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あの夜からしばらく経った頃



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「火焚いたぞ。ほら、こっちこい。」
寒さで震えながら扉や格子戸などから雨風が入らない様に作業していた私にヒナタが手招きする。近づいて座ると囲炉裏の火は温かく冷え切った体を優しく温めてくれるようだ。一息ついていると代わりに彼が立ち上がり戸などのチェックをしてくれた。

「…っし。これなら大丈夫だろ。」
ここは白夜国の外れにある山の中。
眷属が出てきたという知らせを受けた私たちは星界から鎮圧に向かったが、戦闘は広範囲に及び自軍は散り散りになってしまった。攻陣を組んでいた彼と共に応戦をしながら軍と合流しようとしていたが急に天候が悪化し、今はなんとか見つけた小屋に逃げ込んだところだ。

「水の龍ともあろう私がこんな雨くらいで弱るだなんて…情けない…」
「今は人間だろ。」
「龍に変わればどうにかなります。皆さん、大丈夫かな…」
「バーカ。おめぇには今そんな余力はねぇだろうが。おめぇの事はよーく解ってんだ。今更隠しても意味ねぇぞ。まぁ俺の隊はもちろん、タクミ様にゃオボロが側についてたし、白夜の兵は足腰ゃ強え。」
「皆さんの事は信頼してますよ!  か、隠してなんてないし……」
一緒に出撃したタクミ達とも離れてしまい、今回は魔法に長けた暗夜のメンバーは連れてきていない為、マジックビジョンを使って連絡がとれない。心配だがヒナタの言う通り、タクミはきっとオボロさん達が守ってくれているだろう。それに雨に打たれ足場の悪い山の中で戦い、味方の回復に費やした魔力なども底をついていた私の様子を彼はよくわかっている。でも一度でも気持ちを通い合わせた相手。意識するなという方が困るし、特に今は…私は誤魔化す様に話を変える。

「リリスは嵐がくるなんて言ってなかったけど…どのくらい続んでしょう?」
「白夜のこの嵐は長くても半日だな。強い雨と風が今晩は続くと思うぜ。明日の朝になりゃ、少しはましになってるだろ。」
「ここって…おうち?」
「あ? ああ、ここは杣夫や猟師が使う小屋だ。一晩位は十分過ごせる。」
「そまふ?」
「あー、えっと、木を伐ったりして~…」
「あ、きこりさん?」
「暗夜じゃそーいうんか? 」
そういいながらヒナタは慣れた様子であちこち開けて色々物色し、今晩過ごすのに必要な道具を出している。鍋も見つけたようで沢の水を引いているらしき水場の所で洗って囲炉裏にかけた。

「っし、これでとりあえずは暖がしっかり取れるな。」
「慣れてますね。」
「まあ、これが白夜の普通の生活だからな。修行中はよくやったもんだ。」
「修行?」
「おう。修行の為に各地の道場を回った時期があったからな。」
話をしながら鎧を外し囲炉裏の近くに置いていく。ゴトリと音がするそれをまじまじと見ていると顔を覗いてきてへらりと笑いかけてきた。

「なーんだよ?」
「鎧だから、それなりに重たいんでしょうけど…マークス兄さん達の鎧とはまた違う音がしてるから…」
「マークス王子は剣士だろ? ならある程度重てぇんじゃねぇの? 」
「うーん、確かに重たいですけど、こんな音はしてなかったような。前、カザハナさんの鎧を着けさせてもらった時はこんな重量感なかったので。」
「まあ、男と女じゃ軽さは違うよな。前も言ったけど刀の重さも、刃も違うんだぜ? っと、ほら、おめぇも鎧外さねぇと風邪ひくぞー。」
「へっ!?」
「へ? じゃねぇよ。鎧外して体拭かねぇとマジで風邪ひくぞ。おらっ。」
「ひゃあ!!」
彼は私のベルトの留め金を片手で軽々と外しマントを取り去ってしまう。軽くくるまっていた私は勢いでコロリとひっくりかえってしまった。

「ははっ、ほれ、起きて外せ。脱いだらとりあえずこれ被ってろ。ちと埃臭いが、ま、一晩くらいは我慢してくれ。それとも俺が外してやろーか?」
「自分で出来ますっ!!」
「遠慮しなくてもいーのに~。」
代わりになる毛布のようなものを側に置いて土間にマントを干しに行ってくれた彼を横目に鎧を外していく。私の鎧は動き易い様にと軽く強い素材と魔法効果のあるものをマークス兄さん達が特注してくれたものだ。脱いで彼の鎧の隣に置くとカシャリと軽い音が鳴った。力も体つきも全然違う。今はまず軍の将として皆を導き邪龍を倒す事。そのためにはもっと強くならなくては。そう思っていると毛布を被され体を引き寄せられた。

「きゃっ…!?」
「だーから風邪ひくっつってんだろが。ったくよー。」
子猫でも扱う様に片手で軽々と膝の間に座らされ後ろから抱き寄せられた。毛布は彼が頭から被り、私と一緒にくるむ様に抱き寄せてくれている。緊張でカチコチになっていた所でおろした彼の茶色の髪が頬に当たる。

「えっ、ちょっ…」
「この布団1枚しかなかったからよ。暖を取る為だから我慢してくれ。あー、さみぃ…」
「ならヒナタさんが使って!  私は大丈…」
「今はおめぇの臣下でもある俺が側についてて、おめぇに風邪なんてひかせる訳にはいかねぇのっ……それに…」
ヒナタさんは私の首から肩についた傷痕に顔を寄せ埋める様に抱きしめてきた。言葉以上に彼の思いが伝わり私は体から力を抜く。

「だから鎧外すの嫌だったのに…」
「わり…気ぃ使ってくれてたんだよな…痛むか?」
「ううん、もう殆ど痛みはありません。」
「あちこちにまだ痣が残ってたな…」
「アクアにお願いしてゆっくり治療してもらってますし。」
「払串、使ってねぇのか。」
「出来るだけ、使いたくないの。」
肩に頭を預ける様にして呟くと彼は顔を上げて驚いたような顔をするが、私の顔を見て複雑な表情になる。
この傷は、あの夜のもの。ヒナタが咎を受け狂ってしまった時の傷。
ジョーカー達にばれない様にアクアとその息子のシグレに事情を話して少しづつ治療してもらっているのだ。あの夜を忘れない様に。彼のくれた証を少しでも長く心に刻みつけられる様に。大切に。

「おめぇが気にすんじゃねぇよ。俺ぁ後悔なんてしてねぇんだから。」
ヒナタの口真似をしながら頭に手を回してポンポンと宥める様に撫でると、彼は抱きしめる腕の力を強くする。大きな体に私はすっぽり包まれた。

「話し方。外じゃねぇんだ、今は止めろ。」
「あ、あー、ごめん…これでいい?」
「おー…はぁー…カムイ寝ていいぜ。俺が火の番してっから。」
「……このまま?」
「嫌か?」
「ううん…」
暖かな囲炉裏の火とヒナタの腕の中にいる安心感で私はそのままウトウトと眠りに落ちて行った。

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ガタガタという小屋が揺れる音と、隙間から抜ける風の音で目を開ける。あれからどれくらい経つのだろう。体が動く感覚があり目だけ動かすと、ヒナタが薪をくべてくれていた。優しい囲炉裏の火に照らされた顔を見ると、あの日から幾分顔立ちが変わったように思う。

「眠れねぇ?」
大きな手で顔を撫でられくすぐったくて体をよじる。ヒナタはふわりと微笑んでくれた。

「…寝ないの?」
「少し寝た。」
「風…すごいね。皆大丈夫かな…?」
「何かしら対策はしてるだろ。」
「ヒナタも ちゃんと寝て。私は眠らせてもらったから火の番変わるよ。」
体を動かそうとすると駄々をこねる様に首を振り抱き寄せられた。

「逃げんな。」
「に、逃げてないってば。だから…」
「一緒に寝てくれんなら寝る。」
「ちょっ…わぁ!」
囲炉裏の火に少し放して薪を置いて、ヒナタは私を抱いたままごろりと横になる。

「わぁって…色気なし。はははっ。」
ふとあの夜の事を思い出す。離れられず体を寄せ合って眠った。あんなに安心して眠ったのはいつ以来だったか。目を伏せて思い出していると額に顔を寄せてきて安心したようなため息をついている。少し顔を上げると目が合った。

「あの…進んでる? 式の準備。」
「………こんな時にその話するか?」
「大事な事でしょ。」
「野暮いいとこ…」
「???」
「例えば、まあ何れはそうなるが、おめぇがタクミ様との式の事を俺に話すとする。俺の主君達の幸せだから嬉しくないわけじゃねぇ。がだ?」
彼は首を傾げながら聞いてくるが、本当に何のことか解らず私は首を傾げる。

「オボロとの事をおめぇに話して、おめぇは嬉しいのかよ?」
「だってオボロさんの事も大好きだもの、私。」
「………はあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。」
「え、なに?」
ヒナタは口をへの字に曲げた後、長く大きなため息をついて私の鼻を噛んできた。

「ひひゃひゃっ!!!」
直ぐに放してくれたが鼻がじんじんする。手で撫でようとしたらその手を握られた。

「俺が逆の立場なら、聞きたくもねぇ。」
真剣な目で見つめられて思わず顔が赤く染まる。

「ヤキモチなんて妬ける立場じゃねぇけど、やっぱり面白くねぇ。俺の性格知ってるだろ。察しろよ。」
「知ってるけど…ふ、あははっ。」
拗ねた顔でしばらく見つめてきたが額をこすりつけられくすぐったくて笑ってしまう。その時一気に風が強くなり、小屋が一度大きな音を立てて揺れた。驚いて体を固くするとヒナタは優しく抱きしめてくれた。

「こ、小屋大丈夫かなっ?」
「大丈夫だろ。怖ぇ?」
「ちょっと、怖い…」
「おお、かわいいじゃん♪ よしよし、甘えてきていいぞぉ♡」
「嬉しそうだね…」
「最っ高。このまま時が止まりゃいいのによ。」
「ヒ・ナ・タ?」
「…わーってるよぉ……寒くねぇか?」
「うん。」
「相変わらず体小せぇなあ。」
「ヒナタが大きいの。」
ヒナタが私の頭に顔をうずめて口でモフモフとしてくる。前から一緒にいる時に時々やられることだ。彼曰く、気持ちよくて好きなんだそうだ。しばらくすると髪に当たる呼吸は寝息に変わった。足場の悪い中 私を庇いながら移動し、この小屋についてからも世話などを優先してやってくれた。優しくて頼りになり、きっとタクミにとっても良い臣下で、伴侶となるオボロさんにとっても良い旦那様になるだろう。自分がその相手になれなかった事を悔やんでも始まらない。この道を選んだのは私自身なのだから。それでもこうして側に居れるアクシデントに感謝してしまう。

オボロさん、ごめんなさい。今だけ、少しだけ、ヒナタを貸して下さいね。

ごく小さく呟くと「んむ…」とヒナタが私を抱き寄せる力を強くする。体を少し離そうとしてた私は瞬間体を固くしてしまうが、彼の香と肌の香りに包まれて眠りに落ちていった。

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顔に何かが当たっている感覚で意識がゆっくり覚めていく。ガタガタという何かが揺れる音と、隙間から吹き込む風の音がする。感覚はあるが目が開かない。髪が何かで揺れている。

もう少しでいいから眠らせて

…は、これか………らな

誰だろう? そのまま意識がゆっくりとまた深い所に落ちていった。

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ふ、と意識が覚醒する。大きな手で髪を梳きながら頭を撫でられている。ゆっくりと寝ぼけ眼を動かすとうっとり微笑んでいるヒナタの顔が見えた。嬉しそうに私の髪を指で遊ばせながら微笑んでいる顔はあの日の顔と同じで胸が温かくなる。

「…ナた…」
寝起きの掠れた声で名を呼ぶと、そのままの笑顔で返してくれた。

「起こしちまったか。」
「ここ…」
「小屋ん中。」
「風は、止んだのね。」
「まだ余韻は残ってるから時々大きいのが吹いてるけどな。まだ外は暗ぇ、寝てていいぜ。」
額をこすり合わせてヒナタが目を閉じ小さく息を吐く。甘えてきているのが解って私に回してくれている腕に手を置いた。

「んー、目が覚めてお前が側にいるのって、いいなと思ってよ。」
「起きてたの?」
「お前が居るのに勿体なくてな…目が覚めちまった。」
彼はそういいながら額や目に何度もキスをしてくる。流石に顔をよけようとすると頭と腕を抑えられた。

「ちょ…」
反論させるかとばかりに強引に唇を重ねられた。閉じたままだった私の口を慣れた様にこじ開けて彼が入ってくるのを抵抗できずに受け止めるのみ。駄目だと言いたい気持ちに反して頭がぼうっとしてくる。顔を向きを変え少しだけ口が離れた時に名を呼ばれ 頭が痺れ体が震える。それでも私の片隅で理性が必死に抵抗していた。

「…っ…んぅ…」
声を出そうとするが彼は離そうとしない。息苦しくて薄く目を開けると目の前には今にも泣きそうなヒナタの顔。私の心臓がドクリと鳴る。同時に涙が流れた。
私の頭を抱えた彼の手が涙を拭ってくれる。大きくてごつごつした剣士特有の肉刺が出来た、私の大好きな手。被さる様に押さえこまれ彼の長い髪が顔にあたる。癖の強い濃い茶色の髪。何度も絡まって2人してギャアギャア言いながら解いた、私の大好きな髪。抱き返したい衝動に駆られるが何とか押しとどめる。
彼は何度も顔の向きを変えながら私の名を呟き貪る様に口づけを続け、どの位経った頃か、名残惜しそうに啄みながら唇を離し思い切り抱きしめてくる。

「…んとに、夜が明けなきゃよかったのに、お天道さんも無粋だぜ…ここを出たら、主と臣下、相棒に戻らなくちゃなんねぇ。こんな偶然はもうねぇだろうしな…」
私は黙って頷く。額をつけたヒナタの胸の鼓動が少しづつ穏やかになってくるのを感じながら目を閉じた。

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すっかり乾いたマントや鎧を身に着け、小屋の中を片付けて戸の前に立つ。開けようと手をかけるとその手を上からヒナタが握ってきた。

「どうしたの?」
「名残惜しくてよ…あーーー、まっじで時間止まらねぇかなぁっ!!?」
「まだ言ってる。」
「なあ、お願いがある。」
「何?」
「俺の事は"さん"付けで呼ばねぇでくれ。やっぱり嫌だ。今はおめぇの臣下でもあるんだ。呼び捨てでいいからよ。」
「んー…いいの?」
「おう。」
「じゃあそうする。」
ヒナタは嬉しそうに笑って私の手を強く握ってくれた。

「よっしゃ、行くか。」
「はい。」
戸を開けて外に出る。風に吹かれて結ったヒナタの髪と着物、鎧や剣の飾りが風に揺れる。前に出て堂々と風に吹かれながら歩く姿を後ろから眩しく見ながらついて行った。

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