「おお…」
カムイは障子をスラリと開けた先の温かさに目を細め溜め息をひとつついた。
外はしんしんと雪が降りつもり、星界の城は今は雪景色。外の世界との差をなくすため、リリスが調整している四季は暗闇に包まれた暗夜では感じられることが出来なかった環境だ。雪は積もっていたが城塞内から出る事が出来ずにいたカムイにとって自由に動き回れるこの星界の城での四季は素晴らしい体験で、その季節ごとの美しさや旬の食べ物を存分に楽しんでいた。
「おいで。そこは寒いだろ。」
部屋の奥に入り、刀を置いて火鉢に炭を足していたタクミが声をかける。五徳の上に置いてある鉄瓶からは暖かな湯気が上がっている。
「はい、白湯。」
鉄瓶から熱々の湯を湯のみに入れて手渡され、火鉢の側に座ったカムイはふうふうと冷ましながら口にする。お茶ももちろん良いが、星界の水を温めただけの白湯も寒い時期には最高の御馳走だ。
「いやあ…なんだか感動…いいねぇ、白夜の冬。」
「そう? 暗夜の暖炉の方が温かくて良いじゃないか。」
「うん、あれはあれで好きなの。木が燃える独特の香りも、ランプを着けなくても暗がりで過ごせる暖かな炎も。でもこっちの火鉢も優しい暖かさで好き。」
「君はどんなものでも感動するよね。」
タクミとカムイは結婚して初めての冬を迎えていた。ラベンダーの咲く季節に式を挙げツリーハウスを新居としたが、白夜の王子であるタクミに合わせ、その下に白夜の屋敷を移動してもらったのだ。ツリーハウスと白夜の屋敷の二つがカムイ達の居宅となっていた。とはいえやはりそこはカムイらしく決して贅沢なものではなく、ジョーカーを始め暗夜のきょうだい達はもっと調度品をと薦めたが、カムイだけではなくタクミも落ち着いた設えを好むため、質素でありながら上品な室内が出来上がっていた。
縁側も広く、少し奥まった場所に障子がある為、余程酷い雨風でなければ雨戸を閉める事もなく、障子を開け放って四季によって表情を変える庭を眺める事が出来る。先程まで二人して寒い廊下で外套にくるまって雪景色を眺め楽しんでいた所だった。
「部屋の中から見ればいいのに、外套も着ずに縁側に飛び出るなんて、本当君らしいや。少しは温まった?」
タクミに後ろから抱き締められカムイはその肩に頭を預ける。
「うん。あったかい。」
「そう。大切なカムイに体を壊してほしくないからね。僕も大変だよ。」
「ふふ、お世話になってます。」
「お世話してます。」
目が合いお互い微笑みながら唇を重ねようとした所で障子が勢いよく開いた。
「タクミ様、みかんを、あっ…」
顔を近づけたまま固まって目線だけ向けた先にはみかんを抱えたヒナタが立っていた。その後ろからオボロが顔を出すが、状況を見て顔面真っ赤にして慌てる。
「ちょっと、ヒナ… ひゃああっ、すいませんっ!!!!」
「ありゃ、すんません。出直しますので続きをどうぞ。」
「…白々しい…いいよ、もう。何?」
「や、オボロがみかんを沢山もらって来たんで、おすそ分けをと。それと、リョウマ様がお呼びです。」
「あー、もうそんな時間か。」
「リョウマ兄さんと何か?」
「うん、軍議がね。行ってくるよ。」
「軍議なら私も…」
「いいよ。君はヒナタの相手してて。オボロ、準備を。」
「は、はいっ!! こちらへ!!」
タクミはカムイの髪先を指で撫でて立ち上がり、オボロと共に準備に出ていく。ヒナタはそれを見送り一礼してから障子を閉めた。
「さみぃさみぃ…」
ヒナタは肩をすくめて火鉢にあたりに来る。カムイはひとつ息を吐いて火鉢にあたり直した。
「狙ってたでしょ。」
「いんやー、偶然。」
顔を覗き込む様に見るとヒナタは唇を尖らせた。カムイから目を逸らし火鉢の炭を眺める。
「…もう…」
カムイは白湯を湯のみに入れてヒナタに渡す。ヒナタは目を逸らしたまま受け取り大きな背中を丸めて膝を抱える様に座り直した。白湯を口に含みゆっくり飲み込むと寂しそうな顔をする。
「どうしたの。オボロさんと何かあった?」
「なんもねぇ。」
「元気ないね。」
「…そりゃ、あんな面白くねぇ所見せられりゃよ…」
「やっぱり狙ってたんじゃない。」
「面白くねぇもん。」
「もんって…」
「おめぇは、俺の、なのに、よ…」
その言葉にカムイは目を丸くする。心を通い合わせお互いの気持ちも確認した相手だが、抗えない運命の流れに心でつながり続ける事を誓った。心の奥底に大切にしまい込んだ思いが吹き出そうになってくる。カムイはヒナタが持って来たみかんを一つ取って皮をむきひと房取ってヒナタの口にあてがう。
「ん?」
「いーから。はい。」
口にみかんを入れながらカムイは呟く。
「ヒナタの心が落ち着きますように。」
「ヒナタがオボロさんと仲良く、幸せになれますように。」
黙って口を動かしているヒナタにひと房ひと房、ゆっくりと口に運びながら願いを込めてカムイは呟く。みかんが半分になった所で両手でヒナタの口にそれを押し込んだ。
「むがっ!!??」
「私の思いがヒナタを支えますように!!!」
勢いで床に二人して転がる。カムイは俯いてヒナタの口を押さえたまま馬乗りになる。驚いてヒナタはそのまま固まって見ているとみるみる上のカムイの尖った耳が真っ赤に染まっていった。
「…ばか…」
口の中のみかんを飲み込んだ所で手を離したカムイを引き寄せ抱き締める。
「わり…」
「ばか…もう、本当、ばか!!」
「ごめ…おおっ????」
ヒナタが髪にキスをしてきた所で暴れて腕から抜け出したカムイは障子を勢いよく開け放ち庭へ飛び降りる。ヒナタは慌てて追いかけた。
「ちょ、おめ、何やって…!!!!」
「もーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「馬鹿、はだしで、こらっ!!!」
「目を覚ませっ、バカっ!!!!」
「カム、ぶわっ!!!!!」
カムイは耳まで真っ赤にして目を潤ませ、雪を握って投げてくる。無茶苦茶に投げてくる雪玉を室内に入らない様に落としながらヒナタはジリジリ近づくが、顔面や体にヒットして前に進めない。
「こらっ、部屋にはいるっ! やめろって!」
「目を覚ますまでぶつけてやるっ、このっ!」
「冷てっ!!ったく…ご無礼しますよ、カムイ様!」
「きゃっ、はなせーーーーっ!!」
ヒナタは大股で近寄り、カムイを肩に抱えて室内に連れて入りぴしゃりと障子を閉めた。室内からはまだ何かしらカムイが騒いでいるのが聞こえる。
タクミはその様子を遠くで見ていた。オボロが慌てて止めに行こうとするが静止する。
「いいよ。」
「で、でも…」
「いいんだ。ヒナタが居るなら、大丈夫。」
「…タクミ様…」
「ごめんね、お前の旦那様なのにさ…まあ、人の事言えないけど。行くよ。」
タクミはオボロに微笑みかけて歩き始め、オボロも小さく微笑んでその背中を追いかけた。
濡れた着物を着換えてヒナタが部屋に戻ると、今度はカムイが火鉢の前で膝を抱えて丸くなっていた。横に座るとぷいっと顔を横にむけてしまう。
「カムイ~…」
「素敵な大人ヒナタはどこにいったんでしょうかねっ?」
「ここにいますー。」
「見えません。」
「なあ、ひょっとしておめぇもヤキモチなんて妬いてくれたりしてんの?」
「妬いてない。」
「妬いてるよな。」
「うるさい。」
「やっぱりか。」
「知らない。」
「っは。」
「笑うなっ…」
吹きだしたヒナタにふくれっつらで振り向いたカムイは固まった。目の前に居るのは落ち着いた顔のヒナタだった。
「ちっと嬉しいわ。」
「~~~…っ、大人にならなくちゃって、切り替えてるのに、ヒナタがあんなこというからっ!!!」
「あー、わりぃな。恰好悪ぃとこ見せて。」
「恰好悪いよ。私も…本当、恰好悪い…」
「おめぇ優しいからよ、ついつい甘えちまう。ヤキモチはな、俺だってそりゃ妬くわ。」
「妬く相手間違ってるよ。」
「んー、まあオボロはまた別だからよ。」
「わかんない。」
「うそつけ。」
カムイの頭を大きな手で撫でるとまたカムイの顔が耳まで赤くなる。
「ずるい、こんな時に大人ヒナタ。」
「おめぇのお陰で落ち着いた。ははは。」
「何にもしてないよ。感情持て余して、ヒナタに雪ぶつけただけ。」
「んー、そうか。ならおまじないしてやる。」
ヒナタはみかんをとって、さっきカムイがやってくれたようにひと房づつカムイの口に入れていく。静かに黙って優しく微笑みながら。カムイも黙って食べ続ける。最後のひと房にはヒナタがキスをしてカムイの口に投げ込んだ。カムイはまた頬を赤くするが、ヒナタが食べろとジェスチャーをするのでそのまま黙って口を動かし飲み込んで一息つく。
「最後の一個、なんて願ったかおしえてやろーか?」
「…いい…」
顔を見合わせてえへへと笑いあう。外はいつの間にか晴れて障子から陽の光が入ってきていた。