似合ったものではなかっただろうが、カムイにそうして貰えた事が嬉しくて幸せだった。

 

「夢じゃ、ない…」

ぽつりと言うと自然に口元が緩む。それを止めようと気合いを入れる様に両手で頬を叩くが痛みすら感じずへらりと笑ってしまう。

 

「む…いかん…これではいかん…」

自分は代々続く忍の里の統領の名「サイゾウ」を継いだ者。色恋に振り回される訳にはいかない(といいながらカムイと気持ちを通わせて人生最高の幸せ気分になってはいるが)と気持ちを切り替える。今日は幸い任務も入っていない休日となっている。ひとまず休んでそれから気合いを入れなおすべく鍛錬をしようと布団に入った…時、自分に対しての視線を感じ神経を研ぎ澄ます。布団に潜ったまま、いつも潜ませている暗器を握り殺気をさせない様にその気配を辿る。感じる視線からは殺気は感じられない。自分の命を狙っているわけではなさそうだが油断がならない。ここでの戦闘を避けるためサイゾウは一瞬でその場から姿を消す。しばらくして離れた場所の小高い丘の上に立つ小さな農作業用の小屋の影に姿を現しすぐに身を隠す。ここならばどこから敵が来ても察知がしやすい。身を屈めて警戒しているとふいに上空から自分に向ってくる者の気配を感じ身構えると…



 

「遅くなり申した。五代目サイゾウ、連れてまいりました。」

「おお、待ちかねたぞ。ではカムイ、お前も着替えを…」

リョウマは何も無かった様にカムイに着替えを進めるがカムイもサイゾウもそれどころではない。

 

「兎に角、サイゾウさんの縄をほどいてください。」

チラリとカゲロウはリョウマに確認を求めるがリョウマが是と返してきたのでカムイにサイゾウを任せカゲロウは姿を消す。慌てて駆け寄り体に巻かれた縄を解きながら小声で話しかける。

 

「怪我はありませんか?……これはどういう事です?」

「俺も何が何だか全く解らん。昨晩は俺以外の気配は感じられなかったし、そこまで油断をした覚えもない。お前の方は?」

「私もここで眠ってしまってからは朝まで何も…」

「マークス王、ヒノカ王妃、お久しぶりでございます。皆さま失礼をいたしました。」

とりあえず縄を解いてもらいサイゾウは礼をとる。長兄夫婦達はにこやかに返す。

 

「大変申し訳ありませんが準備がございます。カムイ様と共に下がらせていただいてよろしいでしょうか?」

「そうだな。衣装などは別室に置いてある。フェリシア、カムイ達の案内を頼む。」

「は、はーい、かしこまりましたー。さ、カムイ様、サイゾウさん、こちらです~。」

部屋の隅に控えていたフェリシアにマークスが声をかけ案内をするよう指示すると横からジョーカーがにこやかに出てきて皆の接待を始める。

 

「さ、皆さまこちらにお座りください。カムイ様のご準備はお時間がかかりますのでお茶とお菓子をどうぞ。今日はアプリコットのジャムに…」

「今日は下がらせていただきます。」と言っていたジョーカーがこうして湧いて出てきた事にカムイも驚いたが流石の執事魂。カムイに恥はかかせられないといった気合いが見られる。きょうだい達がわいわいと談笑しながらソファに座るのを見届けてカムイとサイゾウは部屋から退室して大きくため息をつきサイゾウに寄りかかる。サイゾウはカムイの肩を抱こうとするが目の前にフェリシアが居る事を忘れていて一時手を泳がせる。だが不安げなカムイの表情を見てそっと肩を抱いて支えた。その様子を見ていたフェリシアは少し頬を染めるがすぐに話を戻す。

 

「はぅう…何なんでしょう、この状態…」

「フェリシア、何か知っているか?」

「いいえ~、私も朝カムイ様が執務室に入られた後に皆さんが来られると聞いて…とにかく移動しましょう。こちらですー。」

フェリシアに連れられて控室の様な場所に入ったサイゾウとカムイはまたその場で固まってしまう。そこには美しい衣装が並び過度な装飾はないが気品の漂うアクセサリーなどが所せましと置いてあった。一瞬サイゾウはその衣装を身に着けたカムイを想像するが、当のカムイはそれを見て唖然としていた。

 

「な…」

「マークス様やリョウマ様が来られた時に一気に運び込まれて…ものすごい速さで運び込まれたので止めることも出来ませんでした…すいません!!」

「フェリシアさんのせいではないでしょう…ああ、もう何なの…」

「わ、私、飲み物を持ってきます。少し落ち着きましょう。サイゾウさんも座っていてくださいー。」

フェリシアが部屋から出ていくと二人して側のソファに崩れる様に座る。

 

「なんだこれは。」

「私も聞きたいです。さっきから何これとしか言ってないような気がする…ねえサイゾウさん、やっぱり誰かが居たんじゃ…」

「いや。居なかった。俺が遅れを取るとでも?」

「そうではないですけど、サイゾウさんが気配を察しない相手って居ませんよね。スズカゼさん?」

「馬鹿を言え。それなら尚の事よくわかる。大体、昨晩の事だぞ。ばれてしまっていたとしてもこの対応は早すぎる。」

「そうですよね。」

二人で無言で思考を巡らせていると外ではガッシャーンという音とほにゃっとした悲鳴が聞こえる。

 

「はわぁあぁ!!! やっちゃったーーーーー!!!」

ガチャガチャと片づけてワゴンを引く音を聞きながらカムイとサイゾウはどちらからともなく笑い始めた。小さくクスクスと笑いながらお互いの頭をゴチッとぶつけ「いたっ」と言いながらまた笑う。

 

「ふふふ、ねえサイゾウさん、あの衣装、きっとよく似合いますよ。」

「お前にはあれかな。きっと綺麗だろう。」

「今日は髪を下してるんですね。ひげもはえてるしマスクもない。似合いますねぇ。」

「こんな状況で髪なんか直してる暇があるか。まあ任務ではないから顔を隠すのにはちょうど良いが。」

「普段から外したらいいのに。」

「サイゾウの名を継ぐ者が顔を晒すことは出来ん。」

「誰が決めたんです?」

「俺だ。」

「ぷっ……ちょっと一息つきましょうか。」

「だな。」

微笑みながらサイゾウはカムイを抱いてその場から姿を消した。

城から離れた場所にある森。その大きな木の枝にサイゾウは降り立ちカムイを降ろす。

 

「はあ…やっと楽に息が出来る。」

「しかし困ったな。」

「まだ始まったばかりなのにね。」

「気持ちだけは進展があったがな。」

「ふふ、そうですね。」

サイゾウの言葉にカムイは笑う。

 

「それにしても本当に民が沢山来ているな。」

「見えるだけでもすごい数ですね。なんだか外れに露店まで。お祭りになっちゃってる。」

「商魂逞しいのは生きていく活力の現れだろうな。良いことだ。」

「ふふ、サイゾウさんの方が王らしい。」

「柄じゃない。」

「統領をされている時点でその素質はあるでしょう?」

「この国はお前が王で居るからまとまっているんだ。他の者には務まらん。」

「そんなことな…!!!!」

ほんわかと話している途中で急にカムイの目の色が変わる。瞳孔が縦長に伸びて長い真珠色の髪がザワザワと動くように逆立つ。サイゾウも身構えるが気配が感じられない。兎に角カムイを守るように警戒していると目の前の空が避け、中から神器を構えたリョウマとマークスが飛び出てきた。

 

「逃がさん!!!」

「っ!!」

カムイを背面に回して暗器を身構えたところで2人が立っていた木の枝が消え去った。

 

「えっ!? きゃあっ!!!」

「くっ!!」

サイゾウがカムイの腕を掴んで腕に抱き足に気を溜めて木の幹に立つが、間髪入れず上空から長兄二人が降ってくる。サイゾウが瞬身の術を使おうとした時にリョウマの雷神刀から雷が落ちて邪魔をされてしまった。長兄達が地上に降り立ったと同時に飛んできた手裏剣を素早く弾く。

 

「スズカゼか! 」

サイゾウの声と同時にスズカゼが地面から姿を現す。彼はいつもの穏やかな状態ではなく本気モードに入りかけていた。

 

「兄さん。恋しさに勝てずここまで...いかな兄さんと言えど私の主であるカムイ様をたぶらかすなど…万死に値します。」

「なっ!? たぶらかしてなどおらん!! 俺は…」

「スズカゼさん、違います!!」

「カムイ様、兄がご無礼をして本当に申し訳ありません。すぐにお助けいたします。」

「ち、違います、違うんです!!」

「忍の装束は薄汚れてなんぼ。寧ろそれが誇りです。ですが身だしなみ自体はいつもきちんとしている兄さんがそのような軽装でカムイ様を腕に抱き、王お二人に追撃されているとは…5代目サイゾウの名が泣きますよ?」

「これには訳が…話を聞け…ッッっ!!!!」

「城へ戻るのだ、サイゾウ!!!」

スズカゼとの問答のスキを狙いマークスとリョウマが切りかかり、その援護に入るようにスズカゼも参戦してくる。カムイはサイゾウを守らなくてはとやむなく竜化する。

 

「カムイっ!?」

『こうなったらすべての誤解や謎を解くまで引きません!!』

「カムイ様、すぐにお助けします!! 兄さん、覚悟!」

「2人とも早く戻れ!!」

「だから話を聞けっ…!!!」

「カムイ、姿を戻して大人しく城へ戻るのだ!!」

『私は決めました。決めた以上、折れたりしない!!』

なんだか某現世の大乱闘ゲームの様なややこしい戦いが森の中で始まった。木の枝や影を使い各々攻撃を繰り出すが流石は戦慣れしている面々、皆一歩も引かない。(現実にこんなドリームゲームがあるなら是非とプレイしてみたいものだ。)中でも竜化したカムイの強さは相変わらずでマークスやリョウマの攻撃はもちろん、スズカゼの手裏剣もその固い鱗ではじいてしまう。セオリーとして水と雷はある意味で相性が良すぎるがリョウマは雷撃を使わない。マークスの黒い雷も水の竜であるカムイには大変有効な筈なのだが、兄2人がカムイに激甘だという事がまたこれで証明されたが剣技だけでも十分カムイには対抗している。上忍のサイゾウに対し、魔戦士のスズカゼがアタックしてくるがこちらも多彩な技と動きで素晴らしい戦いを見せている。きっとギャラリーが居たら盛り上がる事だろう。ふとサイゾウは戦いながらある事を思い出しカムイに話す。

 

「そういえば、俺が捕まった時も空が裂けた。」

『空が? さっきの様にですか!?』

「ああ、あれでは俺たち忍は気配がとれん。魔術の様な…カムイ!?」

その言葉の間に森の中に歌が響き始め、その歌を聞いた途端カムイの体は動きを止める。歌声は少しづつ近づいてきていた。

 

『…うっ…これ…アク…あ…』

カムイの体から水の粒が沸き上がり少しづつ人間の姿に戻っていく。歌声の主であるアクアを後ろに乗せたレオンの姿とその馬を確認したところでカムイは意識を失った。

 

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「目が覚めた?」

執務室の中、机で眠っていたカムイにアクアが声をかける。

 

「んあ…んー…おあよーごじゃいましゅ…」

「なんて顔してるの…目を覚ましなさい。はい、お茶。」

「あーい…」

差し出されたカップに口をつけこくりと飲んで行く。目覚めに優しい蜂蜜の自然な甘さが口に広がり、鼻を抜ける香りにはあーーーっと息をして再度口に含んだ所で目の前の光景に驚いて紅茶を噴き出しその場でむせる。

 

「カムイ、大丈夫か?」

「あらあら、仕方のない子ねぇ。」

「そ、そんな事より、なぜ皆さん勢ぞろいされているんですっ!?」

目の前には暗夜・白夜のきょうだい達とその家族と家臣が勢ぞろいしていた。その真ん中に何故かサイゾウが座らされている。カムイはそれを見て今までの状況を思い出した。

 

「今から家族会議だ。サイゾウはお前の婿になるのだから一緒に参加してもらう。」

「家族会議って…臣下の皆さんもおられますよっ?」

「ええ、またあなたが暴れない様に対策をさせてもらったの。」

よくよく見れば各々竜に強い武器などを持っていた。雷系の魔導書や呪札を持っている者もいる。

 

「カムイ様が暴れるからっすよ。まー、大人しくしといてください。」

「俺たちも不本意なんですよぉ。」

ヒナタを始めオーディン達も苦笑いしながらカムイを見る。カムイは頭を抱えてダン!!と机を叩く。

 

「ひ、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら、ですよ…皆さんっ!!」

「そこは馬じゃなくて竜だよね、姉さんの場合。」

「タクミ、うるさいっ!!!」

「わ、怖い…」

フォローがてら茶化したタクミをカムイは睨みつけて一喝する。タクミは肩をすくめて苦笑いしている。

 

「私一人を問いただすならわかります。だけどなんでサイゾウさんまで巻き込むんですかっ!!!」

「サイゾウにはお前に手を出したという重大な責任があるだろう。」

「手をって…まだ、なーーーーーーーーーんにもしてませんっ!!!!」

その言葉に場がざわつき、サイゾウは頭を抱えた。耳まで真っ赤にして顔を隠すように俯いている。

 

「あれ? 昨晩はここでお楽しみだったように見えたけど?」

「何にもしてません!! キスくらいはしましたけど、それ以上はまだ今からですっ!」

「手を出してるじゃない。」

「それが手を出しているというなら、暗夜の挨拶はすべてアウトですっ!!」

「馬鹿な。あれは親愛の現れだ。」

「で、でも好きな方となら、その、触れ合いは大切なことですし…」

「そうだよ! 恋人なら当たり前だよ!! カムイお姉ちゃん、サイゾウの事好きなんでしょ?」

「ええ、好きですよ。大好きですよ!!」

今度は場がどよめく。姉妹達はその言葉に拍手をしていた。

 

「まあ待て、カムイ。俺たちは邪魔をする気はない。戦中も今もお前があまりに結婚に興味を示さんから今後の透魔国の行く末の懸念をしていたんだ。従姉妹のアクアもいるが、やはり女王のお前が世継ぎを生まねばな。」

「今の所私はレオンと二人で居る事が楽しいから…まだ子作りをするつもりはないの。ね、レオン。」

「子供はかわいいし嫌いではないけど、自分の子供に関しては今のところはまだ興味がない。アクアが居ればいい。」

2人で寄り添いながら言い放つレオン達にカムイは噛みつく。

 

「わ、私よりも正当な血筋はアクアじゃないですかっ!!!」

「あら、あなたも十分資格があるのよ。何せ元の神龍の血を直接ひいているんですもの。だから、世継ぎの事はお願いね♡」

「うふふ、カムイ。忍の技ってね、すごいのよ?」

「待った、カミラ姉さん。ここにはまだ未婚の子もいるんだから、それは刺激が強すぎる。」

「あら、残念…ふふ…」

カミラの横に立ったスズカゼが少し頬を染めてそっぽを向くが、カミラはお構いなしで手を絡めて擦り寄っていく。サイゾウの俯きは益々深くなっていく。臣下達がサイゾウの側に寄って背を撫でたり声をかけたりしていた。

 

「サイゾウ、元気だせって。」

「てか手が早そうな君がねぇ…意外だよ。」

「こ奴は奥手だぞ。」

しれっと言うカゲロウの言葉に臣下全員に犬や猫の耳としっぽか生える。サイゾウはその場で噴き出してブルブルと震えていた。何、何、聞かせて!!と大騒動になりタクミに一喝され全員ドアから蹴りだすと同時に部屋に残った王族家族全員が各々武器を手に取り警戒をする。廊下ではまだ臣下達が大騒動していた。

 

「で、サイゾウ。お前はカムイと結婚する気はあるのか?」

リョウマの問いにサイゾウは体を飛び上がる位に跳ねさせ少し顔を上げ、膝の上で手を握りしめたままチラリとカムイを見ると、カムイは心配そうな顔で自分を見ていた。

 

「…私とは、身分の違う方です。身の程も弁えずと言われても仕方がありませんが、お許しいただけるならば。」

「カムイはこの国の王だ。お前に嫁いでもここを離れる事は出来ん。必然的にお前がこちらで生活することになるが…」

「はい。しかし今まで通りリョウマ様の臣下として動きたく。」

「わ、私は、サイゾウさんについていく事も考えています!! この国にはレオンとアクアが居ますから…」

「まあレオン達がいれば国は回るだろうね。安心できるじゃない。」

「タクミ、褒めてくれるのは嬉しいけど、押し付けは困るよ。」

「ここの王はカムイよ。カムイが居なくちゃ話に…あ、ならサイゾウが写身を。」

「カムイが白夜に行ってしまっては気軽に会いに来る事が出来なくなってしまうではないか。」

「マークス様、一国の王が気軽に会いになど来れるわけがないでしょう。」

「ヒノカ…お前までつれない事を…」

サイゾウとカムイそっちのけで家族会議が始まった所で、ささっとサイゾウをその場から引っ張って自分の卓の影へ連れてくる。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ…」

「あの…私は、サイゾウさんが好きです。でも、あなたのやりたい事を妨げるのは本意じゃない。難しいなら…」

「な、そんな事はない! 俺も…」

「リョウマ兄さんの臣下として居るならここから毎日通う事は難しいでしょう。サイゾウさんは忍ですし、カゲロウさんもご結婚されていらっしゃるからいつお子さんが出来るか…そうなれば色々と難しくなるでしょうし。」

「俺が動く。それで済むことだ。」

「そんな、倒れてしまいます!! サイゾウさんの体に負担が…」

「負担ならお前だって! 毎日遅くまで執務続きで、今までだって何回か来ていたのにお前は気づかない位に集中して仕事をしていたじゃないか!!」

「何回か来てって…来てたんですか? 来てたなら声かけてくれたって!!」

「必死でやってる姿を見て気軽に声なんかかけられん!!」

「もっと早く声をかけてくれてたら、こんなにややこしくならなくて済んだかもしれないじゃないですか!!」

「見守ってやる事しか俺には出来ん!! だから邪魔なんて…出来る訳なかろう!!」

「してくれても良かったんですよ!!!」

何故だか言い合いが始まりエキサイトしてきて、いつの間にか二人とも立ち上がって大声を出していた。

 

「この馬鹿! お前は王だというのに自覚が…」

「馬鹿はどっちですか、奥手馬鹿!!」

「奥手は余計だ、鈍感馬鹿!!」

すでに子供の喧嘩の様な低レベルにまで落ちてしまっている話を延々と続ける。しまいにはお互いが肩で息をする位に疲れてしまい無言になってしまった所で視線に気づく。

 

「…やはり仲が良いな。」

「だから監視してたんだよ。まあ姉さんの警護の意味もあったんだけどさ。」

「「監視??」」

レオンの言葉にサイゾウとカムイが驚いて同時に問う。

 

「そうだよ。実はこの国のあちこちに魔術で動くマジックビジョンが仕掛けてある。人手が足りないから、こういうものも活用しないと運営も警護も出来ないからね。ああ、もちろんプライバシーの侵害になるような場所には仕掛けてないから安心して。」

その言葉でサイゾウは顔に汗を噴き出す。

 

「レオン様、ま、まさか、私がこちらに来ていた事は…」

「もちろん知ってる。リストアップもしてあるよ。言おうか? ええと1度目は…11の月の…」

レオンがポンッと手に帳面を出してきてペラペラめくり、リストアップしてなる内容を読もうとするところでサイゾウが慌てて止める。

 

「い、いいです!! 解りました!!!」

「ちなみに昨晩の事は最重要課題だったからね。そのままライブ映像で両国に送ってた。」

「らいぶ…?」

「うん。オンタイムで。」

シレッというレオンの顔を見てサイゾウの額に血管が浮き上がる。

 

「では空が避けた事も枝が消えた事も、すべてレオン様がかんでいたという事ですね…と、いう事は…」

「昨晩のやり取りの一部始終を両国のきょうだいが見てた。だから完全な証人となる。それに元々いつ姉さんが結婚しても良い様に両国共に準備をしてたからね。そうなれば動くのも早いだろう? そうでもしないと姉さんもいい加減こういう事には鈍いからさあ。」

「レオン…やっていい事と悪い事が…」

「あら、それを薦めたのは私よ。」

レオンの後ろからひょこっとアクアが顔を出す。

 

「だってカムイも戦時中からサイゾウに視線を送ってた事には気づいていたもの。従姉妹であり半身といえるカムイには幸せになってもらいたいから。とはいえサイゾウに告白されて初めて気持ちに気づくだなんて相変わらず鈍いわねカムイ。」

「あらあ、だからいいのよカムイは。ね、アクア?」

「そうね。確かに。」

うふふとカミラと二人で笑いあう姿を見てカムイは顔色を白黒させて倒れこむ。サイゾウが慌ててカムイを支えるがカムイは遠くを見つめたまま口を開けて呆然としていた。

 

「レオン様、これは十分プライバシー侵害に当てはまると思いますが?」

「だってこんな事をマジックビジョンが仕掛けてある場所でするなんて思わないだろう? 仕掛ける時も十分考慮して仕掛けたんだ。それを覆してきたのは君たちの方だから、これ以上の責任はとれないよ。」

「知ってれば考えております!」

「まあ知らせてなかったんだけど…要領悪すぎだよ二人とも。どちらにしてもR指定のかかるような事にならなくてよかった。」

はっはっはときょうだいで笑いながら談笑している姿を見ながらサイゾウも同じくカムイを支えたまま遠い目をして口を開けて呆然とその場に座り込んだ。

 

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「ただいま。」

もう月も高く上っている時間に居室に帰るとカムイが嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「おかえりなさい。」

「ああ、ただいま。遅くなってすまん。」

「ご無事で何よりです。」

お互い抱き合って再会を喜ぶ。あれから数日後に挙式を済ませ、あれよという間に夫婦となったカムイとサイゾウだが、臣下としての任務が山積みで式後すぐに白夜へ戻る事になり、新婚なのにいきなりの単身赴任となった。ひと月近く離れていたのでしばらくそのままお互いの感触を確かめあっていた。

 

「ひと月もかかってしまったな。寂しい思いをさせてすまん。」

「いいえ。お仕事ですから仕方がないです…とはいえ流石に式後すぐに離れましたから、少し、寂しかった、かな…?」

「そうか。」

「お休みは取れるんですか?」

「ああ、数日は休みをいただいた。」

「嬉しい。では側に居れるんですね。」

カムイはまたサイゾウに抱き着き擦り寄ってくる。サイゾウもそれに応えて抱き返し頭を撫でたりカムイの香りを堪能していた。そのまま二人で話ながら楽しく過ごしていると室内にブオンという音と共に数か所裂ける様に開き、きょうだいたちが映し出された水晶の様なものが浮かび出る。

 

「ああもう、何やってんの、じれったい!!」

「女の扱い方を心得ているわね、サイゾウ。でもあまり焦らすのも良くなくてよ?」

「兄さん…しっかりしてください。」

「まさかそこまでの奥手だったとは…」

「もっと勢いが必要なんじゃないかな? もっとこーがーっと。」

「か、カムイ、頑張れ!」

「姉さま、き、緊張されるかもしれませんが、頑張ってください!」

「お姉ちゃん、頑張れ!!」

「ちょっと、誰がエリーゼにこの様子を見せてるのっ!? エリーゼここからは大人の時間だから!」

「す、すいません。エリーゼ様、さ、こちらへ。」

「ええーー!! なんでーーー!!!」

「サイゾウ。白夜男子たるもの、決める時には決めよ!!!」

しばらくその様子を呆然と見ていた2人が顔を見合し、首まで真っ赤にして汗を噴き出しながらビジョンに向って叫ぶ。

 

「なにがプライバシー保護に努めてるだ!!! 爆ぜ散れぇえええ!!!!!」

 

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因みにサイゾウとカムイの間には2人の男の子が生まれるが、彼らが出来るまでには結構な時間を要したという。

それがサイゾウの奥手のせいなのか、仕事が忙しいせいなのか、はたまた、きょうだい達のデバガメのせいなのかは天におわす神のみぞ知ることだ。

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